
日記を書く意味
5年日記を始めて、5年が経った。
今年から、新しい5年日記を書き始めた。
元々飽きっぽい性格で
何かを続けることが苦手だった
根気という言葉は
自分には最も縁遠い言葉だと感じていた
日記を書き始めたきっかけは
コロナ禍だった
仕事も基本的に在宅になって
週1日だけ、オフィスに出勤していた
それでも仕事に特段の支障は無かった
先行き不安な日々を送る中で
とにかく自宅にいる時間が長かった
普通ではない日々を過ごしていた頃
日々の暮らしや思ったことを
日記に書き留めてゆくことで
いつか訪れるであろう普通の日々を
じっと待っていた
そして、いつか
「コロナ禍があったよね」
と思い返す時、
あの頃の特殊な状況の中で
何を考え、どう暮らしていたのか
記録として残しておきたかった
今、読み返すと
悲壮感はなく、娘と日々を
ただ、過ごしていた
仕事を自宅でこなしながら
お昼は、娘と自宅でランチ
夜も自宅で、お夕飯
ワクチン接種で熱を出した時の様子が
結構、詳細に記載されていたり
元気に過ごしている日は
割に、仕事に関する記載が多かった
そんな風に1年、続けてみると
案外、毎晩、短い振り返りの時間として
日記の会を開催することが習慣になった
5年間続けると
5年分の同じ日に何をしていたか
誰と会っていたかが、
同じページに記載されているので
あとで読み返すと興味深い
同じ友人とは毎年同じ時期に
食事会をしていて
ある年は、
前年と同じ日に同じ友人と
会っていたことがわかった
一人旅に行ったこと
娘と二人で旅行に行ったこと
友人と食事に行ったこと
いろいろな出来事
もう還暦も過ぎて
長く生きても、あと30年くらいだ
身体が動く限り
ピラティスは続けてゆきたいし
文字が書けるうちは
日記を書き続けてゆきたい
大した事が書いてあるわけではない
それでも、その時の自分の体調や
気持ち、何を思っていたか
そんな記録が、日々を漠然と
過ごしがちな歳になった自分にとっては
大切な思い出の記録
日記を書く意味は
はじめに決める必要はない
意味なんて最初は無くても
続けてゆくうちに
自分にとっての意味ができてくる
そんな風に思っている