
戻れない私、それでも生きる ー LIFE IS MAMAGOTO
抗がん剤治療を終えて、もうだいぶ経つ
それでも私は、がんになる前の自分には戻れていない
主治医は最初にこう言った
「がんになる前の体には戻れません」
あのときは、その意味がよく分かっていなかった
けれど今になって思う
「ああ、このことか……本当に戻れないんだ」と
外出するとすぐに疲れてしまう
気づけば、家にこもりがちな生活になっていた
ときどき家族が外に連れ出してくれる
でも、出かける準備だけで体力を使い果たしてしまう
出発前に一度横になり、気合いを入れてから家を出る
せっかくの家族の時間なのに
思い出を十分に作ってあげられていない気がする
それでも、娘の笑顔が見たくて車に乗り込む
車の後ろには、いつも車椅子を積んでいる
行きは歩けても、帰りはぐったりして歩けなくなることが多いからだ
それでもいい
束の間の外出でも、この時間が夫や娘の思い出になってくれたら嬉しい
家族の笑顔を見ることが、何よりも嬉しい
けれど楽しい時間のあと、次の日から2〜3日は体が動かなくなる
体がつらいと、心も沈んでしまう

普段は明るいママでいようとしているけれど
ときどき弱音もこぼれてしまう
「もっと体の強い人に生まれたかったな……」
「どうしてこんなに動けないんだろう……」
「もう長くないのかな……」
そんなとき、娘が言う
「LIFE IS MAMAGOTOでしょ!! ママ!!」
明るくて大きな声で、まっすぐに
無菌室に入院していた頃を思い出す
抗がん剤がつらくて、起き上がることもできなかった日
「先生、今日は本当に動けません……つらいです」
そう伝えた日のこと
その日の夕方、娘から電話がかかってきた
「ママ、今学校終わったよ!」
その声を聞いただけで、不思議と力が湧いた
母親としての何かが、体の奥から込み上げてくるようだった
抗がん剤のつらさが、少し和らいだ気がした
気のせいかもしれない
主治医は私を見て、優しく微笑みながらこう言った
「娘さんが一番の特効薬ですね」
あの言葉を、今でも思い出す
きっと今もそうなのだ
娘は、私にとって一番の特効薬なのだと思う
枕に顔を埋めて泣いていた娘が
それでも私を励まそうと、幼いなりに必死だったのだと思う
ありのままの自分を受け入れていく
LIFE IS MAMAGOTO
そして、1日でも多く
娘の笑顔を見ることができたら
それでいい
そう思いながら、私は今日も娘の笑顔と生きていく