
Rule.27 豊かな人(社会の部屋#27)【SFショートショート】
新しい炊飯器が届いた。
前のは、別に壊れてなかった。
ただ、なんとなく飽きていた。
そういうとき、この町ではすぐに次が手に入る。
日曜のフリーマーケットで見つけた一台は、白くて、角が丸くて、ひと目で気に入った。
値段も、町の外で買うことを思えば笑ってしまうくらい安い。
家に運んで、さっそく米を炊く。
内蓋を開けると、小さな傷があった。
新品なのに、と一瞬思ったけれど、すぐに納得した。
きっと、運ぶときに誰かがぶつけたんだろう。
それとも、整備のときについたのか。
この町の循環センターは、丁寧だけれど、忙しいから。
炊きあがった米は、ふっくらしていた。
新しい炊飯器の米は、やっぱり違う。
私は満足して、おかわりまでした。
この町に越してきて、もう何年になるだろう。
正直、よく覚えていない。
覚えていないくらい、毎日が満ち足りているということだ。
物価は安く、家は片づいていて、必要なものは必要なときに巡ってくる。
妻も子どもも、よく笑っている。
移住するとき、役所で「生活満足度向上プログラム」というものに同意した。
少し買い物が楽しくなる薬を、水道に。
説明は受けたけれど、難しいことはよくわからなかった。
わかったのは、この町に来てから、私はずっと機嫌がいいということだけだ。
先週は、自転車を新調した。
これがまた、いい買い物だった。
サドルが、初日から尻になじむ。
ふつう、新しい自転車はしばらく慣らさないと身体に合わないものだけれど、これは最初から、ずっと前から乗っていたみたいに走れた。
「本当に自分に合うものを、選べるようになったんだなあ」
ペダルを漕ぎながら、私はしみじみ思った。
年を取ると、目が肥えてくる。
いいものが、ちゃんとわかるようになる。
スマートフォンも、先月替えたばかりだ。
箱から出して電源を入れると、なぜか、よく使うアプリがちょうどいい並びで入っていた。
初期設定のはずなのに。
最近のは賢いんだなあ、と感心した。
私の好みを、買う前から知っているみたいだった。
町の暮らしは、よくできている。
手放したものは、循環センターへ運ばれていく。
磨かれて、直されて、また別の誰かの「新しい暮らし」になる。
私が飽きた炊飯器も、今ごろどこかの家で湯気を立てているのだろう。
そう思うと、なんだか温かい気持ちになる。
物が、人から人へ、ぐるぐると巡っていく。
捨てるものが、ほとんどない。
ゴミの少ない、きれいな町だ。
そういえば、この前。
クローゼットから、しばらく着ていなかったコートを引っ張り出した。
これも何年か前にフリマで手に入れた一着で、暖かくて気に入っている。
ポケットに手を入れたら、奥から、古い写真が一枚出てきた。
子どもが写っていた。
どこかの川べりで、笑っている。
知らない子だ。
前の持ち主の、忘れものだろう。
──でも、なんだか、見覚えがある気もした。
私自身の、ずっと昔の写真にも、こんなのがあったような。
まあ、昔の子どもの写真なんて、どれも似たようなものだ。
私はそう思って、写真を引き出しにしまった。
ちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
今週注文した新しいやかんが、届いたのだ。
私はすぐに、写真のことを忘れた。
やかんも、いい買い物だった。
持ち手が、手によくなじむ。
欲しいものを、欲しいと思ったときに手に入れられる。
それだけで、人はずいぶん豊かになれる。
高いものを無理して買って、すぐ飽きて、後悔する暮らしとは、もうおさらばだ。
この町では、欲しいものが、ちょうどいい値段で、ちょうどいいときに、巡ってくる。
私はこの町に来てから、ずっと豊かだ。
──あなたは、どうですか。
毎日を、新しいものに囲まれて過ごしたいと思いませんか。
捨てる罪悪感も、買いすぎる後ろめたさもなく、欲しいものが、自然と巡ってくる暮らし。
空気がきれいで、水のおいしい町です。
フリーマーケットは、毎週末。
ご近所付き合いも、あたたかい。
物価は安く、ゴミは少なく、みんな笑っています。
必要なものが、必要なときに、巡ってくる町。
物を大切にしながら、いつでも、新しい暮らしを始められます。
あなたも、この町に、来ませんか。
[実証実験 第7年次 現地報告・抜粋]
全戸の満足度指標は、基準値を継続して上回る。
離脱率は低く、離脱者の多くが三か月以内に再参加を希望。
第3区の一名に、私物を起点とする軽度の想起反応あり。
次回更新時、生活環境の再整理を推奨。
──総じて、住民は幸福である。計画に支障なし。