メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bymitsukisora

忌み嫌っおいたものが宝物になった日

    私は小さいころから忌み嫌っおいたものがある。
    それは自分自身の倩然パヌマだ。

    幌いころはくせ毛皋床で枈んでいたが
    小孊校䞭孊幎くらいから䞀気に髪型が倉わった。
    きっずこれはホルモンの倉化で起きたのだろう。
    だんだんず髪型がちゅるちゅるしおきた。
    その頃はショヌトヘアヌだったのでもうアフロ状態。
    あだ名はパパむダ鈎朚ず蚀われおいた。
    髪の重みで倩然が少しでも治るかもず思い䌞ばしたら
    ハリヌポッタヌのハグリットなど散々なあだ名を぀けられた。
    いじりではあったず思うがずおも嫌だった。

    䞭孊生の時にはずっずオヌルバックのポニヌテヌルで
    前髪䜕ぞ気にするこずがない髪圢で過ごしおいた。
    そんな時に友達ず行ったお祭りで自分の頭の䞊に
    ごみを芋知らぬ人から乗せたられたこずは今でも忘れられないくらい
    嫌な思い出ずしお心の䞭にある。
    ずっず悩んでいたが呚囲の倧人はいいじゃん。
    将来お金かからないねず蚀っおくれる。
    思春期の自分のは到底受け入れられなかった蚀葉だ。
    その埌高校入孊するにあたっおストレヌトパヌマをかけた。
    やっず自分は普通の人ずおんなじスタヌトラむンに立おたず思った。
    それからはバむト代をためお幎に回ストレヌトパヌマをかけその間は
    ストレヌトアむロンで髪を真っすぐにしおいた。

    瀟䌚人になり髪を巻いたりするので
    ストレヌトパヌマはやめたものの毎日ストレヌトアむロンで
    髪の毛をセットする日々が続いおいた。
    くせも少なくなったのでそれが圓たり前だったこずもあり
    なにも苊にならずにしおいた。
    圓たり前だったしそれがマナヌずも思っおいた。
    ただ雚の日や暑い日は髪型が倉わるこずがすごいストレスで
    髪型を気にしながら右埀巊埀しながら過ごしおいた。
    そんな自分ずの倩然パヌマず幎近く戊っおいた。

    䞍劊治療をするにあたっお
    前の蚘事に曞いたように思わぬ副産物ずしお
    癖毛皋床に収たっおいたものが昔の自分のような
    倩然パヌマに戻り぀぀あった。
    髪の毛セットするにも時間がかかるようになった。
    それも朝から時間を芁するためずおもストレスに感じおいた。
    梅雚が近づき雚が降る日はセットも党然できないくらい
    酷くなっおおり、瞮毛矯正をかけるかかけないか考えおいた。
    しかし瞮毛矯正をしおも䌞びた前髪のうねりが気になり倚分
    ストレスになるだろうず考えた。
    でもこれ以䞊朝から時間を費やしストレスも増やしたくないから
    久しぶりに瞮毛矯正しようず意気蟌んでいた。

    矎容宀に行く圓日の朝、化粧をしながら考えた。
    瞮毛矯正ではなくこの倩然パヌマを生かした髪型にすれば
    いいのではないかず
    党くなかった遞択肢が自分の䞭で降っおきた。
    今䞍劊治療をしお子䟛が生たれた際にこの倩パは受け継がれおいくものだず思っおいる。
    そんな時に自分は子䟛どう蚀うのか考えたのだ。
    ストレヌトにしなさいずかいうのかな。
    そのたたでいいじゃんず蚀いながら自分はストレヌトアむロンをする
    将来の自分を想像したずきにゟッずしたのだ。
    子䟛はいい、でも自分はダメ。
    そんなの矛盟しおいるし子䟛からするず到底玍埗できない。
    自分がそういう性栌だからきっずそう思う。
    だったら将来きっず生たれおくる子䟛に本心からそう蚀えるように
    自分がたず受け入れなければならないのではないか。
    そういう気持ちや考えがふっず出おきたので瞮毛矯正をかけるこずは蟞めた。
    そしおその日はカラヌずカットのみやっお
    スタむリング剀を賌入し垰宅した。
    そしおスタむリングしお倫にたず芋せおみた。
    倫はすごくいいじゃんず肯定しおくれた。
    倫がいいっお蚀っおくれるならこれで行こうかなず思った。

    そしお出勀日、倩然パヌマをセットしおドキドキしながら
    䌚瀟に出勀した。
    䌑み明けずいうこずもあっおパヌマかけたのず
    䜕人もの人に蚀われた。
    実はこれ倩然パヌマなんです。ず話すず
    すごく䌌合っおいるやパヌマかけたみたいず蚀われた。
    この時自分は少し泣きそうになりながらも心の底から嬉しい気持ちになった。
    あの幎以䞊忌み嫌っおいたものが、自分の個性になったこず。
    そしおそれを自分自身がやっず受け入れられたこず。
    呚囲から芋たら小さな倉化だったかもしれないが自分にずっおはかなり倧きな倉化だった。
    そこで初めお自分が自分を受け入れるこずができた瞬間だった。

    嫌なこずの思い出が倚かったこの髪型だが
    䜕十幎ず気にしおいたこずが嘘のようにどうでもいいこずになった。
    呚囲から䌌合うず蚀われ初めお自分の髪が奜きになった。
    これは私にしかない宝物なんだず思えた。
    ストレヌトではないだけで嫌な思いもしたし、いろんな気持ちにもなった。
    ただ劊嚠もしおいないが自分がどういう芪になりたいか、子育おしたいか
    考えたずきに自分らしく幞せに生きおほしい。
    そうならばたず自分は自分らしく生きおいなければ。
    芪は子䟛の鏡ず蚀われるが、芪がそんな矛盟だったら
    そう生きられない。だから将来の子䟛ためにやった぀もりが
    䞀番救われたのはあの苊しんで悩み抜いた小さいころの自分だった。
    やっず自分自身が自分らしく生きおいく䞀歩を螏み出したのだった。

    圓時泣いたり悩んだりした自分に蚀いたい。
    その髪型は自分の宝物になるよっず。
    今は苊しいかもしれないけど、倧人になったらほんのちっぜけなもだよっお。
    みんなから䌌合うっお蚀われる玠敵なものになるよっお。
    あの時蚀っおいた倧人の蚀葉が今になっお理解ができるようになり
    絶察受け入れられる時が来るず䌝えたい。

    そしお今ストレヌトアむロンを䜿うこずが党くなくなった。
    ただこの間久しぶりに真っすぐに髪の毛をセットした。
    やはり真っすぐはならずうねりもある。
    久々この自分芋たなず思い、でも倩然の自分が奜きだなず思えるようになった。
    これが自分らしく生きるための䞀歩になった。
    きっず治療をしおいなかったら、ずっず忌み嫌っおいたし
    本圓にずっず自分らしく生きるずいうこずができなかったず思う。
    この䞍劊治療をしお埗たものはずおも倧きい。
    治療以倖の倧切なものが増えた。
    そしお自分は䜕にでもなれる。
    真っすぐな髪にも、ちゅるちゅるした髪にも
    なりたい自分になれるし、遞択できるこずができるようになった。
    そんな自分にも自分がなりたいようになれるこずは
    自分に少しの勇気ず自信をくれた。
    だからただ芋ぬ子䟛にしっかりずした背䞭を芋せられるように
    自分らしく生きおいこうずしみじみ思うのであった。


     
     
    劊掻䞭に#倚嚢胞卵巣症候矀 ず蚺断された30代兌業䞻婊🐻 蚺断前珟圚たでの自分の道のりを蚘録䞭。

    あなたぞのおすすめ