メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byshino_angle

村で生まれ、田舎で育ち、感じたこと。

    ブログを書いていると、自分の人生を振り返るきっかけになりますね。

    せっかくなので、自分の人生で印象的だった出来事を、幼少期から振り返ってみようと思います。

    村生まれ、田舎育ち

    画像1

    僕は母親の実家である、岡山県のとある田舎の村で生まれました。

    なので、僕は田舎生まれの村人ということになります。

    田んぼと森に囲まれた自然溢れる村でしたが、もうその村は合併してしまい、地名に村の名前は残っていません。

    隣の家は、田んぼを3つくらい挟んだ遠い場所にあったので、近所の人を見かけたことはありません。

    夜は真っ暗で街灯ひとつなく、夜はイノシシや熊が出るから、外に出てはいけないと教わりました。

    家からは一本道で下り坂だったので、「わ〜!!」と叫びながら坂道を走ることが好きでした。

    好奇心のまま走っていると、気づくと知らない場所まで走ってきてしまい「ここはどこだ!!」と、迷子になることもありました。

    一本道を気づけば1時間くらい走っていて、家に戻るにはこの走ってきた道を、もう1時間かけて帰らないといけないのかと、絶望に陥ったことを覚えています。

    足がガクガクになりながら帰宅し、走りたいときは、帰り道を考えて走らなければいけないことを学びました。

    それでもまた走りたくなって、いつも外に走りだしてしまいます。

    すると、おばあちゃんから「ふきのとうと、つくしを取ってきて」と言われ、道端に生えているふきのとうとつくしを持ち帰っていました。

    僕がとってきたふきのとうとつくしは、夕飯で天ぷらとして出てきます。

    「何で道に生えとるやつ、食べんといけんのん」と思ったので、僕は一切食べませんでした。

    家に隣接している山は、まったく舗装されておらず、人が通って良さそうな道はありません。

    それでも興味本位で入ってみた時、適当に登って振り返ってみると、同じ木の並びで来た道が分からなくなり迷子になりました。

    必死の思いで山の頂上にたどり着いた時に、山頂から家が見えて、まっすぐ駆け下り無事帰省した経験があります。

    こんな感じで、田舎での暮らしは、常に自然の脅威が隣り合わせでした。

    田舎育ちで感じた不便さ

    画像2

    田舎育ちに憧れを持たれる人もいると思いますが、僕はすごく不便さを感じていました。

    家の敷地がやたら広く、住んでいる家と離れたところにトイレがあります。

    トイレは水が流れない、田舎ならではのボットン便所でした。

    このトイレに落ちてしまうと、僕は出てこれないんじゃないかと、いつもビクビクしながら用を足していました。

    買い物にスーパーに行くためには、車で約20分かかります。

    ちょっとした買い物が、小旅行気分でした。

    当時は携帯を持っていませんでしたが、大人になって帰省すると、電波が一本も入りません。

    LINEも電話もネットも使えず、社会から隔離されたような状態でした。

    毎日山と空を長め、一日が終わる

    画像3

    家の玄関には、婆ちゃんがいつも座っている、ロッキングチェアが置いてありました。

    僕もそこに座って、何時間も山と空を眺める時間が好きでした。

    その反面で、毎日退屈さを感じている部分もありました。

    更に言うと、この村には子供がいなかったので、みんなどこかへ出ていっているんだろうと、幼いながら感じていたことも覚えています。

    将来的に、ずっとここにいるイメージはできませんでした。

    まとめ

    画像4

    憧れの田舎暮し。

    実際に経験したから、分かることがあります。

    幸いにも、出産のために田舎に帰っていただけで、拠点は父親の実家がある倉敷のとある町でした。

    倉敷での生活については、また次回話そうと思います。

    ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

    ◆自己紹介はこちら◆

     
     
     
    元俳優の随筆家|現在フリーランスで IT企業PMOをやっています。 ステップファミリーという家族の形で、パートナーと息子、犬と猫と暮らしています。 映画・Netflix・家族のコラムを書いています。 公式サイトはこちら→https://x.gd/hFn1i

    あなたへのおすすめ