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値上げをしたらファンが増えた——23歳で自分を500円に設定した私が、自分の価値を取り戻すまで



    はじめに——「値上げ」と聞いて、あなたは何を感じるか

    「値上げしようかと思って」と同業者に打ち明けたとき、こんな顔をされたことがある。

    驚き、心配、そして少し軽蔑に近いもの。「それで客が来なくなったらどうするの?」という言葉が続いた。

    フリーランスのフィットネスインストラクターとして30年近く働いてきた私には、その反応がよくわかった。かつての自分も、まったく同じ顔をしていたから。

    でも実際に値上げしたとき、起きたことは正反対だった。

    クライアントが減らなかっただけじゃない。長く関わり続けてくれる、本当の意味でのファンが増えた。紹介が増え、仕事の質が上がり、消耗感が消えた。そして何より、自分の仕事が好きになった。

    なぜそんなことが起きたのか。その答えを探ううちに、私はフィットネス業界が抱える構造的な問題に気づいていった。

    そしてこの話は、値上げのテクニックではない。フィットネス系フリーランスとしてのキャリアや働き方、さらには人生の送り方、自分の在り方の話だ。




    第一章 スポーツクラブが決めた価格で、私は30年間働いていた

    フィットネスインストラクターの多くは、フリーランスでありながら「委託」という形でスポーツクラブと契約している。

    スポーツクラブが集客し、クライアントを管理し、価格を設定する。インストラクターは、決められたコマ単価で授業を担当する。良くも悪くも、「場所を借りて働く」構造だ。

    私もそうだった。水中運動の専門家として、複数のスポーツクラブと委託契約を結びながら、コマをこなしていた。価格を自分で決めたことなど、一度もなかった。それが「普通」だと思っていたから。

    委託という働き方が悪いわけではない。集客の手間がなく、場所と設備が確保され、初めてのうちは安心感もある。そしてスポーツクラブ側も、経営を継続するために並々ならぬ努力をしている。会員数が増えなければ、インストラクターのレッスンフィーを上げる原資も生まれない。フィーが上がらないのは、クラブ側の怠慢ではなく、経営の現実だ。問題は、その構造に慣れきったとき、インストラクターが「価格を自分で決める」という感覚を完全に失ってしまうことだ。

    レッスンフィーを上げるには、スポーツクラブが定めた評価基準をクリアしなければならない。集客率、代行回数、クラブ内研修の出席、レッスンチェック——そういった項目が総合評価され、フィーが決まる仕組みだ。だからインストラクターは、いつも今日のレッスンに何人来たかを気にする。集客率が、最もわかりやすい評価指標だから。

    そして契約更新の時期になると、ロッカールームでは必ずこんな会話が交わされる。

    「フィー、上がった?」

    お互い気になるのだ。自分だけ上がらなかったのか。それともみんな上がらないのか。頑張ったのに評価されなかったのか。声には出さないが、みんな不安を抱えている。

    気づけば10年、20年と経過していた。スポーツクラブのコマ単価はほとんど上がらない。インフレに対応する仕組みもない。それでも多くのインストラクターは、「こういうものだ」と受け入れていた。

    私も受け入れていた。そして、静かに疲弊していた。

    そんな私に、忘れられない言葉をかけてくれた先輩がいる。私がまだ20代の頃のことだ。

    「この仕事、自分が動けなくなったら終わりよ。事故に遭うかもしれない。怪我や病気で動けなくなることがあるかもしれない。だから、動けなくなってもできる仕事を、今のうちに作っておきなさい。」

    リーマンショックが起きる前、コロナが来るはるか前の言葉だ。でも、その言葉は刺さった。

    いつかそうなることもあるかもしれない——そう思いながら、私はフィットネス指導以外に、指導者の養成や研修会での講師活動を始めた。30代ではカウンセラーやコーチングを学び、フィットネスの仕事に活かしながら、働く女性のキャリア相談や仕事の悩みについて、個別にカウンセリングする仕事もぼつぼつ始めていた。

    転機は、さらに外からやってきた。

    2008年9月、リーマンショックが起きた。世界的な金融危機は、日本のフィットネス業界にも波及した。市場規模は2006年をピークに縮小し始め、大手企業の経常利益は数年で半分以下の水準まで落ちた。クラブ側も運営の見直しを迫られた。プログラム数の見直しされ、インストラクターのレッスン本数も調整が必要になった。毎年の契約更新でレッスンフィーの改定があるが、上がらない状況が続くようになった。リーマンショック前は、頑張って集客成果を出せばフィーが上がる時代があった。半年で500円、一年で1,000円と上がることもあった。それが、上限が明確に固定されていった。

    それでも続けた。委託という構造の中で、与えられた条件に適応しながら。

    ここで一つ、数字を見てほしい。

    1993年のフィットネスクラブの月会費は、およそ1万円程だった。人が働ける世界だった。2026年の今、月会費3,000円で人がいなくても回る世界になった。

    この変化が、インストラクターの働く環境を静かに、しかし確実に変えていった。

    リーマンショック以降、クラブのプログラム構成も大きく変わった。60分のクラスを削減し、30分・45分のクラスを増やす動きが広がった。会員にとっては、隙間時間に参加できる、多くのプログラムを楽しめるというメリットがあった。だがインストラクターにとっては、1本60分のレッスンフィーが得られなくなることを意味した。本数を増やすことで収入を確保するしかなくなった。

    そして2020年、新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。

    緊急事態宣言。スポーツクラブは営業自粛を求められ、レッスンは止まった。フリーランスにとって、それは収入ゼロを意味した。雇用保険もない。休業補償もない。レッスンがなければ、何も入ってこない。実際に、私が委託していたスポーツクラブの一つが閉鎖し、仕事を失った。

    このとき初めて、はっきりと気づいた。この働き方のままではいけない、と。




    第二章 資格が教えてくれない、一番大切なこと

    正直に言う。

    キャリアのあるインストラクターに近づきたかった。あの人みたいに集客できて、あの人みたいに人気が出て、あの人みたいなレベルになりたかった。そのためには、スキルも知識も引き出しも、もっと増やさなければならないと思っていた。

    だから資格に投資した。数十万円を払って、いくつもの資格を取った。

    もちろん、プロとしての意識もあった。クライアントに安全で効果のある指導をしたい。より良いプログラムを提供したい。その気持ちは本物だった。資格を通じて知識とスキルは確実に上がった。

    でも今振り返ると、正直なところ、それだけではなかった。自分に自信をつけたかっただけだったかもしれない。

    資格という「外側の根拠」があれば、自分の価値を信じられる気がした。肩書きが増えれば、「私はここにいていい」と思えた。スキルのためというより、自分を信じられなかったから、資格に頼っていた部分があった。

    これはフィットネス業界に限った話ではないと思う。先生業、スキル系のフリーランス、独立したばかりのセラピストやデザイナー。「もっと実績が必要」「もっと勉強してから」「自分はまだそのレベルじゃない」——値上げしたい気持ちはあるのに、動けない。その理由のほとんどは、価格の問題ではなく、自己評価の問題だ。

    そして資格を重ねても、その問題は解決しない。なぜなら「自分にはまだ足りない」という感覚は、資格をいくら積んでも消えないからだ。根拠を外側に求め続ける限り、終わりはない。

    ところが現実はこうだ。資格を持っていても、委託のコマ単価はほぼ変わらない。スポーツクラブが支払うのは「コマをこなしてくれる人」に対する対価であり、あなたが持っている資格の数に対してではない。

    資格の勉強では、「自分らしい働き方をどうデザインするか」を教えてくれない。

    どんなクライアントと働きたいのか。どんな時間で、どんな場所で、どんな関係性で仕事をしたいのか。いくらの価格で、何人を相手に、どこを目指すのか。そういった「自分という事業の設計図」は、どの資格テキストにも載っていない。

    資格は「できること」を証明するが、「あなたに頼みたい」という動機を作り出すものではない。そして「自分がどう働きたいか」を考える習慣も、残念ながら育てない。

    結果として多くのフリーランスが、資格を重ねるほどに「できること」は増えていくのに、働き方の主導権を誰かに握られたままになっていく。

    「パーソナルトレーナーです」と名乗っても、今では振り向いてもらえない時代になった。資格の肩書きを並べても同じだ。何のパーソナルトレーナーなのか。誰のための専門家なのか。そこを打ち出さない限り、見つけてもらえない。




    第三章 流行には、必ず寿命がある

    もう一つ、業界の構造として触れておきたいことがある。流行の話だ。

    フィットネス業界は、流行と衰退を繰り返してきた。

    2000年代後半から急拡大した24時間ジムは、低価格・無人運営という革新で市場を塗り替えた。しかし出店が過熱し、競合が増え、価格競争が激化した。インストラクターが活躍できる場は縮小していった。

    ヨガスタジオは一時、都市部を中心に急増した。「ヨガブーム」と呼ばれた時代には、資格さえあれば仕事があった。だが市場が飽和すると、スタジオの閉店が相次いだ。ブームに乗って資格を取り、委託に入ったインストラクターたちの中には、突然仕事を失った人もいる。

    ホットヨガも同様に急拡大し、その後市場が飽和した。

    ピラティスも同じ波を経験しつつある。数年前から急速に広まり、スタジオが増え、資格スクールが増え、インストラクターが増えた。

    加圧トレーニングも、かつては全国にスタジオが乱立するほどのブームだった。今、専門的に提供し続けている場所はごくわずかだ。酸素カプセルや水素も、一時期多くのジムやサロンに置かれていたが、今はほとんど見かけない。

    流行のプログラムも然りだ。数年前に熱狂的な人気を誇ったプログラムが、今は静かに姿を消している例は枚挙にいとまがない。資格を発行する団体自体が、なくなることもある。

    これは批判ではない。業界の構造として、事実がそうなっている、という話だ。

    流行に乗ること自体は悪くない。波に乗れるタイミングがあれば、乗った方がいい。問題は、流行を「自分のビジネスの土台」にしてしまうことだ。流行は外から来る。自分の意志とは関係なく、始まり、終わる。その波が引いたとき、自分に残るものが何もなければ、また新しい流行を探すしかなくなる。資格を増やし、流行を追いかけ、それでも収入が安定しないサイクルが生まれる。

    流行をビジネスの土台にしない。それだけで、働き方は大きく変わる。

    30年この業界にいて、確信していることがある。流行の寿命に左右されない働き方は、「自分という人間への信頼」を土台にしたときだけ作れる。スキルでも資格でもプログラムでもなく、「あなただから」と言ってもらえる関係性が、唯一の安定だ。




    第四章 価格は、価値の表明だった

    交渉の仕方を誰も教えてくれなかった
    知人のヨガインストラクターから、こんな話を聞いたことがある。

    あるサークルからヨガの指導を頼まれ、指導料3,000円で教えることになった。安すぎるとは思っていた。でも、みんなが喜んでくれている。いい人たちだから。誰かの役に立てているから——そう自分に言い聞かせながら、続けていた。

    あるとき、そのサークルをやめようと考えた。別の委託先の仕事に変えようと思ったからだ。でも指導料を上げてほしいとどう交渉すればいいかわからなかった。

    やめると申し出たとき、先方から「指導料はいくらならいいですか?」と聞かれた。

    そのとき、金額を提示できなかった。

    高いと言われるのが怖かったから。

    今振り返れば、ちゃんと交渉する勇気を持てばよかった——と彼女は言う。

    この話は、フィットネス業界のインストラクターに限らない。フリーランスの多くが、交渉の仕方を誰にも教わらないまま現場に出ている。みんなが喜んでくれるなら、役に立てているなら、それでいい——そう思いながら働いている。最初は頑張れる。でもいつか、無理がやってくる。

    価格を自分で決められない。交渉できない。提示したら高いと思われるかもしれない——これは能力の問題ではない。「自分の仕事の価値をいくらと言っていいか」を、一度も考えたことがないから起きることだ。

    そして私自身にも、その原点がある。

    私は23歳のとき、自分の価値を500円に設定した。

    バブルが弾けた翌年。就職氷河期の中で、私は就職活動をしていた。体育大学を出て、教員免許も取得した。それでも、内定は出なかった。「これでダメなら仕方ない」と思って受けたのが、都内のフィットネスクラブのオープニング社員募集だった。

    最終面接で、社長にこう聞かれた。

    「君を時給にしたら、いくらかな?」

    とっさに、私は答えた。

    「500円です。」

    社長は「そう。」と一言。それで面接は終わった。

    帰りの電車の中で、なんとも言えない気持ちになった。500円って、何を言っているんだろう。これで就活は全滅かもしれない。不安と、諦めと、もうこれ以上は頑張れないかもしれないという疲れ。胸の奥が、静かに重くなっていた。

    一週間後、合格内定の通知が届いた。私は、選ばれた。

    でも——そのとき私は、自分を500円と設定したままだった。

    今振り返れば思う。安すぎるだろ、と。体育大学を出て、教員免許も取り、ここまで積み重ねてきた時間と努力がある。それでも私は、500円と言った。

    落ちたくなかった。就職浪人になるのが怖かった。「選ばれない側」に戻りたくなかった。だから、自分を小さくした。

    そしてあの日の「500円」は、静かに私の前提になっていった。低い報酬でも納得できる。値上げが怖い。なぜなら私はずっと、「選ばれる側」のままでいようとしてきたから。

    23歳で設定した自己定義は、思っている以上に長く続く。あの一言は、面接のための言葉ではなかった。それは、私が私をどう扱うかの宣言だった。

    価格を自分で決められないのは、能力の問題ではない。自分の価値を安く設定したまま生きてきた——その前提が、まだ書き換えられていないからだ。

    コロナ禍より前に、私は水中運動のパーソナルレッスンを始めていた。

    水中運動のパーソナルレッスンを始めたとき、その感覚がよみがえってきた。最初に設定した価格は、市場相場を調べた上で「少し低め」にした。「最初だから」「実績がないから」「高いと断られるから」。そういった理由からだった。

    しばらくして、あることに気づいた。低価格で来てくれるクライアントは、決して悪い人ではないのだが、「安いから試してみた」という動機で来ることが多い。少し状況が変われば離れていく。セッションに本気で向き合おうとしない場合もある。

    そして何より、私自身が消耗していた。一人ひとりに全力で向き合うほど、体力と時間が削られるのに、収入が追いつかない。「もっと丁寧にやりたい」という気持ちと、「件数をこなさなければ」という現実が、常にぶつかり合っていた。

    思い切って価格を上げた。

    結果は、予想と違った。

    クライアントの数は少し減ったが、残ったクライアントは本気だった。毎回のセッションに真剣に取り組み、変化を実感し、長く続けてくれた。そして「あなたに頼んで良かった」と言ってくれた。紹介も生まれ始めた。

    価格を上げたとき、何が変わったのか。クライアントの「覚悟」が変わったのだ。

    高い価格を払うことは、その人にとってのコミットメントになる。「ちゃんとやろう」という意識が生まれる。だから変化が起きやすくなる。変化が起きると、信頼が深まる。信頼が深まると、ファンになる。

    価格は、単なる数字ではなかった。私が自分の仕事の価値をどう見ているかを、世界に向けて伝えるメッセージだったのだ。

    価格を上げるとは、自分の価値を自分で認めることだ。それは同時に、「この価格に見合うだけの仕事をしよう」という、自分自身への宣言でもある。その緊張感が、仕事の質をさらに上げる。質が上がると、クライアントの変化が大きくなる。変化が大きくなると、感謝が深まる。この好循環が、ファンを生む。




    第五章 自分の商品を持つ、ということ

    コロナ禍で、多くのインストラクターやパーソナルトレーナーがいち早くオンラインレッスンに切り替えた。ZoomやYouTubeでレッスンを配信し、SNSで無料動画を上げ、フォロワーを集めようとした。同時に、SNS集客の勉強を始める人も急増した。

    その行動力は素晴らしい。だが、一つ大事なことを後回しにしていた。

    SNS集客のやり方を学ぶ前に、「自分の商品」を持つことだ。

    これを言うと、多くの人が首をかしげる。「自分の商品? 私はもう教えているけど?」と。

    でも、立ち止まって考えてほしい。スポーツクラブで担当しているレッスンは、スポーツクラブが所有するプログラムだ。資格団体が認定した公認プログラムも、自分の商品ではない。それは「誰かのプログラムを届ける仕事」であって、「自分の商品を売る仕事」ではない。

    自分の名前で発信するなら、問うべきことがある。誰のためのレッスンなのか。どんな変化をもたらすのか。スポーツクラブではやっていない、自分だからこそできることは何か。そこを突き詰めたとき、初めて「自分の商品」が生まれる。

    私の場合、それが水中運動のパーソナルレッスンだった。スポーツクラブの集団レッスンではできない、一人ひとりの身体の状態に合わせた指導。膝が痛い人、腰が弱い人、水が怖い人。その人だけのために組むプログラム。筋バランスの調整とリラクゼーションを中心に、機能改善を目的とした水中運動。これは、どのスポーツクラブにもない、私だけの商品だった。

    個人ビジネスは、価格競争に巻き込まれてはならない。周りの相場に合わせることは、一見安全に見える。でも相場に合わせた瞬間、あなたは「同じもの」になる。同じものなら、より安い方が選ばれる。その競争に勝てるのは資本力のある大手だけだ。個人が戦う土俵はそこではない。

    では、個人はどこで戦うのか。企業が提供できないニッチな問題を見つけることだ。「これがあったらいいのに」という声に、誰よりも早く気づく。その「問題キャッチ力」が、個人ビジネスの最大の武器になる。

    コロナをきっかけに、私はビジネスの仕組みをゼロから学び直した。商品の作り方、マーケティング、価値の伝え方。見様見真似ではうまくいかないことを、自ら痛感していたからだ。

    私たちのような専門職、技術職の人間は、専門知識を深掘りする人が多い。それは専門家として素晴らしいことだ。でも専門性を磨くだけでは、収入に直結するわけではない。フリーランスとして生きていくなら、スキルと同時に、ビジネスの仕組みを学ぶことが必要だ。

    自分の商品を持たないまま、SNSで発信しても、何を売りにいくのかが定まらない。フォロワーが増えても、収入につながらない。それが、多くのフリーランスが陥るパターンだ。

    安売りも同じ構造だ。価格を下げることで「お試し」の人を集められるかもしれない。だが安さが動機で来た人は、安さで去っていく。本当のファンは、あなたの価値に共感して来る。価値に共感した人は、適正な価格を「当然のこと」として受け入れる。

    だから、値上げをするとファンが増えるのだ。正確に言えば、値上げによって「価格で来ていた人」が去り、「価値で来る人」が残る。残った人が、ファンだ。




    第六章 業界の構造を知った上で、自分の地図を描く

    私がこの気づきに至るまでに、30年かかった。

    もっと早く気づいていたら、という後悔がないと言えば嘘になる。でも同時に、30年という時間が教えてくれたことの重さも知っている。

    委託構造は悪いものではない。資格を学ぶことも価値がある。問題は、それらを「唯一の選択肢」として疑わずに続けることだ。

    業界が提示する「正解」に乗り続けると、いつのまにか価格も、働き方も、キャリアも、自分ではなく業界が決めるようになる。そしてある日、「これは自分が望んでいた働き方だったか」と問う自分に気づく。

    フィットネスインストラクターという仕事は、人の体と心に直接向き合う、本質的に価値の高い仕事だ。誰かの痛みが和らぐ瞬間、誰かが笑顔で水中を動ける瞬間、誰かの姿勢が整い、人生が少し軽くなる瞬間に、立ち会える仕事だ。

    その価値は、スポーツクラブのコマ単価には収まらない。

    答えはシンプルだ。自分の価値を自分で定義し、それを必要としている人に届け、価格をそれに見合ったものにする。

    言葉にすれば簡単だが、実践には時間がかかる。業界の常識に染まった感覚を、一度ほぐさなければならないからだ。「安くしないと来てもらえない」「値上げしたら怒られる」「自分にそんな価値があるだろうか」。そういったブロックを一つひとつ外していく作業が必要になる。

    だが、その作業をした人だけが、流行が終わっても、スポーツクラブが変わっても、消耗せずに働き続けられる。




    おわりに——フリーランスも、価値を売りにいく時代

    フリーランスも、価値を売りにいく時代になった。

    この気づきを同じ業界の仲間に届けたくて、私はこれまで書き続けてきた。読んでくれたインストラクターやトレーナーから「値上げしてみたら、本当にそうなりました」というメッセージが届いたことが、何より嬉しかった。

    フリーランスという働き方の本質は、「自分で決める自由」だと思っている。

    何をするかを決める自由。誰と働くかを決める自由。どんな価値を提供するかを決める自由。そして、それにいくらの価格をつけるかを決める自由。

    委託構造の中で、資格を積み重ねながら、流行の波に乗ろうとしながら、その自由をどこかに置き忘れてきたインストラクターを、私はたくさん見てきた。疲れて、消耗して、好きだったはずの仕事を嫌いになって、辞めていく人たちを。

    そうなってほしくない。

    流行が終わっても、スポーツクラブが閉まっても、資格の価値が薄れても、「あなただから」と言ってくれる人が一人でもいれば、仕事は続けられる。その一人を作るのは、スキルでも資格でもなく、価値を信じて、価格に込めて、届け続けることだ。

    23歳の私は、自分を500円に設定した。

    30年後の私に言えるなら、こう言いたい。

    「もっと早く、自分の価値を信じてよかった。」


    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
     
    フィットネス系フリーランスの商品作り・ブランディング支援/収入を増やしたいけど値上げが怖いインストラクター・トレーナーのマインドセットもサポート/水中運動専門家・Kindle著者「値上げをしたらファンが増えた」/Wellness Vision代表/フリーランス歴30年

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