
感情の備忘録その⑦ Träumerei (余温) ふたりだけでは、生まれなかった形
Träumereiは、夢、記憶の音だ。
過ぎたものが、温度を持って、戻ってくる。
夫婦の形は、ふたりで作るものだと思っていた。
けれど時間が経つにつれ、それは違うと知った。
人と関わることで、ふたりだけでは生まれない何かが、積み重なっていく。
夫には、ずっと続いてきた親友がいた。
夫が深く付き合う人は、ほんの一握り、
その少ない中のひとり。
夫を理解し、心から寛がせてくれる、大切な存在だった。
はじめて紹介されたのは、まだ私たちが付き合っていた頃のこと。
喫茶店で待っていたその人は、
どこか浮世離れした、飄々とした雰囲気をまとっていた。
話してみると、目の奥に、張り詰めたものがあった。
相手の言葉を、静かに、でもたしかに掴んでくる。
妥協を許さない、という言い方が合っている。
世間から少し外れたところに立ちながら、人を深く見ていた。
結婚して、家庭に招いてもらったとき、二度驚いた。
ひとつは、その人がどっしりと家庭に根を下ろしていたこと。
ひとりのときとは、また違う顔があった。
研ぎ澄まされた空気が和み、愛妻家で、子どもへの愛情をまっすぐに注ぐ人だった。
もうひとつは、奥様の明るさと、食卓のにぎやかさだった。
手料理が並び、話し声があり、笑い声があった。
小学生の頃から、子どもたちはいつも、私たちと同じ席についた。
大人の話にさりげなく加わり、
料理をとりわけ、BGMをそっと選んで流してくれる。
ご招待は、その後も何度もあった。
次々と運ばれてくる天ぷら。中には、子どもの好きなウインナーを揚げた変わり種。
奥様が「こてっちゃん」と呼ぶ、お芋の料理。
手毬寿司。エトセトラ、エトセトラ、、。
広くはない部屋に、不釣り合いなほど大きなテーブルにはたくさんの料理が並ぶ。
椅子を引けば、後ろは通れない。
それでも、そのテーブルが似合う食卓だった。
食事の後には、お決まりのお土産のケーキ。
ひとり2個、わいわい言いながら選ぶ。
その声が、部屋をあたたかくした。
当時、私たちはまだ子を持つ予定がなかった。
それでも、あの食卓を「理想の家庭」と思っていたことを、いまでも覚えている。
それから、ひとつ打ち明けると、
結婚当初の私たちは、順風満帆ではなかった。
価値観の違いが、ふたりの間に波風を立てた。
どうすればいいのか、答えが見えないまま、時間だけが過ぎることもあった。
そんなとき、決まってよい風が吹いた。
その家族のそばにいると、なぜか息ができた。
「家庭とは、こういうものかもしれない」と、
教わったわけではないのに、何かを受け取っていた。
その人は、文筆家で
誰に対しても、鋭く、そして優しかった。
私がしたためた、この拙い文を読んだら、きっと少し笑うだろう。
その人が、六十四歳で逝った。
けれど、縁は切れなかった。
奥様から、子どもたちから、折に触れて連絡が届く。
「どうしていますか」という言葉に、
あの食卓の温度が、いまも残っている気がする。
奥様はいま、東京に暮らしている。
あの頃いちばん小さかった子は、ドイツへ嫁いだ。
この春、日本に一時帰国し、私たちに会うための予定をたててくれた。
彼女が連れてきた、
孫のように愛らしいふたりのエンジェル。
東京から奥様も合流し、
もう一度だけ、と願っていたあの食卓。
賑やかな笑い声。
たしかに、その時間は続いていた。
私たちも、その中にいた。
彼女はよい伴侶を得て、
幸せな家庭を築き、
あの食卓の続きを、生きている。
帰国後、LINEが届いた。
日本に帰ってきて、会いたい人がいる、会いたいと言ってくれる人がいることがどんなに有り難いかを今回強く感じました。エンジェルたちにとっても、日本には家族以外に待ってくれている人がいるということが体験として残ったと思います。日本に帰るたびに、エンジェルたちに「大きくなったね」と声をかけてくれる人がいて、成長を一緒に見守ってくれる存在が、とても心強いです。
その言葉が、うれしかった。
私たちにとって、彼女とエンジェルたちは、愛しい存在だ。
これからも成長を見ていけること、慕ってくれることが、とてもありがたい。
私は、ずっと、あの頃から受け取ってきた温かさに恩返しをしたいと思っている。
言い尽くせない感謝を、ささげたい。
けれど正直に言えば、
いただいている好意の方が、ずっと大きい。
ふたりだけでは、たどり着けなかった夫婦の形が、
今日も、
続いている。
Mit Dank an Akiko, Marcel und die Engel.
Bleibt glücklich.