私の遺言💛
毎朝、弟と朝散歩を続けている。
叔母の滞在中も、雨の日以外は疲れたからと言って休んだことはない。
毎日だいたい6時15分ごろから30分~40分、景色を見ながら、さっそうと歩く。
秋になって空が高く、見上げると空がドームのように丸いことがわかる。
写真に撮っても、空が丸いことは表現できない。
「いまここ」の空を見て、そう思う。
弟と歩きながらいろいろな話をする。
私の話を聞いてもらうことが多い。
弟は、いつも笑顔で「そうだね」「そうだね」と相槌を打ちながら、話を聞いてくれる。
最近の話は、もっぱら叔母のこと。
私がちょっと落ち込んだり、これからのことを悩んだりしても、
「それでいいんだと思うよ」
と言ってくれる。
「お姉さんは最善を尽くした。伝えるべきことも全部伝えた。
おばちゃんに対して出来ること、出来ないことがあっても仕方がないと思う。もうそれでいいんだと思うよ」
ゆっくりゆっくり思いを伝えてくれる。
そんな弟の存在も私を支えてくれている。
夫も一緒にサポートする手伝いをしてきてくれた。
「恵子はよく頑張ったよ。」と言い、
「12月になったら、また二人で旅行に行こう」と旅先を見つけてくれている。
私が考え得る叔母にとっての最善は、叔母に今は伝わらないかもしれないけど、私を支えてくれる存在があるから、今は何が正解なのかを求めず、焦らず、少し気持ちを切り替えれてきたような気がする。
noteの街の皆様にも感謝!
見返りを求めずやってきたこと、神様はちゃんと見ていてくれる。
そして、必ず、一番良い道を備えてくださる。
そんな思いも私を包んでくれている。
「それでいいんだよ」

私は、自分がもし「老いて」介護が必要になった時には、介護してくれる人(家族)を信頼できると思う。信頼したいと思う。
今、夫や弟や、子ども達を信じているから・・。
私の意識がしっかりしていれば、きっと私の思いも聞いてくれると思うし、その際には、自分なりの最善を模索するかもしれないけど、最後は家族が願う道を信じて受け入れたい。
たとえ、私が最後に施設に入ることになっても、最善の判断をしてくれたと今の私は信じられるから。
その時に感じる思いは今は推し量れないけど、それでも、そうありたいと思っている。
だから、私の遺言は、
「信頼して全てをゆだねます」
にしたい。
私に財産なんかないけど、残したものがもしあったとしたら、家族で分けてくれればいい。
「いっぱい私達を愛してくれたね」
と語り合ってくれたらいい。
だから、
私は、これからも
私の大切な人たちを私の出来る最大の力を注いで、愛していきたい。
最後に私に返ってくるものは
「愛してくれてありがとう」の言葉だけでいい。

もちろん、自分の最期の時には、きっと葛藤や挫折もあるだろう。
綺麗事にはいかないこともあるし、大騒ぎをして大泣きをして、迷惑をかけることもあるだろう。
それでも、そんな私も受け入れてくれると信じられる人が、私のまわりにいることは幸せだ。
そのために、私は、自分の身体も大切にして、
長生きしなくてもいいから、最後まで健康で、楽しいことをいっぱいして、やりたいことをやりつくして、笑顔で暮らせたらいいなと思っている。
そして、私を愛してくれる家族に
「愛してくれてありがとう」
「支えてくれてありがとう」
を伝えたい。
その気持ちは、最後までとっておくのではなく、
いつもいつも伝え続けたい。
思いは言葉に出すことが大切だと思うから・・・。

今日も読んでくださり
ありがとうございました
<m(__)m>

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