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琥珀色の向こう側 ⑯ 第13話 秀吉を介護する想い(ねね)

    ねね(Nene - The Mother of Samurai)第13話


    伏見城の化粧御殿の庭を、作事の天才・小堀遠州(こぼり えんしゅう)が移築・改修した圓徳院(えんとくいん)。巨石が大胆に配置されたこの美しい北庭を、高台院(ねね)は毎日眺めていた。
    圓徳院の畳に座って眺める景色は、400年もの時を超え、かつてねね、やや、そして太田牛一が実際に見ていた景色そのものである。


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    圓徳院


    慶長16年(1611年)の秋。
    夫・浅野長政を亡くして出家したばかりの妹・やや(長生院)が、京都のねねの元を訪ねていた。そこへ、大坂から執筆のための取材にやってきた85歳の老人・太田牛一が招き入れられる。

    ねね(64歳):
    「牛一殿、大坂からの長旅、よくぞおいでくださいました。ささ、お茶をどうぞ。こうして三人で向かい合っていると、自分が天下人の妻だったことも、出家したことも、すべて夢だったような気がしてまいりますね。……まるで、尾張のあのお屋敷にいるようです」

    太田牛一(85歳):
    「北政所様、長生院様、お健やかそうで何よりに存じます。まことに……この牛一、目を閉じれば昨日のことのように思い出されます。あの頃、私はあなたの養父上でございます浅野長勝殿と、毎日のように信長様のすぐ横で弓を引いておりました。長勝殿の放つ矢はいつも誰よりも早くて正確で、私はいつもその背中を追いかけていたものです」

    やや(54歳):
    「まあ、父のことをそんな風に言ってくださるなんて。私や姉上がまだ本当に小さかった頃、信長様が前ぶれもなく、犬を連れてドカドカと私どものお屋敷に上がってこられたことがございましたね。周りの大人たちは『大うつけが来た』と顔をしかめておりましたが、父だけは、静かに笑って信長様を迎え入れておりました」

    ねね:
    「そうでしたね、やや。信長様は私を見つけると、大きな手で乱暴に頭を撫でて、『おい、ねね。お前は小生意気だが、良い面構えをしている。大きくなったら、誰よりも良い嫁になるぞ』と笑われたのです。あの、ギラギラとした、しかしどこか寂しげな目が、今でも忘れられません。大人の誰もが信長様を信じていなかったあの頃、私の父だけは、あの御方の器量を見抜いていたのでしょうね」

    太田牛一(静かに頷き、遠くを見る目で):
    「長勝殿は、信長様が泥にまみれて若者たちと殴り合っている時も、その真ん中にある『本物の強さ』をじっと見つめておられました。だからこそ信長様も、長勝殿を誰よりも信頼し、側近に選ばれたのです。……(しみじみと笑って)そして、その長勝殿の家に、ある日、あの藤吉郎が転がり込んできた」

    やや(クスリと笑って):
    「本当に!藤吉郎殿が初めて家に来たときは、衣服はボロボロで、猿のようにせわしなく動いて。実母の朝日殿は『あんな身分の知れない男に、大事なねねを嫁がせるなど絶対に嫌です!』と大反対の嵐でしたのよ」

    ねね(お茶を一口飲んで、愛おしそうに):
    「皆に反対されて私が泣いていたとき、信長様が父に仰ってくださったのですよね。『藤吉郎はただの猿ではない。あれは化けるぞ。長勝、お前の娘をあいつにくれてやってくれ』と。主君のその一言があったから、父は母の反対を押し切って、私たちの結婚を許してくれた。信長様が引き合わせてくださらなければ、私と秀吉の物語は始まっていませんでした」

    太田牛一(懐かしそうに手帳をさすりながら):
    「藤吉郎殿のフットワークの軽さは、あの頃から群を抜いておりました。私が今書いている本(信長公記)にも載せましたが、箕作城(みつくりじょう)が落ちたあの朝、誰よりも早く信長様の本陣へ『日本一の速さ』でダッシュして報告に来たのが藤吉郎殿でした。あのとき、背後で完璧な弓を放って藤吉郎殿の命を守り、その出世を支えたのは、他でもない長勝殿だったのです。私はあの光景を、すぐ横でこの目で見ておりました」

    やや:
    「父が秀吉殿の部下になったと聞いたときは驚きましたが、父は嬉しそうでした。『藤吉郎の横にいると、新しい時代が始まるワクワクがする』と。そして、私の夫となった長政も、秀吉殿の横で必死に文字を覚え、検地を学び、浅野の家を大きくしていきました。すべては、あの尾張の小さな出会いから始まっていたのですね……」

    ねね:
    「信長様も、秀吉も、私の父も、みんな先に逝ってしまいました。時代は徳川の世になり、大坂の先行きには暗雲が立ち込めています。……でもね、牛一殿。私たちがこうして生き、あの方々と共に泥にまみれて戦い、笑い合った日々は、決して嘘ではありません」

    太田牛一(深く頭を下げて):
    「ははっ。そのために、この老いぼれの命は残されたのだと心得ております。神仏に誓って、1ミリの嘘も混ぜず、あの方々の生きた輝きを、この牛一が必ずや文字にして後世に遺してご覧に入れます。長勝殿の不敵な笑みも、太閤様の泥臭い努力も、そして北政所様の美しさも、すべてでございます」

    やや(姉のねねの手をそっと握りながら):
    「牛一殿の書く本があれば、私たちの生きた証は、100年後、400年後の未来の人々にもきっと届きますね。……ねえ、お姉様」
    ねね(優しく微笑んで、茶室の窓から広がる京都の空を見上げながら):
    「ええ、きっと届きますとも。さあ、牛一殿、やや。懐かしい話を、もっともっと聞かせてくださいな。夜が明けるまで、あの輝かしかった頃の話を――」



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    夜の圓徳院

    ◇
    夜が更けるにつれ、ねねは台所から湯気の立つ漆の器を運んできた。
    器の上には、こんがりと香ばしく焼かれたお餅と、立派な干し柿が並んでいる。

    信長がうつけ時代から青年期にかけて、腰の紐によくぶら下げていたとされるのが「干し柿」である。

    当時は砂糖が大変貴重だったため、天然の強い甘みを持つ干し柿は、激しく動き回る信長にとって最高のエネルギーバー(行動食)であった。特に美濃の「蜂屋柿(はちやがき)」で作られた干し柿は、朝廷への献上品とされるほど極上の甘さを誇り、信長は大好物であった。

    岐阜城を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスに、信長がこの干し柿をプレゼントしたという記録も残っている。


    ねね:
    「さあ、お二人とも。お話ばかりではお腹がすくでしょう。今日は、美濃から懐かしいものを取り寄せたのですよ」

    やや:
    「あら!これはもしかして……美濃の『蜂屋の干し柿』ではありませんか?それに、このお味噌の香ばしい匂いは、岐阜の『五平餅(ごへいもち)』ですね!」

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    五平餅


    太田牛一(目を細めて笑う):
    「おお、これはまことに懐かしい……。岐阜城のふもとで、太閤様や長勝殿たちと泥まみれで働いたあと、みんなでハフハフと息を吹きながら食べた、あの味でございますな」

    ねね(干し柿を一つ手に取って、クスリと笑う):
    「そうですよ、牛一殿。柿といえば、あの信長様の『腰の柿』を思い出しますでしょう?信長様はいつも、うつけの頃から干し柿を腰の紐にいくつもぶら下げて歩いておられて。私や近所の子どもたちが物欲しそうに見つめていると、『ほれ、お前たちにやる』と、無造作にちぎって投げてくださったものです」

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    蜂屋柿(はちやがき)



    やや:
    「そうでしたねえ!でも、信長様がくださる柿は、いつも走り回っておられるから、あちこち泥がついていたり、潰れていたりして(笑)」

    太田牛一(お茶をすすりながら):
    「ははは!確かに信長様は、戦の最中や鷹狩りの途中でも、腰から干し柿を外しては、種ごとバリバリと噛み砕いて食べておられました。お優しかった太閤様は、それを見て、『信長様、泥がついておりまする。私が剥き直しましょう』などと、いつも手拭いを出して甲斐甲斐しくお世話をされていましたな」

    ねね:
    「そう、あの人はそういうお調子者なところが上手でした(笑)。でも、秀吉も美濃の五平餅が大好きでね。『ねね、やっぱりお前が焼いてくれた、この甘辛い味噌の乗った餅が日本一だ』と、口のまわりを味噌だらけにして、何個も平らげておりましたっけ」

    やや(五平餅を一口かじって):
    「ふふ、この胡桃(くるみ)と山椒のきいたお味噌の味……。あの頃の岐阜は毎日が戦で大変でしたけれど、みんなでこれをつつつき合っていた時は、本当に楽しゅうございましたね」

    太田牛一:
    「殿下が天下をお取りになってからは、贅沢な山海の珍味が毎日並びましたが、こうして北政所様が取り寄せられた美濃の干し柿とお餅こそが、我らにとって、何よりの『天下の絶品』にございますな」

    ねね(優しく微笑んで):
    「ええ。信長様も、秀吉も、いまごろ空の上で『ずるいぞねね、自分たちばかり美味いものを食べて』と、悔しがっているかもしれませんね」


    信長の「うつけ時代」という小さな点で出会った彼らが、天下統一という壮大な旅を経て、激動の終わりに京都の静かな茶室で再び交わる。三人の会話からは、天下人たちの素顔や、それを支えた浅野長勝への深いリスペクトが、お茶の湯気とともに温かく立ち上っていた。

    時は同じく慶長16年の秋。実はこの年は、お市の方の三姉妹の末っ子である「江(ごう)」の頼みによって、次女の「初(常高院)」が大坂城へ向かい、長女の「茶々(淀殿)」と数十年ぶりに三姉妹での再会を果たした、歴史的にも極めて意味深い年であった。


    取り寄せた岐阜の五平餅を囲みながら、話はいよいよ、豊臣と徳川のはざまで揺れる「現在の生々しい天下の情勢」へと進んでいく。


    太田牛一(少し真面目な顔で背筋を伸ばし):
    「北政所様……美濃や近江といえば、あの信長様の最愛の妹君、お市の方様のお子たちのことが、どうしても胸をよぎります。茶々様、初様、江様の三姉妹……。あの浅井の小谷城が落ちた時、まだ幼子だった三人を泥まみれの中から救い出したのは、他ならぬ太閤様と、我ら馬廻の兵たちでございました」

    ねね(静かに目を伏せて):
    「ええ、牛一殿。あの小さかった三人が、いまや天下を二分する場所にいるのですから、因果なものです。今年、末の江(徳川秀忠の正室)の計らいで、初の仲介によって、大坂の茶々と三姉妹が久しぶりに言葉を交わしたと聞きました。江戸の徳川に嫁いだ江、大坂の豊臣を守る茶々、そしてその間を必死に繋ごうと走る初……。お市様の血を引く女子(おなご)たちの覚悟には、胸が締め付けられる思いがいたします」

    やや(ため息をつきながら):
    「本当に……。茶々様は大坂城で、三成らの残党に囲まれ、頑なに徳川を拒んでおいでです。姉上、我が浅野家は、これ以上の戦を避けるために徳川(東軍)に付く道を選びましたが、かつて長浜の地で、まだ若かった茶々様たちを我が家のようにしてお世話申し上げていた日々を思うと、夫の長政も、大坂の先行きを誰よりも憂いながら先月あの世へ旅立ちました……」

    太田牛一(深く頷いて):
    「長政殿といえば……長生院様、私は長政殿のあの『長浜城代』の頃の見事な働きを、今でも鮮烈に覚えておりますぞ。太閤様が浅井攻めの功績で長浜領をいただいた時、領内は戦火で荒れ果て、民は怯えておりました。そこで若き長政殿が、信長様の『楽市楽座』の仕組みをいちはやく長浜に導入し、商人たちの税を免除し、農民の年貢の不満を一つずつ聞き入れて、見事に活気ある城下町を作り上げた。あの税制の改革こそが、羽柴の家臣団の、すべての『土台』となったのでございます」

    やや(少し誇らしげに、しかし寂しそうに微笑む):
    「まあ、牛一殿、そこまで夫の仕事を覚えていてくださったのですか。長政はいつも、泥だらけの帳面を抱えて『姉上のため、秀吉殿のため、信長様に恥をかかせぬために、1文の計算も狂わせてはならぬ』と、夜通し算盤(そろばん)を叩いておりました。戦をすることしか知らぬ他の武将たちからは、『浅野は地味な計算ばかりしている』と笑われたこともございましたが……」

    ねね(ややの手を優しく叩いて):
    「笑わせておきなさい、やや。その長浜での地味な積み重ねがあったからこそ、秀吉が天下人となった時、長政は誰もが認める『五奉行の筆頭』として、全国の土地を調べる太閤検地という大事業を任されたのです。三成のような融通の利かぬ官僚とは違い、長政は長浜の頃から『民の暮らし』をその目で見てきましたからね。だからこそ、地方の大名たちも、長政の言葉にだけは信頼を寄せて、豊臣の天下に従ったのです」

    太田牛一:
    「おっしゃる通りにございます。長政殿のその『現場を重んじる心』がなければ、豊臣の検地は日本中で反乱を招き、瓦解していたでしょう。信長様の『うつけの縁』から始まった浅野の血が、税と仕組みで天下を静め、いまや江戸の幕府からも一目置かれる大大名となった。これほどのサクセスストーリー、私のペンが躍らぬはずがございません!」


    ねね(窓の外の、夕暮れに染まる京都の街を見つめながら):
    「信長様が蒔いた『楽市楽座』の種を、長政が長浜で育て、秀吉が天下の仕組みとした。そしていま、お市様の三姉妹が、その仕組みの崩壊を食い止めようと、それぞれの場所で命をかけて戦っている……。牛一殿、歴史というのは、本当に生き物のように繋がっているのですね」

    やや:
    「ええ、お姉様。我が四男の長重も、父・長政の背中を見て、常陸の真壁で民に慕われる国造りをしております。浅野の『仕組みを守る血』は、次の世代へも確かに繋がってゆくはずです」

    太田牛一(手帳を固く握りしめて):
    「この牛一、お市様の娘御たちの覚悟も、長政殿の五奉行としての偉大なる功績も、すべてこの『信長公記』とその先の記録に、生々しく書き残して御覧に入れます。未来の者がこれを読んだ時、まるでこの茶室で我らの話を聞いているかのように、胸を熱くさせるために……!」


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    圓徳院

    ◇
    前夜、夜が明けるまで語り明かした翌朝。

    昨夜の賑やかさが嘘のように、朝の圓徳院は静けさに包まれていた。北庭の木々からは、朝露の混じった清々しい土の香りが漂っている。

    少し高めの朝の光が差し込むなか、お堂の廊下を、ややと太田牛一が申し訳なさそうに歩いてきた。


    やや(少し目をこすりながら):
    「お姉様……おはようございます。まあ、私としたことが、すっかり朝寝坊をしてしまいました。牛一殿とのお話が楽しすぎて、つい夜更かしが過ぎましたわね」

    太田牛一(恐縮して腰をかがめながら):
    「北政所様、お恥ずかしい限りでございます。この老体、お側近くにいながら、お天道様がこんなに高く昇るまで泥のように眠ってしまうとは……。長勝殿が生きておられたら『緊張感が足りぬ!』と一喝されているところでございますな」

    ねね(台所の方から、湯気の立つお盆を抱えて軽やかに現れ、悪戯っぽく微笑む):
    「ふふふ、良いのですよ、お二人とも。昨夜はそれほど、みんなで命をかけて駆け抜けた、良い夜だったのですから。さあ、牛一殿、やや。お腹がすいたでしょう。こちらへお座りなさいな。少し遅い朝ごはんにいたしましょう」


    ねねが二人の前に置いたのは、真っ白な湯気が立ち上る、ふっくらとした『朝粥』。そして、色鮮やかな京野菜のお漬物であった。

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    朝粥


    やや(器を覗き込んで、声を弾ませる):
    「まあ、美味しそう……!お姉様、これはただのお粥ではございませんね?ほんのりと、お味噌の香りがいたします」

    ねね:
    「よく分かりましたね、やや。これはね、我が浅野家のお膝元である近江の白味噌を、ほんの少しだけ隠し味に溶いた『味噌粥(みそがゆ)』ですよ。牛一殿、お体の具合はいかがですか?お若いつもりでも、85歳のお体で夜更かしをしては、お腹がびっくりしてしまいます。このお粥なら、お米の甘みが優しくお腹を温めてくれますし、長浜の味噌が体中へ元気を行き渡らせてくれますよ。さあ、温かいうちに召し上がれ」

    太田牛一(お粥を一口すすり、じわっと目を潤ませて):
    「……ああ、なんと優しく、五臓六腑にしみわたる味でございましょう。ほんのりとした味噌の甘みが、まるで疲れた体を包み込んでくれるようです。お漬物も、これは……大根と、茄子(なす)でございますな?」

    ねね:
    「ええ。高台寺のふもとの畑で採れたばかりの、瑞々しい京野菜ですよ。塩を薄めにして、昆布の出汁でじっくりと漬け込ませました。お粥の温かさに、このお漬物のシャキシャキとした歯ごたえが、実によく合うのです」

    やや(お漬物をコリコリと音を立てて食べながら):
    「本当ですわ、お姉様。贅沢な鯛や鶴の肉よりも、今の私たちには、このお粥と地元の野菜が、何よりの馳走(ちそう)に思えます。夫の長政も、晩年は『贅沢な大名料理はいらん。ねねの妹らしく、ややが漬けてくれた大根があれば、それで飯が一番美味い』と申しておりましたっけ」

    ねね(嬉しそうに二人が食べるのを見つめながら):
    「男の人たちは、若い頃は信長様のように『天下を掴むぞ』と、ギラギラした肉や南蛮の珍味を好みますけれど、最後はみんな、こういう土から採れた素朴な味に戻ってくるものですね。秀吉もそうでした。大坂城でいくら贅沢をしても、風邪をひいた朝には『ねね、あの尾張の頃のような、薄い味噌粥を作ってくれや』と、子どものようにねだってきたものです」

    太田牛一(お粥を綺麗に平らげて、晴れやかな顔で):
    「北政所様のお粥をいただき、冷えていた手足の先まで、まるで天下をいただいた時のように、熱い力が漲(みなぎ)してまいりました。私の筆も、これで大坂まで休まずに走り、一気に最後の1文字まで書き上げることができそうでございます」

    ねね(牛一の湯呑みに、新しいお茶を注ぎながら):
    「それは頼もしい。牛一殿、ここでの懐かしい思い出とお粥の温かさを、そのお腹にしっかり仕込んで、大坂へお帰りなさい。あなたが文字を紡ぐとき、その筆の先には、いつも私たち尾張の仲間たちが付いていますからね」

    やや(優しく頷いて):
    「ええ。私たちは、離れていても、あの泥んこの川で繋がった家族ですもの」




    ◇
    朝粥の器が下げられ、新しく淹れた緑茶から静かに湯気が立ち上る。

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    緑茶

    太田牛一は、懐から大切そうに数枚の原稿を取り出し、膝の上に広げた。

    太田牛一:
    「北政所様、長生院様。実は、私が大坂で命を削って書いている太閤様の一代記に、お二人の前でぜひ読み上げたい、とびきり楽しい一節があるのです。読んでみてもよろしいでしょうか」

    ねね(目を輝かせて):
    「まあ、牛一殿。秀吉のどのような恥ずかしい話が載っているのですか?ぜひ聞かせてくださいな」

    太田牛一(咳払いをひとつして、朗々と読み上げる):
    「『文禄三年、伏見の城にて、太閤様、前代未聞の【瓜売り(うりうり)】の真似事をして遊ばるる。頭に手ぬぐいを巻き、ボロをまとい、天秤棒を担いで「瓜はいらんかね!」と叫び回れば、人々は腹を抱えて大笑いし、その賑やかさはまるで天上の楽園のようであった』……と。長生院様、あの仮装大会、お付き合いされた長政殿も本当に楽しそうでしたな」

    やや(お腹を抱えて笑いながら):
    「まあ、牛一殿!あのバカバカしくも愛しい日のことを、本に遺してくださるのね!夫の長政も『太閤様が商人になるなら、俺は魚売りだ!』と言って、魚を抱えて走り回っておりました。徳川の家康殿までお坊さんの格好をして……。戦ばかりだった男たちが、みんな子供のように笑い合っていた、一番楽しい日でしたわ」

    ねね(遠い目をして、愛おしそうに微笑む):
    「ふふ、あの人は天下人になっても、中身は尾張の足軽の藤吉郎のままでしたからね。みんなを笑わせるのが、何より大好きな人でした」

    太田牛一(嬉しそうに頷き、次のページをめくる):
    「そして北政所様。世線の者は太閤様が側室ばかりを寵愛したと噂しますが、私のペンは騙されませぬ。あの聚楽第(じゅらくだい)に天皇をお迎えした【行幸(ぎょうこう)】の日。太閤様が、ご自身の牛車のすぐ後ろに、誰よりも絢爛豪華に飾らせた【北政所様の牛車】を並べ、天下にその威光を示された日のことを、私はこう書き残しました。『太閤様の御車の次に、北政所様の御車、きらびやかに飾り立てられ進む。これぞ、豊臣の天下を共に創りし唯一無二の正室の証なり』……と。側室の淀殿や他のみんなは、遥か後ろでございました」

    やや(少し涙ぐんで、姉の顔を見る):
    「お姉様、よかった……。牛一殿がこうして書いてくだされば、お姉様が豊臣の『一番の宝物』だったことが、千年の先まで伝わりますね」


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    信長公記 ウキペディアより


    ねね(少し照れたように、湯呑みを見つめて):
    「牛一殿、そんな大層に書かれては面はゆいですが……。でもね、あの行列のとき、牛車の窓から前を歩く秀吉の背中を見て、ふと思ったのです。ああ、この人は、天皇様や日本中の大名たちに私を見せつけたいのではない。『ねね、俺はお前をここまで連れてきたぞ。約束を果たしたぞ』と、私一人に向かって、あの豪華な行列を捧げてくれているのだな、と。あの人の不器用な、精一杯の男のプライドだったのでしょうね」

    太田牛一(深く感じ入り、最後のページをめくる):
    「なればこそ、北政所様。本の結びに、私が太閤様から生前、直接お聞きしたお言葉を、そのまま刻み込みました。太閤様は、天下の山海の珍味を前にしながら、私にこう仰ったのです。『牛一よ、いろいろ美味いものはあるが、やっぱり昔、長浜の城で、貧しいながらもねねが焼いてくれた、あの甘辛い味噌の乗った餅より美味いものは、この世にねえな』……と。これにて、私の書く太閤様の物語は、完璧な幕引きとなります」

    やや(ねねの肩を優しく抱きよせて):
    「お姉様……秀吉殿は、最後まで、あの長浜の小さなお城で、お姉様と汗を流して食べていたお餅の味を、忘れていなかったのですね」

    ねね(目から一筋の涙をこぼし、しかし満面の笑顔で):
    「……あのお調子者は、本当に、最後の最後までずるい人ですね。贅沢な暮らしをさせておきながら、いちばん欲しかった言葉を、自分が逝ったあとに、こうして牛一殿の筆を使って届けてくれるなんて。牛一殿、ありがとうございます。あなたの遺してくれたこの史実があれば、私はこれから先、どれほど寂しい夜が来ても、あの人と長浜で笑い合っていた温かさの中で、生きていくことができます」



    ねねは少し視線を落とし、静かな、しかし確かな声で語り始めた。


    ねね:
    「牛一殿……あなたが書いてくださった思い出、本当に救われる思いです。……実はね、あの人は最晩年、自分の頭が思い通りにならなくなっていくことに、誰よりも恐怖し、苦しんでおりました。昨日言ったことを忘れ、急に怒り出し、まるで自分自身がどこかへ消えていってしまうような、そんな底なしの暗闇の中で、あやつはもがいていたのです。言葉も通じず、私の顔さえ分からなくなったような目で見つめられたとき、私は生きた心地がいたしませんでした……」

    やや(姉の手をそっと握りしめる):
    「お姉様……」

    ねね(涙をこらえ、しかし凛とした笑顔で):
    「周囲の者は皆、『太閤様の乱心だ』と怯え、離れていきました。でもね、牛一殿。私はあの時、目の前で暴れ、怯えている『太閤』を見ていたのではありません。私はね、あやつの背中の向こうに、いつも尾張のあの貧しいお屋敷の井戸端で、『ねね、俺は日本一の男になるぞ!』と汗をふいていた、あの若き藤吉郎の姿を重ねて見ていたのです。
    どんなにあやつが私を忘れ、壊れてしまおうとも、私の心の中にある『藤吉郎』だけは、1ミリも変わらずに生きていました。だから私は、怒るあやつをただ抱きしめ、『大丈夫ですよ、藤吉郎殿。あなたはよく戦いました。もうすぐお家に帰れますよ』と、心の中で語りかけ続けることができたのです」


    太田牛一(深く頭を垂れ、涙を流しながら):
    「北政所様……。医学の言葉なきあの暗闇のなかで、そのような深い愛で太閤様を支えておられたとは。太閤様は、自分自身を見失いかける恐怖のなかで、北政所様のその変わらぬ眼差しだけが、この世で唯一の灯台であったに違いありません」



    ねね:
    「あやつが逝ったとき、私は悲しみよりも先に、『ああ、これでやっと、あやつは天下人という重荷を降ろし、あの優しかった藤吉郎に戻れたのだな』と、ホッとしたのを覚えています。だからこそ牛一殿。愛する人を見取るということは、その人が失われていく姿を悲しむことではありません。その人が生きて、笑って、誰かを愛していた『一番美しい瞬間の魂』を、遺された者が自分の心の中に、代わりにずっと生かしてあげることなのです。私の心の中に藤吉郎がいる限り、豊臣は、あの人は、永遠に死にません」

    やや(姉の言葉に涙を拭い、微笑む):
    「ええ、お姉様。私も夫の長政を看取ったとき、同じことを思いました。私たちは、その人の『生きた輝き』を預かる、最後の器(うつわ)なのですね」

    ねね(牛一の少し震える手を見つめながら、優しく微笑む):
    「牛一殿。こうして遠方からお越しいただき、本当に嬉しゅうございました。……ですが、お体はどこかお悪いところはございませんか?お召し物や、日々の暮らしに何か不足しているものがあれば、何なりとおっしゃってくださいね。高台寺には、秀吉が遺してくれた品も、私が自由にできる化粧料もたくさんございます。遠慮はいりませんよ」


    太田牛一(恐縮して、深く頭を下げる):
    「もったいなきお言葉、身に余る光栄にございます、北政所様。この老いぼれ、日々筆を握り、太閤様や信長様の記憶をなぞっているだけで満ち足りております。不自由など何もございませぬ」


    やや(牛一の顔を覗き込んで):
    「牛一殿は、昔から本当に欲のないお方。では、大坂にいらっしゃるご子息の又助(またすけ)殿のことはいかがですか?あの子も父上に似て、大変美しい文字を書く頼もしい右筆(ゆうひつ)に育ったと聞いております。もし、又助殿の今後の勤め先や、何か浅野家としてお力になれることがあれば、我が息子の長晟(ながあきら)や長重にも、私からよく言い含めておきますが」

    太田牛一(一瞬、目頭を熱くして、深く平伏する):
    「……長生院様、そこまで息子のことまでお気にかけくだされるとは、この牛一、感涙にむせぶばかりにございます。せがれの又助には、『我ら親子が文字を書き、歴史を遺せるのは、尾張の頃から浅野家や豊臣家が我らを信じて引き立ててくださったからだ。生涯、その恩を忘れるな』と、いつも言い聞かせております。あやつも、私が遺すこの『信長公記』の重みを分かっておりますれば、浅野の若君たちのお役に立てる日が来れば、これ以上の誉れはございません」


    ねね:
    「ふふ、良かった。これで牛一殿の宝物の行く末も安心ですね」



    三人の間に、静かな沈黙が流れた。

    お互いに高齢であり、時勢は大坂の陣前夜。これが「今生の別れ」になるかもしれないと、言葉にせずとも三人の心には分かっていた。

    やや(寂しさを吹き飛ばすように、明るい声で):
    「さあ、お姉様、牛一殿!最後にもう一つだけ、とびきり可笑しくて元気の出る昔話をいたしましょう。信長様がまだ『大うつけ』だった頃、お供の池田恒興(つねおき)殿たちと、真夏に川へ飛び込んで、すっぽんぽんで泳いでおられた時の話を!」

    太田牛一(思わず吹き出す):
    「おお!あの『泥まみれの水泳大会』でございますな!信長様は泳ぎが一番お上手で、川底の大きなシジミを素手で獲っては、『おい藤吉郎、これを長勝の家に持って行って、ねねに味噌汁にさせろ!』と、裸のまま藤吉郎殿に投げつけておられました(笑)」

    ねね(声をあげて楽しそうに笑う):
    「そうそう!藤吉郎が慌ててそのシジミを抱えて我が家に走ってきて。『ねね、信長様からのご褒美のシジミだ!』って言うものだから、私が『まあ、泥だらけじゃないの!』って怒って、二人で井戸端でゴシゴシ洗ったのです。あの日の味噌汁の味は、どんな豪華な宴の料理よりも、五平餅よりも、いちばん美味しくて、元気が湧いてくる味でしたねえ」

    やや:
    「本当に。あの頃の私たちは、誰もが明日をも知れぬ小さな泥んこの中におりましたけれど、世界で一番、きらきらと輝いておりました」

    太田牛一(立ち上がり、居住まいを正して二人に一礼する):
    「北政所様、長生院様。本日いただいた『泥つきのシジミ』のような温かい昔話……。この牛一の胸に、最後の最後まで深く刻み込まれました。これにて、大坂へ戻り、私の最後の命をかけて、あの方々の生きた証を書き上げに参ります」

    ねね(真っ直ぐに牛一を見つめ、凛とした声で):
    「ええ、行ってらっしゃい、牛一殿。あなたの筆が、私たちの生きた『織田と豊臣の黄金の時代』を、未来へ連れて行ってくれると信じています。どうか、お元気で」


    牛一は自分の原稿を愛おしそうに抱きしめ、晴れやかな顔で圓徳院の門を出ていく。

    ねねとややは、朝の光が降り注ぐ縁側に並び、五平餅の味噌の香りと、秀吉の優しい笑い声がまだそこに残っているかのような温かい空気の中で、いつまでも牛一の背中を見送り続けた。


    (終わり)

     付録 秀吉とねねの歩み(晩年の抽出あり)手書きの歴史図:写真


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    秀吉とねねの歩み(晩年の抽出あり)



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    圓徳院


     
     
    今朝、McDonaldの安いコーヒーを飲みながら新聞を広げていました。かつてビジネスマンだった頃の風景と重なり合います。まだまだ、好奇心に陰りは無いようです。カップの向こう側に浮かんだ「景色」を書き留めておく記憶の「保管庫(note)」です。

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