
うるさい空気になってやる
私は夫に対して「ひとこと言ってくれれば良いのに」と思うことが多々ある。
例えば、話している途中で違う部屋に行ってしまうとか、私が洗い物をしている最中に何も言わずにコップをシンクに置いていくとか。
「もう少し仕事の続きがしたいからあっちの部屋に行くね」「これもついでによろしく」みたいな一言が私としては欲しいのだ。
「ちょっとトイレ行ってくらぁーっ!!」「行っトイレ~!!」みたいな賑やかな家庭で育った私は、夫が何も言わずに次の行動に移るのが理解できなくて、そうした夫の行動に遭遇するたび、文句を言ってしまう。
だが、夫は夫で、「なぜ逐一行動を説明しなきゃいけないんだ」と怒る。「いちいち言わなくてもいいだろう」「見れば分かるだろう」と。夫からすれば、言葉にすること自体が面倒らしい。
こればかりは価値観や育ってきた環境の違いだから、仕方のないことだ。
それは分かっている。
分かっているのだけど、この先何十年も夫婦二人で暮らしていくわけで、お互いに家での話し相手は一人しかいないのだから、もう少し言葉でコミュニケーションが取れたら良いなと思ってしまう。
そんなこんなを考えていたある日、いつも通り「言ってほしい」「なんで言わなきゃいけないの」のやり取りがあり、頭の中でプツンと何かが切れた。
そして、「明日は自分から話しかけるのをやめてみよう」と決めた。
突飛な行動に思われるかもしれないが、話しかけないことで、「言葉にしてくれたら分かりやすい」を実感してほしいと思ったのだ。
あと、正直に言えば、単純に夫を困らせたかった。(かまちょ発動)
翌日。夫は在宅勤務で1日家にいた。
「おはよう」って挨拶したいけど我慢。「ご飯できたよ!」って声をかけたいけど我慢。
「いただきます」は独り言みたいなもんだから言ってもいいよね。流れで「美味しい?」って聞きそうになったけど、それは我慢。我慢。我慢。
こんな感じで、私は自分自身にフラストレーションを与えながら、ミッションを遂行した。
だが、夫はいつも通りだった。
淡々と仕事をこなし、12時と18時にリビングに来て用意された食事を済ませた。
途中、何度か私とすれ違ったり、私の前を通り過ぎることもあったが、特に私の様子に言及することはなかった。
空気清浄機の「ブーン」という音が、いつもより大きい気がした。
我が家は私が話さなければ、こんなにも静かなのか。
そして、夕食後。我慢の限界に達した私は、実験を静かに終えた。
結論から言って、今回の実験は失敗だった。
夫は一応、私の様子がいつもと違うことには気付いていたらしいが、話しかけてこないことに対しては特段何も思っていないようだった。
何の成果も得られず、ただ「話しかけても話しかけなくてもどっちでもいいんだ」と、シンプルに私が悲しくなっただけ。
よく熟年カップルがお互いを「空気みたいな存在」と良い意味で表現することがあるが、夫にとって私は本当に「空気みたいな存在」なのだろう。
「でも、空気がなければ生きていけないんだぞ!」
心の中で夫に訴えたが、返答はなかった。そりゃそうか。
明日はうるさい空気になってやる。