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私が脳ドックに行く理由


    私の祖父は、私が生まれた時すでに寝たきりだった(と思う)。多分私が3歳か4歳で亡くなったが、思い出せる祖父の姿は布団で寝ている姿だ。色白で弱々しいイメージだったが、私が少し大きくなってから聞いた話では若い頃は剣道で腕を奮っていたらしい。そういえば家に額入りの剣道の賞状が飾ってあったっけ。


    私の父は、ピアノの先生だった。
    音楽学校を卒業して、中学校の先生をしたり、家業を継いでからは副業で地元の音楽教室の講師をしたり、音楽教室が無くなってからも自宅に生徒さんが習いに来ていた。日曜日は朝から夕方まで、私と同年代の生徒さんたちが入れ替わり立ち替わり習いに来ていた。60歳手前くらいから、足が痺れるということでかかりつけ医の先生のところで湿布をもらったりしていたが、あまり良くならないということで一度頭の検査をしてもらったらどうかと勧められていった脳のMRI検査で異常が見つかり即入院となった。脳腫瘍だった。

    手術、放射線治療の末、5年経って「もう大丈夫」と言われてまもなくまたも腫瘍が見つかった。2度目の手術は位置が悪くて不可能だったため、そのまま入院先で亡くなった。


    私の主人(ちゃま)は5年前に脳梗塞になった。
    右半身が多少動かしづらいが、自分のことは全部自分で出来る。ただ、車の運転はやめた。辛抱強くリハビリをし、辛抱強く運転免許の適応テストを受ければなんとかなったかも知れないのを、辛抱が足らず途中でやめてしまった。今でも、「あぁ、ちゃまが運転出来たら助かるのになぁ」というシーンはある。ちょっと最寄り駅まで乗せて欲しかったり、ちょっとお孫ちゃんの送り迎えとか、ちょっと長女の家まで送ってとか‥今となってはどれも叶わない。

    ちゃまのお父さんも、私が結婚した時点で右半身が不自由だった。脳梗塞だったらしい。歩くには杖が必要だったけど、移動には自転車に乗っていた。発症してからは自分に厳しく節制していた。それでもある夜自宅で倒れて帰らぬ人となった。


    私には、頭の病気の系がある。
    そういう家系なのだ。

    ちゃまやちゃまのお父さんとは血縁はないけれど、頭の病気に囲まれているのは事実だし、そういう病気の難しさとか大変さは身に染みている。


    だから私は、脳ドックを受ける。
    私が住んでいる町の病院で受ければ補助が出る。予約が取れれば、日曜日の病院でMRIを受けることが出来る。
    ただ、募集人数が少ないので、すぐに予約がいっぱいになる。予約が取れたとしても、随分先の日にちしか空いてないこともある。
    前回は一昨年の冬に受けた。その前の年の春に予約を取ったが、取れたのは年明けの2月だったのだ。

    募集が始まったらすぐに予約を取らなきゃ。
    町の広報誌で予約開始日が明らかになるのを待って、その日をカレンダーに書き込む。

    取れた。
    今年は早く予約したから、まだ直近の日程に空きがあった。
    夏になる前に受けたかった。
    以前、8月の暑い日の予約だった時は、冷房が効いているにも関わらず検査中に汗がたれて、汗を拭きたくてしょうがなかった。


    6月の終わり。今年はもう暑いけど、8月よりは良いはず。

    予防出来るなら、予防したい。私は頭の病気になりたくない。

    私の気持ちを知ってか知らずか、今年の検査代は次女がくれた。

     
     
    主婦の何気ない日常を書き綴ります。「読書」と「ドラマ」と「娘」と「孫」。時々「仕事」と「旦那(ちゃま)」の話。SnowManと“可愛い”が大好きですっ!

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