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後悔しないための田舎の実家じまい

    「知らなかった」で終わらせないために

    「もっと早く知っていれば…」
    実家じまいの相談を受けていると、この言葉を本当によく聞きます。
    親が施設に入ったとき、相続が始まったとき、家を売ろうとしたとき。
    いざ動こうとしたその瞬間に、これまで見えていなかった問題が表に出てきます。

    実家の名義が、亡くなった祖父のままだった
    実家の前の通路が、実は隣の土地だった
    実家が建っている土地が、農地のままだった

    「そんなこと、誰も教えてくれませんでした」
    相談者さんは、口をそろえてそう言います。

    私は、田舎で不動産業を営んで10年になります。
    人口約2.7万人の地域で、空き家、農地、実家じまいの相談を受けてきました。この10年で受けてきた相談は、1,000件を超えます。
    相談の内容は、名義変更、相続、農地、境界など、さまざまです。
    けれど、話を聞いていくと、そこには共通点があります。

    「知らなかった」
    「確認していなかった」
    「まだ大丈夫だと思っていた」

    その小さな先送りの積み重ねが、ある日突然、実家の問題として表に出てくるのです。
    実家じまいのトラブルは、特別な家庭だけに起きるものではありません。
    どのご家庭でも起こりうることなのです。

    さらに、田舎の不動産には、都市部の不動産とは異なる側面があります。

    親の記憶の中にしか残っていない話
    隣人との取り決め
    書類には残っていない口約束

    こうしたものが、実家じまいをいっそう複雑にします。

    私がこの記事を書くのは、実家じまいで後悔する人を、一人でも減らしたいからです。
    実家の話は、どうしても先送りになります。

    まだ親が元気だから
    親に家の話をするのは気が引けるから
    田舎の家なんて売れないと思っているから

    どれも、自然な気持ちです。
    けれど、先送りにしているあいだにも、実家をめぐる状況は少しずつ変わっていきます。

    親は年を重ね、記憶は少しずつ薄れます
    家は傷み、草は伸びます
    相続人は増え、隣人も代替わりします

    「知らなかった」は、未来の選択肢を少しずつ減らしていくことにつながります。
    だからこそ、知っておいてほしいのです。
    後悔しない実家じまいのスタートは、「決断」ではなく「確認」です。

    名義のこと
    土地の問題
    親の気持ち

    それらを少しでも知っておくことが、未来のあなたと家族を守る力になります。知っておくだけで、未来の選択肢は広がります。

    売る
    貸す
    残す
    壊す

    今はまだ決めなくても、知っていれば考えることができます。
    準備することができます。家族で話すことができます。専門家に相談することもできます。

    この記事を読んでくださった方が、「動き始めてよかった」と言える実家じまいにするために。
    私が現場で見てきたことを、お伝えしていきます。

    第1章 あなたの実家は誰のもの?

    「ご実家の名義は、誰になっていますか」
    この質問に、すぐ答えられる方はあまり多くありません。
    よくある答えは、こうです。
    「固定資産税の通知が父に届いているので、父だと思います」
    毎年、父が税金を払っている。市役所から父の名前で通知が届いている。だから、名義も父なのだろう。そう思うのは自然なことです。

    けれど、この思い込みが、実家じまいの最初の大きな壁になる場面を、私は何度も見てきました。
    山田さん(仮名)も、その一人です。
    父が施設へ入ることになり、山田さんは実家の売却を考え始めました。
    遠方に住む山田さんにとって、空き家の管理を続けるのは簡単ではありません。
    草は伸び、台風が過ぎれば、瓦がずれていないか、雨どいが外れていないか、庭木が隣に倒れていないかも気になる。
    実家は、誰も住まなくなっても手間だけは残ります。
    幸い、家を気に入ってくれた人が現れました。
    地元で生まれ育った、子育て中の若い夫婦です。
    山田さんは、実家が次の人へ渡ることに希望を持ちました。

    ところが、売却の準備で登記簿を取り寄せたところで、話は止まります。
    そこにあった名前は、父ではありません。
    十数年前に亡くなった祖父の名前。つまり、祖父の相続手続きが、まだ終わっていなかったのです。
    父には、兄弟がいました。その中には、すでに亡くなっている人もいます。亡くなった人の相続権は、その子どもたちへ引き継がれます。山田さんにとっては、何十年も会っていないいとこたちです。

    実家を売るには、相続人全員の同意が必要です。
    一人ずつ探し、連絡を取り、事情を説明し、書類をお願いする。久しぶりに会う親族に「急いでいるので、すぐ判を押してください」と言える状況ではありませんでした。
    その間に、購入希望者は別の家を選んでしまったのです。
    「待とうと思っていたのですが、子どもの学校のこともあるので…」
    山田さんの実家が売れなかった理由は、家が悪かったからではありません。名義を確認していなかったことが、売却の機会を逃す原因になったのです。山田さんは、肩を落として言いました。
    「もっと早く確認しておけばよかった」

    実家の名義変更ができていないケースは、決して珍しくありません。
    なぜ、そのままになってしまうのでしょうか。
    それは、名義を変えなくても、普段の生活ではあまり困らないからです。

    固定資産税は払っている
    家にも住める
    水道も電気も使える

    だから、問題はないと思ってしまいます。
    ところが、いざ売ろうとしたとき、そこで初めて実家の名義が古いままだったことに気づきます。
    その頃には、スムーズに名義変更ができる状況ではなくなっていることが少なくありません。
    多くの人が勘違いしていることがあります。
    固定資産税の通知が届く人と、登記簿の名義人は、同じとは限りません。
    父に税金の通知が届いていても、名義まで父とは限らないのです。

    令和6年4月1日から相続登記の義務化が始まりましたが、この制度を知らない方もまだまだいらっしゃいます。

    名義の問題は、早く確認するほど解決しやすくなります。

    親族が元気なうち
    連絡が取れるうち
    親自身が事情を説明できるうち

    この「うち」に動けば、話は進めやすい。

    反対に、時間がたつほど状況は変わります。
    相続人は増え、親族と疎遠になり、認知症になる方もいる。
    時間は、名義の問題を解決してくれません。静かに、複雑にしていくだけです。

    では、何から始めればよいのでしょうか。
    答えは、とてもシンプルです。まず、現状を知ること。

    登記簿を取得し、自分の目で名義を確認してください。
    登記簿は、正式には登記事項証明書といいます。法務局で取得できます。
    最初に見ることは、一つです。
    実家の土地と建物が、誰の名義になっているか。
    亡くなった祖父母の名前が残っていたら、それは相続が止まっているサインです。

    親が元気なら、今のうちに親族関係を聞いておきます。
    正確な親族関係は、戸籍を取得して調べることになります。
    けれど、その前に大切なのは、親族と連絡が取れるかどうかです。
    誰がどこに住んでいるのか。今も連絡が取れるのか。昔から付き合いがあるのか。
    こうしたことは、親が話せるうちなら、会話の中で聞ける可能性があります。けれど、時間がたつと、誰に聞けばよいのか分からなくなります。

    名義の確認は、実家じまいの最初の一歩です。
    売るか、残すかを決める前に、まず、その実家が誰の名義になっているのかを知る。そこから、後悔しない実家じまいは始まります。

    今からできること

    ☐ 固定資産税の通知書を確認し、実家に関係する土地・建物・畑・山林を洗い出す
    ☐ 登記簿(登記事項証明書)を取得し、名義を確認する
    ☐ 親族の連絡先を確認する

    第2章 田舎の実家に潜む落とし穴

    1.昔から通っていた道は他人の土地だった

    「家には入れます。でも、売却するときには大きな支障になります」
    私がそう伝えたとき、田中さん(仮名)はすぐには納得できない様子でした。

    田中さんの実家の前には、昔から細い通路がありました。
    家族も、親戚も、近所の人も、みんなその道を使ってきました。
    「あの通路は、うちの土地です」
    田中さんは、何の疑いもなくそう思っていたのです。

    ところが調べてみると、その通路は隣家の土地でした。
    先代同士が「通っていいよ」と口約束をしていただけだったのです。

    その隣家は、すでに第三者へ売却されていました。新しい所有者は、昔の約束を知りません。

    他人の土地を通らなければ公道に出られない土地には、一定の場合、通行を認める権利があります。いわゆる囲繞地通行権です。
    そのため、他人の土地だから絶対に通れない、というわけではありません。


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    ただし、ここで大切なのは、法律上通れることと、第三者が安心して買えることは別という点です。
    購入を考える人がまず気にするのは、「将来、隣地所有者と揉めないか」ということです。
    さらに、中古住宅の購入を検討する人の多くは、購入後のリフォームも前提に考えます。
    すると、住宅ローンの問題が浮上します。
    買主が住宅ローンを使う場合、金融機関は土地と建物を担保として見ます。ところが、通路が他人の土地になっている。通行の権利関係がはっきりしない。
    そうした事情があると、担保として評価しにくくなり、住宅ローンの審査で支障が出ることがあります。
    住宅ローンが使えなければ、購入したい人がいても資金を用意できません。つまり、家に入ることができて、住むことができても、第三者にとっては「買いにくい家」になってしまうのです。

    田舎では、法律上の手続きよりも、人間関係を優先してきた場面があります。

    「昔からこうだから」
    「隣のおじいちゃんが、いいと言ってくれているから」
    「親同士で話はついているから」

    そんな言葉だけで、何十年も困らずに暮らせてしまいます。
    しかし、時代は変わります。

    親が亡くなる
    隣家も代替わりする
    土地が第三者に渡る

    その瞬間、それまで当たり前だったことが、売却の支障になることがあります。
    通路部分を買い取る、通行に関する書面を交わす、通行地役権を設定する。そういった方法が、まったくないわけではありません。

    ただ、この手続きには時間も手間もかかります。
    そのため、売却を考える前に、まず公的な窓口で確認してください。
    実家の敷地は、建築基準法上の道路にきちんと接しているのか。
    私道の場合、通路部分の所有者は誰なのか。
    通行に関する権利や書面は残っているのか。
    市町村の建築指導課や道路管理課、法務局で確認できる場合があります。

    親や近所の人の記憶は、きっかけにはなります。
    しかし、「昔から通っているから大丈夫」とは限りません。
    時間がたつにつれて、状況は変わっていきます。
    通路の問題は、複雑化してしまう可能性があるのです。

    2.境界の問題は、人間関係の問題でもある

    土地を売るときには、隣の土地との境界の確認が求められます。
    ところが、この確認が思うように進まないことがあります。

    佐藤さん(仮名)の実家では、売却に向けて測量を進めていました。
    買いたいという人も現れ、話は前向きに進んでいるように見えました。
    残るのは、隣家に境界を確認してもらうことです。
    けれど、何度お願いしても返事はありません。
    土地家屋調査士と一緒に訪ねても、話し合いの場につくことができませんでした。

    原因は、境界の位置そのものではありません。
    親の代から続いていた、人間関係です。
    きっかけは、昔の小さな行き違いでした。
    それが年月を経て、「あの家には協力したくない」という感情だけを残していたのです。
    佐藤さん家族にとっては、昔の話かもしれません。
    けれど、隣地の人にとっては、まだ終わっていない話だったのです。

    このような状態になると、売却は一気に進めにくくなります。
    境界の確認ができていない土地は、買主にとって不安が残ります。

    購入後に隣地と揉めないか
    塀や庭木は越境していないか
    将来、建て替えやリフォームをするときに問題にならないか

    そう考えると、買主は慎重になり、購入の決断が難しくなります。
    境界で揉める人は、大半の場合、物理的な境界位置だけでもめているというより、人間関係で対立していることが多いものです。
    だからこそ、売却の直前に慌てて動くのでは遅いことがあります。

    境界は、公的な資料だけでは確認しきれないことがあります。
    現地の状況や隣地所有者との確認が必要になる場合がほとんどです。

    境界杭が残っているかどうか
    塀やブロック、庭木、物置が隣地にはみ出していないか
    逆に、隣地から越境されているものはないか
    測量図や境界確認書が残っていないか

    これらを早めに確認しておくことが大切です。
    不安があれば、土地家屋調査士に相談してください。
    境界の資料を調べ、現地を確認し、必要に応じて隣地所有者との立会いを進めてくれます。
    ただし、時間も費用もかかります。だからこそ、売却を考える前の段階で、境界の問題を確認しておく必要があるのです。

    3.農地は「自分の土地」でも自由に売れない

    「自分の土地なのに、売れないんですか」
    鈴木さん(仮名)は、怒り交じりの表情で私を見ました。

    売りたい土地は、住宅地に囲まれた農地でした。日当たりもよく、道路にも面しています。買いたいという人も見つかりそうでした。

    ところが、調べ始めると問題が見つかります。
    問題があったのは、売りたい農地(A土地)ではありません。別の場所にある農地(B土地)でした。
    亡くなった先代が、農地の一部に許可を受けず建物を増築していたのです。


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    なぜ売りたい土地そのものに問題がないのに、土地が売れないのかと疑問に思われた方もいるでしょう。
    農地を売るときには、売りたい土地だけではなく、所有している農地全体の状況を確認されることがあります。
    一つの土地の問題が、同一人が所有する別の農地の手続きに影響することもあるのです。

    鈴木さんが売りたかった農地は、大きな問題はありませんでした。それでも、手続きは止まってしまったのです。

    「無知だった先代に文句を言いたいけど…もう亡くなっていますからね」
    鈴木さんの一言です。

    この仕事をしていると、親や祖父母が残した問題を、子や孫が背負う場面を何度も見ます。
    誰かを責めたくても、責める相手はもういない。
    だから、今の世代が引き受けるしかないのです。

    農地には、宅地とは違うルールがあります。
    ところが、そのルールを知る機会はあまりありません。

    農地を相続しても、普段の生活では困らないことが多いものです。
    耕作するか、耕作をしていなくても草刈りなどの管理をしていれば、何の支障もなく何年も過ぎていきます。

    実家じまいは、家の中だけを片付けるものではありません。
    家の外にある見えない問題も、次の世代へ持ち越さないことが大切なのです。

    今からできること

    ☐ 実家の敷地が建築基準法上の道路に接しているか、市町村の建築指導課などで確認する
    ☐ 私道や通路がある場合は、法務局で所有者を確認し、通行に関する書面が残っていないか調べる
    ☐ 境界杭、塀、ブロック、庭木、物置などを確認し、越境がないか見ておく
    ☐ 測量図や境界確認書が残っていないか探し、不安があれば土地家屋調査士に相談する
    ☐ 固定資産税の通知書や登記簿を確認し、農地が含まれていないか確認する
    ☐ 農地を売る可能性がある場合は、早めに農業委員会や地元の専門家に相談する
    ☐ 親や近所の人から聞いた昔の約束は、記憶だけに頼らず、書面や公的資料で確認する

    第3章 実家を放置したことで失うもの

    1.誰も住んでいなくても、お金はかかる

    清水さん(仮名)のもとに、ある月、水道代の請求が届きました。
    金額は2万円を超えていました。
    誰も住んでいない実家の水道代です。
    「使っていないのに、なぜこんなにかかるんですか」清水さんは驚いて、水道局に問い合わせました。

    調べてみると、原因は水漏れでした。
    誰かが住んでいれば、音や水圧の変化で気づいたかもしれません。
    毎日家に入っていれば、床の湿りやメーターの動きに気づけたかもしれません。けれど、実家は空き家でした。
    異変に気づく人がいなかったのです。

    水道代に修理代も加わり、その月の出費は5万円を超えました。
    「誰も住んでいない家に、こんなにお金がかかるとは思いませんでした」
    と、清水さんは苦い表情をしていました。

    住む人がいなくなっても、家の維持費は止まりません。
    水道・電気・ガス・浄化槽・火災保険・固定資産税・草刈り・庭木の剪定・雨漏りの応急処置。
    暮らしは止まっても、費用はかかり続けます。

    むしろ、住む人がいないからこそ、小さな不具合に気づきにくくなります。水漏れ・漏電・雨漏り・瓦のずれ・樋の詰まり・庭木の越境・害虫や動物の侵入。
    最初は小さな問題でも、発見が遅れると大きなお金に変わります。
    「使っていないのに、お金だけが出ていく」空き家を持つ人が、よく口にする言葉です。

    2.空き家の不安につけ込む話に要注意

    岡田さん(仮名)のもとに、建設会社を名乗る人物が訪ねてきました。
    話し方は丁寧で、身なりもきちんとしている。
    その人は、岡田さんが所有する実家(空き家)についてこう言いました。

    「あの家は、このままだと危ないですよ。解体すれば何百万円もかかります。ただ更地にしても、あの場所では売れませんよね。よかったら弊社が資材置き場として引き取ることもできます。」

    そして、最後にこう続けました。
    「100万円だけ払ってもらえれば、こちらで引き取ります。」

    売る側がお金を払って、土地と家を引き取ってもらう。
    一見すると、変な話です。
    けれど、長いあいだ空き家に悩んでいる人には、魅力的に聞こえることがあります。
    解体費がかかる、売却の見込みがない、子どもや近所に迷惑をかけたくない。
    そんな不安を抱えていると、「お金を払えば終わる」という言葉に心が動いてしまうのです。

    岡田さんは不審に思い、私に相談に来られました。
    調べてみると、その会社は登記上は存在していました。
    しかし、記載された住所を確認すると、実際に事務所があるようには見えません。
    会社のホームページもなく、固定電話もつながらない。
    岡田さんは、この話を見送りました。
    結果として、被害には遭いませんでした。
    空き家の所有者は、弱い立場になりやすいものです。
    「早く片付けて終わらせたい」という気持ちに近づいてくる人がいるのです。

    「このままだと大変なことになりますよ」
    「今なら安く済みますよ」
    「早く決めないと、もっと費用がかかります」こうした不安を煽る言葉が出てきたら、一度立ち止まってください。急がせる話ほど、確認が必要です。

    放置している空き家は、外から見ても分かります。

    窓が割れている
    草が伸びている
    郵便物がたまっている

    こうした家は、「管理されていない家」と見られます。
    不法侵入、盗難、放火、不法投棄、動物のすみつき、倒木や瓦の落下。
    すべての空き家で起きるわけではありません。
    けれど、誰の目も届かない状態が続くほど、危険は高くなります。

    3.急ぐほど、トラブルになりやすい

    「見積書の倍の請求が来たんです」
    井上さん(仮名)は、そう話してくれました。
    都市部に住む井上さんは、空き家になった実家の片付けを地元の業者に頼みました。

    事前の見積もりは数十万円。
    ところが作業が終わったあと、「思ったより荷物が多かった」という理由で、請求はほぼ倍にふくらんでいました。

    井上さんは納得できません。それでも、その場で払ったそうです。
    「もう、関わりたくなかったので」
    この気持ちは、よく分かります。
    実家の片付けは、ただでさえ気持ちが重い作業です。
    そこに業者との揉めごとまで重なると、心が持ちません。

    遠くから来ていて時間がない
    近所の目もある
    早く終わらせて、この家のことで悩みたくない

    その気持ちにつけ込む業者がいます。
    そのため、業者の選定には注意が必要です。

    一社で決めない
    見積もりは書面でもらう
    追加料金の条件を聞く
    許可や処分方法を確認する
    買取できるものがないか見てもらう
    自治体の粗大ごみ回収も組み合わせる

    少し手間に見えても、この確認がのちのトラブルを防いでくれます。

    今からできること

    ☐ 空き家の維持管理に年間いくらかかっているか確認する
    ☐ 水道、電気、ガス、浄化槽、保険の契約状況を整理する
    ☐ 家の状態を写真で残しておく
    ☐ 業者に依頼する前に、ホームページ、所在地、連絡先、実績を確認する
    ☐ 金額、作業範囲、スケジュール、追加料金の条件は書面でもらう

    第4章 実家じまいは一大プロジェクト

    ここまで見てきたように、実家じまいには多くの制度や手続きが関わります。
    どれも、避けて通れない大切なことです。
    けれど、制度や手続きを知っているだけでは、実家じまいは進みません。
    実際に進めるには、親の意向を確認し、家族の考え方や関係者の役割を整理しておく必要があります。

    親は、この家をどうしたいのか
    兄弟は、売却、解体、管理についてどう考えているのか
    実家の近くに住む人は、これまで何を担ってきたのか
    実家から遠くに住む人は、今後どこまで関われるのか

    これらを確認しないまま手続きを進めると、重要な場面で話が止まることがあります。

    実家じまいは、単なる不動産の処分ではありません。
    そこで暮らした人たちが、責任を持って進めるプロジェクトです。
    誰か一人の判断だけで進めるのではなく、家族や関係者と考え方をそろえ、役割を整理しておくことが、後悔しないための土台になります。

    ただし、すべての人が兄弟や親族と一緒に進められるわけではありません。
    兄弟がいない人、兄弟と疎遠になっている人、親族に頼れない人など、近くに相談できる人がいないまま、一人で実家じまいに向き合わなければならない人もいます。

    その場合でも、大切なことは同じです。
    一人で抱え込まないこと。
    そして、判断に必要な情報を整理し、相談できる相手を見つけておくことです。

    1. 親の意向を確認しておく

    渡辺さん(仮名)の実家には、母が一人で暮らしていました。
    家の名義は母です。
    渡辺さんは、母が元気なうちは実家を売るつもりはありませんでした。

    「母が暮らしている間は、このままでいい」

    それが、渡辺さん家族の暗黙の了解でした。
    親が住んでいる家について、子どもから売却や片付けの話を切り出すのは簡単ではありません。
    施設に入ったらどうするか。
    亡くなったあとにどうするか。
    そうした話は、どうしても先延ばしになりがちです。

    渡辺さんも、母に実家の意向を確認しないまま、時間が過ぎていきました。
    ところが、その後、母は認知症を発症し、施設に入所することになったのです。
    そこで初めて、渡辺さんは実家の売却を考えます。
    けれど、売却の手続きは進みませんでした。
    母の意思を確認することができなくなっていたからです。

    本人名義の不動産を売るには、本人が売却の内容を理解し、自分の意思で判断できることが必要です。
    家族が「売った方がよい」と考えていても、本人の意思確認ができなければ、家族の判断だけで売却を進めることはできません。

    このような場合、必要に応じて成年後見などの手続きを検討することになります。
    成年後見は本人を守るための制度です。
    後見人が選ばれたあとも、その売却が本人の利益になると判断される必要があります。
    本人が住んでいた家を売る場合には、原則として家庭裁判所の許可が必要になります。

    渡辺さんが困ったのは、売却できないことだけではありません。
    母が本当は実家をどうしてほしかったのか、それも分からないままでした。

    家の中の荷物をどうしてほしかったのか
    仏壇や墓をどうしたかったのか
    田んぼや畑を誰かに使ってほしかったのか

    母が自分の言葉で説明できるうちに聞いていなかったため、家族は判断のよりどころを失ってしまいました。

    母が元気なうちは、売る予定がなかった
    だから聞かなかった
    けれど、必要になったときには、もう聞けなかった

    実家じまいでは、こうしたことが実際に起こります。
    売るか、残すかを今決める必要はありません。
    けれど、親の意向を聞ける時間には限りがあります。

    2. 実家じまいを家族と進める場合

    実家じまいを兄弟や親族と一緒に進められる場合は、まず情報を共有することが大切です。
    実家の近くにいる人と、遠くに住んでいる人では、把握している情報が違います。

    近くにいる人は、草刈り、親の通院、町内会の連絡、近所への対応など、日常的な負担を担っていることがあります。
    ひとつひとつは小さく見えても、積み重なると大きな負担になります。
    一方で、遠くに住んでいる人は、その負担に気づきにくいことがあります。

    その状態で、いきなり売却や費用負担の話を始めると、話がこじれることがあります。

    「自分はここまでやってきた」
    「そんなに負担があったとは知らなかった」
    「急に言われても困る」

    こうした認識の違いが、手続きの前で話を止めてしまう原因になります。
    そのため、まず現状を見える形にします。

    実家の管理は誰がしているのか
    固定資産税や保険料は誰が払っているのか
    庭や荷物、修繕、近所対応は誰が見ているのか
    今後、誰が専門家や業者との窓口になるのか

    全員が同じ作業をする必要はありません。
    けれど、誰が何を担うのかを決めておくことで、話し合いは進めやすくなります。

    3. 実家じまいを一人で進める場合

    一方で、家族と一緒に進められない人もいます。
    そのような場合、「自分一人で全部やらなければ」と考えてしまいがちです。
    けれど、実家じまいをすべて一人で抱えるのは、現実的には大きな負担です。

    管理、費用、手続き、片付け、近所対応。
    これらが一度に重なると、判断することが一気に増えます。
    自分自身の生活もある中で抱え込むと、疲れた状態で契約を決めたり、確認不足のまま業者に依頼してしまうということにもつながりかねません。

    一人で進める場合は、最初から外部の力を借りる前提で考えておくことが大切です。

    登記や相続は司法書士
    売却や活用は不動産会社
    境界や測量は土地家屋調査士
    農地は行政書士

    このように、相談先を分けておくと、一人で判断しなければならない場面を減らせます。

    今からできること

    ☐ 親に「この家をこれからどうしたいか」を聞く
    ☐ 実家の管理、費用、修繕、近所対応を誰が担っているか書き出す
    ☐ 司法書士、不動産会社、土地家屋調査士など、地域の専門家をホームページで調べておく
    ☐ 農地、空き家、道路、補助制度などの市町村担当窓口を調べておく

    第5章 「田舎だから売れない」は思い込み?

    「うちは田舎だから、売れるわけがない」
    中村さん(仮名)は、実家のことを半ばあきらめていました。
    何年もそう思い込んでいたのです。

    実家は町の中心部から離れた集落にありました。
    最寄り駅までは遠く、車がなければ生活も不便です。
    近くに大きなスーパーがあるわけでもありません。
    親が元気なうちは、それでもよかったのです。
    帰る場所があり、そこには暮らしがありました。

    けれど、親が亡くなり、実家だけが残ると見え方は変わります。
    この家を、これから誰が管理するのか。
    考えるだけで、気持ちは重くなります。

    それでも、中村さんの頭に「売る」という選択肢はありませんでした。
    売れないと思い込んでいたからです。

    その思い込みがくつがえったのは、お盆の帰省でした。
    近所の人から、二軒先の家が売れたと聞いたのです。
    買ったのは、隣の県から移ってきた若い夫婦でした。

    中村さんは驚きました。
    その家は、中村さんの実家より特別便利な場所にあったわけではありません。
    築年数も古く、道路も狭い。
    それでも、買う人がいたのです。

    そこで初めて、中村さんは実家のある地域名をネットで検索しました。
    最初に目に入ったのは、地元の不動産会社のホームページでした。
    さらに見ていくと、市町村の移住相談のページもあります。
    空き家バンクには、実家とよく似た地域の家が掲載されており、その中には成約済みになっている物件もありました。

    そこで、中村さんは気づきます。

    売れないと決めつけて、確かめる前に自ら可能性を閉じてしまっていたことに。

    田舎の空き家にも、一定の需要はあります。

    古い家を直して住みたい人
    庭のある暮らしをしたい人
    畑を持ちたい人
    地方で子育てをしたい人
    親の近くに戻りたい人
    小さな商いを始めたい人

    数は多くないかもしれません。
    それでも、田舎の家を探している人は一定数います。

    ただし、需要があることと、売却できることは別です。
    必要としている人に届く形に整えなければ、家は動きません。

    買う人は、これからの暮らしを想像して家を見ています。
    車は入るか
    雨漏りはないか
    水回りは使えるか
    荷物は片付いているか
    境界は分かるか
    農地や道路に問題はないか
    修繕にはどれくらい費用がかかるのか

    実家を売るには、次に使う人が安心して判断できる状態に近づけていくことが大切です。

    実家の売却をあきらめる前にやってほしいことがあります。

    実家の地域名をネットで検索してみる
    地元の不動産会社のホームページを見る
    空き家バンクを確認する
    移住相談や空き家相談の窓口を調べる

    不動産会社に査定を頼んだからといって、必ず売らなければならないわけではありません。
    大切なのは、自分の思い込みだけで可能性を閉じないことです。

    田舎だから売れないのではありません。
    まだ、必要としている人に届いていないだけかもしれません。
    まだ、買う人が判断できる状態に整っていないだけかもしれません。

    田舎の実家じまいに、未来はあります。
    けれど、その未来は、ただ待っているだけでは見えてきません。

    現状を整理すること
    片付けること
    境界や道路、農地の問題を確認すること
    地域の専門家に相談すること

    こうした一つひとつの対応が、空き家を「誰も使わない家」から「次の人へ渡せる家」に変えていきます。

    実家じまいは、家を終わらせるだけの作業ではありません。
    次の使い方を探し、未来へ渡せるものを見つける作業でもあります。

    「田舎だから売れない」と決める前に、一度だけでも確かめてみる。
    そこから、実家じまいの可能性は動き出します。

    今からできること

    ☐ 実家の地域名、町名、集落名で検索してみる
    ☐ 地元の不動産会社や空き家バンクを確認する
    ☐ 市町村の移住相談、空き家相談の窓口を調べる
    ☐ 買う人の目線で、荷物、雨漏り、水回り、庭、境界、道路、農地の状況を確認する
    ☐ 売れないと決める前に、一度、地域の専門家に相談してみる

    おわりに 実家じまいは未来への一歩

    この記事のはじめに、私はこう書きました。
    実家じまいの相談に来られる方の多くが、「もっと早く知っていれば」と口にすると。

    「もっと早く聞いておけばよかった」
    「もっと早く調べておけばよかった」
    「もっと早く動いていれば、ここまで困らなかった」

    私は、そういう声を何度も聞いてきました。

    けれど、実家じまいを終えた人たちが最後に口にする言葉は、それだけではありません。

    「動き始めてよかった」

    この言葉も、私は何度も聞いてきました。

    すべてが思いどおりに進んだ人ばかりではありません。
    希望していた金額では売れなかった人もいます。
    片付けに時間がかかった人もいます。
    家族と意見がぶつかった人もいます。
    それでも、最後には「動き始めてよかった」と話されます。

    実家じまいを、完璧に終えられる人はほとんどいません。
    動いてみて、初めて分かることがあります。
    動いたからこそ、見えてくる問題もあります。
    だから、最初から完璧を目指さなくていいのです。

    今日、ひとつ確認できたなら、それで十分です。

    親に家のことを聞く
    登記を確認する
    固定資産税の通知書を見る
    兄弟に連絡する
    地元の不動産会社や市町村の窓口を調べる

    小さな一歩でも、止まっていた時間は動き出します。

    実家じまいで本当に怖いのは、間違えることではありません。
    何も決めないまま、時間だけが過ぎていくことです。

    先送りにしているあいだにも、親の体力や判断力、家の状態、家族の状況は少しずつ変わっていきます。

    実家じまいの話をすることは、親を追い出すことではありません。
    親が大切にしてきた家を、これからどう守り、どう引き継ぎ、どう区切るかを考えることです。

    実家を手放すことは、単なる処分ではなく、ひとつの区切りです。
    売る、貸す、壊す、残す、家族で使い続ける。
    正解は家ごとに違います。

    大切なのは、誰かの正解に合わせることではありません。
    あなた自身が考え、確認し、納得できる道を選ぶことです。

    数年後のあなたが、「もっと早く知っていれば」ではなく、「あのとき動き始めてよかった」と思えるように。
    まずは、今日できる小さな一歩から始めてください。

    今からできること

    ☐ 完璧に進めようとせず、今日できる小さな一歩を選ぶ


     
     
    人口2.7万人の田舎で不動産屋として10年以上、1000件を超える空き家相談を受けてきました。 相談の現場で見てきたのは、「知らなかった」ことから生まれる後悔です。 後悔する人を減らすために、「自分の人生も、親の人生も大切にする実家じまい」を、専門家の立場からお伝えします。

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