
エッセイなんて書くものか!
私が読むのは、もっぱら小説ばかりでして。本屋に行っても自然と小説コーナーに足が向いてしまうのです。
小説以外のエッセイはというと……。そうですね、あまり読みません。読むのは嫌いなわけではないのですよ。ただなんとなく。
けれどこれだけは、はっきりと言えます。エッセイを書くのがどうも好かん。自己紹介でnoteを始めるのに、小説を書こうか、エッセイを書こうかなんて言ってたくせにね〜。
よく言うわと思いますが(笑)
しかしエッセイを書くのが好きではない、これに関しては、ちょっとした理由がありましてね。
それは大学の時に、卒業論文を何にするかを決めた時のことにあるのです。私が行っていた大学の卒業論文は、研究と創作から選べて、さらに創作は、小説かエッセイ、もしくは短歌などから選択することができました。
でこの選択の時点で、大きな間違いを犯してしまったのですよ。
入学した当初は、誰が何と言おうと小説を書くと決めていたはずなのにですよ。なのに、なんとなく話の流れでエッセイを書くと言ってしまって……。
途中で小説に変える事もできたのですが、途中から小説に変えて、最初から書き直すのも面倒くさいと思ったのと、私の頑固さが手伝って、始めに決めたものを変えたくないという思いがありましてね。結局、最終決断でエッセイにすると言ってしまったのです。
しかも、ろくに読んだこともないエッセイを書こうとするのですよ。何やってんだ!って感じですよね。
その後、講義が進むにつれて作品を書き進めていくのですが。
初めは、手探りながらも楽しく書いていました。しかし徐々に私の中で、モヤモヤとした違和感が湧いてくるのを感じたのです。
大学講師いわく、エッセイは自分の心のうちを掘り下げていく作業だと、なぜそう思ったのか、どう感じたのかを考えてくださいって言うのですよ。
「わぁー面倒くさい! なぜそこまでしなくてはいけないのか? 私の奥底をなぜ他人に見せなくてはいけないのか!」
怒りとともに、モヤモヤした重い雲がどんどんと大きくなり私の心の中で渦巻いているのを感じたのです。
今思えば、掘り下げる作業、これをしないエッセイは、上っ面だけのペラペラの薄っぺらい作品になってしまうと思うのですが、どうも当時は納得がいかなかった次第で。
ずっと卒論のエッセイを書いている間、モヤモヤが消えることはありませんでした。なぜ私がこのような感情が起こったのかは、あとあと気づいたのですが……。
これまで私は、他人に自分の本意を見せなかった。いや見せているつもりではいた。しかし仲のいい友達たちに共通して言われていたのが
「いまいち美月のことがよくわからないな」
その時は、「みんな何を言っているんだ?こっちの方がわけがわからないよ」と思っていましたが、そりゃそうですよ。だってモヤモヤとした感情が、私の中にずっと居座っていたのだから、「いまいちよくわからない」と言われても仕方がないですよね。
エッセイを書くためにしなくてはいけない、自分の心うちを掘り下げていく作業。なぜそう思ったのか、どう感じたのか、この作業をしていくのが苦しくて、辛くて、恥ずかしくて。
どうも野球拳をしている気分がしましてね。ジャンケンで負けるたびに、一枚一枚服を脱がされる感じ。挙句の果てにスッポンポンにさせられる状態。
他人の前で全裸になった感覚、わかりますか?
真っ裸ですよ!自分の恥を自ら曝け出す。本音≒恥
もう苦しくて辛くて哀しくて……、本当に情けない。
このような思いのまま、書き終えたエッセイは、言うまでもなく、お粗末な出来ばえでした。今思えば、よくもあんな、ろくでもない作品が書けたものだと自分で自分に感心するくらいです。
という事もあり、エッセイを書くのが今でも苦手と言うか、いや、はっきり言って嫌いで仕方がないのです。
エッセイを書くという事は、全裸になる覚悟で挑まなくてはならない。
なので、今後エッセイを書くと決めたのなら……。
まずは、体を鍛えるためにジムでも通おうかと思います。美ボディを目指さなくては!ですかね(笑)
あっ!ここまで読んくださったみなさんに伺いたいのですが……。
この記事って、エッセイではないですよね!?
絶対に違いますよね!
だって私、まだジムに行ってないし、鍛えてないし、美ボディでもないですからぁ~(泣)
どうにもこうにも動揺が止まらない美月でした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます🌜✨
それでは、また……😂🫠😶🌫️