
責任感という名の猛毒。倒産で心が壊れたディレクターが辿り着いた、極端で冷徹な生存戦略。
プロローグ:人目を気にする私と、二つの顔
いつも私の恋愛小説を読んでくれて、ありがとうございます。
……と言いつつ、実はまだ2回しか投稿していないんですけどね。
しかも、中身といえば序章も序章。
ちょっと笑えて、ほんの少しキュンとする程度の、
言ってしまえば「バカげた恋愛小説」です。
それでも、私はいつも、どこかでビビっている自分がいます。
「仕事中のあの冷徹な私を知っている人が、
この小説を読んだらどう思うだろう?」
「アラフォー手前にもなって、あんな浮かれた物語を書いて……
と気味悪がられるんじゃないか?」
正直、人目が怖くて仕方ありません。
40歳を目前にした現役のディレクターが、
夜な夜な甘い台詞をキーボードで叩いているなんて、
冷静に考えれば落差が激しすぎて自分でも少し引いています。
もし職場のメンバーにバレたら、明日からどんな顔をして
「進捗どうですか?」と詰めればいいのか。
想像するだけで変な汗が出ます。
さて、ここからが本編です。
私は、IT業界で20年近く働いています。
外から見れば、IT業界なんて
「自由で」「最先端で」「キラキラしている」
ように見えるのかもしれません。
カフェでノートパソコンを広げ、スマートに課題を解決し、
やりがいのある仕事で高年収。
そんなイメージを抱いて、この業界を夢見る若者も少なくないはずです。
でも、私の見てきた現実は、そんなに甘いものじゃありません。
誤解しないでほしいのですが、
IT業界そのものが悪いわけではないんです。
本来は、何もないところから新しい価値を生み出し、
バラバラなピースを繋ぎ合わせて形にする、
とてもエキサイティングで刺激に満ちた業界のはず。
ただ、当時の私の「置かれた環境」と、私自身の「歪んだ正義感」。
この二つが最悪の形で噛み合ってしまったとき、
IT業界は一気に、泥を啜るような無機質な場所へと変貌しました。
ディレクターなんて、響きはいいですが実態は「高級な雑用係」です。
全方位からの理不尽をさばき、誰のミスでも最後に頭を下げるのは私。
権限は何もないのに、責任だけは100%押し付けられる。
(極端な考え方ですけどね…)
そんな場所で生き残るために、私は感情を殺し、数字と納期だけを追う
「鋼のOS」を搭載したマシンのように振る舞ってきました。
そうしないと、
20年もこのバグった業界をサバイブし続けることなんてできなかったから。
でも、そうやって「責任感」という名の猛毒を食らい続けていると、
ある日突然、中身が空っぽになる瞬間がやってくるんです。
私が「バカげた恋愛小説」を書き始めたのは、
誰かに望まれたからでも、私が慈愛に満ちた人間だからでもありません。
そうやって「両極端な世界」を自分の中に無理やり作らなければ、
現実の毒に耐えられなかった。
ただそれだけ、正気でいるための、切実な防衛手段でした。
仕事で「責任」を背負い、自分を削り続ける私を、
物語の中で「解放」してあげること。
そうまでして自分を守らなければならなかったのは、
かつて私が「責任感」に殺されかけて、二つの地獄を見たからです。
一つは、30代前半で直面した「会社の倒産」。
もう一つは、その後に起きた「プロジェクトの頓挫」。
今日は、なぜ私がここまで極端に「現実」と「物語」を
切り離さなければならなかったのか。
そのきっかけとなった、地獄の記録を書いてみたいと思います。
第1の地獄:歪んだ正義感が招いた「献身の罠」
30代前半。 私は、あるITベンチャーでディレクターをしていました。
仕事は忙しかったけれど、やりがいはあった。仲間もいた。
「自分がこのプロジェクトを支えている」という自負もありました。
そんな日常が、ある日突然、音を立てて崩れました。
「会社が、なくなる」
社長から告げられたその言葉。
周りのスタッフが絶句し、泣き崩れる者もいる中で、
私はどこか冷めた心地でその光景を眺めていました。
実は、私だけはわかっていたんです。この日が来ることを。
当時の私は、それなりの実績を積んでいたこともあり、
他のメンバーよりも高い給料設定をしてもらっていました。
もちろん、社内には他にも高額な報酬を得ているベテランは数名いました。けれど、会社全体の資金がショートしかけたとき、
真っ先に止まったのは、皮肉にも私の給料でした。
「ごめん、美月さんの分だけ、今月は少し待ってほしい」
社長からそう告げられたとき、すでにカウントダウンは始まっていました。 社内の誰よりも早く、私は「未払い」という現実を突きつけられ、
一人でその予感と戦っていました。
普通の人なら、そこで自分の身の振りを一番に考えるはずです。
給料は出るのか、明日からの生活はどうなるのか。
でも、当時の私は違いました。
私の中にあった「歪んだ正義感」が、最悪の形で発動してしまったんです。
「クライアントに迷惑をかけちゃいけない」
「進行中のプロジェクトを、私で止めるわけにはいかない」
自分の給料さえ出ないことが確定しているのに、
未払いの通帳を抱えたまま、私は深夜までオフィスに残り、
クライアントへの対応を行い、
プロジェクトの進行を優先しました。
今思えば、笑えるほどおこがましい勘違いです。
自分の通帳の残高が減っていく恐怖よりも、
「責任を果たせていない自分」への恐怖の方が勝っていました。
給料が出ていないことを周囲に隠したまま、
誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまでノートパソコンに向かう。
深夜のオフィスで一人、冷え切ったコンビニ弁当を食べながら、
「なんで私は、自分の人生が詰みかけているのに、
他人のために資料を作っているんだろう」と、
ふと疑問が頭をよぎることもありました。
でも、止まれなかった。
「クライアントへの迷惑を最小限にとどめなければ…」
「ここで私が投げ出したら、
他のメンバーの給料も一生出ないまま終わってしまう」
ディレクターとして「完璧に完遂すること」が
正義だと信じて疑わなかったから。
「正義感」というより、
それはもはや自分を縛り付ける「呪い」に近いものでした。
結果として、プロジェクトの引き継ぎは滞りなく完了させ、
懸念していた仲間たちの再就職先も、
私の知る限りの伝手を辿ってなんとか決めることができました。
クライアントへの不義理を最小限に抑えること。
その『正解』を出すためだけに、
自分の生活という最低限の土台を、私は自ら差し出していました。
文字通り「すべてを整えて」、
仲間たちは次の一歩を踏み出すために散っていきました。
最後に残ったのは、ただ、誰もいなくなった静かなオフィスと、
やり切ったはずなのに、なぜか1ミリも報われた気がしない自分だけ。
誰からも「ありがとう」とは言われませんでした。
会社がなくなるとき、人は自分のことで精一杯です。
あんなに身を削って守ろうとしたものは、
会社が消えると同時に、煙のように消えてなくなりました。
「正義感は、自分を守ってくれない」
その残酷な事実に気づくには、私にはまだ少し時間が必要でした。
第2の地獄:止まらない現場と、すり減り続ける正義
倒産という嵐を抜けた後も、私はIT業界の現場に留まり続けました。
生活のために再就職し、また新しいプロジェクトを回す日々。
倒産を経験してもなお、
私の中の「歪んだ正義感」は消えていませんでした。
むしろ、
「次こそは失敗できない」
「私がいなければ、この現場は止まってしまう」
という強迫観念は、以前よりも強くなっていた気がします。
誰よりも早く課題を見つけ、
誰よりも責任を背負い込み、現場を円滑に回す。
それがディレクターとしての私の存在意義であり、
プライドでもありました。
けれど、そんな「正義感」という名のエンジンは、
とっくに修復不可能なほど焼き付いていたのかもしれません。
終わりのない運用、積み重なる期待、
そして常に「完璧な自分」を演じなければならないプレッシャー。
人目を気にする私は、現場で少しでも「頼りない」と思われるのが怖くて、必死に「いつものデキる私」の仮面を被り続けました。
でも、無理なものは無理でした。
ある日、本当に、取り返しのつかないミスが起きました。
何の言い訳もできないような、単なる確認不足。
かつての私なら、まずありえないはずの、
そのミスが原因で、大切に育ててきたプロジェクトが頓挫しました。
その瞬間、頭の中でパチン、と糸が切れる音がしました。
あんなに自分を律して、鋼のOSで動いていたはずなのに、
一度切れた糸は二度と結び直せませんでした。
「がんばらなきゃ、、がんばらなきゃ、、
でもなんで、、、頑張る力がでない」
頭では「動け、動け」と必死に命令しているのに、
心と体がそれを完全に拒絶している。
周りの期待、「デキるディレクター」としてのプライド。
そんな「守らなきゃいけないもの」のすべてが、
今の私を押し潰す重りにしか思えなくなっていました。
頑張らなきゃいけないのに、どうしても、頑張れない。
そんな自分に、さらに絶望していく。
そのときようやく、私は認めざるを得ませんでした。
私の「責任感」も「誠実さ」も、自分を守る盾ではなく、
自分を縛り上げる鎖でしかなかったことに。
生存戦略:仕事は「プロの成果物」、心は「聖域」に。
「頑張らなきゃいけないのに、頑張れない」
そうやって泥の中に沈んでいた私が、
ようやく顔を上げられるようになったのは、
一つの「諦め」と「決意」ができたからでした。
「誰かの期待に応え続けるための正義の味方」でいることは、
もうやめよう。 その代わり、
「プロとして、出した成果に対してのみ責任を持つ自分」
としてOSを再定義する。
そう決めた瞬間、あれほど私を縛り付けていた重い鎖が、
ふっと軽くなるのを感じました。
私が自分を守るために作り出したのは、
「自分を二つに切り離す」という、極端な生存戦略(リファクタリング)
です。
仕事は、私の人生を豊かにするための「ATM」であり、
同時に「プロとしての技量を提供する場」だと割り切る。
誤解しないでほしいのですが、仕事を投げ出すわけではありません。
むしろ逆です。
プロとして受けた仕事は100%の責任を持って完遂する。
けれど、そこに「過剰な心」までは預けない。
「責任感」という猛毒を飲み干してしまう前に、
出すべき成果を出して、スッと身をかわす。
この「自分を切り離すための具体的な設定変更(設定値)」こそが、
私が20年の荒波で溺れずに泳ぎ続けてこられた唯一の理由です。
他人の期待を「仕様外」として切り捨てる勇気
仕事への感情流入を物理的に遮断する「心のファイアウォール」の築き方
自分をATMを動かす「演算装置」だと割り切る思考プロトコル
これらは私が血を流しながら書き換えた、実戦用の生存マニュアルです。
そして、その守り抜いた「心の聖域」で綴っているのが、
私の恋愛小説です。
現実が「無機質」だからこそ、
その対極にある「キュンとする世界」が私には必要でした。
仕事で固まった脳を物語で解きほぐす。
この往復があるから、私は今日を生きられています。
私の不器用な物語が、
かつての私と同じように立ち止まってしまったあなたの心を、
ほんの少しでも軽くする「ご褒美」になれば嬉しいです。
そして、これからこの場所では、
私が20年の修羅場で掴み取った「自分を守り抜くための実弾」も、
少しずつ手渡していこうと思います。
【近日公開】私の「生存戦略」――心を削らずに生き残るための実録
綺麗事は一切書きません。私が血を流しながらOSに書き込んできた、「心を1ミリも削らずに、プロの成果だけを出し切る具体的な手法」。
本気で「自分を守りながら、プロとして生き残りたい」と願う人だけに届ける、泥臭いサバイバル術を有料noteとして近日公開する予定です。
嫌な依頼を、カドを立てずに「冷徹」に弾くフィルタリング技術
「完璧主義」をデバッグし、最短距離で合格点を叩き出す思考プロトコル
会社が倒産しても、心が破損しても、明日からまた稼ぎ出すためのOS再起動術
他人の期待に応えるために、自分を殺すのはもう終わりです。
あなたがあなたの「聖域」を死守しながら、
プロとして淡々と稼ぎ続けるための設定変更を、一緒に始めましょう。
もし、この記事を読んで「自分も少し肩の荷が下りた」
「冷徹な戦略の続きを早く知りたい」と思ってくださったなら、
「いいね(スキ)」や「フォロー」で合図を送ってください。
その声が、私の執筆の最強のバックアップになります。
それでは、また次の夜にお会いしましょう。
【ご褒美:心の聖域へ】
仕事で冷徹に削り取った「感情」を、私はこの場所で再生させています。 生ハム原木から始まる、ITディレクターの不器用な恋の物語。
👇 Webディレクター結衣の生ハム原木から始まる恋愛小説
■ 【追記】この「バグ」の修正パッチ(解決策)を公開しました
この記事で書いたような「やる気が出ない」「体が動かない」というエラーから、どうやって私が生還したのか。 20年戦士の私が実践した、泥臭い「40代専用の生存戦略(OS書き換え手順)」を、実録マニュアルとしてまとめました。
もし今、あなたも同じ場所で動けなくなっているなら、その答えはここに置いておきます。
▼ 【実録】40代で「やる気」が壊れた夜。――責任感という猛毒を抜き、自分を再起動するOS書き換えマニュアル