
感情の備忘録その④ 悲しみよ こんにちは (陰影) この本は、二十歳の私の影の形をしている。
1987年、私が二十歳のころ。
村上春樹や吉本ばななの登場が、若い読者の空気を塗り替えていった時代だった。
それまでの文学とは少し違う、軽やかで都市的な感性。
日常の孤独や違和感を、透明な言葉で描く物語が
多くの人に読まれていった。
けれどその少し前まで、私が手に取っていたのは純文学と呼ばれる作品だった。
川端康成、芥川龍之介、太宰治、ヘルマン・ヘッセ。
多くは手元を離れていったけれど、一冊だけ手放せないままでいる本がある。
フランソワーズ・サガンの
『悲しみよ こんにちは』だ。
はじめて読んだとき、少し戸惑った。
こんなにも軽やかな語り口で、こんなにも残酷な出来事が進んでいくことに。
セシルの世界には、まだ倫理も重さも定まっていない。
愛も、死も、退屈も、夏の光の中で、どこか現実味を欠いたまま揺れている。
そして最後に残るのは、あの言葉だった。
『悲しみよ こんにちは』
それは後悔でも懺悔でもなく、罪の意識ですらない。
もっと曖昧で、もっと個人的で、どこか甘やかな感情。
感情を拒まず、ただ迎え入れるようにその名を呼ぶ。
その温度が、十八歳の私にはまだ理解できないまま、どこかで触れていた。
母が家を出たのは、私が十八のときだった。
別の人を好きになり、別の人生へ歩いていった。
それまで私は、愛はひとつの場所にとどまり続けるものだと、どこかで思っていた。
けれど母は、別の光の方へ進んだ。
その感情のかたちは、当時の私にはまだ理解できなかった。
ただ、明るいだけではない愛がこの世界にはあるのだと、そのときはじめて思い知った。

愛には、説明のつかないかたちがある。
二十歳のころになると、それはもう、自分の中にある感情になっていた。
二十歳のころというのは、理由のない陰りを抱えやすい季節なのかもしれない。
思う人には思われない、そんな小さな諦めのような感情を、胸の奥に置いていた。
好きな人が好んでいたメンソールの煙草をふかしてみたり、度数の高いテキーラを無理に飲んでみたり。
大人になりたくて、少し背伸びをしていた。
暗い部屋で、エリック・サティの《ジムノペディ第1番》を繰り返し流し、どこにも行かない時間の中にいた。
あの曲には、夜の部屋に淡い光が残っているような、静かな気配があった。感情はあるのに、輪郭はぼやけていて、悲しみというほどではない。
孤独で、でもどこか安らいでいる。
音と音のあいだにやわらかな空気があって、
時間が止まっているようで、ゆっくり進んでいく。
それは、誰にも見せない心の内側の温度によく似ていた。
自分の中の、少し冷たい場所を静かに覗き込んでいたような。
あのころ私が抱えていた陰りは、十八のときに知った母の選んだ人生の温度と、どこかで通じていたのかもしれない。
愛は、明るい色だけではない。
だから私は、あの物語に惹かれたのだと思う。
二十歳の私はセシルと同じ年頃で、物語の側に立っていた。
いまの私は、もうアンヌの年齢さえ越えている。
それでもこの物語を思うとき、浮かぶのはいつも二十歳の自分の温度だ。
この本は、
二十歳の私の影の形をしている。