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生に意味などない。生きる意味を求めるな

     僕が死んでも何も変わんないだろうな。僕の知り合いが悲しんでくれるだろうけど、ただ、それだけ。灰になっておしまい。だから、僕が死んでも何にも変わらない。

     ほら、僕って実は数十年前までこの世界にはいなかった訳なんです。明治時代にはいなくって、江戸時代にはいなくって、縄文時代にもいなくって。もっともっと昔から僕っていなかった訳なんです。本当に長い間この世界は、この宇宙は存在していたんだろうけれど、僕という人間なんていなくて、それで何にも問題なかった。だから、僕が今死んだところで、別に何か重要な問題が起こる訳でもない。だから、僕が死んでも、この世界には何にも問題がない。明日もまた太陽は昇るんだろう。いつか太陽が地球を飲み込む、その日まで。

     世界には何十億人もの人がいて、世界の長者番付に乗るような大金持ちの人も、歴史に名を遺すような偉大なことを成し遂げたすごい人だって、別に今までその人がいなくたって世界は回っていたし、その人は多分100年先には死んでいるだろうけれど、多分、大事件にはなってない。ねぇ、君の家のアリの巣に生きるアリが一匹死んだら、それは世界にとっての損失と言えると思う? 僕はそうは思わないよ。じゃあ、人間とアリの違いって何なんだろう? 女王アリが死んでも君が変わらないように、きっと世界のすごいお偉いさんが死んだところで世界に損失はないんだよ。

     だから、僕が死んでも君が死んでも、何も変わらないんだ。違うかな。

     そうやって、そんなことをぼんやり考えながら生きてきて、じゃあ、生きる意味ってなんなんだろうと思う。僕は身内の死を経験したことがあるけれど、その人は生きている内は動き回っていたけれど、死んだ後は燃やされて灰になったよ。あ、骨も残った。人間いつかは死んで、僕も君も無になり果てる。今まで僕達が世界に存在しなかったように、またそんな世界がやってくるだけ。シャボン玉がぷくっと生まれて、パチンとはじけるように。

     誰がシャボン玉の一生に価値を見出す? きっと、その一生に意味を探し出せるのは詩人と暇人だけだと思うよ。

     この世界に特別なんてない。人の生は何ら特別じゃない。死はなんも面白みもない。生も、然り。

     だから、僕らができることと言えば、息をして、死ぬだけだ。そして、そんな人生はきっと退屈だろうから、僕達は何かにならねばならない。さっき、僕は言ったはずだ。シャボン玉の一生に価値を見出せるのは詩人と暇人だけだと思うと。暇人は嫌だ。

     だからさ、僕達は、人間は、皆、詩人にならねばいけないと思う。それが人が目指すべきものだ。人よ、詩人となれ。この生に飽きたくなければ、詩人となれ。

     そうやってうたをうたって生きることが、無価値な生の救いとなる。


     
     
    水瀬白龍と申します!主に自作の小説を投稿しています。よろしくお願いいたします!現在、『神獣の犠牲』というファンタジー長編を連載しています。魔術や騎士といったファンタジーな設定が好きだという方は是非、ご覧いただけたら嬉しいです! ファンタジー以外のジャンルも書いています!

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