
長物を持ち歩くおじいちゃんと恋におちる(約1400文字)
5月末のこと、行きつけの喫茶店で幅を利かせている観葉植物の鉢の植え替えを手伝ってあげた。
なんせ喫茶店の運営陣は創業者よしこ(95)、マスターはよしこの息子さん(70)という顔ぶれで常連さんもほとんど70歳オーバーのベテラン揃い。
手伝える人なんてなかなかおらず、
白羽の矢は私に突き刺さって抜けなくなった。
よしこさんは
「あなたは農学部だったんだし、植物のことにも詳しくて安心して任せられるわぁ」とこれみよがしにニコニコして見せるもんだから、
「それじゃあ、よしこさんの身体で支払ってもらいますけれど、よろしいでしょうかね?」
と古典的な悪党のセリフで私も応戦した。
とにかく、観葉植物のフィカスウンベラータは可哀想なことになっていた。
枝は天井まで伸び、根っこは小さな小さな鉢にギッチリと詰まって、上にも下にも身動きが取れない様子だ。
まずは根っこを切りながら、陶器の鉢をすっぽ抜き、新しいプラスチックの鉢に深めに植え替えた。これでフィカスウンベラータの背丈は少し小さくなってくれた。
この日は一旦片付けをして、マスターと助っ人に来てくれた近所のおばあちゃんと私の3人で鍋パーティーをした。
マスターが頑張った私のために、広島県の日本酒である竹鶴を用意してくれていたのだ。
しかも、6~7年熟成の珍しい一本!!!!
汗びっしょりで植え替えをしたあと、私は疲れて元気がなかったようだ。
しかし、思いがけぬご褒美に私はすっかり元気を取り戻し「また困ったら言ってよ!」なーんて調子の良い事を言い放った。
そんなこと言わなければ良かったと思ったのは、後日のこと。
今度は伸びすぎたフィカスウンベラータの枝を切るからプレゼントしたい、そのまま持ってくれと言われた。
喫茶店で捨てるのには困るだろうし、部屋に枝ものがあるのは美しい光景なので、有難くいただいた。
ただ、私の身の丈くらいある(そして大きな葉っぱもしげっている)フィカスを手で持って、歩いて帰るのはちょっと恥ずかしい。
葉っぱで雨を避けるトトロみたいな格好なんだもの。
そんな理由で、あえて閑散とした昼間の歓楽街を通ってこっそり帰路についた。
やっと家の近くの住宅街に入った頃、目の前の家から袴姿のおじいちゃんが出てきた。もちろん他人だ。
しかも、そのおじいちゃんは身の丈程もある長くてデカい弓を持っている。道着と弓からして、きっと弓道をされるんだろう。
運命的なタイミング。
長物(弓道用の弓)を持ったおじいちゃんと
長物(フィカスウンベラータ)を持った私は
だいたい5mくらい感覚をあけてまっすぐ同じ方向へ歩き続けた。
終始おじいちゃんは前を向いて歩いており、私には気づいていないようだったが......
思いがけぬ長物ペアの完成に、私は心の底から恥ずかしくなっていた。
お願いだから早くこの謎の時間が終わりますように……おじいちゃんが決してこちらを振り向きませんように……他人にも知り合いにも、誰にも見られませんように…
長物ペアはそのまま100m程度歩く。
おじいちゃんが別の民家に入って行ったので
先にペア活動から離脱してくれた。
おじいちゃんがご友人宅?のドアをあけ、弓を引っ掛けないように慎重に入っていくのを横目で見ながら、
私は「こっちに気づきませんように!」と念を飛ばしつつ早歩きで立ち去った。
私とおじいちゃん、
長物を持って歩いている以外の共通点は何も無かったけど、もしも2人の目が合ったりしたらどうなっていたことか…...
少女マンガだったら、確実に恋が始まっていただろうな。ふー、危ない、危ない。