
夢の中の愛、そして違うかたちの愛
「愛」といえばどんなものが頭に浮かぶだろうか。恋人に対する愛情、家族愛、友情。数え始めたらきりがない。
私は「愛」と聞かれたとき、真っ先に浮かぶのは家族愛だ。特に何でもない日も「今日は何をした」「こんな気分になった」と話して、よくない方向に進みそうになった時には一番に叱って道を正してくれて、悩みがあればお互いに手を差し伸べて、いつでもあたたかくて、春みたいな黄色い光に包まれたような感じ。これこそが私にとっての「愛」、「家族愛」だった。
午後7時20分。父が家に帰ってくる時間だ。私は一人でしていたおままごとの手を止めて玄関へと向かって走っていった。その瞬間、ドアが開いた。父だ。私は父が玄関に入ってくるなり、自分が出せる最大限の力を込めて父の脚に抱きついた。脱臭剤をまいても隠せない作業服に染み付いたタバコの匂い。ああ、父だ。父は「ただいま」とはにかみながら私を抱きかかえ、夕食を作っている祖母のもとへ向かって挨拶をした。祖母もフライパンを置いて「おかえり」と挨拶を返した。その時、もう一度ドアが開く音がした。母だ。私は父に「下ろして!」とお願いをしてまた玄関に走って行った。そしてまた母の膝に抱きついた。母は「遅れてごめんね」と言いながら私の頭を撫でてくれた。私がお腹がすいたと言うと、母は「早くご飯にしよう」と私の小さな手を握り、キッチンにいる祖母のもとへ挨拶をしてリビングへと向かった。食欲をそそるいい匂いで充満している部屋で、祖母が「夕食にしましょう」と大きい声で呼ぶと、2階から叔父と兄、姉が降りてくる。テーブルの上には温かい料理が一つずつ運ばれてきて、家族全員でそのテーブルを囲んだ。愛がぎっしり詰まった温かい雰囲気を体全体で感じた。幸せを感じた瞬間、私の視野が白くぼやけた。そのぼやけた原因は涙で、白いのは天井だと認識するまでにはそんなに時間はかからなかった。また、現実に戻ってきてしまった。また、夢だった。私は昔から今も、幼かった頃のこの記憶を夢に見る。
田舎にある小さい庭付きの一軒家。ありふれた家だ。私はこの家で今も見るあの夢のような、まるで幼い頃に見た絵本に出てくるような、幸せな幼少期を過ごしていた。しかし、私が小学生の頃、ある日から真っ暗な夜に、母と父の口から出たとは思えない激怒した声と、何かが落ちたような大きな音が聞こえるようになった。夫婦喧嘩だ。私はきっと怖い夢を見ているんだと自分に言い聞かせながら布団をかぶってまた寝ようとした。いつだったか覚えていないが、ある日を境に、午後7時20分に玄関の前で待っていても、次の日になっても父がドアを開ける音が聞こえることはなくなった。そして私の心にも、温かい春のような日差しの代わりに冷たい風が吹き始めた。
女手一人で私たち兄弟のご飯を食べさせるため一生懸命働く母。進む道を間違えても叱ってくれる父という存在がいなくなった家庭。姉は道を踏み外し、母が姉を迎えに行き謝る日が続いた。幼かった私の目にも、母に迷惑をかけているそんな姉の姿は呆れるものだった。兄も同じだっただろう。ある休日の午後、兄がそんな姉を見かねて我慢できず手を挙げた。その時の兄の表情には怒りだけではなく悲しみも見えた気がした。母に迷惑をかけていることに対する怒り、そして姉に対する失望もあっただろう。詳しい理由は分からないが、兄も自分の妹に手を挙げたくはなかったはずだ。私は姉が目の前で殴られているのに遠くへ逃げるわけでもなく、泣くわけでもなく、ただただぼーっと眺めていた。優しい兄が手を挙げたことに対する衝撃と、姉に対するかわいそうという気持ち。兄を止めなきゃと思う理性と、頭に浮かび上がる「姉もそれ相応のことをしたから殴られて当然だ」という気持ち。当時、私の心はまるで絵の具をただぐちゃぐちゃに混ぜたようなパレットのようだった。怖かった。暴力的な兄も、兄の行動を正当化する考えをした私自身も。そして何よりも家族が崩れていくその瞬間が怖かった。
兄の手が止まった瞬間に姉は家から飛び出し、その日から姉が私たちの家に帰ってくることはなかった。家に帰ってきた母は涙を見せながら兄と私に「私が教育を間違った」「私のせいだ」と謝った。母が涙で目を濡らす姿はその日が初めてで、幼かった私も胸が痛かった。私はこの事件を境に、私が間違えたら次は私が殴られるかもしれないと恐怖を感じ、優しい兄を避けるようになった。兄もそんな私の姿を見て、私に声をかけてこなくなった。私の家族はより一層暗くなった。春の日差しのような温かさが思い出せないくらいに。理想とは違う方向に向かう私たち家族。心の中には冷たい風が吹くだけではなく、真っ黒な雲が厚く覆いかぶさった。
私は一人になった。父、姉は私を置いて行ってしまったし、兄は私にとって怖い存在、母は相変わらず仕事で忙しい。それでも私は家族みんなを理解しようと思った。私は学びたいことを学べているし、食べたいものは食べられる。何よりも私には帰る家がある。それだけでもとても幸せなことで、これ以上家族を失いたくなかった私は今のこの状況に感謝して満足しなければならないと心に言い聞かせた。しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。
頭の中では現在の状況に満足しなければならないと分かってはいたけれど、友達が行った家族旅行の話が羨ましかった時、あの夢を見た時、一人でご飯を食べている時、愛情を体いっぱいに感じていたあの時に戻りたいという欲望と、もう戻れないという現実に対する絶望感が私を覆った。私は愛情に飢えていた。夢でいつも見る家族との記憶、家族と一緒に食べた夕食、一緒に行った最後の旅行。愛で溢れていたあの記憶の中の愛情を感じたかった。私にとっての愛、温かい春の日差しのような黄色い光のような愛を。
私の18回目の誕生日に姉からメッセージが送られてきた。そのメッセージには「誕生日おめでとう、生まれてきてくれて私は幸せだよ。」と書かれていた。簡単な二行だった。しかしそのメッセージを読んだ時、私の中の何かが動き始めた。次の日、姉と通話をした。実は姉が家を出た後にもたまにメッセージでやり取りをしていたけれど、長く話すのも久しぶりで、少しの緊張と嬉しさで胸がいっぱいだった。通話では家族についての話がたくさん出た。両親が離婚した時、母が私たち兄弟を一生面倒を見ると心に誓ったこと、仕事が忙しくて一緒にいられないことが申し訳なくて、せめてお金については不自由なくしてあげようとしていたこと、私の高校受験に影響を与えないように会社が提案してくれた良い機会を見送ったこと。全てが知らなかった話だった。姉は家を出た後、私の知らない間に母と連絡を取り、この話を聞いたらしい。そして母はこの話を私には秘密にしてほしいとお願いしていたそうだ。
その時、私の塾が終わる遅い時間に合わせて一緒に夕食を食べてくれた兄が頭に浮かんだ。私が寂しくないように、自分の夕食の時間をわざわざずらしていた。私のテスト期間に冷蔵庫に入っていた母なら買わないはずのエナジードリンク、誕生日にリビングのテーブルに置いてあったたくさんのお菓子。全て兄の愛だった。
家族の全ての行動が繋がったその時、私は愛を拒んでいたのは自分自身だったと気づいた。私が夢で見ていた春の日差しのような愛は、夢を見ながら無意識に「これが正しい愛の形なんだ」と頭の中に植え付けていた。そしてそんな理想の愛を与えてくれない私の家族には愛がないと、私は自分が不幸な人間だと決めつけていた。しかし実際には、私は違う形の愛の中に包まれていた。私が作った愛の形の中に自分を閉じ込め、自分に与えられていた愛を拒み、自分を不幸にしていたのは誰でもない自分自身だった。この事実に気がついた時、胸が苦しくなった。今まで家族に抱いていた嫌気、怒り、悲しみという感情は、全て私が家族の愛を型にはめ、その型に当てはまらないと自分勝手に作り上げたものだった。姉との通話が終わった時、私の頬を涙が伝った。
今も変わらずあの夢を見る。
長い間、夢の中の姿を家族の愛だと信じていた私は、これからもあの夢を見るだろう。そしてあの夢のような光景を見られる日が来ることを期待するだろう。しかし私はあの夢の中とは違う形の、違う色の愛情で包まれている。愛の形は様々だが、その愛を見つけられるのは他でもない自分自身だ。私はこれからも生きていく、私が夢に見た愛とは違う形の、違う色の愛を抱いて。