
自分らしい子育ては、“選ぶこと”を積み重ねて出来ていく
「わたしが我慢すればいい」
気づけば、そんなふうに自分に言い聞かせている瞬間が、子育てをするようになってから何度もあった。
今日もその一言が、喉元まで出かけた。でも、少しだけ立ち止まってみた。本当にそれが、わたしの望む選択なのだろうか?
わたしが我慢することで、こびさんにとっても家族にとっても「いい母」でいられるのだと、どこかで思い込んでいた気がする。
でも、今日はすこしだけ、その思い込みをやわらかくほどいてみた。
「自分らしい子育て」って、きっともっと自由で、もっとわたしの声に耳をすませていいはずだから。
🎈
週末の昼前、生後3ヶ月半の息子・こびさんにミルクをあげながら、これから行こうと思っていたマーケットのことを考えていた。今日は晴れていて、少し遠出になるけれど、前から気になっていた場所。服も着替えて、お出かけ準備万端だった。
そこへ、ゴルフに行っていたの夫から連絡が入った。「このあと、メルボルンに駐在中の同期(ちなみに、わたしも同じ会社出身なので同期)の家に何人か集まるんだけど、行かない?」とのこと。彼いわく「どっちでもいいよ」とのことだったけど、そんなの長年一緒にいればわかる。これは「行きたいから、行ってもいい?」という意味だ。
正直、迷った。午前と午後に2回の外出。こびさんにとって負担にならないだろうか。いや、これまでも何度も外出はしてきたし、大丈夫なはず。でも、頭によぎるのは、半月前の外出中の事故。焦ってしまったあの日の自分。
「今日の午前中の外出は、やめておこうかな……」
そんな気持ちがよぎる。自分の予定を諦めて、家でいつものように過ごせばこびさんに無理はさせない。でも、それって本当に“わたしが望んでいる過ごし方”なのだろうか?
以前、まさにこうして「自分で自分の予定をやめたこと」にイライラして、夫と派手に揉めたことがある。あのときも、「自分で選んだはずなのに、なぜか納得していなかった」ことが原因だった。
迷いに迷って、タイミングよくLINEの返事をくれた実母に電話で相談してみた。「絶対行ってきた方がいいよ!」と、あっさりした声。理由を尋ねると、「こびさんの様子を見ながら、次の予定を決めたらええやん。最初から全部やめる必要ないよ」とのこと。
ハッとした。そうだ、夫の予定は“後から入ったもの”。わたしが行こうとしていた気持ちを、ないことにしてしまうからモヤモヤが積み重なるのだ。「わたしが我慢すればいいや」という考え方が、そもそも健全じゃない。
というわけで、母の言葉に背中を押されて、マーケットに行くことに。行くのに時間はかかったけれど、雰囲気も最高だった。結局なにも買わなかったけれど、こびさんとふたりで行けたこと自体が大きな満足感だった。
午後、夫と合流して友人宅へ。
しかし、こびさんは眠いのになかなか寝付けず、生まれて初めてくらいの大泣き。ちょっと無理させちゃったかな…ごめんね。
でも、今後こういう予定はどんどん増えていくはずで、そのたびに外出を諦めるのではなく、どうすれば外でも安心でき、家のようにゆっくり眠れる環境をつくれるかを考える方が前向きかもしれない。そう思うのは、親のエゴなのだろうか。
🎈
今日の冒険は、全部が完璧にうまくいったわけじゃないし、反省もあった。でも、「選んでよかった」と思える瞬間もたくさんあった。
これからも、子育てには迷いや不安がついてまわると思う。
だけど、“我慢”じゃなく“選ぶこと”を重ねていく先に、わたしらしい家族のかたちが見えてくる気がしている。
自分らしい子育ては、一つひとつの「選んでよかった」を集めて、出来ていく。
今日もまた、そんな一歩を重ねていけた自分を、ちょっとだけ誇りに思っている。
きっと答えは一つじゃないし、これからも試行錯誤は続く。でも、わたしたちはわたしたちのベストを探していけばいい。
こびさん、またひとつ、小さな冒険を一緒にしてくれてありがとう。