
かけてもらった言葉で、わたしは母として強くなっていく
生後3ヶ月になったばかりの息子が、怪我をしてしまった。
原因は紛れもなく、母親であるわたしの不注意。。。
note書いてる暇あったら、子どもに寄り添えよ、と言われそうだけど、病院での診察も治療も済み、ぐっすり寝てくれているので、自戒を込めて記事に残すことにしました。
休日を離れて過ごしていた夫に慌てて連絡し、救急病院で治療を待つ間、「もし何か取り返しがつかないことになってしまったら、どうしよう」と震えが止まらなかった。
待合室には、治療を待つ親子が他にも何組かいる状況だった。
落ち着かない様子で過ごすわたしをみて、5歳くらいの女の子を抱いて横のベンチに座っていたお母さんが話しかけてくれた。
「だいじょうぶ?何があったの?」
わたしはたどたどしく事情を話した。
言葉にするだけでも、自分の不注意のせいで息子が怪我をしてしまった事実があまりにも辛くて、話しながらボロボロと泣いてしまった。
「そうだったのね、大変だったね、あなた自身がまず1番驚いたし辛かったね。」
そのお母さんは思いがけない言葉でそう切り出し、話を続けてくれた。
「わたしは、今日次女(腕に抱いている幼い女の子)が遊んでいて怪我をしちゃってここに来たの。」
見ると、女の子は不安そうにうつむきながら、左手の手首を押さえていた。どこかに打ってしまったのかもしれない。
「わたしも実は、長女を育てている時に同じような経験をしたことがある。初めての経験だし、とても動揺してしまったから、今のあなたの気持ちがとてもよく分かる。」
そしてこう続けた。
「けれど、どうか自分を責めないで。あなたは何も罪悪感を感じる必要はないのよ。子どもは育っていく中で怪我をしてしまうものだし、幸運にも大事に至ってないのなら何も心配することはないわ。」
「見ての通り、わたしはそんな経験をしてきたからこそ、次女が多少怪我しても、今こうしてどっしりと構えることができるようになっただけ。初めての経験でさぞ辛いと思うけど、あなたのせいじゃないから。」
そして最後にこう付け加えた。
"Please kindly treat yourself."
(どうか、自分に優しくしてあげてね。)
「…ありがとう、ありがとう」
泣きながら、わたしはそう返すことしか出来なかった。次女を診察に来た看護師さんとジョークを交わしながら、明るく振る舞っている彼女がまぶしかった。
🤲
診察時に、息子が怪我をしてしまった状況を医師に伝えなくてはならなかった。
その場に居合わせたのはわたしだったが、まだ少し気が動転してしまっていたこともあり、代わりに夫が状況を説明してくれた。
何度思い返しても、わたしの不注意のせい。
この怪我は、確実に防ぐことができたはずだった。
夫の言葉を聞きながら、わたしはまた少し涙ぐんでしまった。
その様子を見て、わたしと同い年くらいの男性医師は所見を述べて診察をする前に一言こう言った。
「それは彼にとってもお母さんにとっても大変だったね。お母さん、あなたにとって、ものすごくストレスフルな1日だったでしょう、大丈夫ですか?」
ここでもわたしのことを気にかけてくれるのか。
もちろんそれは、目の前にいる息子の状態がみるからに安定していたからであり、怪我の程度が大したことないものだと判断できたからこその、余裕ある気遣いの言葉だったんだと思う。
けれど、その言葉に少しだけ救われた気がしたのは紛れもない事実だった。
💊
息子は怪我と容態の経過観察のために、診察後も2時間ほど病院の一時滞在ルームにて安静にする必要があったものの、ありがたいことに怪我自体はとても軽く済んだようで、ケロッとして過ごしてくれた。
ミルクを飲みながら、いつものようにウンチもしてくれたし、なんせそれがバイタルチェック中だったものだから、居合わせた看護師さんが、その迫力ある音に思わず笑ってしまうほどだった。
今は寝室にあるベビーベッドの中で、スヤスヤと寝てくれている。
メルボルンに来て半年が過ぎたいま、まさか街中で救急車を呼ぶ電話をする事態に陥るとは思わなかった(結果、容体的に自分で病院に向かえるレベルであることが分かり、救急車のお世話にはならなくて済んだ)
病院に向かうまではなんとか取り乱さずに過ごせたけど、合流した夫の顔を見るなり安心して泣いてしまった。
わたしのせいなのに、わたしの不注意がなければ彼の頬に傷はできなくて済んだのに、
なぜ、今日出会った人たちは真っ先にわたしを気遣う言葉をかけてくれたんだろうか。
本当に痛々しいのは彼の小さなほっぺにできた傷のはずなのに。
・
今日起きてしまったことは心から反省するしかない。
でも、起きてしまったことを悔やんでもしょうがないので、これから二度と同じようなことにならないように1番そばにいる存在として、気をつけなければならない。
家に帰ってからも、少しくよくよと泣いてしまったが、夫がこう言ってくれた。
「明日朝になっても、みーさん(私)が悲しい顔したままだと、こびさん(息子)だって悲しいよ。だから出来るだけいつも通りに接してあげよう。」
わたしはまだまだ母としても、何より人間としても未熟だなと感じる。
けれど、それは家族の前で笑顔で居続けられない理由にはならない。
開き直ることは決してしないけれど、わたしはこの出来事、そして周りの人たちからかけてもらった優しい言葉の数々から学ぶことがいくつもあった。
こんな自分をとても不甲斐なく思うけれど、こうやって、周りの人たち、そして何より息子に、少しずつ母にさせてもらってるんだなと思う、ありがとう。
こうは書きつつも、やっぱり今日起きたことについては、後悔の念は拭えない。
けれど、わたしは明日朝(というか息子が起きるであろう深夜には)かならず笑顔で過ごそうと決めた。
それが、今日かけてもらった言葉と出会った人たちにに対して、唯一できるささやかな恩返しであり、
何より、大事な息子に見ていてほしい母としてのわたしの姿であり、決意だから。