
エナジードリンクが好きなあなたへ
その頃は大きな仕事を控えていたから、こなさなくちゃいけないタスクがたくさんあったんだけど、そういうときに限ってもう何回も見た映画を見ちゃったりとか、今さら考えてもどうにもならない過去の記憶をほじくり返したりとか、デジタル断捨離とかいってスマホをずっと触ったりとか、今やらなくてもいいことばかりやってしまう。
たぶんすごく疲れていて、なんでそこにたどり着いたのか分からないんだけど、「あ、女風」ってふと頭に浮かんだことだけは覚えてる。
その時は彼氏もしばらくいなくて、男性とどうこうするみたいなこともなかったし、どうこうしたいみたいな気持ちもなかった。たしか1〜2年前くらい前までは、別れた男とセフレみたいな関係が数年続いていたんだけど、ある日急に要らなくなって捨てた。突然音信不通にしてしまったけど、申し訳なさみたいな気持ちは正直ない。そのことに対しては申し訳ないと思う。
でも飢えていたとか、人の温もりがほしかったみたいな気持ちはかけらもなかった。もう恋愛はしばらく要らないなって思ってたし、お互いの都合を合わせてまで会うセフレも要らない。マッチングアプリも婚活もしたことはないし、するつもりもない。
だからこそ、なんでこんなことになってしまったのかなって今でも考えるけど、忙しくて頭が疲れてたんだって納得させるしかない。だってわたしは「これは運命だったんだわ」ってドラマみたいなエモくてロマンチックな台詞を言うような女じゃないし。
YouTubeでレポ動画を見たことがあったから女風の存在は知っていた。覚えていたのか、直近で目や耳にしていたのかは分からないけど、記憶にあった「東京秘密基地」をヤフー検索した。一番上に出てきたホームページは、当時は知らなかったけど東京秘密基地「本店」だったようで、全国に支店があるらしい。
じゃあ女風って具体的にどんなことするんですか?っていう説明動画がホームページに載っていたから、文章での説明も読んだうえで動画を見た。普通にAV。セラピストは下着だけを着けていて、まる裸の女性はオイルで艶々だった。男性器が映らない性交シーンのない綺麗な見せ物AVって感じ。そうか、女風ってこういう感じなのか。ほぼエッチじゃん。
サービス内容は分かったが、問題は誰にしてもらうのか。セラピストの紹介ページには200人くらい並んでいて、好みのセラピストを見つけ出すのが大変なのか、気になるセラピストがいすぎて苦労するのかは、人によると思う。いろんな条件で絞って探す「こだわり検索」という機能もあったが、とりあえずスマホをゆっくりスクロールして全セラピストを見てみることにした。もれなく全員を確認しないと気が済まない神経質なわたしらしい。
顔の下半身は白い丸で隠れていたけど顔面かっこよし、体型はドストライク、あまりに若過ぎると気が引けると感じていたが年齢も望んでいたくらい。こんなにたくさん着飾った男性が並んでいるのに、目についたのは一人だけだった。まだ全員確認してないのに、彼を見つけた時点でもう決まってたんだと思う。一人だけ桁違いにかっこよかった。5枚の全パネル写真もれなくかっこよかった。
いや、わたしにだけそう映っていたのかもしれないけど、それでよかった。あのとき彼を見つけたのは、やっぱり運命だったのかもしれない。
東京秘密基地のセラピストは、連絡ツールとしてXのアカウントを持っている。わたしが落ちた彼、ここでは仮にT氏と呼ぶことにするが、T氏はXも素晴らしかった。質問箱へのたまの回答や性病検査の結果、月一のお礼、あとはスケジュールに関するポストで占められていて、全投稿をチェックしたが無駄なポストはなく、シゴデキ感が漂っていた。一部が隠された顔、もしかしたら本人が意図しないところで加工もされていたかもしれないがとても魅力的な目元にXの使い方。惚れ惚れするほかなかった。
東京秘密基地のホームページには「羽を休める場所」と記載されていた。やっぱり疲れていたんだろうな。ちょっとしたタスク逃れだったはずなのに、すでにT氏は仕事を頑張った先に待つわたしからわたしへの褒美になっていた。集中力が切れると、T氏のパネルとホームページのイメージ動画を交互に見ては自分と動画の女性を置き換えて想像する日々。こんなに好みの男性と絡み合えるんだ。いかん、今は仕事をしなければ。
T氏を指名しよう。心は決まっていたが、安いとは言えないサービス料金。ホームページやT氏のX、お店から与えられた情報だけで利用を決めていいのだろうか。冷静な自分に、ああ大人になってしまったんだなと思い知らされる。お店やT氏の名前と思い付くような単語を組み合わせて検索すると、ホストラブという掲示板に簡単にたどり着いた。女風ユーザーの多くは知っているであろう通称ホスラブ。夜の業界をメインにした掲示板である。
「東京秘密基地」名でのスレッドはすでに360近くあり、今さら読む気にもなれず、ちょっと読んでみたが、話の途中からだと新参者のわたしにはよく分からなかった。よくある匿名掲示板と同じように、細かいルールはあれどスレッドは自由に立てられるらしい。ホスラブには「東京秘密基地」のように店名でのスレッドもあれば、それなりに客が付くようになると「東京秘密基地 ◯◯」と個人名でのスレッド(個スレ)を立てられているセラピストも多くいた。
T氏の個スレもあったがまだ一つ目だったのでコメント001から全てに目を通す。仕事中に何をしてるんだという気持ちにならなくもないけど今読みたかった。対応はどうだの、芸能人の誰に似てるだの、テクニックはどうだの、本番してるだのなんだのってみんな好き勝手に並べてる。嘘も真もあるだろう。こんなこと書かれて悲しくないのかな。個スレは3周くらい読み込んだけど、知らない人の文字はわたしには何も響かなかった。自分の目で見て経験しないと分からない。
そんな冷たい人じゃないしそんなこと言わないしそんなことしないでしょ。会ったこともないのに、もう好きだったのかもしれない。
セラピストとDMで直接やり取りをして予約を確定させるという流れが好ましいようだが、リアルの知人と繋がっているXアカウントでT氏をフォローするのは気が進まず、お店に連絡して予約することにした。というのは半分嘘で、あなたに会いたいとT氏に連絡するのが気恥ずかしかった。
お店への連絡にあたり、東京秘密基地のホームページには予約に必要な情報を揃えたフォーマットが用意されていたが、入力が面倒に思えてしまい、予約したいですと一言だけお店に連絡した。というのも半分嘘で、いざ予約するとなると落ち着かず、行きつけのカラオケ店で勢いに任せてそう連絡するのが精一杯だった。結局フォーマットの内容を送ることになるので、お店の方のお手を煩わせてしまっただけだった。
予約が確定してからはT氏と行われるであろう戯れ合いを想像することはなくなった。控えている仕事はまだ終えていなかったが、一仕事終えたような感覚もあった。不快感を与えないよう臭いには気を付けよう、ネイルも変えて、服は着ているより脱いでいる時間のほうが長いかもしれないが第一印象は大事だし、口紅は濃色より自然なほうがいいかなと浮かれている時間が増えた。恋をしていた頃の自分を思い出した。白い丸の向こう側はとんでもないかもしれないし、聞いたこともない声はわたしとは相性が悪いかもしれないなどと自分に言い聞かせては期待しすぎないようにして心を落ち着かせた。まずは仕事をきちんと終えよう。
T氏はパネル写真とは大きく変わらなかった。白い丸が取れるとこんな顔なんだ。夜のホテル街を彷徨うのが恥ずかしくて数時間前に予約したラブホテルに一人で入った。前精算。すでに大きな仕事を二つもした。ラブホテルにインターホンがあることも知らなかった。あんなに何度も見せ物AVを見て予習したはずなのに、今からすることは想像できなかった。初めてだよね、なんかぜんぜん緊張してないねと言う彼に、してるよぉと可愛く答えながら綺麗な笑顔を作るのに必死だった。全部が初体験。
T氏は別れ際にXの話をした、連絡してねと。営業と分かりつつも家に着いたらT氏専用の新たなアカウントを作ろう、ただ今日の今日に連絡したら気合い入りすぎって思われて引かれたら嫌だから日を置いて連絡しようと考えていた。わたしたちの間には敬語が存在したことがなく、初めからフランクに会話をしていた。触れ合ってしまった分、余計に感情も増えたし高まったが、後ろ向きな思いは一つもなかった。彼にとってはただの仕事なのに。客であることを忘れた瞬間はない。育てる?扱いやすい?当たり?気楽?きっとわたしの好きはにじんでたと思う。
Xアカウントの新規作成には手を焼いた。コードを入力してというメールは届くがそこから進めない。早く彼と繋がりたいのに。結局かつて作って放置していたアカウントの名前とIDを変えてT氏専用のアカウントにした。自分からは連絡できなくて、フォローだけしたところ、すぐにT氏から連絡がきた。一昨日会ったよね?って一言とわたしの名前だけ書いてあった。もしわたしじゃなかったらどうしたの?やっぱりシゴデキだ。
都合のいい日教えて、というT氏からの連絡で翌月の予約を決めた。また会いたいとか、ましてや好きだとか色恋フレーズをT氏から聞いたことは一切なかった。最初から最後まで。少し先の日付で予約すると、数日前から前日あたりに連絡をくれていた。あなたとの約束を忘れるわけないのに。シゴデキゆえに、その直前連絡を「リマインド」と客のわたしに直接表現するところだけはあまり好きではなかった。仕事だしね、客だしね、でもちょっと悲しかったな。それから毎月予約した。
断られたら切ないし忙しくしてるかもしれないしわたしからの連絡は迷惑かもしれないって思ってしまうのは良くないところかもしれないが、人に連絡するのがとても苦手なので、予約してほしかったらそっちから連絡してとお願いした。ちょっと上からだったかな、もっと可愛い言い方できたかな。お店は使いたければ使えばいいし使わなくてもいい、予約の主導権はわたしにあるんだよと彼は言った。それでも毎月声をかけてくれて嬉しかった。
わたしはセラピストとしての彼の時間を買っている側だけど、彼にも楽しい時間を過ごしてほしかったし、せめて嫌ではない時間にしたかった。彼にとって楽で都合のいい時間でもよかった。サービスタイムが終わり、外に出たら手を握ってくれたけどいつも拒んだ。もう予約時間終わってるからお仕事しなくていいよ。それでも毎回繋いでくれた。ずっと優しかった。
初めての人というのはやたら記憶に残って特別な人にまで変換されてしまう仕組みになっているのか、わたしはT氏の他に数人のセラピストに会ってみたが、見た目も性格も、カウンセリングも施術も何もかも全て、T氏を超えるセラピストはいなかった。これからも出会わない。彼以上の人はいないんだ。
T氏はお店を辞めた。そのときは、もう会えない寂しさ悲しさみたいな気持ちは全くなく、楽しかったし、素敵な人に出会えていい経験だったなって思えた。強がりではなく本当に。彼のことを思い出すことも少なくなってきた頃、来月会える?と連絡がきた。もうお店の人ではない。今日は月末。来月って明日じゃん。いい思い出にできていたのに、そこから沼るのなんて秒だった。返事をしたのも会うと決めたのもわたし。
数か月ぶりだったしさすがに少し緊張した。会い方はお店の頃と同じ。顔を合わせればいつも通り。でももうお店の人じゃない。辞めた経緯や今の生活のことを話してくれた。わたしには悲しそうな顔に見えて、大きな体を頑張って抱きしめてみたけど、わたしは味方だよってちゃんと言えばよかったな。彼の表情を初めてしっかりと見たかもしれない。
お店にいた頃より会うようになって、会いたいって自分から連絡できるようになった。良くも悪くも強烈な彼の趣味嗜好を知り、それすら愛おしいと思った。ケンカもした。何度か関係が終わったこともあったけど、その度に元に戻った。縁は切れなかった。ストイックでマメで自分のことが世界で一番好きだと言う彼が、わたしは大好きだ。
褒めてくれた白い肌を保つために眠くてもお手入れは毎日頑張った。嫌なこともされたのに、会うと全部忘れてしまう。大好きで大好きでたまらなくて、忘れたくて、アングラな世界に足を踏み入れてみたりもした。彼のせい。いや、彼を好きになったわたしのせいか。彼を超える人はどこにもいなかった。
元気にしてる?
最後は喧嘩別れみたいになったね、ごめんね。お引っ越しは無事に終わったかな。話してたお散歩デートもしたかったな。
小さな表情や声色の違いに気付いてくれる優しいあなたを自分から手放したことは間違いだったのかなって思うけどもう遅いよね。
あなたがくれた言葉に、今でも支えられてるんだよ。本当にありがとう。
ラブレターを書くってとても体力がいるんだね。あなたのようになりたくてジムに通い始めたけど未熟だな。やっぱりすごい人だなって思う。
いつも飲んでたエナジードリンク、わたしもたまに飲むようになったよ。ブリトーもたまに食べてる。抹茶味のお菓子は食べないけどね。