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本能寺の変 1582 光秀という男 3 104 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

    光秀という男 3 土岐氏 

    頼遠は、婆娑羅大名。

     土岐頼貞の第七子。
     生年不詳~康永元年(1342年)没。

     足利尊氏・直義兄弟に従い、数々の合戦で活躍した。
     歴戦の勇者である。
     暦応二年(1339年)、父頼貞、死去。
     兄が早世していたため、頼遠が家督を継ぎ、美濃守護となった。
     典型的な婆娑羅大名の一人。
     康永元年(1342年)、光厳上皇の行列に行き会った際、その牛車に
     矢を射かけるという狼藉を働いた。
     その時、つぎの様に言ったという。
     「何々、院(INN)と云うか、犬(INU)と云うか、犬ならば射ておけ」
     有名な言葉である。
     しかし、このことが露見し、同年暮れ、六条河原で刎首(ふんしゅ)され
     た。

    室町幕府は、十五代、240年つづいた。

     1338年(延元三年/建武五年)~1573年(元亀四年)まで。
     この約240年間が室町時代である。

     以下、歴代の将軍を示す。

     代     名        在職          生没年 
     1    足利尊氏 1338~1358年  1305~1358年 
     2    〃 義詮 1359~1367年  1330~1367年
     3    〃 義満 1369~1395年  1358~1408年
     4    〃 義持 1395~1423年  1386~1428年
     5    〃 義量 1423~1425年  1407~1425年
     6    〃 義教 1429~1441年  1394~1441年
     7    〃 義勝 1442~1443年  1434~1443年
     8    〃 義政 1449~1473年  1436~1490年
     9    〃 義尚 1473~1489年  1465~1489年  
     10   〃 義材 1490~1493年  1466~1523年
     11   〃 義澄 1494~1508年  1480~1511年
     10再  〃 義稙 1508~1521年
     12   〃 義晴 1521~1546年  1511~1550年   
     13   〃 義輝 1546~1565年  1536~1565年
     14   〃 義栄 1568年       1538~1568年
     15   〃 義昭 1568~1573年  1537~1597年


              ⇒ 次回へつづく


     
     
    ただただ、真実を知りたい。この一念が原動力になっています。「本能寺の変」「その原因・動機を究明する」。この一点に焦点を絞りました。数多ある史料。精査・検証等々。長い時間を要しました。そして、ついに辿り着きました。これが、光秀謀反の真相です。只今、鋭意執筆中!!ご期待下さい!!

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