
朝の登校時間、僕は歩き方を忘れる
※この後の文章はノンフィクションです。
実際に自分が感じているだけです。
もちろん勘違いも混ざっている可能性があります。
僕は朝、登校するときうまく歩くことが出来ない。
膝やかかとが歩くことを阻止してくる。
なぜなのだろう。
もちろん部活や勉強の疲れもあるだろうがもう一つ僕には心当たりがある。
それは半いじめだ。
これは自分なりに考えた言葉。
無意識にいじめている状態のことをそう呼んでいる。
本当にそんな言葉があるのかは僕にはわからないけど自分が感じたのはその言葉のままだった。
今はその人たちと絶縁状態にある。
そのことについてはまた別の記事でより詳しく書こうと思う。
自分が傷ついたのはこれらの相手の行動だ
・無視
・馬鹿にする
・物扱い
これらは自分が相手を見て感じたことだ。
最後に遊んだあの日。
僕は正直傷ついた関係を修復できるチャンスだと考えていた。
でもいつもの公園についた瞬間自分はWi-Fiをもらえる道具だと思われていると感じた。
いつもの6人ぐらいの中で自分だけスマホのギガが無制限だ。
遊びに行くとよくギガをねだられる。
その当日も快く承諾し貸していた。
でも、そのあとの相手の行動には明らかに悪意があった。
一人のとm、いや「元友達」がその時に行った。
「今度の集合時間なんじにする?」
そのまま話が進んでいくが自分は何のことかわからないので聞いてみた。
会話は終了して全員の顔から笑みが消えた。
何も聞こえない。
風が吹いてまた別の話題で話が始まった。
その話とは、はやりについての話だ。
自分はあまり流行に興味がない。
でもみんなは自分のことをそれをいいように自己肯定感を上げるためにバカにしてくる。
聞いたこともない曲を知らないといえば笑われて知っていると言われたら曲名を問われる。
その質問に間違うといつも以上に笑われる。
自分は何度も同じような質問をされている。
だから自分はわかっていた。
何を言っても無駄なのだと
だから自分は笑われ者としてそのグループにいた。
でも一度亀裂が入った関係を崩壊させるようにもう一つの質問が飛んできた。
内容はラインの友達の数についてだった。
僕は友達の数が少ない。
なぜなら増やすことを意識していないから。
その時から僕は半ば強制的に答えさせられていた。
でもとにかく不快感を感じて自分は反論した。
「毎日そんなに僕のこと馬鹿にして楽しいん?」
記憶があまりないが泣きそうな声になってしまったことを覚えている。
でも相手から帰ってきた言葉は全否定。
馬鹿にしているつもりはないのだろう。
また半いじめだ。
とぼけているわけではない、心からそんなことをしていないと言っていることが感じ取れた。
その時自分が相手に言い返すのは本当に最善の最善の選択肢だったのか。
今でも相手を攻撃的に攻めたことに罪悪感を感じている。
その瞬間に張りつめていた緊張が切れるように自分はなんだかすがすがしい気持ちになった。
毎日相手との関係を切りたくないと思いながら遊んでいた、話していた。
でもその瞬間の居心地の悪さで自分は決断をすることが出来た。
もうその人たちと無理に遊ぶことなんかないのだと。
そんな決断をしたにもかかわらず僕は毎日歩き方を忘れる。
毎日あの人たちと登校ルートと時間がかぶる場所がある。
その時に見る顔や笑っている声が自分にとってあの記憶を思い出させる。
それだけで毎日足におもりがついている感覚になる。
朝、あの集団を見る前にも後にも。
関係はなくなっても嫌な気持ちは消えることはない。
でもいなくなったぶん、一緒に学校に行く友達もいる。
あの集団みたいに大人数ではなくて1人だけ。
でも愚痴を聞いてもらったり学校の話をしたり。
それだけで学校についたときには痛みは自然と少なくなっている。
なぜだかわからないが自分の力ではこの感覚を消すことが出来ない気がしている。
空いた分の場所を埋めてくれる友達はいるはずなのに。
朝のあの時間帯だけは自分は歩き方を忘れる。
時間が解決してくれる。
そう信じて今日もまた新しい一歩を、重たい一歩を踏み出して朝を迎える。