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その全部をわかり合うためじゃなくて【やりとり手帖】020

    「これは、ここまでだよ」


    「あそこからは、そっちだよ」


    「私が対応できるのは、ここまでだよ」


    「(いまの)僕たちが大切にできるのは、

     あそこまでだよね」



    そんなふうに、

    境界線を引くためのもの。



    たぶん、


    いつのまにか背負ってきた役割を、

    ひとつずつ剥がしていったら、



    言葉って、


    "それ以外のもの"と分けるために

    あるのかもしれないなって思う。



    そう言ってしまうと、

    すこし冷たい感じがするかもしれないけれど、


    不思議と、僕自身は、


    そのことに対して

    ネガティブな印象をあまり持ってはいなくて。


    ・ ・ ・


    言葉にした瞬間、


    “そのもの” 全体を表現することを、

    きっと手放しているんだと思う。



    スポットライトみたい。



    一本の光は、

    ごく一部を照らす代わりに、

    その外側を暗くする。



    「少しだけの言葉」も、

    きっと、それと似ている。



    もう少し全体を、

    同時に扱いたいなら、


    ライトの本数を増やすか。


    光の届く範囲を広げるか。



    あるいは、


    むしろ、

    なんの光も当てない


    そういう選択もあるのかもしれない。


    ・ ・ ・


    だから僕は、


    分けるために

    言葉を使う日もあれば、



    分かれすぎないといいなと願いながら、

    言葉を重ねてみる日もある。



    何本ものライトで、

    少しずつ照らしてみたり。


    光の届く範囲を、

    ゆっくり広げてみたり。



    それでも、


    どうしても照らしきれないものは、

    きっと残る。



    話せば話すほど、

    近づけることもあるけれど。



    話さないことでしか、

    残せない景色もある。



    だから、

    今日の言葉も、


    その全部をわかり合うためじゃなくて、



    その景色の近くまで、

    一緒に歩いていくためにあるのかもしれない。


    ・ ・ ・


    最後に。


    いつも読んでくださっているみなさん、


    今月も、一緒にいろんな風景を歩いてくれて、

    ありがとう。



    そして、

    メンバーシップのメンバーのみんな、


    今月も、ホントにありがとう。



    たくさんの言葉を重ねながら、


    ひらいたり、

    とじたり、

    もぐったり。


    そして、

    ときには、ぷかぷかしたり。



    そんなふうに、

    たくさんの時間を、

    一緒に歩いてこられたことが、

    とてもうれしいです。



    よかったら、また来月も、


    すこし先の景色を見つけに、

    一緒に歩いていきましょう。



    この『やりとり手帖』 は、
    日々の暮らしのなかで生まれた気づきを入り口に、
    人との関わりや、自分自身との対話について
    小さな手帖に書き留めるように綴っていくシリーズ
    です。

    理解しようとすることや、
    言葉を交わすことのおもしろさを、
    ゆっくり味わっていけたらと思っています。


     
     
     
    子どもと過ごす毎日はうまくいくことばかりじゃないけれど、そのほころびの中に豊かさや彩り、祈りのようなものが潜んでいるんだと思います。書きながら少しずつほどいていくことで、自分を知り、子どもを見つめ、世界を想っていけたらと思っています。子育て/未就学児2人/パパ/九州出身/関東在住

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