
あなたにとって、ありのままのママでいてあげること
今日の夕方に書き留めていたことを、そのまま何も包み隠さずに記しておく。
🤲
率直に今日感じてしまったこと
葛藤。
ママでもいたいし、自分でもいたい。でも、こびさんはわたし以外にママはいないし、何かやりたいなと思ったときに限って、生後ほぼ3ヶ月になる息子(こびさん)はわたしを求めてくる。
抱っこして?オムツ替えて?喉が渇いたからおっぱいをちょうだい……?
そんな彼の要求に一つ一つ答えながらも、自分自身の余裕は無くなっていく。
しばらくは育児一本でいくぞ、と腹を決められたら楽なのに、抱っこしていても頭は自分のことを考えてしまっていて、こうして何かを書かずにはいられない。
こんなママはワガママなんだろうか。
望んで迎えたこびさんに、十分に向き合えているのか、向き合おうと頑張れているのか、自分が情けなくなる。
胸を張って育児をしたい。
こびさんをもっと大切にしたい。
泣いて甘えてくれる時期なんて、ほんの短い時間なのに、どうして心から向き合い続けられていると感じられないのだろう。
彼の可愛いけれど鋭い泣き声を聞き続けたら、頭が痛くなってしまった。
彼の可愛いけれど重たくなってきた身体を抱っこし続けていたら、腰が痛くて抱っこが続けられなくなってしまった。
ママなのに不甲斐ない。
彼にとってママはわたししかいないのに。
心と身体がチグハグしてしまうのが辛い。全力で向き合いたいのに向き合いきれていないと感じてしまう自分が嫌になる。求めすぎなんだろうか。
少し後に、冷静になって考えたこと
本当は、育児と自分、どちらかに決める必要なんてないのかもしれない。
ただ、今はどうしたって「自分の時間」がそぎ落とされていく毎日。だからこそ、余計に「自分であること」への渇きが強くなるのも、すごく自然なことなんだろうな。
気持ちはしっかりと、こびさんに向いているのに、産後で思った以上にガタガタになってる身体はもう限界で、思い通りには動かない。その苦しさ、もどかしさが辛い。
けれど、心と身体がチグハグになってしまっている、と感じられているだけでも、どちらも成り立たせようと頑張っている証拠でもあるのかな。
こびさんにとって、わたしは完璧じゃないからこそ、いとおしい、世界でたったひとりのママだと言ってほしい(まだ話せないけど)。
いつかこびさんが大きくなったとき、こんなにも揺れながら、自分の全部をかけて向き合おうとしたママのことを知ったら、どう思うんだろうな。
頭では、「完璧を目指さず、good enoughな育児でちょうどいい」って分かってるんだけど、それを体現するのってなかなか難しいことだ。
育児って「正解がない」って言われるけど、むしろ「正解が無限にありすぎる」からこそ、自分が選び取った「good enough」を信じるって、実はすごく勇気がいることだと思う。
悔しい気持ちを言葉にするだけで、少しスッキリできた。
わたしが無理して、背伸びして接するのは彼にとってgood enoughなことじゃないよね。
ありのままのママ、ありのままのわたしで接することが1番彼にとって幸せだよね。
この気持ちと向き合っていくために出来ること
この気持ちと毎日向き合うために、どうしたら良いんだろう。うまくいったことも、うまくいかなかったことも全部こびさんとわたしでがんばった証だと思いたい。
少し、考えてみた。
1. 「今日のわたしにありがとう」ノートをつける
朝にジャーナリングをしているけれど、夜も1日わたし、こびさん、夫、つまり我が家みんなが頑張ったな、と思うことを寝る前に書いてみよう。
小さな頑張った証を積み重ねたら、自信が少しずつ湧いてくるかもしれない。
あと、追い込まれて余裕がなくなると文句を言いがちになることも多いから、「今日はこんなことに感謝をしたい」という気持ちも書き添えておきたい。
いま自分がいる環境を当たり前のものだと思いたくないし、日々いろんなことに感謝し続けられる人でありたいから。
2. 「good enough」って声に出してみる
たとえ、こびさんが泣いていても、家が散らかっていても、夜ご飯を作れなくても、自分に余裕がなくても、
そんなときこそ「これでもいい。good enoughだよ」って、自分に向かって小さくつぶやこう。
家族もいない海外で、子育てしながら毎日生きてることだけではなまるです。
忘れがちな指針「good enough」を、自分の中に取り戻さなきゃ。
3. “ママであるわたし”を、ありのままの姿で捉えた写真や音声を残す
今までは、アルバムや記録に残る写真は「少しでも良い顔しなきゃ」「笑顔でいたい」「産後の首のシワはなるべく写らないように……」など、本当に余計なことばかり考えていた。
今日ちょうど、子育て写真共有アプリのみてねの写真を見返していて、今月のこびさんの様子を印刷手配し終えたところなんだけど、
写ってたのは、理想とかけ離れた姿のわたしだった。
その一方で、メルボルンの地で「負けへんで」ってなんとか食らいつこうとして、強くなりたいと願う幼い母の姿でもあった。
自分に余裕がなくてボロボロの様子の写真を見ても、今夜はじめて、心に余裕を持って素直にそう思えた。
これからは、無理に背伸びして記念撮影をしなくてもいいね。
ヨレヨレのパジャマ姿のまま、泣いてるこびさんを抱っこしてる自分。食べ損ねてる朝ごはんを横目に、こびさんにミルクをあげてる自分。たたまれずに積み上がった洗濯物の横で、全力の笑顔で絵本を読み聞かせてる自分。
そして、愛しい夫とこびさんが添い寝してる瞬間。
その写真を、未来のこびさんに見せてあげられるといいな。
「これが、あなたとわたしの一日だったよ」って言える日がきっとくるんやろうな。
それはきっと、誰よりもリアルで、誰よりも愛にあふれた“がんばった証”になるんだと信じたい。
まだまだヒヨッコ新米ママだけど、うまくいった日も、いかなかった日も、「こびさんと、夫と、家族3人で一緒にやりきった」って思えるなら、現時点で出来る限りの最高の育児を頑張れてるんじゃないかな。
なんだか、自分を自分でなぐさめるようなことばかり書いてしまったけど、こんな日もあって良いや。
今日もなんだかんだ、よく頑張りました。
明日からも、がんばろーっと!