適当でいい、に救われた話。
私には推しがいます。
ここでは名前は伏せますが、彼はアイドルです。
コロナ禍のとき、
ドラマやYouTubeを見あさっていたら、
気づいたら推しに恋をしていました(爆)
そんなこんなでライブに行きたいと思い、
その年にファンクラブに入ることにしました。
ファンクラブに入ると、
グループメンバーから
不定期に電話風のボイスや、
日替わりの写真が届く、
LINEのようなトークアプリを
ダウンロードできるようになります。
もちろん、即ダウンロードしました。
こちらから文字は送れません。
いくつかのスタンプがあり、それを押すと
推しからすぐに返事(自動)が届きます。
まるでやりとりしているような、
擬似LINEのようなものが楽しめます。
私は数年前、仕事で気持ち的に
うまくいかない時期がありました。
当時の部署では社員は私ひとりで、
全部を背負ってしまっていました。
今思えば、ひとりで抱え込まず、
パートさんや他部署の社員さんに
もっと頼ればよかったなと深く感じています。
でもそのときは、自分しかいないという
変な責任感に縛られて、
人に頼るのがすごく下手くそで。
実際にやることも多くて
常に余裕がありませんでした。
ある日の仕事の帰り道。
駅のホームで電車を待ちながら、
イヤホンをつけました。
その日も残業でひどく疲れていました。
ぼんやりと推しのトーク画面を開き、
なんとなくスタンプを押してみました。
すると、すぐにボイスが届きました。
ちゃんと休めてる?
いいよ、いいよ、適当で。
がんばんなくていいよ。
ゆっくり休んで。おやすみ。
私にはなんだかとても優しくきこえたんです。
その時の私に言ってくれてるような気がして、
気づいたらホームでぼろぼろ泣いていました。
それまで真面目に、
おそらく適当にやらないで生きてきました。
「適当でいいよ」という言葉が、
こんなにもあたたかく感じられるなんて、
今まで思ってもいませんでした。
もしかしたらずっと私は
適当に憧れていたのかもしれない。
適当を求めていたのかもしれない。
適当という言葉がすごく沁みて、
そんなに真面目じゃなくてもいいんだよ
と言ってくれているようで、
何度もききました。
声が、いい。
もうそれだけで、ありがとう(爆)
ついついがんばりすぎてしまうときは
「適当でいい」と
「がんばんなくていい」を思い出しています。
今日の仕事中、ふと、
そんなことを思い出したので書いてみました。
明日もテキトーにがんばりたいです⭐︎
さいごまで読んでいただき、
ありがとうございました。
