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あなたの時間は、誰のものですか

    先日、道でシニアカーとすれ違った。

    あの、お年寄りが乗る小さな電動の乗り物だ。ハンドルを握ったおじいさんが、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと、こちら側へ近づいてくる。追い越して、振り返って、それでもまだそこにいる。

    最初は「体が動かないから仕方ない」と思っていた。筋力の問題、体力の問題。年をとればそうなる、当たり前のことだと。

    でも、あるとき気がついた。

    ときどき、足取りの軽いお年寄りとすれ違うことがある。自転車を颯爽と漕いでいるおばあさんに出くわすこともある。そういう人たちにも、どこかあの独特の「遅さ」を感じるのだ。身体は動いているのに、時間だけが違う層を流れているような、なんとも説明しがたい感覚。

    これは体力の話ではないのかもしれない、と思い始めた。

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    「大人になると、一年が早く過ぎるようになるよ」

    子どもの頃、そう言われた。そのときはピンとこなかった。夏休みはあんなに長かったのに、と思っていた。

    でも今は、わかる。

    一年が、怖いくらい早く終わる。気づけば春で、気づけば年末だ。体感の速度が、確実に上がっている。

    これを「ジャネーの法則」と呼ぶらしい。人生における「ある期間」の長さは、それまで生きてきた年数に反比例して感じられる、という考え方だ。10歳の子にとっての1年は人生の10分の1だが、40歳にとっては40分の1に過ぎない。だから同じ1年でも、感じる重さが違う。

    ここで、さっきの話と矛盾する。

    年をとるほど時間が早く過ぎるなら、お年寄りの時間はむしろ「速い」はずだ。なのに、なぜあのおじいさんはあんなにゆっくり見えたのか。

    たぶん、「一年の速さ」と「一瞬の密度」は、別の話なのだと思う。

    一年があっという間に終わるのは、毎日が似たような景色で、記憶に残る出来事が少ないからだとも言われる。逆に言えば、ひとつひとつの瞬間をちゃんと生きている人は、同じ数秒でも、ずっと濃く時間を感じているのかもしれない。

    ならば、あのおじいさんにとって、あの数秒はどんな感覚だったのだろう。

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    あの瞬間、僕とおじいさんは同じ道にいた。同じ空気を吸って、同じ太陽の下にいた。

    でも、流れていた時間はまったく別物だったと思う。

    僕にとってのあの数秒は、次の用事までの「ちょっとした隙間」だった。でも彼にとっては、その数秒がずっしりと、ちゃんとした重さを持った時間として存在していたかもしれない。生きてきた年数が違うほど、その差は広がる。同じ場所にいて、同じ瞬間を共有しているのに、流れている時間の密度がまるで違う。

    あの「なんとも言えない遅さ」の正体は、スピードの差じゃなくて、時間軸のズレだったんだと思う。

    すれ違いで感じたあの違和感は、異なる時間を生きるふたりが、一瞬だけ交差したときに皮膚に触れる感覚だ。言葉にしにくいのは、それが物理的な距離じゃなく、時間の距離だから。

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    そう気づくと、ひとつの問いが浮かんでくる。

    どうせ時間の感じ方が人それぞれなら、自分にとって心地よい時間軸だけを選んで生きればいいんじゃないか、と。焦りも不安も、比べる相手もなく、ただ穏やかに流れる時間の中にいられたら。

    でも、たぶんそれだけでは足りない。

    焦りがあるから、ちゃんと動ける。不安があるから、考える。周りと自分を比べてしまうあの感覚は、たしかに苦しいけれど、同時に時間に密度を与えてもいる。あの「ざわざわ」がなければ、一日はずっと薄く、するりと過ぎていく。

    そして、人間関係の面倒くささも、きっと同じだ。

    誰かと関わるのは手間がかかる。気を使うし、傷つくこともある。いっそ全部なくしてしまえたら、どれだけ楽だろうと思う瞬間がある。でも、面倒な関係をひとつ減らすたびに、時間はすこしずつ軽くなって、同時にすこしずつ空洞になっていく。刺激がなくなり、気づいたら静かな寂しさの中に座っている。

    面倒くさいことが、時間を重くしている。そして、重さこそが豊かさの正体なんじゃないか。

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    シニアカーのおじいさんは、とても穏やかな顔をしていた。

    あの顔が何十年分の面倒の上にあるのか、それとも何かを手放した先にあるのか、僕にはまだわからない。

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    ただ正直に言うと、今の自分はまだ、流行や周りの目が作り出す時間軸の中を生きている気がする。
    誰かと比べて焦ったり、同調圧力にざわざわしたり。

    自分のペースで時間を刻んでいるつもりでも、その「ペース」自体が、どこか外側から借りてきたものだったりする。

    いつか、自分にとって本当に適した時間感覚に辿り着けるだろうか。

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