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Photo byhinotom86

悲劇と喜劇の新婚旅行

    新婚旅行の思い出を語る時、私達の口から最初に出るのはロマンチックな夕日でも、異国の白い砂浜でも、コバルトブルーの海でもない。
    最高だったバリ島での5日間。私達がいつも思い出すのは
    「背中の傷」と「大いびき」そして「履き間違えた夫のパンツ」
    この3つだ。
    これは10年以上が経った今もなお色褪せない、悲劇と喜劇のハネムーンの話である。


    私23歳、夫27歳の時に私達は結婚した。
    出会いの場は、私が学生時代に通っていたCD屋。
    そこで働いていたのが、夫だった。

    彼に好意を抱くよりもずっと前から、彼がその店で働いていることを私は認識していた。しかし、コアな音楽好きの空気感なのだろうか、他を寄せ付けない独特なオーラを纏った彼を私は「違う世界の人間」と感じ、決して近づくことはなかった。
    基本的にパソコン仕事が主だったようで、レジで接客する姿は滅多に見かけなかったのだが、私が当時大好きだったバンドの新譜を買いに行った時のことだ。
    彼に初めてレジ対応をしてもらった。
    彼の声を初めて聞いた。
    そして、直感的に、この人のことをもっと知りたいと思った。


    「友達になりたいです。」
    後日、自分のメールアドレスを添えて、手紙を渡した。

    付き合う前、初めて一緒に食事をしたお店はバリ島好きの店主が営む小さなアジアン料理のお店だった。彼がこの店を提案してくれたのだが、私も全く同じ店を提案しようと思っていたので驚いた。

    その日私達が1番盛り上がった話題は、
    「鳩がなぜ足より先に顔を前に出して歩くのか」だった。
    彼の話に爆笑した私は、食べていたガパオライスの唐辛子が喉に張り付き盛大にムセた。それを見ている彼も口を押さえながら大笑いしていた。
    好意を寄せる男性との食事でムセまくるなんて普通なら恥ずかしすぎて、いてもたってもいられなくなりそうなものだが、当時の私は不思議と全く恥ずかしくなかった。
    彼の仕事の休憩時間45分間だけの束の間のランチデート。
    涙が出るほどムセまくったことなんてどうでもよかった。
    楽しい。
    もっと話したい。
    それしか考えられなかった。

    それからあれよあれよという間にお付き合いがスタートし、2年半の交際を経て夫婦になった。違う世界に住む人間だと思っていた彼と私は、同じ世界を一緒に歩むことになったのだ。


    結婚式は2人でお金を貯めて、入籍1年後に挙げた。
    特にこだわりがなかった私達は、地元の1番安いホテルウェディングの会場で即決。今流行りのプライベートウェディングに比べれば質素だったし、お洒落さのかけらもなかったけど、温かくてとても幸せな式だった。

    結婚式より何より、私達の胸を躍らせたのは新婚旅行だった。
    どこに行こうかという話になった時、夫が
    「バリ島はどう?」
    と言った。私も全く同じ行き先を提案しようと思っていたので、驚いた。

    それからあれよあれよと計画が進み、いよいよ出発前日。
    夜中まで準備に追われながらも、ふざけた動画を作って腹を抱えて笑った。
    彼といる時間はいつだって、楽しくて仕方ない。

    空港直便のジャンボタクシーに乗り込み、2人で初の海外旅行へと飛び立った。

    11月下旬。小雪舞う日本とは打って変わって、バリ島は南国特有の湿度と熱気に包まれていた。初めて異国の風が肌を撫でた時、ここは日本じゃないんだな、と実感した。

    宿泊する宿までタクシーで送ってもらう。
    新婚旅行ということでちょっと奮発してプライベートヴィラを予約していた。到着すると、あまりの綺麗さに2人共ちょっと怯んだが、日本人スタッフの手伝いもあり無事チェックイン。
    部屋にはプールもあった。
    部屋の前の庭には東屋みたいなのもあるし、その下に大きなベッドもある。
    部屋の中にも立派なベッドがあるのに2つも必要なのだろうか…というあまりに一般人の感覚が頭をよぎったが、ここは南国のリゾート地。ベッドの2つや3つで驚くな、と自分に言い聞かせた。

    夜の到着だったので、敷地内にあるレストランで夕飯を食べた。
    びっくりするぐらいハエがそこらじゅうに飛んでいたけど、それを手で払いのけながら食べることすら、異国に来たことを実感させてくれた。
    次の日は近くのビーチで遊んで、新婚旅行のオプションでつけてもらったホテルのリラクゼーションエステを予約している。
    敷地内を一通り散策してから部屋に戻り、早めに休んだ。

    夜中、信じられないような爆音で目が覚めた。
    外は大スコール。
    空を引き裂くような雷が鳴り響いている。
    明日の海は大丈夫かなぁ…とぼんやり考えながらまた眠りについた。


    目が覚めると昨夜のスコールは嘘のような晴天だった。
    頼み放題のモーニングをたらふく食べ、部屋のプールで遊んでから海へと向かった。
    青い空、白い雲。遠くには雨雲の黒雲も見えるけど、まだまだここからは遠く離れているからしばらく雨の心配はいらなそう。
    目の前には広がる青い海!
    日本海と全然違う青‼︎
    開放感120%‼︎!
    2人で海に駆け込んだ。
    少しぬるくて、青く透き通った海がとても美しかった。

    彼と初めての海水浴がこんなに綺麗な海だなんて。
    嬉しくて楽しくて仕方ない。
    その気持ちを抑えきれなくなった私は、堪らず彼に飛びついた。

    ガリッッ!

    夫「痛っっ‼︎」

    私「え?何、今の。」

    どうやら飛びついた拍子に、彼の背中を思いっきり引っ掻いてしまったようだ。背中から血が垂れている。
    始まって早々のハプニング。
    とりあえず浜に上がって、傷の様子を見る。
    彼の背中は爪で引っ掻かれ、ちょっとだけえぐれていた。

    「大丈夫、大丈夫」

    という彼。再び海に入るが、海の塩がかなり染みるようで悶絶している。
    本当ごめん。
    青い空。白い雲。広い海。平謝りする私。
    開放感80%くらいに抑えておけばよかった。
    なんてことをしてしまったんだ…私は申し訳ない気持ちと共に、大変なことを思い出した。この後予約しているエステが“ソルトエステ”だったのだ。
    絶対痛いじゃん。
    傷に塩を擦り込まれるとか、ただの拷問だ。

    傷をかかえながらもそれなりに海を満喫してくれて楽しい思い出に変えてくれた夫よ、ありがとう。そして、本当にごめんなさい。

    宿に戻り、夫と会議する。
    私「エステ、どうする?」
    夫「ん〜、傷を避けてもらえば大丈夫なんじゃないかなぁ。」
    私「でも、ソルトだよ?」
    夫「せっかく来たし、やりたいな。ってか傷の前に、俺肌弱いからソルトでブツブツできないかの方が心配だわ。」

    こんなやりとりの末、せっかく来たしエステは予定通り受けることにした。

    予定の時間になり、エステルームへ。
    現地人のスタッフ2名が笑顔で迎えてくれた…と思ったが、どうやら笑顔というより、私を見て笑っていることに気づいてしまった。
    ここまで私の情報を何も書いていなかったのでちょっと補足させていただくと、当時の私は
    身長156㎝前後の中肉中背
    茶色く染めたくるくるパーマのショートヘア。
    黒のタンクトップに派手な柄のゆるゆるズボン。
    という出立ちだった。
    こう書くとそんなに変な風に感じないかもしれない。
    しかし、ここは南国リゾートの“リッチな”大人の宿。
    因みにこの宿は16歳以上からしか宿泊ができない規定がある。
    周りは欧米人のちょっとお金持ちそうな落ち着いた雰囲気のお客様ばかり。

    そこにいるクルクルパーマのチンチクリンなアジア人の私。

    そりゃ「なんだこの子供みたいな日本人!」って思うだろう。

    クスクス笑われながら1人のスタッフから
    「ナイスヘアー!」
    と言われた。
    私は負けじと満面の笑みを浮かべて
    「センキューーー!!」
    と言った。日本人のメンタル舐めんなよ、と思った。

    エステは夫婦同じ部屋での施術だった。
    エステ用の下着にそれぞれ着替えて、ベッドにうつ伏せになる。
    夫は担当のエステティシャンさんに、カタコトの英語で一生懸命背中の傷のことを訴えている。
    エステティシャンさんよ、私のことはいくらでも笑ってくれて構わないから、彼の背中の傷に塩を擦り込むのだけは勘弁してやって欲しい。

    そんなことを考えながら、エステスタート。

    そこから私の記憶がない。
    前日の飛行機移動で疲労が溜まっていたようで、すっかり眠りこんでしまったようだ。
    担当の方に肩を叩かれ目を覚ますと、こちらを見てまたクスクス笑っている。

    なんだよ。そろそろこの見た目にも慣れてくれよ。
    そんなふうに思っていると夫が
    「miya、めっちゃいびきかいてたよ。」
    と笑いを堪えながら言った。

    もう見た目とかそういうレベルで笑われていたわけじゃなかった。
    チンチクリンのアジア人が、大いびきかいてりゃ、そりゃ笑うわな。
    何が「センキューーー‼︎」だ。
    エステティシャンさんの顔も、もうまともに見れんよ。

    恥ずかしさで若干落ち込んでいると、今度は夫がクスクス笑われている。
    私が笑われる分には構わない。でも、夫を笑うのは許せん。
    背中を引っ掻かれても怒ることなく楽しく海で遊んでくれた優しい夫。
    朝ごはん、私が頼みすぎて食べきれなかったナシゴレンを頑張って食べ切ってくれた、食べ物を無駄にしない夫。
    お肌弱弱なのに、せっかく来たからと一緒にエステに来てくれた夫。

    夫が笑われるのは許さんぞ!
    と意気込んでそちらに目をやると、彼の様子がなんだかおかしい。

    よく見ると、彼が履いているエステ用の紙パンツ、足を通す部分が完全に違う。本来ウェストに来る部分から右足が出て、本来お尻を覆うはずの部分が全く違う場所でふっくら膨らんでいる。
    エステなんて初体験だから、こんなパンツ履いたこともなかっただろうし、何より背中の傷の説明をすることに必死で、自分のパンツの頓珍漢さには全く気づくことができなかったのだろう。
    エステティシャンさんも早く気づいてあげてよ。
    私の存在に気を取られすぎて、その隣で落ち着いた雰囲気を放つ夫に目が行かなかったのは分かるけど、絶対どう見ても変だよ、これ。

    夫も自分の失態に顔を赤らめながら苦笑いしている。
    私はといえば、腹を抱えて思いっきり爆笑してしまった。


    その後の新婚旅行は、寺院を巡ったり、お土産を買ったり、部屋のプールで遊んだり、部屋に置いてあった現地の殺虫剤を使ってPV映像を作って遊んだりした。
    お肌弱弱な夫は案の定、体に謎の赤い湿疹がいっぱいできたけど、それはそれは楽しい、一生忘れることのない5日間を過ごした。


    彼と結婚して今年で14年。

    私達に“ロマンチック”は似合わないけれど、彼と過ごす時間は
    いつだって、
    どこにいたって、
    何をしたって、
    結局いつも楽しくて、おかしくて仕方ない。

    そして今、9歳になった息子と3人、新たな旅を計画中。
    どんな珍道中になることやら。

    きっとどこに行っても私はチンチクリンで、夫は頓珍漢なのかもしれないけど。息子には申し訳ないが、私達はそれでいいし、それがいい。
    どこにいても私達は私達のまま、その瞬間を思い切り楽しむだけなのだから。


     
     

    miya

     
     
    夫と息子との暮らしを綴る、生活&食エッセイ。 食堂カフェの店主をしています。 忘れたくない瞬間は、いつだって、何気ない。

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