
【創作大賞2026エッセイ部門】ファンのままでいたかっただけなのに。
推しと呼ぶには近すぎた。
それでも、恋と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
最初から、わかっていたはずなのに。
この距離は越えてはいけないことも、言葉にしてしまえば重くなることも、全部、ちゃんと知っていた。
それでも、たった一つの「いいね」で救われて、既読がつかないだけで一日が終わった気がしてしまう。
こんなふうに、誰か一人の反応に心を預けてしまう自分を、どこかでずっと、めんどくさいと思っていた。ファンでいたかっただけなのに。
それ以上を望んでしまう自分の気持ちを、どう扱えばいいのかわからなかった。
どうしようもなく、やりきれなかった日。
誰かとわかり合いたいと思う夜がある。
友達のLINEを開いて、SNSを開いて、打っては消して、打っては消してを繰り返す。
本当に話したいことなんて、
わかり合いたいことなんて、
言葉にならなかった。人とつながっていたいのに、
何を話せば、どうやって深くつながれるのかがわからない。結局、なにも送れないまま画面を閉じる。
そんなわたしが、唯一、めんどくささを見せられる人がいた。似ている気がして、どうでもいいようなDMを送って、安心して眠ってしまう夜を、何度も繰り返してきた。それなのに、朝になると、既読がつかないだけで不安になる。送信取り消しをして、なかったことにしてしまう。いつものことだった。
わたしが見せている"めんどくささ”は、きっと一方通行で、わたしだけのものなのに。
それでも、どうしてまた、今夜も送ろうとしてしまうのだろう。
DMを開いて、文字を打っては消して、また打って、消す。そのあいだ、相手の画面には「入力中....」と表示されているのだろうか。それとも、たくさんのメッセージに埋もれて、その瞬間は存在すらしていないのだろうか。送れなかった言葉。送ったのに消してしまった言葉。わたしのめんどくささや重さが、相手の日々に影響していないことを願うばかりだ。
いや、そもそも。
影響するような立場ではないのだと、何度も言い聞かせている。
その"誰か”が、あの人だった。
こんなに誰かのことを知りたいと思ったのは、はじめてだった。何度もその人の言葉を読む。
わたしの中に流れ込んでくる言葉は、時にやさしく、時に鋭く、時に、確信を突いてくる。
こんな感情も、はじめてだった。
あまりにもめんどくさいわたしを、受け入れてもらえたような気がしてしまった。
そんな言葉たちが、そこには並んでいた。
いつか、その人と、
ろうそくがテーブルに置かれる夜のカフェで、めんどくさい人間の答え合わせがしたかった。
それだけだった。
文字だけじゃなくて、声のトーンや、ほんの少しの間や、言葉になる前のニュアンスまで、感じ取ってみたかった。ちゃんと、その人の言葉を、めんどくささごと、知りたかった。感じたかった。
でも、その距離は、わたしが思っていたよりずっと遠かった。
どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。
どんな人なんだろう。
そう思ったきっかけは一つじゃないのに、言葉にしようとすると、どれも違う気がしてしまう。
その人を表現するのにふさわしい言葉を見つけたくて、本を読んだり、映画やドラマを見漁ったりする夜が増えた。
でも、何かが違う。
わたしにはなにもなくて、
周りは、優れたもので満ちているように見えた。
彼女のSNSを見て、嫉妬してしまったことがある。
それがあまりにも恥ずかしくて、でも、そのストーリーを見て泣きそうになるくらいには、本気だった。
付き合いたいとか、そういうことじゃなくて、ただ、人として、どうしようもなく好きだった。
会いたくても会えない。
話したいときに、話せない。
できるのは、一方通行の、めんどくさいメッセージを送ることか、届くはずもない投稿やストーリーを、勝手に向けることだけだった。
見てくれるはずがないのなんて、わかっているのに。
それでも、好きだから、やめられなかった。
手の届かない人に惹かれて、淋しさや嫉妬を知って、
それ以上に、一方通行な自分に気づいてしまった。
こんなにめんどくさい人間だったんだ、と、夜な夜な落ち込む。
でも同時に、わたしはまだ、誰かのことを好きになれるんだと、少しだけ嬉しくもあった。
会えても、話せないかもしれない。
話せても、一瞬かもしれない。
遠くから見れば、米粒みたいにしか見えないかもしれない。
それでも。
推しと呼ぶには近すぎたこの感情を、どうしても、なかったことにはできなかった。
ファンのままでいたかっただけなのに、それ以上になってしまったこの気持ちを、まだ手放せずにいる。