
シーツのたてよこ
シーツの縦と横が逆になっていたら、気にならない人より、気になる人の方が多いのではないだろうか?
もしそれが、夫がかけてくれたシーツだとしたら反応はさまざまだろう。
もう!なんでシーツひとつもまともにかけられないの!?
と怒る人もあるかもしれない。
それでは、もしそれがシーツのかけ方を覚えたばかりの子どもだったら?
子どもが一生懸命、自分のためにかけてくれたシーツだったら?
きっと、そんな状況だったら怒る人はあんまりいないだろう。
結婚して、5年が経った。
結婚するまで一人暮らしをしたことがなかった夫は、ほとんど家事をしたことがなかった。
家事年齢で言うと、0歳。
最初の頃こそ、
"初めての洗濯"に
すごーい!上手に干せたね!
などと面白がっていられたものの、
彼のあまりの家事のできなさに私はすぐに嫌気がさした。
一番嫌だったのは、彼がシーツをかけないこと。
シーツを外して、洗って、干すのが重労働なので、せめてかけるのはやって欲しいと何度もお願いするも、なかなかやってくれない。
まずそのことに猛烈に腹が立つ。
やらない理由は、"やり方がよく分からない"から。
おおん!?お前いくつだ!?
と思いつつ、まあ、最初は誰でもやり方分からないよね、と自分をなだめる。
だったらやり方を覚えてもらおう!と、一緒にやってみる。
やってはみたものの、ボックスシーツの角を合わせられない。
掛け布団のシーツは、一緒にやっても上手くできない。
(紐を結ぶのと、シーツの向きを合わせるのがよく分かんなくなっちゃうらしい。うん、分からなくはない。)
何度か挑戦してみたけれど、
これはもう、自分でやるしかないのだと、腹を決める。
そんな夫が変わったのは、長女が生まれたタイミング。
私が入院している間に絶対やっておいて欲しいことリストを渡していた。
その中の一つが、シーツをかけておくことだった。
初めての出産でかなりメンタルが乱れていた私は、帰った時にシーツがぐちゃぐちゃだと気が狂うかもしれない、と不安な気持ちで帰宅した。
シーツはピシッと取り付けられていた。
感動した。
(できないふりをしていただけで、その気になればちゃんとできるんだ、と微かに思わないでもなかったけれど、感動が勝った。)
この時点で、夫は家事年齢2歳10ヶ月。
それからは、シーツの取り付けもやってくれるようになった。
たまに、縦横逆になっているけれど。
夫の家事年齢が3歳を過ぎた頃、ある考えが降ってきた。
それは、夫を長男だと思うこと。
文字にするとおぞましいが、夫が家事を上手にできなかったときに、この考えは絶大な効果を発揮する。
私が子どもの頃に家事のお手伝いを始めたのは、小学校1,2年生の頃だった。
お風呂掃除や洗濯物の取り込み、お米を研ぐことなどが中心だった。
その頃を私の家事年齢0歳だったとすると、家事年齢3歳の夫は、小学校4,5年生の頃の私と同レベルということになる。
その頃の自分の家事(特にシーツの取り付け)に対する気持ちを思い出してみた。
まず、シーツの取り付け作業は、自分の体調やスケジュールとは全く関係なく、突然発生する。
母が洗濯をしてくれていたので、シーツが洗われてしまえば、取り付けをやらざるを得ない。
疲れているときに、お風呂から上がって、シーツつけなきゃ寝れないじゃん!と気付いた時の絶望たるや。
さらに、掛け布団の取り付けはかなりストレスだった。6箇所もあるシーツの紐を、布団についている小さなループに通し、蝶々結びをして、さらにはシーツの片側をひっくり返して、布団を内側に入れる必要がある。
何を間違えたか、上手くシーツをひっくり返せず、やり直すこともしばしばだった。
夫もおそらく同じなのだ。
先日、2人目の娘が生まれた。
退院後は夫も一緒に里帰り。
和室に布団を敷いて、家族4人で寝る。
数日間、夜中に掛け布団の向きが定まらず寝苦しい夜を過ごし、シーツを洗うときに、シーツの縦と横が反対だったことに気づいた。
取り付けたのは、(もちろん)夫。
一緒にシーツを取り外していた母も気づき、義息子に対して呆れかける。
そんな母に対して、"呆れないで!シーツをかけてくれるようになっただけでも成長したんだから!"と諭す自分にはっとする。
家事がうまくできない夫にイライラするばかりだった新婚の頃から、5年経てようやく(夫を小学生の息子だと思うことで)、家事をしてくれてありがとう、という気持ちを持てるようになった自分がいたからだ。
小学生の私ができなかったことは、夫もできなくて当たり前、と思うことで余計なイライラを発生させずに済むようになった。
たとえば、夫が食器を洗ってくれた場合。シンク周りはびしゃびしゃ、生ごみはそのままだ。
だけど、小学生の私もお皿洗いをした後に、シンク周りを拭いたり、生ごみを処理した記憶はないので、お皿を洗ってくれただけで良しとする。
自分の部屋の掃除機をかけるのは10回言われたうちの1回くらいだったし、畳んでもらった洗濯物はいつまでも箪笥にしまわれず山積みになっていた。
だから、いいのだ。そんなものなのだ。
こんなに偉そうに書いている今の私だって、炊いたご飯はよくお釜の中に忘れてしまうし、ネットの詐欺に合ってお金を騙し取られる。
でも、夫はそれを責めたり馬鹿にしたりはしない。(ご飯はちゃんと冷蔵庫にしまってくれるし、詐欺に合った時の対処法も調べてくれる。)
そうやって、私たちは補い合って生きている。
大人になると人はなかなか変われない、と言うけれど、こうやって少しずつお互いに変化していけることは、私にとっての希望だ。