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なんか面白い構造集

    概念メモ

    これは、僕が日々の暮らしの中で発見した「なんか面白い構造」について、まとめた記事です。

    【なんか面白い構造①】

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    名前が円周率の少年は、自己紹介が永遠に終わらない。

    世界一長い名前とは?

    ピカソの本名ってほんとはすごく長いって言うじゃないですか。落語にも寿限無(じゅげむ)という、名前が長すぎる男の子のお話がありますよね。

    それらの名前はちゃんと言い終わることができるんですが、もし世界一長い名前があるとしたら、それは終わりなく無限に続くものなんじゃないかと思ったんです。


    たとえば円周率のような名前です。

    一郎とか二郎みたいに名前に数字が入る人はいますが、その数字の部分が円周率になっている人がいたら、自己紹介する時にいつまでたっても「郎」にたどり着かず、永遠に自分の名前を言い続ける状況が生まれそうですよね。

    それってすごく不思議で面白い構造だと思ったんです。

    名前の中に無限の構造が入ってる。とても神秘的です。


    もしも神様や宇宙人に名前があるとしたら、その名前は未来永劫永遠に続く高次の概念でできてたりするのかなとか。そんなことを色々と考える発見でした。


    【なんか面白い構造②】

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    シャツから生まれたシャツ太郎は今日も裸。

    シャツも服を着るのか?

    ジャケットを羽織ったり、重ね着することもありますが、そういうシーンを除けば、シャツっていつも裸なんですよね。

    「裸を隠すために存在してるシャツ自身はいつも裸」

    この構造が、何だかとても不思議だなと思いました。


    衣類は全部この構造でできてます。

    靴自身は靴を履かないし、帽子だって帽子を被らない。みんな、自分と同じものの恩恵は受けていないんです。

    これを、僕たち人間に置き換えたらどうでしょう。



    腕利きマッサージ師は、どんなに腕を磨いても自分のマッサージを受けることができないし、カリスマ美容師も、自分の髪を後ろから切ることはできません。

    マジシャンも自分のマジックに驚けないし、めちゃめちゃモテる超人気アイドルも、自分と結婚することはできない。


    自分から発される価値を、唯一受け取ることができないのが自分。

    もしかしたら僕たち人間は、というかこの世界全体が、この不思議な構造でできているのかもしれません。


    【なんか面白い構造③】

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    いつも光ってるライト君は、暗闇を体験したことがない。

    もしもライトに自我が芽生えたら?

    ライトって自分自身が光を発してるじゃないですか。だから、ライト自身は暗闇のことを知らないんじゃないかなと思ったんです。

    「灯台下暗し」のさらに灯台下暗し的な構造。

    言うなれば「灯台闇知らず」。



    もちろん灯台の下とか、自分から離れた所にある景色の暗さは知ってると思うんです。でも、真の暗闇がどんなものなのかについては、ライトには知りようがありません。だって自分が光ってるから。


    この構造は、「自分は自分不在の世界を体験することができない」ということを教えてくれているような気がします。


    人生の中には、いつも自分がいて、自分がいない時間を経験することは誰にもできない。

    自分というのは、この世界を知覚するためのライトみたいなものなのかもしれない。そんなことをちょっと考えさせられました。


    【なんか面白い構造④】

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    雲の形をしたUFOが、今日も空に浮かんでいる。

    UFOってもしかしたら、いつも空に浮かんでるのかも。

    僕たち人間が気づいてないだけで、実は鳥とか雲とか空飛ぶ風船に姿を変えて、いつも地球を観察してる説。



    だって、UFOってとてつもなく未知の技術でできてそうじゃないですか。

    宇宙人の乗り物とか、最新鋭の戦闘機とか、空飛ぶ生命体とか、UFOにもいろいろあると思いますが、何にせよ雲とか鳥に擬態してたら気付きようがなさそうですよね。

    宇宙人の乗り物だった場合、遠くの星から来てるわけですから、何かに擬態するのなんてちょちょいのちょいだと思うんです。


    ある時は雨に擬態して地上に一斉に降りてきたりとか、またある時は虹に擬態して、人類の注目を集めたりとか。そんなことをしてるんじゃないかなぁなんて考えたりしました。


    こういう「みんな見てるのに気づいてはいない」みたいな構造って、世の中結構あると思うんですよ。

    僕も今日、メガネをかけながらメガネを探す時間があって、「メガネかけてるじゃん!」って自分にツッコミを入れる機会があったのですが、こんな風に当たり前すぎることって、案外その存在に気づけないんですよね。


    みなさんの周りにも、もしかしたら「見てはいるけど気づけてはいないもの」沢山あるかもしれません。

    そう考えると、ちょっとワクワクしてきませんか?


    【なんか面白い構造⑤】

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    下半身がワイヤレスになると、寝ながらトイレに行けて便利。

    トイレに行きたいけど、寝てもいたい!

    そんな時に感じたことを、ちょっと絵にしてみました。


    寝ながらトイレにも行きたいみたいに、体を2つに分けたくなることって、日常の中に結構あると思うんですよ。

    テレビゲームをしながらウォーキングもしたい時とか、ドライヤーをかけながら静かな音楽を聴きたい時とか。


    そういうシーンに出くわした時に、体をワイヤレス化できたら便利そうだなと思ったんです。


    電話やパソコンなど、これまでもいろんな物が有線から無線に切り替わってきたわけじゃないですか。それなら僕たち人類も、そろそろ無線化に向けて進化していってもいいんじゃないかなとか、尿意を催しながらふと考えてしまいました。


    まあ、スマホとかは既に、僕たちの声を無線化してますよね。
    電話とかSNSを通して、自分の声を遠くにいる人に伝えることができるのですから、スマホ=口をワイヤレス化する装置とも言えますね。


    リモコンも、遠くにある家電のボタンを押すためのものなので、指をワイヤレス化したものと言えそうです。


    そう考えると、「体のワイヤレス化」って、もうすでに結構進んでるのかもしれません。


    【なんか面白い構造⑥】

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    巨大怪獣の中には、中の人星人が入っている。

    怪獣の着ぐるみの中身が、本当に怪獣だったら?


    特撮映画に出てくる怪獣って、実際は中に人が入ってるじゃないですか。

    でも、中に入ってるのが人ではなく怪獣だったら、現実と虚構の境界が曖昧になって面白いなと思ったんです。

    「着ぐるみの中には、本物が入っている」


    遊園地の中を歩いてるマスコットキャラクターのことを思い出してみてください。
    僕たちはそれが着ぐるみであることを理解しながら、あえてその事実を忘れようとしますよね。


    フィクションを楽しむ時には、みんなこの「あえて忘れる」ということをしていると思うのですが、もしも着ぐるみの中に入っているのが人間ではなく、そのキャラクター本人だったら、なんだかとても不思議な感じがしませんか?

    それに、着ぐるみの中に本物が入っていたら、それはそれでロマンがありますよね。


    お化け屋敷で働いているのも、実は人間じゃなくて「本物の妖怪」だったらと考えると、怖いですよね。
    本物の妖怪が、妖怪のメイクをしてる人間のフリをしてたみたいな。


    こんな風に、「本物が偽物のフリをする」という構造が、とても面白いなと思いました。

    もしかしたら僕たちの身の回りにも、この構造が潜んでいるかもしれません。


    【なんか面白い構造⑦】

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    30センチ定規くんは、成長しても30センチ。

    定規の身長って何センチ?

    15センチ定規の身長は15センチだし、30センチ定規の身長も30センチ。定規って、自分の身長をわざわざ測る必要がないんですよ。
    だって自分が定規だから。


    では、30センチ定規が成長して、背が伸びたら何センチになるでしょう?

    ちょっとややこしいことになりそうですね。


    30センチ定規は、成長しても30センチなんです。
    なんでかというと、メモリが同じままだからです。


    不思議ですよね。
    背は伸びてるのに、長さはずっと変わらない。


    30センチ定規たちが暮らしてる村にはきっと、いろんな長さの30センチ定規たちがいるのでしょう。


    定規の背が伸びると、この可笑しな現象が起きてしまいます。
    だから文房具屋さんで売ってる定規は、ちゃんと長さが変わらない素材で作られているんですね。


    【なんか面白い構造⑧】

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    お金くんは欲しい物を自分自身と交換する。

    もしも自分がお金でできていたら?

    昔は物々交換が主流でしたが、価値の尺度であるお金が発明されたことで、欲しい物は何でもお金を出せば手に入るようになりました。

    お金ってすごく便利なシステムです。


    とはいえ、そんなお金を手に入れるためには、働いたり投資をしたり、宝くじを買ったりなど、またそのお金を稼ぐための何らかの行為が必要になってくるわけです。

    物と物とを介した物々交換はなくなりましたが、お金が発明されたことで、今度はお金を稼ぐ手間が生まれてしまったのかもしれません。

    そう考えると、それはそれでまたちょっと面倒くさいですよね。


    それならばいっそのこと、僕たち自身がお金になってしまったらどうでしょうか?


    自分がお金なら、いちいちお金を稼がなくてもいいわけです。
    その上、お金を持つ必要もありません。銀行に貯金をしたり、お金を財布に入れて持ち歩かなくていいので、とっても身軽です。


    でも、自分がお金になると不便なことも出てきます。
    それは、何か欲しいものがあった時に、その欲しい物と自分自身を交換しなければいけないということです。

    例えば喉が乾いて飲み物が欲しくなった時。

    飲み物を買うために自分自身を差し出すので、飲み物が手に入った途端に、自分は自分の物ではなくなってしまいます。

    それじゃあ元も子もありませんね。


    ということで、自分自身をお金化するシステムは、発明しないほうがいいということが分かりました。

    #創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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