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それでも、私は愛を遞んだ。けれど゚ンドロヌルは流れなかった

    倜曎かしは矎容に悪い。

    そんなこずは、66幎も生きおいれば嫌ずいうほどわかっおいる。

    本圓は癜湯でも飲んで、静かな音楜でも流しお、穏やかな気持ちで眠りに぀くのが身䜓にはいいのだろう。

    けれど私は、倜になるず぀いコヌヒヌを淹れおしたう。

    今日もそうだった。

    キッチンに立ち、むンスタントコヌヒヌの瓶を開ける。

    カップにお湯を泚ぐ。

    ふわっず立ち䞊る湯気を芋ながら、
    「はぁっ」
    ず、小さく息を吐いた。

    たぶん私は、この瞬間が奜きなのだ。

    誰にも気を遣わず、
    誰の顔色も芋ず、
    ようやく『自分』に戻れる時間だから。

    スマホの画面には、ただ既読の぀かないLINEが残っおいる。

    たかがLINE。

    若い頃なら、
    「そんなこずで」ず笑ったかもしれない。

    けれど66歳になった今でも、人は案倖、簡単に傷぀く。

    Square Danceの䟋䌚。
    車の䞭で亀わした䜕気ない䌚話。
    パヌティ䌚堎の空気。
    ほんの少しの距離感。

    そういうものが、胞に刺さる日がある。

    「もう、めんどくさいな」

    口ではそう蚀いながら、
    本圓は少しだけ、
    わかっおほしかったのだず思う。

    倫婊の問題を乗り越えたら、
    人生はもう少し穏やかになるのだず思っおいた。

    「それでも 私は、愛を遞んだ。」

    そう曞いたあずも、
    人生は普通に続いおいった。

    ゚ンドロヌルは流れなかった。

    人間関係は終わらない。

    孀独も、
    承認欲求も、
    「居堎所がほしい」ずいう気持ちも、
    ちゃんず残ったたただった。

    それでも。

    それでも私は、
    やっぱり人を嫌いになれなかった。

    コヌヒヌをひず口飲む。

    少し冷めおしたったそれは、
    思ったより苊かった。

    苊い。

    けれど嫌いじゃない。

    むしろ最近は、
    少し苊いくらいの方が萜ち着く。

    甘すぎるものは、
    どこか信甚できなくなった。

    それはたぶん、
    人生のせいだ。

    若い頃の私は、
    もっず単玔だった気がする。

    奜きなら奜き。
    嫌なら嫌。

    癜か黒か、
    はっきりしおいた。

    けれど66歳にもなるず、
    人はだんだん、
    グレヌの䞭で生きるのが䞊手くなる。

    いや、
    䞊手くなるずいうより、
    そうでもしなければやっおいけないのかもしれない。

    スマホを䌏せ、
    私は゜ファにもたれた。

    リビングの隅には、
    明日の䟋䌚に持っおいくバッグが眮かれおいる。

    スカヌト。
    シュヌズ。
    予備のマスク。
    のど风。
    USB。

    USBを芋るず、
    この前の“ピッチ事件”を思い出しおしたう。

    Fly Me to the Moon。

    ちゃんず蚭定したはずなのに、
    䟋䌚で流した瞬間、
    キヌが高い。

    「あれっ⁉」

    ず思った時にはもう遅かった。

    平静を装いながら冷や汗をかき、
    終わったあずには、
    しっかりみんなにいじられた。

    「どうしたの飲みすぎなんじゃない」
    なんお蚀われながら。

      ほんず、
    人はこうやっお歳を取っおいくのだろう。

    笑われながら。
    笑い返しながら。

    私はコヌヒヌを飲みながら、
    ふず数幎前の自分を思い出した。

    あの頃は、
    今みたいに笑えおいなかった。

    倫の䞍倫がわかった時、
    䞖界はもっず単玔に壊れるものだず思っおいた。

    泣いお、
    怒っお、
    責めお、
    そしお終わる。

    ドラマみたいに。

    けれど珟実は、
    もっず地味だった。

    掗濯物は出るし、
    ご飯も䜜らなければならない。

    スヌパヌでは普通に特売日が来る。

    怒りながら、
    味噌汁を䜜る。

    泣きながら、
    掗濯機を回す。

    人生は、
    そんなふうに続いおいった。

    だからたぶん、
    「それでも私は、愛を遞んだ。」
    ずいう蚀葉の䞭には、

    『蚱した』

    だけじゃなく、

    『生掻を続けた』

    ずいう意味も入っおいたのだず思う。

    「生掻を続ける」。

    それは思っおいたより、
    ずっず䜓力のいるこずだった。

    愛しおいるかどうかなんお、
    途䞭からよくわからなくなる。

    それでも朝は来るし、
    ゎミの日も来る。

    冷蔵庫の卵は枛っおいくし、
    トむレットペヌパヌは誰かが替えなければならない。

    結婚ずは、
    案倖そういうものなのかもしれない。

    ドラマみたいな名堎面より、
    名前のない日垞の方が圧倒的に長い。

    私はたぶん、
    その『長い方』を生きおきた。

    だからなのか、
    最近は掟手な蚀葉より、
    小さな優しさの方が沁みる。

    「コヌヒヌ飲む」

    そんな䞀蚀の方が、
    よほど救われたりする。

    けれど人間ずは面倒な生き物で、
    優しくされたいくせに、
    近づきすぎるず今床は傷぀く。

    Square Danceの䞖界も、
    たぶんそうだった。

    最初はただ、
    螊るのが楜しかった。

    音楜が流れお、
    みんなで動いお、
    知らない人ずも笑い合える。

    「なんお平和な䞖界なんだろう」
    ず思った。

    ずころが人が集たる堎所には、
    ちゃんず人間関係が生たれる。

    仲良しもできる。

    掟閥めいた空気もできる。

    既読が぀かないだけで、
    「あれ」
    ず思ったりもする。

    若い頃ならずもかく、
    たさか66歳になっお、
    LINEの既読に心を乱されるずは思わなかった。

    我ながら、
    「乙女か」
    ず思う。

    ぐふふ。

    でも、
    たぶん人間っお、
    䜕歳になっおも、
    誰かず繋がっおいたい生き物なのだ。

    それを認めおしたった方が、
    最近は少し楜になった。

    若い頃の私は、
    もっず匷くなりたかった。

    誰にも振り回されず、
    䞀人で立おる女になりたかった。

    けれど実際の私は、
    コヌヒヌ片手にLINEを気にし、
    䌚長の䞀蚀に安心し、
    誰かの態床に萜ち蟌み、
    「もう知らんっ」
    ず思った翌日には、
    たた䟋䌚ぞ向かっおいる。

    党然、達芳なんおしおいない。

    占い垫をやっおいるくせに、
    自分の感情すら持お䜙す日がある。

    それでも。

    それでも私は、
    人のこずを嫌いになりきれなかった。

    たぶん、
    本圓に欲しかったのは、
    『正しさ』なんかじゃなく、
    「居おもいいよ」
    ず蚀われる堎所だったのだず思う。

    「居おもいいよ」

    たぶん私は、
    ずっずその蚀葉を探しお生きおきた。

    子どもの頃から、
    なんずなく『空気』を芋る癖があった。

    今ここで笑っおいいのか。

    この話題は觊れない方がいいのか。

    誰が機嫌悪いのか。

    誰が本圓は傷぀いおいるのか。

    たぶん、
    占い垫になったのも、
    もずもずそういう性質だったからなのだろう。

    人の顔色を芋る力は、
    時々、生きづらさになる。

    でも、
    誰かの小さな倉化に気づける、
    ずいうこずでもある。

    だから私は、
    完党には嫌いになれない。

    人間っお面倒くさい。

    本圓に面倒くさい。

    嫉劬するし、
    マりントも取るし、
    既読スルヌにも傷぀く。

    「いい歳しお」
    ず思いながら、
    ちゃんず萜ち蟌む。

    でもその䞀方で、
    ほんの小さな優しさに救われたりもする。

    パヌティの垰り道、
    「送っおくよ」
    ず蚀われただけで、
    劙にほっずしたり。

    「今日よかったよ」
    の䞀蚀で、
    䞀日が報われたり。

    そんなこずで、
    たた人を奜きになっおしたう。

    だから厄介なのだ。

    私は゜ファから立ち䞊がり、
    空になったカップを流しぞ持っおいった。

    シンクの䞭には、
    掗い忘れたスプヌンが䞀本。

    なんだか、
    今の自分みたいだなず思った。

    ちゃんずしおいるようで、
    どこか抜けおいる。

    敎っおいるようで、
    実は党然敎っおいない。

    でも最近は、
    それでもいいのかもしれない、
    ず思える日が増えた。

    昔の私は、
    もっず『正解の人生』を探しおいた。

    良い劻。

    良い母。

    良い人。

    ちゃんずした倧人。

    でも、
    どれも長続きしなかった。

    いや、
    続けようずはした。

    頑匵った。

    かなり頑匵った。

    頑匵りすぎお、
    ある日、
    自分がどこにいるのかわからなくなった。

    だから今、
    noteに文章を曞いおいるのかもしれない。

    「私はここにいる」

    それを確認するために。

    最初は軜い気持ちだった。

    日蚘みたいなものだった。

    誰かが読むなんお、
    あたり考えおいなかった。

    けれど、
    「わかりたす」
    ず蚀われるたび、
    私は少しず぀救われおいった。

    あぁ、
    みんな同じなんだ。

    ちゃんずできないたた、
    迷いながら、
    それでも毎日を生きおいるんだ。

    そう思えた。

    だから、
    私は“ぐふふ共和囜”なんおものを、
    勝手に建囜しおいる。

    傷぀かない囜ではない。

    完璧な人しか入れない囜でもない。

    むしろ逆だ。

    倱敗しおもいい。
    既読が気になっおもいい。
    倜䞭にコヌヒヌ飲んでもいい。
    66歳で迷子でもいい。

    そんな人たちが、
    「ぐふふ」ず笑いながら、
    少しだけ安心できる堎所。

    そんな囜があったらいいな、
    ず本気で思っおいる。

    「そんな囜があったらいいな。」

    そう思った瞬間、
    私は少し笑っおしたった。

    66歳にもなっお、
    脳内で『建囜』しおいる。

    普通なら、
    もっず萜ち着いた趣味があっおもよさそうなものだ。

    ガヌデニングずか。
    俳句ずか。

    なのに珟実の私は、
    AIず䌚話しながら、
    「ぐふふ共和囜」の未来に぀いお真剣に考えおいる。

    人生ずは、
    本圓にわからない。

    若い頃、
    たさか自分が占い垫になり、
    noteを曞き、
    AIに向かっお人生盞談をし、
    Square Danceで既読問題に揺れるずは、
    ミリも思っおいなかった。

    未来なんお、
    圓たらないものだ。

    占い垫なのに、
    そんなこずを思う。

    もちろん、
    流れはある。

    運気もある。

    向いおいる方向もある。

    でも最埌は、
    人は『遞びながら』生きおいくしかない。

    「それでも私は、愛を遞んだ。」

    あの時、
    私はそう曞いた。

    けれど今なら、
    もう少し違う蚀葉になる気がする。

    「それでも私は、人ず関わるこずを遞んだ。」

    なのかもしれない。

    人ず関われば、
    面倒なこずも起きる。

    誀解もある。

    嫉劬もある。

    勝手に期埅しお、
    勝手に傷぀く。

    それでも、
    誰ずも関わらずに生きるほど、
    私は匷くなれなかった。

    いや、
    本圓は匷くなりたくなかったのかもしれない。

    キッチンの時蚈を芋る。

    もう日付が倉わっおいた。

    明日は䟋䌚だ。

    「行きたくないなぁ」
    ず思う自分ず、
    「でも行ったら楜しいんだよな」
    ず思う自分がいる。

    この感じ、
    人生そのものだなず思う。

    嫌なこずがある。

    傷぀くこずもある。

    でも、
    楜しい瞬間もちゃんずある。

    だから人は、
    たた次の日も出かけおいくのだろう。

    私は軜く䌞びをしお、
    䟋䌚甚のバッグを芗き蟌んだ。

    USB。
    シュヌズ。
    のど风。

    忘れ物はない。

      たぶん。

    いや、
    こういう時に限っお、
    䜕か忘れるのだ。

    「た、いっか。」

    最近、
    その蚀葉を芚えた。

    若い頃の私は、
    『ちゃんず』しようずしすぎおいた。

    ちゃんずした劻。

    ちゃんずした母。

    ちゃんずした副䌚長。

    ちゃんずした占い垫。

    でも、
    ちゃんずしようずするほど、
    息が苊しくなった。

    だから最近は、
    少し厩しお生きる緎習をしおいる。

    コヌヒヌを飲みすぎおも。

    既読にモダモダしおも。

    たたに愚痎っおも。

    「ぐふふ」ず笑えれば、
    今日はそれで合栌。

    そんなふうに思える日が、
    少しず぀増えおきた。

    窓の倖は、
    い぀の間にか静かになっおいた。

    遠くで、
    車の走る音が小さく聞こえる。

    私は最埌にもう䞀口だけ、
    冷めたコヌヒヌを飲んだ。

    ぬるくなったそれは、
    少し酞味が匷くなっおいお、
    でも䞍思議ず嫌ではなかった。

    人生も、
    きっず同じなのだず思う。

    若い頃に思い描いおいた味ずは、
    だいぶ違っおしたった。

    もっず完璧で、
    もっず矎しく、
    もっず迷わず生きおいけるず思っおいた。

    けれど実際は、

    遠回りしお、
    傷぀いお、
    人間関係でぐるぐるしお、
    既読ひず぀で䞀喜䞀憂しお、
    「もう知らんっ」
    ず思った翌日に、
    たた笑っおいる。

    そんな毎日だった。

    でも最近、
    ようやく思う。

    悪くなかったかもしれない、ず。

    ちゃんずできない人生だった。

    立掟ずは蚀えない日も倚かった。

    占い垫なのに迷うし、
    倧人なのに寂しいし、
    66歳なのに、
    ただ「居堎所」を探しおいる。

    それでも。

    それでも私は、
    今日たで生きおきた。

    愛を遞んだ日も。

    逃げたかった日も。

    泣きながら味噌汁を䜜った日も。

    「ぐふふ」ず笑えた日も。

    党郚、
    ちゃんず私の人生だった。

    私はカップを掗い、
    キッチンの電気を消した。

    明日もたぶん、
    いろいろある。

    䟋䌚もあるし、
    LINEも来るし、
    誰かに傷぀いお、
    誰かに救われるのだろう。

    それでもきっず私は、
    たたコヌヒヌを淹れる。

    湯気を芋ながら、
    「はぁっ」
    ず息を぀いお。

    そしおたぶん、
    こう思うのだ。

    ――人生は、ただ途䞭。



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