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LITTLE PEACH甲子園

    あらすじ

    広島に暮らす小学六年生の主人公、葉月翔は、学校にも家庭にも居場所がなく、アニメのドラえもんに登場する、のび太に似た所があったかもしれない。
    緊張感の高い家庭。モンスターみたいな母。野球に夢中で、野球は、翔の生きる上での心の糧だった。

    ある夜、湯バアバと名乗る魔女が夢に現れ、呪文を授かる。
    キン消しのガチャのハンドルを回す際、呪文を唱えるとなにかが起きるようだった。
    翔は、湯バアバの話に心惹かれ、そして、教えられた通り呪文を唱える。
    すると、キン消しは驚いたことに生きた本物の姿となり、不思議な関係が始まり、パラレルワールドであるコミック星での生活が始まることに繋がって行く。


    応募作品「LITTLE PEACH甲子園」の本文を記載します。



    1 マザコン警報発令中

     愛のヒーローである我らがキン肉マンが、こちらを見て笑っている。
     六年一組のクラスにいた葉月翔は、ふと教科書に落書きしたキン肉マンに目を向け微笑んだ。


     その時だった。
    「ママー!」
     クラスで花のある四人組女子グループの中で、一番ませていて勝ち気な、リーダーの倉橋絵理香が、一言そう言うと、絵理香の子分三人が、一斉に冷やかしの言葉を口にし、翔をからかい始めた。


     昼休み中であるつい先程、翔の母絹世が、翔に忘れ物を届け、小学校に現れていた。
     届け物は、大して重要でもない算数のドリルだった。
    「それは、今日はいらないよ!」
     翔は、過干渉モード全開の絹世に苛つきながら、一言力なく反発してみたものの、絹世は、いつものように有無を言わさず、無理矢理に算数のドリルを翔に押し付けるように渡して、踵を返し帰って行ってしまった。
     その一部始終を、現行犯逮捕されるように、絵理香達四人に見つかり、翔は今のこのような事態に陥ってしまっていた。

     絵理香は、ニヤニヤと笑う。
     翔が見る限り、自分のマザコンをネタにどう吊し上げ料理してくれようかと、明らかに顔に書いてあった。絵理香の子分の後の三人も、冷ややかな目で翔を見ながら、ニヤニヤと笑っていた。
    「…」
     翔は何も言い返すことが出来ず、絵理香達の冷やかしが終わるのを待つしか術がなかった。


     クラスでの成績が悪い自分のことを、クラスメイト達は、口にはせずとも、たぶん大方が馬鹿だと思っているような雰囲気を、翔は感じていた。  
     陰湿ないじめを受けていた訳ではなかったが、子供の世界には、余り勉強が得意でなければ、それなりの扱いを受けざるを得ない優劣の価値観による偏見があったことは否めなかったのだろう。

     翔は自己主張が苦手で、空に閉じ籠りがちであり、どことなく学校には居場所が見つけられないでいた。
     家庭では、更に良くなかった。
     カースト制度のような、身分の階級により差別を受け、人間としての尊厳を奪われている部分があると、翔は感じていた。家族がたとえ無自覚でそうしていたにしても、翔が感じでいるように、それは事実だったのかもしれない。
     翔は、自信を失い苦しんでいた。
     心を支えてくれる愛のヒーローが必要だったのかもしれない。


     翔は、マザコンオーラ全開だったのだろうが、それを自分で認めたにせよ、なかなか直ぐにどうにか出来る訳でもなく、伏せ目がちに俯き、物思いに耽っている。

     バット一本で、この悲しみの世界を薔薇色に変え救いたい…。

     翔は、大好きな野球への情熱を胸に、世の中的には、不可能とひと言言われ、切り捨てられてしまいそうな、どでかい夢を見ているが、物静かで誰に心の内を語るでもなく、人付き合いの下手な翔の稀有な人生模様や、抱いた青臭きロマンについて等、知る者は誰もいなかった。
     翔は、絹世との母子関係の中で、様々に複雑極まりない葛藤を抱え喘ぎ、人間関係では絶えず孤立しがちで、限りなく孤児に近い心境の中、思春期を迎えていた。
     見た目には何不自由のないような、物に溢れ豊かさに恵まれた世代。
     だが、翔は幸せの意味が分からなかった。
     人はみな、自分の知る経験の範囲でしか他人を理解することは、たぶん出来ない生き物だったのだろう。

     絹世のことは、息子であり、身近な存在である翔にも、良く理解出来ない部分が余りにも沢山あった。
     こう話せば、こう返すだろうという、ある程度予測出来る人の心の動きがあるような気がしていた翔だったが、その予測に全く合わない考え方をするように思える絹世がいた。全てではないが、何かどこかが理解を超えてしまっていて、その食い違いが、酷く翔を消耗し尽くそうとしているようだった。
     翔は、泣かない赤子でもあった。
     いや。
     正確には、泣けなかったのだろう。
     そのことの意味を、翔を含め、誰一人知る者はないようだった。
     翔は自分の抱えている気持ちに、まだまだ大方は無自覚というべきだろうと思われ、どこか感情が麻痺していて分からなくなってしまっている部分があり、そんな状況の中、絹世について、ましてや他人に分かるように説明する等ということは、ほぼ不可能なことのようだった。

     絵理香ちゃん達には、まるで想像すらつかないのだろうが…。
     うちのママ様は怪物なんだ。悪人ではないが、大モンスターなのさ。誰に話したからといって、理解出来る人なんてまずいなかったのだろうな…。
     翔は言えない苦しい心の本音を、一人心の中で呟いた。

     からかっても無反応な翔の様子を見て、どうやら絵理香は詰まらなくなったのか、子分三人を引き連れ、その場を立ち去って行った。


     翔は、一人小さなため息を漏らした。
     絹世のことを嫌いながらも求め、生きて行く為に、必要なその愛に跪き、人生のギリギリの崖っ淵に、爪先立ちで立たされているような気分になり、マザコン警報発令中の今日を、悲観し嘆いていた。

    2 塩辛とんぼの風来坊

     瀬戸内にある、海と山とに囲まれた小さな田舎街。
     空高く、鳶一羽舞う。
     鎮守の杜のある東の山に寝床があるのか、そちらから優雅に翼を広げ飛んで来た。


    「ピーヒョロロ」
     何を言っているのだろう。
     鳶は人間の暮らしを見下ろしながら、人が思い付きもしないような自由な生き方を思っているのかもしれない。
     最近は、区画整理が進行し始めていた。
     沢山あったススキ林が埋め立てられ、コンクリートの枠で仕切られた一軒分の敷地が、ズラリと並び用意されていた。


     翔は寡黙に一人歩み、鉄工所前の通学路を下校していた。
     潮風が吹き、鉄工所の油の匂いをどこかに運んで行く。
     鉄工所は、翔の歩く通学路の向かって左側にあり、翔は通学路の右側の端を歩いていた。
     大型客船を港に繋ぐ等する為に使われると思われし、太い鎖の入った入れ物を運ぶフォークリフトが、鉄工所から出て来て、翔の左前方より走って来ている。
     フォークリフトは鉄工所の敷地を外れ、通学路に少し乗り入れながら作業を進めている。
     労働者達の顔や作業服は、油塗れとなり、夕方サイレンが鳴るまでの仕事に、あくせくと汗を流している。

     翔は歩む。
     遥かなる未来へ向かい。
     唇を固く結んで。
     ポーカーフェイス。
     人はそう呼ぶ。

     曝け出された日常に、安らげる心のオアシスを求め彷徨う。

     通りすがり様のポーカーフェイス。

     鉄工所でフォークリフトに乗り働く三十代位と思しき男は、擦れ違って行く小学校から下校中の翔の姿を、チラリと見てそう思った。
     翔の誰に語ることもなき心模様は、ふる里蚤ぞ知る悲しみかな。

     友とは、一体どんなものなのか。
     家族の温かさとは、一体どんなものなのか。
     翔には分からない。
     知りたい。
     どこに行けば辿り着けるのだろうか。

     ふーらり、ふらふら風来坊。
     塩辛トンボが飛んで行く。
     幸せどこかと夕日に尋ね。
     カサカサはためく羽の詩。
     街角一匹、塩辛トンボ。

     ポーカーフェイスの我なりけり。
     からかい舌出す、お前を見てた。
     明日は明日の風が吹くさと、塩辛とんぼの風来坊。


     午後四時前の鉄工所は、一日の労働の重みをヒシヒシと湛えた風景画のようになり、人生の意味について無言で語っているかのようだ。
     決して楽などではない筈の仕事を抱えて、月給取りらは、昼飯の安い弁当を胃袋に掻き込んだ切り、また夕方まで働き詰めとなる。


     あれは幼稚園か小学一年生の頃のことだったのかもしれないと、翔は記憶していた。
     磁石を持ち鉄工所に遊びに来ていた翔は、無邪気に砂鉄取りに夢中だった。
     絹世が付き添い、自分が磁石で取り集めた砂鉄を、何かの空き瓶に入れられるよう用意して来てくれていたことを、鉄工所前を歩いていた翔は思い出した。
     翔にとっての楽しかったそんな思い出の残る通学路の、毎日繰り返されて行くありふれた風景にも、小学六年生にもなれば、社会の重たい現実が時折垣間見れる程、翔は成長を遂げて来ていた。

     翔は猫背になり、前屈みのまま、半ズボンのポケットに両手を突っ込み、通学路にペッペッと、仕切りに唾を吐き捨てている。
     何となく唾を吐き捨てないと気持ちが安らがず、心が憂鬱や不安に呑み込まれて行くような気持ちに翔はなっていた。
     思春期になり、体が大きくなって来ていて、チンチクリンの学生服の半ズボンは、もう何だか余り似合わなくなりつつあった。


     翔が数十メートル程前方にふと目を向けると、下校して歩いていたクラスメイトである滝龍司が、自分と同じように唾を道端に吐き捨てている姿が見えた。

     そういえば、龍司もよく唾を吐いているな。

     翔は、自分と龍司とが抱えていたであろう、何かしらの心理的共通項を見出し掛けているようだった。

     龍司はクラスで一番の優等生で、文武両道の申し分のない生徒だった。
     片や翔の方は、勉強は苦手で、クラスでは龍司と間反対にいるような立場にあった。
     対極の関係にして、実は同じ。
     この共通項を結ぶ、その心はなんぞや。
     翔は噺家のような調子で、真理を追求する。
     龍司も大変なのかなと翔は思った。

     学校から帰宅後、翔がその日遊ぶ約束をしていた龍司のうちへ行った時のことだ。
     翔が玄関の扉を開け訪問を知らせると、龍司の母親が出て来て、龍司さんは今宿題をしているから待ってねと言われたことを翔は思い出していた。優等生の龍司は、流石に自分とは違い、学校から帰宅後直ぐに宿題をしているのだなと感心すると同時に、教育ママが居るみたいだけど、高学歴を納めて欲しいと、きっと願っているであろう母親からの期待等により、龍司は心が可笑しく狂ってしまわないだろうかと、翔は少し気になっていた。
     それから、自分みたいな勉強の苦手な同級生の自宅訪問は、龍司の母親には余り歓迎されてはいないのではないかと思えていた。自分が勉強が苦手なことは、あの母親の耳にもきっと届いているのではらないだろうかと翔は思い、何となく懸念することが、心の中から湧き上がって来ていた。

     クラスの中で成績が、たぶんトップとビリケツという位置にそれぞれ君臨しているであろう、龍司と自分の二人が、相対関係として描き出すグラフの座標点を、翔は見つけたような気持ちになっていた。


     鉄工所の脇を抜けると、古びたアパートがあった。
     生活感が漂い、小さな庭の一角には洗濯物が干されている。建て付けの悪そうな玄関のドアを開けると、裏口が見える程の狭い間取りに、家族が身を寄せ合う暮らしがあった。
     正義ってなんなのだろうか。
     何か可笑しな社会的な皺寄せが、街の人々の暮らしに押し付けられているようで、翔は鬱屈とし重た気な瞼を見開く。
     腐っていても何も始まりはしないだろうと思い、翔はポケットの中の拳を握り締めた。

     アパートの庭先に置かれた、カラーバットと蒟蒻ボール。
     子供達は、青空へと舞い上がった白球を夢中で追い駆けながら、きっと、自分の将来に希望を探していたのだろう。

     西日が郵便ポストを照らす。
     長年雨風に曝され、錆びた赤い郵便ポストの中には、電力会社からの電気の使用量と銀行で引き落とされた金額等が記載された通知書が投函されている。
     色褪せたシャツ姿の主婦が、アパートの玄関のドアから出て来て、その郵便ポストの中を覗き、電気の使用量の通知を手に取ると、背中を丸めながら見始めた。


     塩辛とんぼの風来坊が、見上げる西の空に舞い、翔は一人寡黙に口を結んだまま、詩を心の中で読み上げていた。

    3 ジイジバアバの酒店STORY

     葉月酒店のガラス戸に貼られた、ボンカレーのポスターの中の、一本足打法でバットを構えている王貞治の真似をし、翔は架空のバットをひと振りした。
     透明なボールが青空に舞い上がる。見事なアーチである。沸き立つスタジアムの大観衆…。


    「おお。戻ったか」
     翔の祖母、智子が、小学校から帰宅した翔に気付き声をかけた。
    「うん。ただいま」
     翔は祖父母が営んでいる、この葉月酒店で、お昼ご飯にラーメンや焼きそばを漁る。
     何にしようかと暫く思案を重ねた結果、うまかっちゃんをひと袋掴み取った。
    「お爺ちゃん、これ頂戴な」
    「お!」
     レジで店番をしている、祖父の里也に了解を取る。

     食事の際には、タダでもらえるというルールだったが、駄菓子類などについては、智子の方針により、絹代にもらった小遣いからお代を支払わなければならないという取り決めがなされていた。
     孫からも料金を取るという、葉月家あった不思議なルールの中の一つだった。

     葉月酒店内には、里也が早朝、街の市場で揃えて来た商品が並んでいたが、里也チョウスで、鶯ボールや蒸しパンやカンパンなど、昔の食べ物があるのが特徴的だった。
     昭和の歌謡ステージのようなレトロチックな照明がたばこ売り場の小窓周辺を彩る。近くには赤電話が設置されていて、日本の木造家屋の木の棚は漆塗りのような黒を基調とし、酒、醤油、味醂などの瓶の埃を叩くハタキ棒が置かれている。
     奥には神棚な下に、利き酒コーナーがあり、バケツにくんだ水でおチョコを洗えるように用意されていた。
     近所のお爺さん連中が溜まり、昼間から酒を飲みながら、田舎町の日常が繰り返されていた。


     キッチンで翔は、うまかっちゃんを調理している。
     ランドセルをキッチン隣の三畳の間に置くと、手際良く調理を始めていた。両親が共働きでうちを空け、土曜日の昼ご飯は、こうして翔自らインスタント食品を調理して食べるか、智子が用意したカレーを食べるかの二択が、基本選択肢としてあった。


    「龍司君、遊ぼうや!」
     クラスメイトの滝龍司宅の玄関の扉を開いた翔が、声を挙げた。
     するとメガネのガラスが鋭く光る、龍司の母、小百合が現れた。
    「龍司さんは、今宿題をしているのよ…」
    「…」
     小百合の表情が固く、翔の訪問を歓迎とは行かないような微妙な空気を漂わせている。
     人一倍敏感な翔は、即座にその気配を感じ取り、心を緊張させ言葉が上手く出て来なくなっていた。
     喉元につかえた気持ちを、グッと飲み込む。


      二、三十分程が経過していただろうか。
     宿題を終わらせたらしき龍司が、自室があるらしき2階から階段を降りて来た。
    「おう!ファミコンやろうぜ」
    「あぁ…」
     翔はリビングへと招かれ、玄関に靴を脱ぎ、龍司の後に続いて、家に上がり歩いて行く。

     小百合は子供達の時間を干渉することはなかった。
     龍司とのファミコンのひと時を、翔は日暮れまで楽しんだ。


     龍司宅を後にした翔は、トボトボと畦道を歩き、家路を辿る。
     お寺の鐘が鳴り、真っ赤な夕日に照らされた街が、寂し気に見える。
     龍司の家は山高くにあり、ふもとまで降りて来た。
     水子地蔵が祀られている脇を通り掛かると、風車がカタカタと回り、塩からトンボが風を漂っていた。

     うちに帰ろうか。
     いっそ、どこか遠くへ行きたいな。
    「はあ…」
     翔は小さくため息をつく。
     寂しい北の離れの二階に帰ろう。
     絹世が仕事を終え帰宅するまでの夕方の時間は、独特なものがあった。
     夕闇に抱かれながら、森の狼に食べられないように震えながら過ごしているかのようだった。

     街は、徐々に夜の帷が降りて行く。
     

     颯太が離れの二階の寝室へと向かい、階段を踏み締め軋む音が鳴り響いた。
     翔は大慌てで、ファミコンを所定の位置に戻す。
     時計の時刻は、間もなく22時。
     颯太が日中この寝室で過ごすことは、まずなかったが、寝る時だけやって来ていた。
     翔は家族に心を開くことが出来ず、いつもこの寝室に潜むように暮らしていた。テレビっ子世代で、起きている間中テレビをつけ過ごす。不安定な気持ちを和らげてくれるように感じていたテレビ。誤魔化しでもあるなと、最近は薄々気づいているような気持ちだった。テレビを消し部屋に佇んでいると、良い知れぬ心の闇が顔を覗かせ、何だか呑み込まれて駄目になってしまいそうな気持ちになる。誤魔化しでも何でも、今は孤独を和らげる為の策が必要。そんな気持ちだった。

     絹世といえば、そんな悩みを翔が相談すると、決まって深く考え過ぎだからそうなんんだから、気を逸らした方が良いといった提案を繰り返していた。
     翔は、何となくその絹世の言葉に疑問を持ち、本当にそうだろうかとスッキリしないモヤモヤした気持ちを抱えていた。

     テレビやファミコン、まあ翔の熱中している野球にしても、生きて行く上での本質的な何かから目を逸らす為の口実にもなのかもしれない。
     翔はそう思った。
     絹世常々口にしていた。
     翔には野球があるから良いのだと。

     翔は猛烈な早さでファミコンを所定の場所に置き、颯太が障子を開けるその瞬間、ギリギリセーフで遊んでいなかった風を装った。
     そして、離れの一階の浴室から風呂上がりの颯太がやって来て、障子を開く。
     翔の心に重々しい空気が流れ、一気に緊張して行く。
     いつも仕事に疲れていた風に見えていた颯太は、ストレスフルマックス人間で、いつもこの後ベッドに横たわると煙草を蒸し、感情を押し殺したような濁った咳払いを頻繁にした。今日もそうだ。翔は、病気にならなければ良いがと、颯太の身を案じている。だが、当人に思いを伝えても、きっと自分の感じていることに思い当たらず、何か合い交わることの出来ないような言葉が返って来るのが関の山だろうと予測して、決して本音を話すことはなかった。
     颯太も家族も、それ以外の周囲にいた人も、誰も翔の感じている世界を理解する者はいないように翔には思えていた。ただ考え方の食い違いから、違和感ばかりが心の中に生まれ、孤独を募らせた。

     颯太はテレビを見ながら、最後の一腹を蒸すと、枕元の灰皿で煙草の火を揉み消す。
     吸い殻をそのまま灰皿に捨てる。
     そんな繰り返されて行く心の拠り所なき時間が、翔の思春期の風景として広がっていた。

     颯太が真実を訪れたタイミングで、自分のベッドに移動していた翔だったが、やがて深い眠りの中に引き込まれ、一日の中での最大の安らぎを手に入れることが出来た。

    4 マウンドへの花道とUFO

     マウンドに立つ翔は、帽子を取り、額の汗をアンダーシャツの袖で拭った。


     良く晴れた日曜日の午後。
     空には、航空写真を撮影するヘリコプターが飛び、マイホームタウンを記録しているようだった。

     少年野球のリトルリーグチームである、桃乃岬ホワイトソックスに所属している翔は、先発を任され、何とか七回裏の最終回、ツーアウトツースリー、ランナーなしまで辿り着いていた。
     相手チームである松浜ヤンキースの、左打席に入っている四番打者は、なかなか体格が良く、強打者だった。
     選球眼が良く、翔の速球に着いて来ていて、ファールチップを二度、バックネットに飛ばしていた。翔はその様子を見て、力勝負ではほぼ互角か、と思ったが、いや、相手打者が自分より勝るだろうと思い直していた。
     対戦相手の打者達のバットが、翔の投げるボールの勢いに力負けすることが、ほぼいつものパターンだったが、時折そうは行かない打者がいた。
     今翔が対戦しているのは、そんな打者の一人だった。

     航空写真撮影隊であるらしきヘリコプターが、仕事を続け、別のエリアへと、上空を徐々に移動して遠去かって行く。


     その時だ。
     空に突如、謎の飛行物体が現れた。そのことに気付く者は、一人もいなかった。俗にいうUFOなのだろうか。
     その飛行物体は、翔の行っている野球の試合中、何度かグランド上空に姿を現し、誰に気付かれることもなく浮遊していた。
     一体何の目的で、誰が何をしていたというのだろうか。


     翔は、持ち前の力強いストレートを、ストライクゾーンの外角低目ギリギリ一杯目掛け投げ込む。
     ラストの打者として仕留めようと、渾身の快速球を放り、相手チームの四番打者の、タイミングが遅れて出たバットが空を切った。ボールはキャッチャーミットに収まり、球審がストライク、スリーアウト、ゲームセットと叫んだ。
     その瞬間、サード側の桃乃岬ホワイトソックスのベンチから、試合観戦をしていた父兄達の歓声と拍手が湧き起こった。


     グランド上空を浮遊していた謎の飛行物体は、翔が投げ込んだ渾身のストレートにより、相手チームの強打者を見事仕留めゲームセットを迎えることとなった、少年野球の熱きドラマの結末を見届けたというようなタイミングで、誰にも気付かれることなく姿を消した。


     翔は、遥かなる甲子園への道のりを思いながら、ゲームセットを迎えたマウンドを駆け足で下り、ホームベースを挟み、各チームのメンバーは横並びとなり、両チームの選手達が、向き合って整列する輪の中に入って行った。
     両チームの選手達は、帽子を取る。
    「3対1。桃乃岬ホワイトソックスの勝ち!」
     球審がそう告げた。
    「有り難う御座いました!有り難う御座いました!」
     両チームの選手達は、お互いに、そして、球審にお辞儀と挨拶をした。


     翔はその後、サード側の湧き上がる桃乃岬ホワイトソックスのベンチの、監督やコーチや父兄達一団に迎え入れられた。
     翔は野球の成績にかなりムラがあり、精神状態によって天と地ほどのギャプを抱えていた。今日は優秀なピッチングが出来たが、理由は翔にはよく分からなかった。コンディションのムラについて、まだ自覚に乏しかった。

     試合を見に来ていた絹世は、いつもそうだった。
     父兄の輪には入らず、ついさっきまで離れた植木の茂みから、グランドでの試合を見ていていたが、試合が済んだ今は、どこかに姿を消していた。
     奇妙な行動をして、決して群れない絹世だった。翔は、普通に周囲と接してくれない絹世が現れると、自分の立場が悪くなる気がしていて、試合を見に来ないで欲しいと頼んでいたが、その思いは無視されていた。話し合いは、成立等いつもしなかった。翔が絹世に願いを伝えると、聞いてはくれるが、真面な会話には発展せず、後は黙って絹世が結論を出す蚤だった。

     葉月家の他の家族が、翔の野球の練習や試合を見に来ることはほぼなかった。
     ただ一度だけ、颯太が試合の役員を頼まれてやって来たことがあった。それ以外で、翔の記憶に残るのは、颯太が、嵐前に港に繋いだ自分の船を、しっかり岸に繋ぎ止め直す為に、バイクで向かう際、桃乃岬ホワイトソックスが練習していた小学校のグランドを通り掛かり、暫く塀の外から覗いて行くということがあった位だ。これは、用のついでにといったシチュエーションで、おそらく、わざわざ出向いた訳ではなかったのだろう。翔には、颯太の気持ちがよく分からなかった。颯太が自分の野球をする所を見に来た回数として、カウントするには微妙な現れ方だと翔は思っていた。だから翔は、ノーカウントとしていた。


     桃乃岬ホワイトソックスは、トーナメント戦を順調に勝ち残り、いよいよ後一試合勝てば決勝戦に辿り着くという所まで来ていた。
     翔はピッチャーで四番として、ひたすらに自身の抱える野球へのロマンを追っていた。
     この街の中で、その思いを果たすことは可能だろうか。様々な困難を感じながらも、熱き情熱とロマンに懸け、夢見る日々を過ごしていた。

     学校やうちでは、まるで駄目な翔だったが、まだ短き生涯の中ではあったが、たった一つ見つけた自分にとって確かなものである野球を愛し、希望の未来を築き上げて行きたいと強く願って止まなかった。


     UFOに搭乗していたリトルピーチ甲子園実行委員会のメンバー達は、マスコットタウンに戻りながら語り合っていた。
     マスコットタウンにて、マウンドへの花道を翔の為に用意すべく。

     そんな夢物語が存在していようなどとは、これっぽっちも思ってもいない翔だった。

    5 湯バアバの呪文

     机の上に置かれた大きな水晶玉の前に座った、見覚えなき老婆は、窓際のトットちゃんこと黒柳徹子位しか見たことのないヘアスタイルをしていて、頭でっかちで、ニヤニヤと笑いながら翔を見ている。


    「お前のことは、大体知っているよ。葉月翔だね」
     老婆が翔に話し掛けて来た。

    「あぁ、そうだけど、あなたは誰?」
     翔は怪訝そうな顔をして、現れたことが不可解で謎に思える老婆に、一言返事をよこした。
    「私かい?私のことを話しても構いはしないが、たぶんお前は信じないだろうね。まあいいが、聞かれたから答えてやるよ。嘘だと思うかもしれないけど、好きに思やいいさ。話すから良くお聞き」
     翔は、何だか迫力のある老婆の言葉に固唾を飲み聞き入っていた。
    「いいかい?」
     老婆は前置きの台詞を添えながら、一瞬目を大きく見開いた。
     その瞬間、翔は獣達の暮らす深夜の森に投げ出され、狼達に囲まれ食われそうになっていて、命を失い兼ねない瀬戸際に追い詰められているような緊張感を覚えた。
     何だ、このお婆さんは…。只者ではなさそうだが、嫌に霊力を放ち、妙に怪し気なオーラを持っているように思える。翔は微妙に後づさりし、身構えた。
    「ハッハッ!別にお前を取って食うつもりはないから、安心おしよ。感じ易い子だね。流石に選ばれし者だよ」
     選ばれし者?
     一体何のことなのだろう。翔の頭の中は、この老婆への謎が益々深まるばかりだった。
    「色んなことを考えながら、私が何者か探ってるようだが教えてあげるよ」
     老婆はそう言いながら、しゃがれた声を少し詰まらせ、咳払いを一つした。
    「私は未来からやって来た魔女だよ。今はまだ存在していないが、お前が大人になった頃に、世の中に知れ渡ることになる予定だよ。お前は、宮崎駿のアニメを知っているかい?」
     翔はポカンとしたまま、魔女だと自らを名乗るこの老婆の話を聞いていた。
    「あ…、ああ、知っているよ」
     翔が老婆に答えた。
    「そうかい。お前の世代ならば、風の谷のナウシカが有名かしらね。私は、宮崎駿が未来に作るアニメに登場予定のキャラクターなのさ。タイトルは、千と千尋の神隠しだよ。そのアニメの中で、私は湯バアバという名前の魔女として登場するからね。湯屋という神々の来られる銭湯を経営しているボスキャラだよ。覚えておいてくれるかい?」
     老婆はそう言うと、悪戯っぽくイッヒッヒと笑った。
    「…」
     翔は空いた口が塞がらない状態で、次に何と言えば良いか迷っていた。
    「はぁ…」
     一瞬遅れて、そうとだけため息混じりに答えた。
    「ハッハッ!お前にしてるように、沢山の人間にこんな風に話して来たが、まあ、誰も私の話を直ぐには信じはしなかったさ。だが、これはお前に取って悪い話じゃないよ。これから話すことは、一度だけで二度とは教えないから良く聞くんだよ」
     老婆はそう言うと、大きく息を呑んだ。
    「お前が好きになってコレクションを楽しんでいるガチャガチャのキン消しを買う時に、ハンドルを回す前に、リアルキン消しよあれと言ってごらん。その後、ハンドルを回すと…。まあ、後はお楽しみってことにしておくかね。お前が私の言ったことを信じてやってみる勇気があれば分かる話だ。やってみようともしない人間も多い世の中だよ。お前に何か感じる力があるなら…」
     老婆はそこまで言うと、翔から視線を逸らし黙り込んだ。
     翔は食い入るように老婆の方を見つめているが、妙な緊張感が続き、幾分舌の渇きを感じた。
     老婆が現れて以来、初めての二人の沈黙の時間が流れる。
     翔はこれは夢ではないかと思い、自分の頬を抓ってみた。
     痛くはない。夢なのか。
     ぼんやりしていて気付かなかったが、湯バアバと名乗る魔女は、そういえば確かにアニメ風で、日曜日の遊園地等で時折見掛ける、人が着ぐるみを着たキャラクターのようにも何となく見えるなと翔は思った。
     老婆の部屋らしきこの場所は、きっとさっき聞いた湯屋にあるのかもしれない。
     翔は、自分がここにどうやって来たのかが思い出せなかった。
     その時、一瞬短い人生絵幕が翔の頭の中をさっと駆け巡った。


     トンネルを抜けると、だだっ広い風景が広がり、それから体がいきなり空に舞い上がり、ジェット機になったように素早く飛行して、大きな建物まであっという間に辿り着いた。
     そういえば、湯屋と書かれていたかもしれない。
     そして、最上階になるのだったか、窓が勝手に開いたかと思うと、何かの力によって窓の中に吸い込まれるようにして建物に入った。

     それがこの部屋だったのだと、翔は一瞬頭の中を駆け巡った自分の短い人生絵巻を見て、思い出すことが出来た。


    「フンッ。思い出したかい?」
     翔に横顔を向けていた老婆は、ニヤリとしながら鼻を鳴らした後、そう言い、翔の方に視線を戻した。

     どうやら、この魔女だと名乗る老婆が呪いを掛け、自分にここに辿り着くまでの今の人生絵巻を見せたらしいことを、翔は察した。
     老婆は一体何を企んでいるというのだろう。老婆の様子から推測するに、自分に何かを試すように今の人生絵巻を見せる為の呪いが掛けられたようだと翔は思った。
    「フッフッ」
     老婆と目が合っていたが、翔がそう思った瞬間、老婆はニンマリと笑った。
     何も言わずとも自分には考えが伝わり分かっているとでも言いた気な老婆の様子を見ていた翔は、テレパシー能力の高いであろう老婆の霊力の高さを、心の中で認めた。

     翔の方に向き直り、暫く目を覗き込んで何かを探っていた雰囲気を漂わせている老婆だったが、今考えが纏まったように見えた。
     老婆の表情に、パッと正気が宿るのが翔には見て取れた。老婆は、椅子に深く腰を掛け直してから言葉を続けた。
    「私がさっき教えたことを試してみることだよ。分かったかい?リアルキン消しよあれって呪文を決して忘れるんじゃないよ。いいね。あぁ…。そうだ!こっちの方が短くて覚え易いかねえ。未来では、スマホなんかが登場して、リアキンと言っても構わなくなるさ」

    「リアキン?…」
     そう小さく呟いた翔が、ポカンと口を開けている。
    「あぁ。これはちょいと秘密事項だったがね。喋っちまったよ。まあ、あまり深く気にしないでおくれよ。略語の生活が繁栄する未来の話だが、まだお前には分かり辛い世界かもねえ」

     スマホ?略語?
     一体何のことだろうか。

    「私がお前に会いに来たのは、リアルキン消しよあれって呪文を伝える為さ。リアキンだよ!分かったかい?」
     老婆は腕組みをする。
     「他にもお前に言っておくこては…。あぁ、そうだ。思わず言い忘れる所だったよ」
     翔は固唾を飲みながら、老婆の声に耳を傾けている。
    「呪文を唱えてうる所は、周りにいる人間には秘密にしな。誰かに知られたら、それで呪文は効かなくなるから気をつけることだよ。誰もこんな話信じはしないし、知られると色々と不都合なことがあるんだ。いいね?」
    「あぁ…」
     翔はどう返事すべきか言い淀んでいる。
    「他に用がないから、私はそろそろ帰るとするかね」
     老婆はそう言うと、咳払いをしながら腰掛けていた椅子から立ち上がった。
    「あぁ…。何だか良く分からない話だけど覚えておくよ。湯バアバさんが嘘を言ってるようには、僕には思えないから信じるよ」
     翔は、背中を向け立ち去ろうとしている老婆に、そう言葉を投げ掛けた。
     すると老婆は、二十歳位一瞬で若返ったように素早くクルリと向き直り、翔の顔をマジマジと覗き込み返して来た。
    「お前、なかなかやるじゃないか。見込みのある子だよ。もしかすると…、だよ」
     老婆は何を思っているのか、言葉を濁し、少し俯いて考え事に耽っている様子だった。
     そして、吹っ切れたように顔を上げた。
    「良し。いいだろう。お前の将来が少し楽しみに思えるよ。こんなことは久しぶりのことさ。今日はお前に会えて良かったよ。私の言ったことを、まずはやってみることだ。そうすれば、お前の望みは果たせるかもしれないんだよ。私がお前に今言ってやれることは、これ位さ。後は、時が来れば自ずと分かって来るさ。お前の夢の為に、立ち上がる時が来たんだ。良く分からずとも、何となくお前なら私の言っていることの意味が、ぼんやりとでも感じ取れて分かる筈だ。まあ、人生なんて振り返れば、本当に短いものなんだよ。しっかり精進して頑張るこった。いいね。少しお節介を焼き過ぎた気もするから、これ位で私は帰るとするかね。じゅあ、行くとするよ」
     老婆はそう言うと、またイッヒッヒとしゃがれた声で笑いながら、クルリと翔に背中を向け歩き始めた。
    「何だか興味深い話を有り難う。さようなら」
     翔は、背中を向け歩き出した老婆に、そう言葉を投げ掛けた。
     老婆はイッヒッヒと愉快そうに更に笑ったかと思うと、パッと一瞬で姿を消しいなくなってしまった。老婆の姿が消えた瞬間に、机や、机の上に置かれていた大きな水晶玉や、老婆の腰掛けていた椅子や、部屋丸ごとが全て消え去った。そして、暗幕がただ垂れ下がっているような闇が視界を塞いだ。
    「あぁ…」
     翔はため息混じりにそう漏らしながら、良く分からないことだらけで上手く気持ちが整理出来ず、考えが纏まってなかったが、頭の理解をとうに越えた今の老婆の話には、何か感じるものがあり、聞き流すべきではないと思い、取り敢えず胸に留めた。


     翔は、ベッドから上半身を起こしてから、半身で振り返り、棚の置き時計に目をやった。
     時刻は、真夜中の午前1時55分である。
     翔は上半身を前に向き直らせながら、物思いに耽る。
     寝ていて、たった今見たばかりの不思議な夢の中で、老婆から教わったことを思い返し始めていた。

    「リアルキン消しよあれ。リアキン」
     忘れないようにと、そう小さく呟いた翔は、全ての謎は、この呪文を試すことで明かされて行く気がし始めていた。


     翔は、普段寝入るとまず朝まで目覚めることはなかった。
     変わった時間に目が覚めてしまった。

     この離れの二階の寝室で共に暮らしている、父である颯太と絹世は、すっかり寝入ってしまっていて、ダブルベットで二人は寝息を立てている。
     翔は何だか体が熱くなり、布団を跳ね除けベッドを出ると、自分のベッドの棚の上に置いていたコップを取り、寝る前に飲み残していた残りの水を飲み切り、高ぶっていた気持ちを沈めた。
     やけに興奮するような、何か良いことが始まる前触れを感じているような気持ちになっていた。
     翔は、空になったコップを再びベッドの棚の上に置いた。
     そして、自分のベッドの脇の本棚に並べていたキン肉マンの漫画や、キン消しに目を向け、湯バアバという名の、未来から来て自分の夢に現れたらしき魔女から教わった呪文を忘れないように、もう一度小さく呟いた後、またベッドの布団の中に入り、眠りに就いた。


     湯バアバの呪文。
     翔は、まことしやかな魔女からの伝言を受け取った。

    6 玩具の国からキン肉マン

     翔が不思議な夢を見てから、三日が過ぎていた。
     リアルキン消しをあれ。
     その言葉の意味を知る者は、翔の周囲にはいない様子だった。


     翔は、最近家の近所の文房具店前に備え付けられたガチャに、もっぱら夢中になっていたが、あの不思議な夢を見てからは、尚更だった。

     バス停から、利用客を乗せた定期便が駅前に向け発車して行く。
     周囲に人影がなくなったことを翔は確認し、深呼吸した。
     そして、ガチャのコイン投入口に、百円玉を二枚入れる。
     翔は、辺りをキョロキョロと見渡す。文房具店前の道路を走る車も、人影もない。
     良し、今だ!
    「リアルキン消しよあれ!」
     翔はそう小さく囁きながら、ニンマリした笑顔を浮かべた。
     そして、ガチャのハンドルを、息を弾ませ勢いよく回す。丸いプラスチックのカプセルに入ったキン消しが、商品受け取り口に転がり出た。
     そこまでは、極当たり前の光景だった。
     翔は、なかなか商品に手を伸ばそうとしない。
    すると、何とガチャガチャのプラスチックのカプセルは、一瞬グラッと揺れたかと思うと、次の瞬間、
    「ポンッ」
     まるでポップコーンが弾けるようにして、カプセルの中からキン消しが飛び出した。
     飛び出したキン消しは、しゃがみ込んでいた翔の膝の上に立ち、着地した。キン肉マン登場である。
    「ワオ!!」
     翔は、このガチャガチャで当てたかった、自分の心のヒーローの一人であるキン肉マンが出て来て、思わず嬉しくなり、歓喜の声を挙げ、ガッツポーズを取った。
     そして、空のカプセルをガチャ付近に備え付けられていたゴミ箱の中に捨てた。

     キン消し?
     いや。何かが違う。
     その小人サイズのキン肉マンは、どう見てもゴム人形ではないようで、カラフルな総天然色で、実物のように見える。
     レスラーとしての衣装ではなく、ベージュ色のスーツを纏い、帽子を被っていた。アニメキン肉マンのテレビ放送か、コミックか何かで、キン肉マンが纏っていたのを見たような気がする衣装だなと、翔は思った。

    「ピクッ」
     驚いたことに、不意に動き出すではないか。
     何だ!、これは?誰もがそう思うに違いない。
    「翔君、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!」
     いきなりキン肉マンが喋った。
     何故、アニメのハクション大魔王が、御主人様のくしゃみにより、ツボから呼び出された時の登場の台詞を知っているのだろう。摩訶不思議である。

     キン肉マンは、何と本当に生きているらしい。
     翔はというと、実に落ち着き払っていて、膝の上のキン消しこと、本物の生きているキン肉マンにそっと掌を近付けた。
    「キン肉マン、僕の掌に乗って!」
     翔が、キン肉マンにヒソヒソ声で囁いた。
     するとキン肉マンは、翔の掌に乗り移った。


     翔は、また周囲に人がいないか気にしながら、キン肉マンをズボンの横ポケットにそっと納める。
     こちらに向かい郵便局員の乗ったバイクが走って来ている。
     制服姿の郵便局員の黒い革靴が、陽射しを反射して、鈍い光を放つのが目に付いた。
     翔は、家路を急いだ。
     翔が姿を消した文房具店前に設置されていたポストに、普段通りに郵便局員がバイクに乗りやって来て、投函物を持ち帰り、キン肉マン登場という摩訶不思議な出来事等何もなかったかのように、日常の風景が繰り返されて行った。


     キン肉マンは、あれから少しサイズが大きくなって来ていた。
     時間が経つ毎に、大きく成長して行くらしい。

     翔は、離れの寝室の絹世の嫁入りダンスの引き出しを、キン肉マンの部屋として使わせている。
     あの不思議な、お伽話に遭遇したような真夜中の夢の中で、湯バアバと名乗る魔女に会う体験をした翌日のことだ。

     まことしやかな夢を見て、魔女からの啓示を受けたが、果たして本当だろうか。
     翔は狐に摘まれたような思いにもなり掛けたが、何となく試してみる価値があるかもしれないと思った。湯バアバの語った、やたら細かな状況設定についての話がリアルに思えてならなかった。翔は、夢の中で湯バアバに聞いた通りやってみる決意をした。
     先程キン肉マンを当てたガチャで、翔は湯バアバから教わった呪文を唱え、ハンドルを回してみた。
     すると、さっきキン肉マンを当てた時と同様のことが起こったという経緯になっていた。


     キン肉マンの宿代わりの、絹世の嫁入りダンスの引き出しの隣の引き出しから、ノック音が聞こえた。
     その閉まっていた引き出しが、勝手に開き出す。暫くすると、開いた引き出しの中からカレークックが現れた。
     カレークックは、キン肉マンより、更に体が大きくなっていた。
     このままでは、簡易宿泊邸の絹世の嫁入りダンスの引き出しでは狭くなるだろう。翔は、どうしたものかと考えていた。
     翔がガチャをする際、初めて呪文を唱え、ハンドルを回し当てたのが、このカレークックだった。

     カレークックは、手にお盆を持ったまま、タンスの引き出しから颯爽と床に舞い降りる。
     カレークックの体の大きさからして、床にジャンプするとかなりの高さがあるが、流石にレスラーである。こともな気にジャンプし、軽やかなる身のこなしである。
     タンスの引き出しに戻る時も、翔の手を借りずとも、タンスの金具伝いにジャンプして上っていた。
     カレークックは、タンスの引き出しからの出入りや、この離れの二階の、翔と翔の両親の寝室での暮らしを自在にこなし過ごしていた。
     カレークックよりも後にやって来たキン肉マンも、カレークックと同様に過ごし始めていた。
     カレークックは、翔とのお喋りや食事や休憩の際等には、翔が従姉妹の女の子が昔使っていたお飯事用の小さなテーブルセットを見つけ持って来ていたので、それを使っていた。
     今の所、サイズはピッタリである。


     翔は自分のベッドに腰掛け、キン肉マンはお飯事用のテーブル席に着き、先程から暫くの間、二人はお喋りを続けている。
     簡易宿泊邸から出て来たカレークックが、キン肉マンの側にやって来た。
     そして、
    「キン肉マン。もし良ければカレーライスを振る舞うが、如何だい?」
     とキン肉マンに声を掛けた。
    「わあー。嬉しいなあ。頂きマッスルボディー。いや、すまん。頂きます」
     キン肉マンが、カレークックに甘え戯れ付くように、駄洒落を言いながら答えた。
    「ハッハッ!!相変わらずキン肉マンは陽気だな」
     カレークックが、コミカルチックなキン肉マンの姿にウケながら笑った。
     カレークックは、お盆に様々なカレーを作る為の便利そうなアイテムを乗せていて、振る舞うことが出来る様子だった。
     翔には、この不便な共同生活の中で、カレークックが一体どうやってカレーライスを作っているのか謎だったが、何かしらの方法で上手くやっているらしかった。

     カレークックは、手に持っていたお盆を飯事用のテーブルの上に置き、キン肉マンにカレーライスを振る舞う用意を進め始めた。
    「今は小人サイズだから量も少ないし、翔君の胃袋さんは満たされないだろうから、もう暫くすれば私は大きくなり、普通の大人サイズになるから、その時にカレーライスを御馳走するよ」
     カレークックが、翔のことを気遣った。
    「うん。またね。僕も近々カレークックの作るカレーライスを食べてみたいよ」
     翔はカレークックの作るカレーライスを食べることを想像すると、美味しそうだなと思い、ワクワクし胸を躍らせた。

    「ああ、そうだ」
     カレークックが、言葉を続けた。
    「えっ?」
     キョトンとした表情の翔が、カレークックの顔をマジマジと見つめる。
    「翔君に教えておきたかったことなんだが、実は私はキン肉マンに登場するオリジナルのカレークックではないんだよ」
    「ええ!?そうなの!」
    「ああ。私は、君が想像した姿から新たに生まれた翔君バージュジョンのカレークックなのさ」
    「ええー!?そうなの…」
    「翔君は、ベンキマンとカレークックとを混同してイメージしているようだよ」
    「えっ?そうだっけ」
     翔は曖昧な記憶を辿る。
    「私は、胴体のこのカレー鍋部分以外はベンキマンの姿にデザインされているよ」
    「そうだったんだね。僕ってたまにとんでもない勘違いをすることがあるんだけど、また勘違いしちゃってたみたいだね」
    「ああ」
    「学校で、仲間達がたまにカレー味のうんこと、うんこ味のカレーだったら、どちらを食べるか、究極の選択をする話をしてるけど、そのことを思い出すような勘違いだよ。笑えない新デザインかなあ…」
    「ハッハッ!!いや。悪くないんじゃないかね。私はかなり気に入っているんだよ」
    「そうなの?」
    「ああ。実に機能的で、即座にカレーを調理し振る舞うことが出来て、レスラー兼シェフという新キャラに生まれ変わったよ。翔君の勘違いから生まれた、なかなかユニークなキャラクターではないかな」
    「そう言ってくれて良かったよ」
     翔が照れ臭気に、自分の頭をひと撫でした。

    「それから、翔君に伝えるのだが、今後の世界では、私のこのニューキャラクターを皆が知っているという世界に変わっているよ」
    「えっ!?本当?」
    「ああ。君の勘違いからの想像が、新しい世界を誕生させる結果に至ったんだよ」
    「そんな不思議なことってあるの?」
    「実は…、そんなこともあるんだよ」
    「えー!?凄い話だね」
     翔が摩訶不思議な話だが、何だか夢があるように思えた話に瞳を輝かせている。


     カレークックは、自分のお腹のカレーのルーをライスに装う。
    「ハイよ!ターンと召し上がれ!」
     カレークックは、キン肉マンの前のテーブルに、作り立ての湯気の立ち上るカレーライスを装ったお皿を置いた。
    「美味しそうだな」
     キン肉マンは、カレーライスの入ったお皿に顔を近付け、匂いを嗅いでいる。
     カレークックは、先を紙で巻いたスプーンと、水を入れたコップを、更にキン肉マンの座るテーブルの上に並べて置いた。
    「じゃあ、翔タン、私だけカレークックの作ってくれたカレーライスを頂くよ。恨みっこなしということで頼むよ」
    「OK!キン肉マン、僕のことは気にせずに食べてよ。僕はまた今度カレークックの体が大きくなって、僕と同じ比率サイズになった時に、カレーを食べさせてもらうよ。今は量が少なくて物足りないだろうからね。だから、僕はまたにするよ」
    「フムフム」

     翔は、キン肉マンとさっき初対面で出会ったばかりだが、キン肉マンは翔のことを親し気に翔タンと呼び、心理的に近しい間柄に、もうなって来ているように翔には思えた。
     何となく友達が出来たような気分になり、翔は嬉しく思った。

    「あっ!キン肉マンにカレークック。タンスの引き出しを君達の宿にさせてもらってるけど、生活し辛くて困ってるんじゃない?」
     翔は、キン肉マンとカレークック二人の、簡易宿泊邸であるタンスの引き出しでの暮らし心地を気にし尋ねた。
    「一応生活に困らぬよう、ツアーパックの宅配サービスを受ける予定だったのだが、思わぬ手違いがあり、まだ届いてなくてね。数日は生活に困らないよう、簡易的な処置で済ませられるグッズだけは、宅配サービスから届いていたので大丈夫だったが、これ以上の長期滞在になると困ることが出て来るだろう」
     翔がやや瞳を曇らせ、カレークックを見つめている。
    「キン肉マンは、先に私がやって来ているので、ツアーパックの宅配サービスを頼まずに来ているんだ。翔君には、私やキン肉マンのこのツアーについての詳しい話をまだしてなかったね」
     翔がコクリと頷く。
    「何から話せばいいかな。これ以上の長期滞在による生活は無理だからどうしようか考えて、ドラえもんののび太君に、何か良いドラえもんの道具を貸してもらうよう頼んで欲しいと、私やキン肉マンの暮らすマスコットタウンにあるハードデイズナイトカンパニーという会社の中の、アニメ五輪聖火ランナーズサポートという機関に連絡を入れておいた。ツアー中のトラブルの相談窓口として利用出来る部署があり、便利に使わせてもらえるんだよ。有り難い」
    「そうなんだね」
     翔は、カレークックの話から想像を膨らませながら、未知なる世界の話にコクリコクリと頷きながら返事をする。
    「今回のこのトラブル解決には、のび太君の力を借りることにしたよ。のび太君は知り合いでね。以前マスコットタウンにある、アニメランドという私やキン肉マンの住まいがある街で、偶然会い挨拶したら、のび太君が私のことを知っていてくれて、それで知り合いになったんだ。それ以来、何度かばったりアニメランドで会うことがあり、仲良くさせてもらっているよ」

     マスコットタウンにアニメランド?
     一体どこにあるのだろう。
     今カレークックが話したアニメランドとは、きっと夢の中で魔女から聞いたリアルキン消しよあれという呪文に関係しているのだろうと翔は思ったが、それ以上のことは、直ぐには頭が回らず見当が付かなかった。
    「マスコットタウンやアニメランドって、一体どこにあるの?」
     翔がカレークックに尋ねた。
    「説明するのが難しいかもしれないが、マスコットタウンやアニメランドは、この地球とは別の次元の世界に存在しているんだ。アニメランドとは、沢山の人気アニメの街が再現されているアミューズメントパークのことなんだ。我々アニメ界のキャラクターが住み暮らしていて、観光が出来るシステムになっているよ」
    「うわー!!なんか凄い世界の話だね。夢の国みたいだよ」
     翔の瞳が光る。
    「我々アニメキャラクターは、基本的にはアニメランドに住んでいるが、マスコットタウンにも出掛けるし、人間社会と交わりながら仲良く暮らさせてもらっている」
     翔は頷くのを止め、カレークックの話を微動だにもせず、食い入るように聞き入っている。
    「我々アニメキャラクターは、マスコットタウンやアニメランドからテレポーテーションをしてこの地球を訪問してるのさ。時々キン消しがどうしても見当たらない時があったら、もしかしたらそのキャラクターは.マスコットタウンやアニメランドに戻ったのかもしれない。そんなこともあるんだよ」
    「ええ!!そうなの?そんな不思議なことがあるの?」
     翔が仰け反る。
    「ハッハッ!そう思うのは普通だよ。おそらく大抵誰でもそう思うだろうね」
     カレークックが笑みを浮かべながら、余裕しゃくしゃくな雰囲気で返した。
    「はぁ…」
    「ハッハッ!沢山の人に話して来たことだが、皆一応に驚いていたよ。時には信じられなくて、私の話を否定し怒り出す人もいるんだ」
    「そうなの?」
    「ああ。人は、自分が信じていることが崩れ去るような話は、なかなか受け入れられないものなのだと思う。翔君。君は、かなり優秀なリアクションだよ」
    「そうなの?」
    「ああ。私の話を嘘だとは思ってないよね」
    「うん」
    「だろうな。君を見ていれば分かるよ」
     カレークックが静かな口調のまま、暫く間を置いてから続けた。

    「沢山複製されているキン消しの中で、ごく僅かなものだけが、リアルキン消しよあれって呪文で本物になれるんだけどね。ガチャガチャのハンドルを回す前に、呪文を呟かない購入者もいるから、その時には本物になれるキン消しは、マスコットタウンやアニメランドに帰って行くんだよ。本物になれるキン消しには、当然それぞれ自分の生活があるからね。どの人形が本物になるかは、ハードデイズナイトカンパニー内にあるセキュリティー管理室のトップ等が話し合い、取り決めることが出来る決定権を握っている。世界の平和に貢献しなくてはならない子供の元に送られるよう取り図られているよ。選ばれし者が、運命的に我々アニメランドに住んでいるアニメキャラクターに引き合わされて行く機械に恵まれるんだ。分かるかい?」
     カレークックの言ってる意味が、翔には何となく分かる気がした。
     選ばれし者。
     そう言えば、湯バアバがそんなことを口にし話していたと、直ぐに翔は思い出していた。
    「カレークックの言うことを信じてるけど、何だか夢のような話で…、そんな世界が本当にあるの?」
     翔は、カレークックに率直な感想を伝えてみた。
     カレークックは、待ってましたと言わんばかりに明るい顔になり、口元に笑みを浮かべた。
    「ああ、本当にある話だよ。まあ、その内段々翔君にも、ことの一部始終の真相が分かるだろう。僕らがこうして出会ったことには訳があるんだよ」
     カレークックは、翔に伝えたい話を急ぐことはないといった落ち着きを見せていた。
     翔は、そんなカレークックの様子を見て、なるようになって行くのだろうと思い、ゆったり構えることにした。
    「そうなんだね。なる程。楽しい話を聞かせてくれて有り難う」
     翔は、取り敢えず言葉を結んだ。
     が、この話の始まりである湯バアバなる魔女が、自分の夢に現れた経緯について知っておきたいと翔は思った。
    「湯バアバと名乗る魔女が僕の夢に現れて、ガチャガチャをする際、ハンドルを回す前に唱えろと、リアルキン消しよあれっていう呪文を教えてくれて、それでカレークックとキン肉マンに出会ったんだけど、この話には全部訳があるってことなんだよね?」
    「ああ。話せば長い話になるかな。一度に全てを伝えるには、かなり時間が必要となるかもしれない。必ず近々、翔君にことの真相について、順に全てを伝えるつもりだから待っていてもらえるかな?」
     カレークックが翔にそう返答した。
    「OK!分かったよ」

     キン肉マンは、カレークックに翔の相手を丸投げして、カレーライスをいそいそと頬張っているようだった。
     必要がなければ、我関せずといった性格だったのかもしれない。マイペースそうなキン肉マンだった。
    「カレークックの作るカレーライスは絶品ですなー。私はこのカレーライスの大ファンなんだ。久しぶりに食べたが美味しいなあ。幸せだ」
     キン肉マンがそう言った。
    「キン肉マン、そうかい?喜んでもらえているようで嬉しいよ」
     カレークックはそう言いながら、キン肉マンの肩に手を置いた。

    「アニメ五輪聖火ランナーズサポートから、もう直ぐトマト運輸のコウモリトマトの宅急便経由で、ドラえもんの何か道具が到着するとテレポートウォッチ宛に連絡が届いている」
     そう言いながら、カレークックは左手手首に付けているテレポートウォッチを翔に見せた。
    「そうなんだね」
     翔はワクワクしながら、見知らぬアイテムを興味津々で観察している。
    「アニメランドから来た我々は、このテレポートウォッチでアニメランドを運営している手塚清春という人物が所有する、大元の親会社に当たるハードデイズナイトカンパニーと密に連絡を取りながら、地球人のサポート役をさせてもらう為、作戦を伝えられたり、様々にやり取りしているんだよ」
     カレークックがそう言い終わったその時。


     絹世の嫁入りダンスにポータルが出現したかと思うと、トマト運輸です!と元気の良い男性の声がした。
     そして、ポータルの中から宅配員の男性が姿を現した。その宅配員の男性は、肩に可愛いミニ黒マントがあしらわれたタキシード風の作業着姿で、お洒落なデザインとなったユニフォームを纏っている。胸に付けられたネームプレートには、トマトの絵がデザインされていて、トマト運輸宅配員飯塚悟と書かれていた。
    「どうも!ご以来を受けていた宅配物のお届けに来ました。こちらで間違いないかご確認の上、テレポートウォッチの画面にて、受け取り承諾のボタンを押して下さい。差出人は、アニメドラえもんに御登場の野比のび太様からになっております。受け取り人は、アニメキン肉マンに御登場のカレークック様ですね。いやー。私、カレークック様に初めてお会い致しました。御活躍のことは良く存じて御座います」
    「ハッハッ!そうですか。お見知り置き頂けていて嬉しいですよ」
     カレークックがやや照れ臭そうに、俯き加減にそう返答した。

    「仕事でテレビの放送は余り観れないのですが、うちの近くにラーメンマン様の経営されておられるラーメン店が御座いまして、そこに置かれているキン肉マンの漫画を、食事中に良く読ませて頂いています。キン肉マンさんも御一緒されておられるとは思ってもいませんでした。お二人に会えて光栄です!!」
     二十代後半位の歳に見える飯塚は、にこやかな笑顔でそう話した。
    「いやー。私もカレークックも有名人なんだなー。ハッハッ!!気分良くなって参りました。皆から注目されてるの大好きだなあ」
     キン肉マンが能天気そうにそう言った。
     カレークックは、自分の仕事に満足気な微笑みを浮かべている様子で、のび太少年からの郵送物の入った箱を確かめながら、相槌を繰り返していた。
     そして、テレッチで受け取りを承諾しますねと言い、画面のボタンを押した。テレポートウォッチは、略してテレッチと呼ばれているらしいと、話のやり取りを聞いていた翔は思った。
    「ご利用有り難う御座いました!」
     トマト運輸の宅配員飯塚は、爽やかな挨拶を残し一礼すると、タンスのポータル内へと戻って行く。そして、若干別れを惜しむように一、二度振り返り、また頭を下げた。

     翔は興味津々で後を追い、ポータルを覗き込みながら見送っている。
     ポータル内には、全くエンジン音や排気ガスの匂いの出ない、バイクに似た移動マシンが停車されていて、サイドには、トマト運輸コウモリトマトの宅急便と書かれたロゴが印刷されていた。飯塚がその乗り物にまたがると、タンスに出現していたポータルが、瞬く間に閉じ消えた。
     翔は暫くポカンと口を開け、その場に佇んだ。    
     何とも不思議な初めて見た光景に、呆気に取られている様子だ。
    「いやー、凄いね」
     翔はようやく口を開き、そう言いながら振り向いた。

     カレークックは、箱の包みを開けようとしていた。
     カレークックが、ドラえもんの絵柄の包装用紙を開けると、四角い箱が出て来た。更に蓋を開けるカレークック。すると、何やらドラえもんの四次元ポケット内にある道具らしき物が一つ納められていた。
    「これこれ!」
     カレークックはそう言うと、膝を手でポンと打ち鳴らし、嬉しそうに箱の中から宅配物を取り出す。
    「こいつをタンスの引き出し内に取り付ければ、四次元空間が現れ、タンス内をホテル同様に広く改造して使用することが出来る。部屋を幾つか増やすよ。キッチンに、バスに、トイレに、リビングや寝室を用意するから、翔君は、私とキン肉マンの生活を心配しなくて大丈夫だよ」
     翔が頷く。
    「キン肉マンにも部屋を用意するつもりだから、タンスの引き出しは私が使わせてもらって来た側だけで今後は良くなる」
    「そうなんだね。分かったよ」
     翔の安心したような笑顔を見たカレークックは、静かに微笑んだ。


     翔の寝起きしている、離れの二階のベッドの脇に置かれた本棚には、キン肉マンの漫画が現在発売されている全巻揃っていた。
     日曜日の朝十時。
     軽快なリズムに乗り、キン肉マンの主題歌がテレビから流れ出すと、翔はハイテンションになりながら、毎週三十分枠の放送に胸を踊らせていた。
     キン肉マン人気はピークを迎えている様子であり、人気絶好調の時代が到来していて、恐らく誰の目から見てもそうであろうと思われるが、その花盛り期を明らかに迎えていた。

    「リングに稲妻走り〜♪」
     翔は、キン肉マンの主題歌を一節口ずさむ。
     カレークックとキン肉マンは、微笑みを浮かべ聞いていた。

     キン肉星でもウルトラの星でもどこでも良いが、愛と正義を思い出し、強くなれることの出来るような心のふる里を忘れたくない。
     翔はそう考えていた。そんな翔のように、ヒーローを愛する人々の願いが、きっとキン肉マン等の皆のヒーロー達をタフにして行くのだろう。
     今日を強く生き抜く為に、自分に必要な優しさや勇気を携え伝えてくれる、弱冠何者なのか、オブラートに包まれた素顔を持っていると思われるキン肉マンという名のヒーロー登場の、三十分の放送に翔の心が湧く。
     ベールに包まれた謎があるから、更に魅力的に思えるのかもしれない。翔はそう思った。鉄腕アトムの時代からずっと、子供達はヒーローを求めていたことに変わりはなかったのだろう。
     男のロマンって奴なのだろうか。
     強くて優しい正義のヒーローとは。

     翔とカレークックとキン肉マンとの、不思議なシークレットライフが始まっていた。
     こんな共同生活がいきなり始まろうとは、翔は夢にも思ってなかった。全ては、湯バアバが自分の夢に現れてから始まったことだった。


     玩具の国からキン肉マン。
     ガチャガチャで当てたキン消しが、突如リアル友へと姿を変えたら、人は一体どんな毎日を過ごすのだろうか。
     翔は、母のようなカレークックと、父のようなキン肉マンに出会った。
     実生活の中で欠落していた、両親からの愛情の渇きに飢えていた心は、ヒーロー登場に大いに湧いた。
     バブルの宴に世間が酔いしれていた頃のこと。

     日本は、そして世界は、一体どんな未来へと辿り着こうとしていたのだろうか。

    7 カレークックMAMA

    「翔君、おはよう!」
     翔が翌朝目覚めると、カレークックが挨拶して来た。


     今日は日曜日で、小学校に行かなくて良い翔は、遅目に起床した。
     颯太と絹世は、用事をしているのだろうと思われるが、もう起きているらしく、この寝室にはいなかった。
     カレークックとキン肉マンの二人は、颯太と絹世が寝室にいる時には、プライバシーを尊重し、姿を現すことはなく、プライバシー保護条例に基づき、上手く共同生活が守れるシステムが機能していた。
     颯太と絹世が寝室を出て行った後、カレークックは、簡易宿泊邸から出て来ていた。
     が、いつもと何かが違う!!
     デカい!!!


    「あれ!!!カレークック。体が普通の大人サイズになっているじゃん。いつの間に?」
     翔は大きくなっているカレークックの姿を見るなり、一瞬で寝惚け眼が覚めた。
    「驚かせてしまったなら、すまない。既に説明済みだが、キン消しから本物になって時間が経つと、普通サイズになるようになっていてね。一応、ドラえもんの四次元ポケットの中にあるビッグライトとスモールライトと同じ商品を、今朝トマト運輸に届けてもらい受けっているから、簡易宿泊邸に戻り過ごすことも可能なので、その辺の心配は御無用だと伝えておくよ」
    「OK」
     翔が親指を立てる。
    「今回何かの手違いがあり、ツアーグッヅセットの全ての品物が揃わず、色々トラブルを生んだ所があったな。だが、何とかやって来たよ。キン肉マンも普通サイズにもうなるんじゃないかな」
    「カレークックとキン肉マンの体が段々大きくなって行くから、どうなるのかなと思ってはいたんだけど、この共同生活を上手くやって行くことに一生懸命になる余り、体のサイズがどうなって行くのか、カレークックとキン肉マンに詳しく聞いてみたいと思いつつ、忘れてしまっていたよ。どうなるか分かるなら教えてもらおうと思ってたんだ」
     翔は、気になっていたその思いを話した。
    「そうだったか。気苦労を掛けてしまっていたようだね。すまない」
     カレークックが頭をかく。
    「いや。気にしなくても僕は平気だよ。気遣いどうも有り難う」
     翔は、カレークックの優しさを感じながらそう答えた。

    「所で翔君」
     カレークックがパッと明るい顔になり、胸を張りながら言った。
    「こうして私のボディーサイズも普通に戻ったことだし、是非君にカレーライスを御馳走したいと思うのだが、君は、朝からカレーは行けるかな?」
     カレークックが翔に朝食を振る舞う気満々な様子で、そう尋ねて来た。
     翔がピョンと軽く飛び上がる。
    「うん!!大丈夫だよ。僕は、寝起きから焼肉でも何でも食べれちゃうよ」
     翔がおどけるように、力こぶを作りながら、自慢気な表情を浮かべ答えた。
     カレークックは、部屋の窓側の隅に置かれていたテーブルの上にビッグライトを当てた。
     すると、小さくて翔は置かれていることに気付いていなかった、お皿と、スプーンと、水の入ったコップと、炊飯器が大きくなった。カレークックは皿を手に取ると、炊飯器からライスを大盛りで盛り付け出した。
    「翔君ならこれ位、朝から軽くペロリと食べれそうだね。大盛のスペシャルモーニングカレーライスを、御用意致しましょう」
     カレークックはそう言い、今度は自分の胴体の入れ物の中で、熱々トロトロに煮込み上げたルーを、優雅にお玉で掬い取り、皿のライスの上へと注いだ。
     湯気がパッと立ち上る。見ているだけで美味しそうだと、翔は生唾を喉元に飲み込んだ。
    「ターンと召し上がれ!」
     カレークックはそう言いながら、テーブルの上に、良い香りのするカレーライスを装ったお皿を置いた。
     そして、先を白い紙で包んだスプーンと、水の入ったコップを綺麗に並べ直した。
     カレークックは、一流シェフ並みの品格を持っているように、翔には見て取れた。
     翔は目を大きく見開きながら、深呼吸をした。
     そして、
    「有り難う。頂きまーす!」
     と言い、手を合わせた。
     翔はカレークックの用意してくれた美味しそうなカレーライスに、飛び上がり小走りして、はしゃぐようにテーブルの椅子に着いた。


    「所で翔君。君を、是非我々の暮らすマスコットタウンに招待したいのだがどうかな?」
     カレークックが、翔に唐突にそう話を切り出した。
    「えっ!?それは本当なの?」
     翔が突然の話に真顔になり、聞き返す。
    「ああ。本当だよ。君に我々の街について知ってもらう必要があるんだ。まだ君は知らなくても良いが、これは壮大な宇宙規模の計画に関係している大切な話と結び付いているんだよ。また追々説明して行きたい内容の話なのだが、良い計画だとは、今教えておくよ。僕の言うこの話を信じてくれるかな?」
     翔は一瞬黙り込み、カレークックの目を覗き込んだ。
    「うん。勿論。何だかワクワクするような話だね。信じるよ。その計画に、たぶん僕は乗るって気がする。マスコットタウンって僕でも行けるの?」
     翔がそう尋ねると、カレークックはニヤリと口元に笑みを浮かべ、ガッテン承知だと言わんばかりに、右手の握り拳を、左手の開いた掌に打ち付けた。
    「待ってました!翔君がそう答えてくれるのをね。具体的な話は、きちんと追々して行くつもりだが、取り敢えず、マスコットタウンツアー決定として話を進めてもいいかい?」
    「単純に観光ツアーになるの?」
     翔が返す。
    「ただ単に観光ではないが、特別心配するようなことはない筈だよ。そういう意味では、大雑把に観光ツアーと考えて大丈夫かな。翔君に、我々が暮らしているマスコットタウンについて、まず知ってもらいたいというのが目的になっているよ。後は蓋を開けてのお楽しみって所なのだが、どうかな?」
    「OK!分かったよ。じゃあツアーに参加してみるよ」
     翔は若干戸惑いもしたが、心惹かれるツアーへの参加を告げた。
     「そうか!!翔君と出掛ける、我らのマスコットタウンへのツアー決定だな。となれば、善は急げだ!!」
     カレークックはそう言うと、テレッチを操作しながらマスコットタウンツアーの段取りを始めたようだった。

    「翔君。マスコットタウンへ我々を連れて行き、滞在期間中の移動の世話焼き役をしてくれる、マスコットトラベルサービスという名前のツアー会社の予約の空きが、今日の午前十一時ならば取れるのだが、いきなり出発としていいかい?」
    暫くテレッチを操作していたカレークックが、翔に唐突なツアー出発への誘い話をして来た。
    「十一時って、もう直ぐだね。んー。まあ、どうしてもしなきゃいけないこともないし、いいかあ…。OK。十一時だね。マスコットタウンへ出掛けるよ」
     翔が答えた。
    「そうか。いきなりの話だけど良く決断したね。じゃあ、今テレッチで予約を入れておこう」
     そう言って、カレークックがテレッチを操作した。
    「良し!これで予約は取れた。翔君は旅先での着替え等、手荷物を持たなくてもこちらで何とかするから心配はいらないよ。後は出発ある蚤だ」
     カレークックはそう言うと、窓から朝の晴れた青空を見渡した。
     未来へと続く希望の青空かなと、カレークックはそう思った。


     翔は三口程食べて止まってしまっていたカレーライスを、また食べ始めていた。
     カレークックの振る舞ってくれたカレーライスは、本当に美味しくて、涙物の味がすると翔は思いながら、冷めない内に良く噛み味わって食べていた。
     翔にとって、カレークックからマスコットタウンへの思わぬ招待を受けた朝となる。


     カレークックとの雑談を楽しんでいた翔だったが、やがて十時が近付き、翔はテレビを点けた。
     そして、チャンネルを回す。
     日曜日の朝十時といえば、キン肉マンの放送があった。十時になると、いつものように颯爽と御機嫌なテーマ曲が流れ出し、翔は三十分間の放送を、今朝も夢中になり食い入って観ていた。
     そんな翔の姿を、カレークックはまるで世話焼きなお母さんのような、優しくて温かいムードを漂わせながら、微笑みを浮かべて見守っていた。

    8 TWIN STORY

     簡易宿泊邸のタンスの引き出しが開く。
     中から出て来た小人サイズのキン肉マンは、手にビッグライトを持っている。


     キン肉マンは、いつものように颯爽と床にダイブしようとしたようだが、飛び方を変えるつもりのようだ。
     タンスの引き出しの縁の上で、暫く立ち止まり、考えた後、今日は、更に加速を付けて走り、高くジャンプし、宙を鮮やかに舞い着地した。エイ!!ヤア!!と、掛け声が賑やかで騒々しい。一人で、五人分位騒がしいキン肉マンだった。
     キン肉マンは、床に着地すると手に持っていたビッグライトを自分に当てた。
     すると、普通サイズになった。


    「やあ。翔君。普通サイズになった私とは、初対面ですな」
     キン肉マンが、元気良く翔に話し掛けて来た。
    「やあ、普通サイズのキン肉マン。初めまして」
     翔は、福々しい男だなとキン肉マンのことを思いながら答えた。
    「普通サイズの私は、なかなかカッコいいだろ?!いやー、正直にカッコいいと一言言ってくれれば、それで僕ちゃん上機嫌になっちゃうよー。で、どうかな?」
     キン肉マンが翔に、弱冠強要気味に返答を求めて来た。
    「アハハハハッ!!キン肉マン、もちカッコいいともさ。愛の戦士の君は、僕のヒーローであり、いつだってカッコいい憧れのレスラーさ」
     翔が、本音で答えた。
    「フムフム。納得。有り難う。素直な気持ちを伝えてくれて。良し!!今日もこれで、一日元気にヒーローになれそうだよ。ファンの支えあっての私です。これからも宜しくねー」
     キン肉マンが、やる気満々のポーズで、肩をグルグルと回している。
     翔は微笑み、キン肉マンを見つめる。
    「あっ!、そうだ。今日はダイブの仕方を、リングからダイブするが如くに変えてみたよ。一応、本職はレスラーだからね。たまには自主トレをしておかないと体が鈍り、仕事に支障が出て不味いことになり兼ねないから、朝から体を使ってみた。今朝、私の体が普通サイズに戻りそうになり、スモールライトで小さくなり、簡易宿泊邸で過ごしていたんだ。私より早く、翔君にガチャガチャで購入されていたカレークックは、私よりも更に早く普通サイズに戻りそうになり、やはり私同様にスモールライトで小さくなり、簡易宿泊邸で過ごしていたんだ。だがこれで、正真正銘のリアルアニメキャラクターとなれた訳だな。ジッとして佇んでいたら、等身大スケールのフィギアみたいに見えるのかしらー?通りに出てそれをやったら、たぶんウケるだろうなー」
     キン肉マンは、朝からテンションが高く、お喋りになっている様子だった。
    「等身大のフィギアは、ウケるんじゃないかな。僕ならウケるよ」
     翔は、想像を膨らませながら答えた。
    「やはり、カレークック。君も既に普通サイズになっていたね」
    「ああ。無事、見ての通り普通に戻れたよ。何事も普通が一番かな。そんな気がするよ。キン肉マンも普通サイズに戻ってたんだね。おめでとうということかな」
     カレークックとキン肉マンが語らう。
    「そうだねー。普通が一番良くて、元のサイズに戻れてめでたしめでたしで、おめでとうってことだな。きっと」
     キン肉マンが、お調子者加速モードで答える。


    「キン肉マン。テレッチでお知らせし、やり取りをしていたが、そろそろマスコットタウンツアーへ出発になるよ。準備はいいかい?」
    「ああ。簡易宿泊邸に置いてあるカバンはと」
     キン肉マンは、そう言うと簡易宿泊邸として使って来た絹世のタンスの引き出しの中から、小さなバックを取り出した。
     そして、カレークックがのび太に頼みドラえもんから借りていた道具を取り外した。
     カレークックとキン肉マンは、マスコットタウンツアー出発に向け、話し合いながら、準備を進めている。

    「これで簡易宿泊邸撤収ですな。カレークックにこれを渡しておくよ」
     キン肉マンはそう言いながら、今簡易宿泊邸から取り外したばかりのドラえもんの道具をカレークックに差し出した。
    「ああ。忙しくしていて、この道具を置き忘れて行く所だった。キン肉マンが気付いてくれて助かったよ。有り難う」
     カレークックが、キン肉マンからドラえもんの道具を受け取る。
    「これでマスコットタウンツアーへの出発は、いつでもOKだ」
     キン肉マンはそう言うと、キン肉マンのテーマ曲を口笛で吹きながら、上機嫌そうにしている。
     このツアーが始まるに際し、翔から見ていて、キン肉マンは、適当に流れるように状況に順応しながら生きている姿が、よく垣間見れるかもしれないと思った。
     余り神経質に物事に捉われない大らかさがあるようで、羨ましい性格だなと翔は思った。
     キン肉マンは、ビッグライトで自分のバックを大きくし、普通サイズにした。
     普通サイズに戻った自分の体の大きさに、バッグを揃え、扱い易くしたようだった。

     カレークックが、自分の左手首に嵌めているテレポートウォッチの画面を操作する。
    「よし!これで後五分程すれば、マスコットトラベルサービスがやって来るだろう」
     カレークックは、キン肉マンと翔に、マスコットタウンへ出掛ける時刻が迫っていることを告げた。


    「フゥー。実際マスコットタウンに出掛けるとなると、何だか緊張するなあー」
     翔がそう漏らす。
    「大丈夫だ。君には私が着いているのだから。ワッハッハッハッ。安心したまえ、翔君。真面目過ぎると疲れるじょー。私みたいに適当もいいもんだじょー。楽に行こうぜ!!」
     キン肉マンが、翔の抱え出した未知なる街へツアーに出掛けることへの不安を察しながら、上手い世渡り法を伝授しようとしている様子だった。
    「うん。なる程。キン肉マンには、僕は見習うべきことが沢山あるんだなと思うよ。君にリアルにこうして会ってみたら、そのことが凄く良く分かる気がしてるよ。君って、スターなんだね。幸せの塊みたいな奴なんだね。僕は、益々君のファンになって来たよ。キン肉マン、色々アドバイスを有り難う」
     翔は、キン肉マンからのアドバイスを聞き幾分リラックスしたのか、キン肉マンにそう言葉を返した。

    「あっ!そうそう。翔君、コイツの赤い鼻のボタンを押してくれないか」
     キン肉マンが唐突にそう言い、バッグの中から見覚えのある人形を取り出した。
    「あっ!見たことのある人形だよ。パーマンに出て来るコピーロボットだね」
     翔がそう答えた。
    「見事正解だ」
     キン肉マンが、得意気な様子でそう答えた。
    「なーる程。そういうことか。この世界から突然僕が姿を消したとなると、皆の騒ぎになちゃうだろうから不味いよね」
     翔は、キン肉マンから説明を受けずとも、今後のある程度の状況のなり行きを推測することが出来た。
    「そういうことだじょー。分かってるね。じゃあ、コピーロボットの赤い鼻のボタンを押してもらえるかい?パーマンになって、パトロールに出掛ける気分でも味わい楽しんでくれたまえ」
     キン肉マンがそう言いながら、翔の方にコピーロボットを差し出した。
    「うん」
     翔は返事しながら、キン肉マンからコピーロボットを受け取ると、早速赤い鼻のボタンを押した。
     するとテレビで観たように、自分のコピーとして人形は姿を変え、もう一人の翔が登場した。
     なんて不思議な体験なのだろう。目の前にもう一人の自分が現れ、自分の顔を覗き込みながら立っている。
    「やあ!初めましてということになるのかな?」
     翔は、コピーロボットにどう話し掛けていいのか戸惑ったが、取り敢えず咄嗟に話し掛けてみた。
    「初めまして。留守番してるから、マスコットタウンに行って来てよ」
     コピーロボットは、何も言わずとも全てを理解している様子だった。
    「うん。じゃあ、後のことは頼んだよ」
     翔は安堵し、胸を撫で下ろしながら、大きくひと呼吸した。


     翔はこのツアーに出掛けるに当たって、荷物等は特に持っていなかった。
     カレークックが言うには、マスコットタウンは、何でも便利な次元にある世界なのだそうで、着替え等用意しなくても大丈夫との話だった。カレークックやキン肉マンから聞いた話によると、詳しいことは知らなかったが、相当に住み易い夢の街らしかった。まあ、よく考えてみたら、ドラえもんがいるというだけで、ほぼ無敵の街に違いなかった。


     マスコットタウンツアー出発に当たり、翔はコピーロボットに別れの挨拶を終えると、一瞬手持ち無沙汰な時間が流れた。
     準備が少し忙しなかったけど、これでどうにか順調にツアーに出掛けられそうだなと翔が思っていると、絹世の嫁入りタンスにポータルが現れた。
    「どうも!、マスコットトラベルサービスです!」
     ポータルから、元気よく挨拶する三十歳位に見える男性が現れた。
    「御依頼人のカレークック様ですね。大変良く存じ上げております。初めまして。本日は、どうぞ宜しくお願い致します」
     マスコットトラベルサービスの従業員は、続けて挨拶しながら、帽子を取り、深々とお辞儀をした。
    「ああ、こちらこそ、宜しく頼みますね」
     カレークックが応対し、御辞儀をする。

    「では早速、マスコットタウンへ本日三名様をご案内致します。こちらへお進み下さい。あっ!それから私の名は、夏木真司と申します。今回の皆様のツアーガイド兼、当社が運営致しておりますマスコットタクシーの運転手を務めさせて頂きます。御依頼に添い、様々に旅のお手伝いを致しますので、気軽にお申し付け下さい。宜しくお願いします」
     夏木が簡単に、このツアーに旅立つに際しての挨拶をした。
    「では、お気を付けてポータルをお通り下さいませ。ポータルとタクシーとの間には、段差がありますのでご注意下さいませ」
     カレークックがまず先頭を行き、キン肉マンが翔に先に行くよう右手を差し出し、お先にどうぞとゼスチャーで促す。
     翔は、カレークックの後に続いた。
     初めてで当然不慣れなポータルを潜る。
     ポータルの縁にぶつかると、一体どうなるのだろうか等、翔は様々にあり得る可能性について想像していた。
     カレークックは、助手席に決めたようで、開けられていたドアから乗り込んだ。
     それを見ていた翔は、開けられていた後部座席の左側のドアから乗車して、右側に座った。
     キン肉マンは、残り物には福があると言いながら、翔の後に続き、乗車し、後部座席の左側に座った。


    「では皆様、マスコットタウンへ向け出発致します」
     ドアボーイを済ませた夏木が、運転席に乗り込み、ガイド役を続ける。
    「皆様シードベルトをお締め下さい。次元をまたいでのツアーになります。テレポートステーションまで一応向かい、そこで次元移動致します。ここからでもテレポートは可能ではありますが、未然に事故を防ぐ為に、ある程度決められた交通ルールに従っての、より安全な運転をする義務が御座いますので、ご了承下さい。では、発車します」
     翔が見た限りに於いて、タクシーにはタイヤは付いてはいないようだったが、発車する際、エンジン音を立てることはなく、ふわっと宙に浮き上がったかと思うと、滑り出すように進み始めた。
     実に良い乗り心地だと、翔は思った。地球にはないような、安定性の高いクリーンな乗り物であることが、翔には分かるようだった。ガソリン車ではなく、自然界にあるクリーンエネルギーを、恐らく燃料に利用しているのだろうなと翔は思った。
     分からない謎が多いツアー関連の事柄が連なり、出現中の今、謎解きには切りがなく、翔はいちいち誰かに質問する気にはならなかった。
     取り合えず、未知なるツアーをしっかり楽しもうと翔は考えていた。

     マスコットタクシーは、暗闇の中、ヘッドライトを灯し走り出す。
     二十メートル位走ると、トンネルの暗闇の中を走っているような、窓越しに広がる風景が鮮やかに生まれ変わる。
     何だろう。
     幾重にも折り重なるマーブルカラーが小波立ち、オーバーラップしているように見えた。美しきカラフルなトンネル内を進んでいるような風景が広がっている。天国にでも辿り着きそうな気持ちに、翔はなった。

     道なき道を、マスコットタクシーは走る。
     翔が後部座席から運転席のハンドルの周りを覗き込むと、タコメーターの他に、見たことのないデジタル表示のような物が幾つか見えた。
     こいつはまことに愉快な旅だなと、翔は未知なる世界へのツアーの始まりに胸を踊らせた。


     マスコットタクシーが発車してから、十分から十五分程時間が経過していただろうか。
     遥か前方に、巨大な建造物の影が浮かび上がって来た。翔は自分の視界の先に現れた、その建造物を見つめていると、まるで蜃気楼の彼方にユートピアを見つめているような気持ちになった。
    「前方に見えて参りましたのが、テレポートステーションで御座います。御手洗休憩やレストランの利用等、サービスが充実した施設になっておりますので、御用の方はお知らせ下さい」
     夏木がインホメーションを流す。
    「私は、少し用をしたいので寄って下さい。それに翔君は、初めて体験するテレポートステーションの見学時間にしたらいいと思うが、どうかね?」
     カレークックが夏木に話し掛け、そして翔に提案した。
    「そうだね。どんな所か興味があるから、見学させてもらうよ」
     翔がにこやかな笑顔で答えた。
    「では、お立ち寄り致しますね」
     夏木が翔に続いて答えた。


     見上げると、吹き抜けの高い天井があり、テレポートステーション内は、巨大な歌劇ホールのようである。
     通路の壁には、四次元サポートセンターと案内表示されている。様々な年齢層の利用客達が行き交っていて、豪華な街のデパート同様に、設備が整っているようだと翔は思った。
    「では、私は買い物をして来るので、皆さん、適当に楽しみ過ごして下さい」
     カレークックが、言葉を残し出掛けようとした。
     が、一瞬立ち止まる。
     そして、振り返った。
    「翔君も、私と一緒に行くかい?」
     カレークックが翔に尋ねた。
    「そうしてみるかな」
     翔が頷く。


    「こいつを購入したくてね」
     カレークックが、無人精算機のタッチパネルを操作しながら、マイクロチップを一つ購入した。
     一体どういったシステムになっているのか。一九八五年に於ける地球での常識しか持たない翔には、さっぱり良く分からなかった。
    「何だか良く分からないけど、本当に便利な世界があるんだね。このテレポートステーションは、既にマスコットタウン同様の高度な文明世界ってことなの?」
     翔がカレークックに尋ねる。
    「ここは地球の存在する三次元と、マスコットタウンのある世界とを繋ぐ、中間的な世界なんだよ」
    「へえー!そうなんだね」
     翔が目を見開き、驚きの表情を浮かべている。
    「アストラル界と言ってね。翔君に分かり易く言うとするならば、幽霊の世界みたいな感じとでも説明しておこうかな」
    「はあ…。霊界みたいってことかな?」
    「まあ、そういうことになるかな。私は科学者ではないので、正確なことは教えられないかもしれないが、おぞましきゾンビなどはいない安全な霊界って感じになるかもしれないな」
    「なる程…」
     翔は沢山の疑問を抱えつつ、理解出来ることに頷いた。

     先程翔が、カレークックと二人このショップへと向かい通路を歩いている時、四次元サポートセンターという表示が壁に出されていた。
     四次元サポートセンターは、四次元人が利用する為に用意されているのかなと、翔は考えていた。
     カレークックの買い物に付き合い、翔がやって来ていたこのショップは、最近登場していたコンビニに似た雰囲気になっていた。
     商品には見慣れない物が多くあり、翔は不思議な夢を見ているような気持ちになりながら、カレークックの買い物に付き合い、店内を見渡していた。

     ショップを出ると、通路脇にあるベンチへカレークックは歩み、腰を下ろした。
    「こいつをテレッチに入れて、情報を得る等したくてね」
     カレークックはそう言うと、購入仕立てのマイクロチップを、テレッチに入れる作業を始めた。
     一九八五年に於ける常識が役に立たず、未知なることが多く、何だか良く分からないが、翔は黙ったままカレークックのする動作の一部始終を、不思議な気持ちで見ていた。
    「良し!これでいいだろう。翔君、待たせたね」
     カレークックは、翔が退屈してないかと少し気遣っている様子だった。
    「いや。未知なる世界の大冒険中で勝手に楽しんでるから気遣いはいらないよ」
     翔が答えた。
    「そうか。それなら良かった。では、皆のいる所に戻るとしよう」
     カレークックはそう言うと、ベンチから腰を上げた。
     側に立ったままいた翔を、カレークックは引き連れ、また元来た通路を逆戻りし、歩き出した。


     翔がカレークックと二人通路を歩いていると、前方から何やら見慣れない風貌をした二人が歩いて来るのが見えた。
     翔は、仮装をした大道芸人でも現れたのかと思いながら、繁々と目を凝らし見ていた。段々近付いて来る。

     んっ!
     な、何だ!
     その通行人の正体は、アニメの名探偵ホームズに登場している、主人公であるホームズ本人と、ハドソン婦人のようだった。
     どう見ても間違いなさそうで、まず断定して良いだろう。ホームズは、トレードマークの加え煙草姿だった。

     翔は、小学校の図書室で名探偵ホームズを見つけ、気に入って借りて読んでいた。
     普段読書は漫画であっても殆どしない翔だったが、名探偵ホームズは夢中になって読んでいた。絵入りなので、読むと言うより見ていたのかもしれない。翔自身、そのことについてあまり自覚してなかった。

    「ねえ!!、カレークック。前から歩いて来る二人って、名探偵ホームズの主人公のホームズ本人と、ハドソン婦人じゃないかと思うんだけど、分かる?」
     翔は、前方から歩いて来るホームズとハドソン婦人と思しき二人に、話し声を聞かれ、変な噂話をされているのかと不快に思わせないように気遣い、ヒソヒソと声を潜め尋ねた。
    「ああ。恐らく正解だよ」
     カレークックは、翔の気遣いの思いを察した様子で、ヒソヒソ声で返事した。
     翔は、やっぱり!と確信した。

     ホームズはベレー帽を被り、背広を着込んでいて、知的な雰囲気が漂っていた。
     翔が小学校の図書室で名探偵ホームズを借りて読んでいた時、本の中で見た絵の通りのイメージで、ホームズとハドソン婦人の二人が並んで歩いていた。
     犬なので二匹と言うべきかと翔は思ったが、犬が擬人化されているから…、カレークックに話した時のように、二人と呼ぶべきなのだろうかと思いを巡らせている。
     右をホームズが歩き、左をハドソン婦人が歩いていた。
     ハドソン婦人は、提灯袖の淡い薄桃色のワンピース姿で、帽子を被り、手には畳んだ日傘を持っていた。とても気品漂う身なりをした二人の姿が、そこにはあった。
     翔には、ホームズとハドソン婦人二人のムードが、柔らかで素敵に思えていた。
     その雰囲気に惹かれ、これといった目的があった訳ではなかったが、翔はホームズとハドソン婦人二人に、何となく気さくに声を掛けてみたい気がした。

     カレークックが通路端の左側を歩き、翔はカレークックの右側中央寄りを、横並びで歩いていた。
     カレークックと翔の歩く通路の左側の反対の右側を、ホームズとハドソン婦人二人が逆向きに歩いていた。
     ボンジュール。
     そう話し掛ければ、言葉が通じるだろうか。翔はそんなことを考えていた。
     ホームズとハドソン婦人二人が、いよいよ近付いて来た。
     翔は、右手で握り拳を作り決意した。

    「ボンジュール!!」
     翔がホームズとハドソン婦人二人に、勇気を出し笑顔で挨拶した。
     もし会話が始まっても、エッフェル塔、バームクーヘン、シュウエッセンくらいしか言葉が見当たらない…。が、話せるチャンスはそうはないだろう。勢いに任せた。
     すると、
    「ボンジュール!!」
     ホームズが挨拶してくれた。
     ホームズとハドソン婦人二人は、何の用だろうといったキョトンとした表情を浮かべている。テレポートステーション内の通路で、偶然出会ったこの四人は足を止めた。

    「あっ!あのお…。お二人は、日本語喋れますか?」
     翔がホームズとハドソン婦人の二人に、恐る恐るだが、笑顔で声を掛ける。
    「ええ。喋れますよ」
     ホームズが答えた。
     翔は、胸を撫で下ろす。
    「ああ、良かった。フランス語は分からないから…」
     翔が頭をかいている。
     そして、
    「もしかしてあなたは、名探偵ホームズの主人公のホームズさんではないですか?」
     翔がホームズ本人に間違いないか、念の為尋ねた。
    「ええ。そうです。何か私に御用でしょうか?」
     ホームズが自分はホームズであることを認めながら、翔に答えた。
    「突然話し掛けてすみません。僕はあなたの登場するアニメのファンです。あなたにこれといった用があった訳ではなかったのですが、折角お見掛けしたので、少し挨拶させてもらいたくて声を掛けさせてもらいました。ホームズさんのお隣におられるのは、ハドソン婦人ですよね?」
     翔が、息を弾ませ一気に話す。
    「ええ、そうです」
     ハドソン婦人が、自ら本人であることを明かし答えた。
    「やっぱり!!合ってたんですね。お二人にお会い出来て光栄です」
     翔が会釈をする。

    「あー…」
     カレークックが、そっと話に割って入る。
    「どうも初めまして」
     挨拶を始める。
    「初めまして」
     挨拶を返すホームズの横で、ハドソン婦人が会釈をする。
    「私はこの少年の保護者役をしていて、我々は今ツアー中なんです。私はカレークックという者で、日本のアニメであるキン肉マンの中に登場するキャラクターです。もしやお二人は、アニメランドに今住まわれていて、ここに用があり来られているのではないですか?」
     カレークックが、簡単に事情を伝え、相手の様子を伺う。
    「ええ。その通りですよ」
     ホームズが答えた。
    「やはりそうでしたか。思っていた通りです。  
    実は私もアニメランドの住人なのですよ」
     カレークックが引き続き、大人の会話を続ける。
    「ええ。今キン肉マンと言われたので、ピンと来ていました。私はまだアニメランドに来たばかりで、詳しくなく新米になるのですが、キン肉マンというアニメについては、少し知っていますよ。アニメランドに参加されてることも知っていました。同じアニメキャラクター同士なのですね」
     ホームズが、帽子のツバの向きを直す仕草を取り話し終えた。
    「じゃあまた、アニメランドでバッタリお会いすることがあるかもしれないですね。こうして偶然お会いし話せたのも、何かの縁かもしれません。今後もお会いすることがあれば、どうぞ宜しくお願いします」
     カレークックが、ホームズとハドソン婦人の、それぞれの目を真っ直ぐに見ながら話した。
    「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」
     ホームズが返す。
     ハドソン婦人は笑顔を浮かべ、カレークックとホームズのやり取りを聞きながら頷き、自分もホームズと同じ気持ちであることを伝えている様子だった。
    「突然この子が声を掛けたので、驚かれたかもしれませんが、我々とお話し下さり有り難う御座いました」
     カレークックが、ホームズとハドソン婦人の二人にお礼を伝えた。
    「ホームズさんとハドソン婦人の二人と、話しをすることが出来てとても嬉しかったです。どうも有り難う!!」
     翔が満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を伝えた。
     ホームズとハドソン婦人は、笑顔で頷きながら翔の話を聞いていた。
    「では、私達はこれで失礼します」
     カレークックが、ホームズとハドソン婦人の二人に別れの挨拶をし、頭を下げた。
     翔もカレークックに続いて頭を下げた。
    「では。失礼します」
     ホームズが頭を下げながら、別れの挨拶をした。
     ハドソン夫人もホームズに続き頭を下げ、
    「では」
     と別れの挨拶の言葉を短く残した。
     そして、四人は別れた。


    「いやー。まさかホームズさんとハドソン婦人に、今日ここで会えるなんて思ってなかったよ」
     翔はホームズとハドソン婦人が遠去かって行く姿を振り返りながら、興奮冷めやらぬ面持ちでカレークックに、たった今起きた奇跡のような出来事について話し始めた。
    「一体何が起きるか分からないマスコットタウンツアーの始まりだね。ホームズさんとハドソン婦人との今の出会いは、翔君の心の財産になって行くのかもしれないね。翔君にとって人生の豊かな財産になることが、このツアー中沢山あるといいね」
     カレークックが、ポンポンと翔の肩を叩く。
    「うん。たぶん、人生の豊かな財産になるような貴重な経験を、沢山させてもらえるようになるんじゃないかな。そんな気がするよ」
     翔が軽くスキップを踏んだ。

    「名探偵ホームズの世界に痺れちゃってさあ」
    「ああ、そうなのかい?」
     カレークックが温かな瞳で翔を見つめる。
    「うん」
     翔が上気していることが、カレークックには見て取れた。
    「どんな風にだい?」
    「あぁ…。何て言えばいいのか…」
     カレークックが頷く。
    「うーん…。なんかね」
    「ああ」
    「僕にでもあんな話が書けないものかなってさあ。そう思ったんだ」
    「なるほど。翔君のアートに対する情熱の話だな」
     生き生きとした瞳を愛情一杯に見開き、カレークックが微笑む。
    「アートかあ。そんな何だか凄そうなものかどうか分からないけど…、好きな世界だなと思うよ。作家って言うの?」
    「そうだね」
    「ペンで世界をひっくり返せちゃうような話じゃない?」
    「ああ。文学には、その可能性は十分にあるかもしれないね。翔君が言いたいことは、何となく分かるよ」
    「野球も好きだけど、僕って、物を作ることも大好きなんだ」
    「いいね!素敵な話だと思うよ」
    「ホームズさんとハドソン婦人に、こんな話をしても、作者じゃないからなって思って言わなかったけど、何か夢をもらったなって思うよ」
    「そうか。いい話だね」
     二人は仲良し親子のように、温かな雰囲気で語らう。

    「私にとっても、お二人との出会いは予期せぬ出来事だったよ」
     翔が頷く。
    「私は最近忙しくしていて、アニメランドに名探偵ホームズが参加していたことを把握してなかったんだ。アニメランドは、色んな人気アニメが、入れ替わり立ち替わり、参加したり抜けて行ったりしているんだよ。流動的な面があり、暫く関心を向けていない間に、参加アニメが変わってしまい分からなくなることがある」
    「なる程」
    「名探偵ホームズについては、そのパターンだよ。アニメランドについて、また翔君にじっくり話せたらいいなと思っているよ」
     翔が大きく頷く。


     翔とカレークックが通路を歩いて行くと、雑誌記者のような一団が、パシャパシャとカメラのフラッシュを焚きながら群がっていた。
     テレビカメラの取材班もいて、カメラを回している。

    「ウワー。有名人がいるのかな。僕は田舎者で、こんな光景は、うちの街ではお目に掛かれなくて、生で初めて見たよ。何かワクワクして来るなあ。一体誰がいるのかな?」
     翔が目をパチクリさせている。
    「誰か知らないが、かなりの有名人なのではないかな」
    「きっと、そうだよね!!」
    翔の歩幅が広がり、やや早足になっている。

     テレポートステーションに現れた有名人の取材中であることは、状況からして間違いない様子だった。
     有名人の後を追っていると思われる各メディアの一団は、あっという間に移動して行く。
    「マイケルはもう移動し、別の場所に姿を消しました」
     テレビ局のスタッフらしき女性が、携帯電話で、本社かどこかと連絡を取り合っている様子だった。

     マイケル?
     誰のことだろう。
     翔がはてと、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

     すると、
    「ねえねえ。今このテレポートステーションに、マイケル・ジャクソンが来てるらしいよ」
     翔とカレークックの脇を、反対側に歩き通過して行く若いカップルの彼女が、彼氏相手に話すのが翔の耳に飛び込んで来た。
     マイケル…、マイケル・ジャクソンって、なんかめちゃ有名な、あのアメリカの歌手のことかな?
     翔が、記憶をフル回転で辿る。

    「ねえねえ!」
    「うん?」
    「今通り過ぎたカップルのお姉さんの方が、マイケル・ジャクソンが今このテレポートステーションに来てるらしいって彼氏に話してたのが聞こえたよ。カレークックには聞こえた?」
     翔が目を大きく見開きながら、カレークックにそう尋ねた。
    「いや。聞こえなかったよ」
    「そうなの?」
    「あぁ…。さっきテレビ局のスタッフらしき女性が、マイケルと言っていたから、たぶん本当の話なんだろうね」
     カレークックのこの言葉により、現実のパズルのピースが出揃い、事実を浮かび上がらせて行く。
    「もしマイケルが来てるなら、どこかにコンサートに行く為にこのテレポートステーションを利用しているのかもしれないね」
     翔が、確信めいた声で話す。
    「だな」
     カレークックは大きく頷いた。

    「地球で生活していて、普段経験出来ないことが、このツアーでは沢山起きそうだなあ。もう既に、ホームズさんやハドソン婦人に出会えたり、マイケル・ジャクソンが来てるらしいなんて場面に遭遇したりと、普段経験出来ないことが起きたよ」
    「はっはっ!愉快な旅だね」
    「うん!!このツアーは、貴重な体験を僕に与えてくれるなあ」
     翔は、辺りをキョロキョロ見渡しながら、ツアーの実況中継を続けている。

    「このテレポートステーションは、地球人以外にも、他の星に暮らす存在が利用しているよ。人間に見えて、実は人間ではない存在もいる」
    「えっ!!そうなの?」
    「ああ。実はそうなんだ。人間に極めて近い外見をした異星人達もいるから、地球人と見比べて、なんら見分けがつかないようだよ」

    「うわー!そうなんだ!めちゃ凄い大スクープだよ」
     翔が感嘆の声を挙げる。
    「はっはっ!めちゃ凄い大スクープだな」
     カレークックが相槌を打ち、続ける。
    「この話を小学校のクラスの皆なんかが聞いたら、大騒ぎになるんじゃないかなあ」
    「だね。きっと」

    「えっ?!…まさか…」
    「どうしたね?」
     突然考え込んだようなしかめた表情になった翔を、カレークックが気遣う。

    「あぁ…。う、うん」
    「ああ」
    「あのさ。カレークック」
    「なにかな?」
    「いや。まさかと思ったんだけど、テレポートステーション内に、なんかやたら背の高いシルバーっぽい髪のお兄さんやお姉さん達がいて、外国人だなって思って見てたんだけど…。もしかしてさあ。宇宙人って、あの人達のことかなって思ったよ」
    「おお!翔君、やるね」
    「えっ!?ってことは…」
    「ああ。ズバリ、正解さ」
    「やっほー!!そうなんだね」
     翔が飛び上がり、ガッツポーズする。
    「ハッハッ!見事正解だな。私も彼らの姿を見ていたが、彼らはプレアデス星人だよ。翔君に、彼らの正体を明かそうかとも思ったが、驚かせ過ぎてもいけないかなと思い、様子を見ながら段々話すつもりていたよ」
    「そうだったんだね」
     翔がニコニコしながら頷く。
     カレークックが急に真面目な顔になり、口を固く結ぶ。そして、一瞬の沈黙を破り、凛とした表情で続けた。

    「ここは、地球の常識が通用しない世界さ。地球人で、余り真面過ぎる人には着いて来れない、非常識で理解し難いように思えることだらけかもしれない。普段の当たり前が覆されるから、どう受け止めるべきか分からず、落ち着かなくなり、不安が先立って来て、ハートを閉ざしてしまいがちになる世界になるように思うよ。そういう人は、この場所にやって来ることが出来ない。意識が隔たり過ぎていて、この世界の次元に身を置くことが出来ないんだよ。周波数が違い過ぎて退け合ってしまうという、実に科学的な話なのだが、まだ地球の科学は、その原理を地球市民レベルで伝えてはいない。どんなに不思議に思えることも、自然科学の分野に属すのだが、科学力が追いついていないと、オカルトや宗教の話と混同してしまい区別が出来なくなってしまう。きな臭い話だと、オカルトや宗教かと人は怪しみはするが、人は本来的に真理を追求したいから、オカルトや宗教がその心理を逆手に取り、お金や何か利益を生もうとして利用していて、沢山の人が、どんなに用心していてもその罠にまんまと嵌ってしまうんだ。ちょっと難しい用語混じりで、翔君には、まだよく分からない話かもしれないね。すまない。遂熱くなり、一気に話してしまったよ。私は話し下手でね」
    「いや。話し下手なんて。楽しく聞いてるよ。確かに難しい言葉があり、よく分からない部分があったけど、でも惹かれるって感じかもしれないよ」
    「ほう!それは素晴らしい兆候だよ!」
    カレークックが右手の拳で、左の掌をパンッと打ち鳴らした。
    「そうなの?」
    「ああ。Very Good!波動で感知し受け止めてる状態だな」
    「波動?」
    「ああ。波動だよ。意味なんて分からなくても、フィーリングで対処出来ているってことになるように思うよ。頭でっかちだと難しいのだが、翔君は感性で話に着いて来ていると思う」
    「そうなんだ…。うーん。何となくわかる気が…、するかな」
    「フッフッ」
     カレークックが笑い、頷く。

    「これは我々が幸福を求める上で、理解して行かなくてはならない難しいテーマの話だと思う。この話を普通に聞けてる君は、地球市民代表のポープなのだろうな。こういった話を、翔君みたいに心で感じて受け止めることが出来る地球人は、まだまだ少ない。たぶん翔君なら理解出来ると思うが、例えば、地球に元々暮らしていた生命の種族が、進化の道のりの途中で惑星を乗り換えて、今は地球外生命体として別の星に移住していて、より高い知性を持つ存在となり暮らしているということもあるんだ。そして、地球を改めて訪れることもある。地球からテレポーテーションをして、地球以外の星に移住し、進化の歩みを続けている生命達もいるのさ。色んなケースがあるよ。難しい話かもしれないが、分かるかい?」
     カレークックが翔に、宇宙の常識について簡単なレクチャーを施した。
    「なる程ね。カレークックが今話してくれたことの中で、言葉が聞き慣れなくて良く分からない部分があったけど、何となくフィーリング的って言うの?話を大まかには理解出来た気がするよ。そう説明を受けると、納得出来ることばかりだったよ。僕は、結構頭は柔らかい方なんだろうと思う。今の話に着いて行けてると思うよ」
     翔が返答した。
    「翔君の知らない未知なる世界へようこそ。一九八五年には知られざることが、色々あるツアーになるだろう。楽しんでおくれ。じゃあ、あっちを少し覗いて行くとするかな」
     カレークックはそう言って、通路が別れている、さっき来る時には素通りした通路へと歩き出した。
    「翔君。こっちへ来てごらん」
     カレークックが翔を誘導し、翔は言われるままに後を着いて歩いた。


     長いエスカレーターがあり、カレークックの後翔も乗った。
     段々に上って行くと一面ガラス張りとなった窓から外の風景が望めた。まるで巨大な空母のようで、飛行機が離発着する滑走路のような物が翔の視界の先に広がって見えた。巨大要塞としてこのテレポートステーションが存在していることを、その風景を見ながら翔は感じていた。

     翔はエスカレーターを下りた後、自分を誘導して行くカレークックの背中を追い通路を歩き進んだ。
     すると、PLANET EARTH JAPAN銀河国際空港展望室との壁の表示案内を、翔は見つけた。
     展望室入り口が、側にあるのが見える。
    「カレークック。あれは何て読むのかな。プラネット…、えっと」
     翔は、壁の表示案内の一つの英単語の読み方が分からず、言い淀んでいる。小学四年生の時習ったローマ字の読み書きは余り得意ではなく、たぶん自分は、英語は益々苦手なのだろうなと思いが巡る。
    「アース。プラネットアースだよ」
     カレークックが助け舟を出す。
    「あー。あれはアースと読むんだね。アースって、地球という意味だったよね」
    「ああ」
     カレークックが、更に続ける。
    「壁の案内表示にあるように、ここはプラネットアースジャパン銀河国際空港だよ。翔君がここを見学すると、色んな発見や学びがあるんじゃないかと思い、やって来てみたよ」
    「そう思ってくれてたんだね。有り難う。見学し甲斐があり、随分勉強になりそうだよ。プラネットアースジャパン銀河国際空港ってことは、じゃあ、ここは地球ってことか…。テレポートステーションがあるここは、僕には地球ではないような不思議な世界に思えていたよ。この場所は、どういった説明が付くのか分からないけれど、地球に存在しているんだね」
     翔が、抱えていたちんぷんかんぷんな謎について話した。
    「うーん。これは大人でも、かなり理解するのが難しい話になると思うよ。実は私も、何と説明して良いか分からないんだ。次元についての話で、科学者に講義でもしてもらわなくては、なかなか理解するのは難しい話になるかもしれないな」
     カレークックが答える。
    「そうなのかあ。まあ、何だか良く分からないけど地球なんだね。分からなくても分かったよ。今はそれでいいや」
     翔が答えた。
    「マスコットタウンは、五次元にあるって話しだったよね。地球ではない場所にあると思い込んでたんだけど、五次元となった地球にあるのか、それともまるで違う場所にあるのか、良く分からないんだ。マスコットタウンは、どこにあるの?」
     翔が率直に尋ねる。
    「なかなか鋭い質問だね。この話にはパラドックスと呼ばれている、一見矛盾する現実が存在しているのだが、マスコットタウンは、地球であって地球ではない場所に存在しているんだよ」
    「地球であって地球ではない場所?…」
    「ああ。正確には、翔君が知っている地球ではない場所という意味なんだがね」
     翔が頷く。
    「マスコットタウンのある星は、PLANET COMICという名の天体であり、コミック星と呼ばれているよ。このコミック星は、地球に瓜二つの地球と双子の惑星になる。地球人は、まだ発見していないが、科学が進歩したら、段々コミック星の存在を認める知見が、巷にも溢れ出して来る筈だよ」
    「なるほど」
    「そうなるまでには、まだかなり時間が掛かるだろうがね。コミック星と地球の二つの惑星は、それぞれ別の次元に重なり合いながら現在存在している。私にも良く分からない話なのだが、コミック星と地球という二つの惑星の進化の道のりが違ったということになるらしい。地球の進化した姿がコミック星であり、二つの星は違う別の星でありながら、同じ星なのだという科学的な説明が付くということになるらしいんだ。私が翔君に教えてあげられるのは、ざっとこんな所かな」
     カレークックが、ざっとレクチャーした。
    「そうなんだね。コミック星かあ。宇宙には生物の暮らす色んな星が、きっと沢山あるんだろうね」
     翔の話を、カレークックは、うんうんと無言で頷きながら聞いていた。
     そして、答えた。
    「未知なる宇宙には、我々には分からないことが沢山あるよね」
    「きっと、そうなんだろうね」
    「翔君が言うように、宇宙には生物の暮らす色んな星が、きっと沢山あるのだろう。私もそう思うよ。話のついでに言おうと思うのだが、コミック星は、地球のレプリカと言っても良くて、地球文化の継承に努めているよ。特に日本のアニメ文化の継承に努め、アニメ五輪という名前の国際的なオリンピックが、四年に一度開催されていて、アニメを通して世界が切磋琢磨し競う祭典を、我々は平和的に楽しんでいるよ」
    「なんだか楽しそう!」
    「マスコットタウンは、地球で言えば、日本の首都東京に当たる場所になる。日本語が普通に使える国なので、他者とコミュニケーションを取ったり、生活する上で、問題はないよ。国名も日本と言い、コミック星にある全ての国も、全部地球と同じ国名となっているよ」
    「へえー。そうなのか。カレークックとキン肉マンが着いていてくれるから、何も心配せずにこのツアーに来てたけど、そういうことになっていたんだね」
     翔が、首を何度も縦に振り、頷く。


     展望室の横には、TWIN STORYという名前の喫茶店があった。
    「翔君。そこにあるツインストーリーという名前の喫茶店は、空港が見渡せて見学が楽しめるから、何か飲み物でも飲み、休憩しながら、あの店で空港見学をしようか?どうだね?」
     カレークックが翔に尋ねる。
    「うん。OK!そうするよ」
     翔が即答した。
    「私は、以前ここに来たことがあるんだ」
    「そうなんだね」
     カルークックが、さあ、行こうと、店の方へ腕を振り、ゼスチャーを残して歩き始める。


     翔はカレークックの後に続き、ツインストーリーの自動ドアから入店した。
    「いらっしゃいませ!!」
     女子高生風のアルバイトらしき女性店員が、カレークックと翔の接客をし始め、明るく声を掛けた。


     カレークックは、見晴らしの良い、一面ガラス張りになった、窓辺のスタンド席に翔を誘導し腰掛けた。
    「この席で良かったかい?」
    「うん。最高に良い眺めの席だね」
     翔が、改めて深く腰掛け直す。

    「えっ!!!カレークック、カレークック!!!あれはUFOだよね?」
     窓の外に現れた未確認飛行物体に、翔が気付き、驚いた様子でカレークックに尋ねた。
    「ああ。翔君、あれは確かに未確認飛行物体じゃないかと私は思うのだが、どうだね?」
     カレークックが、翔に微笑み掛けながら返答した。
    「すげー!!本物だね。正にあれは。こんなの普通に見れちゃうのかあ、ここでは。ビックリしてるよ」
     翔はテンションが上がりっ放しのまま、興奮した声でそう言った。

     すると、先程カレークックと翔が入店時に接客し、声を掛けて来た女性店員がやって来た。
    「いらっしゃいませ。御注文は何に致しますか?」
     店員は、お盆に乗せ運んで来た、水と氷の入った二つのグラスを、カレークックと翔に順番に差し出し、机に置いた。
    「ああ。私はピーチカクテルを頼もう。翔君はどうするかね?」
    「えっと。僕はピーチスカッシュ!」
    「かしこまりました」
     店員は、オーダーを取ると、お盆を持った手を前で重ね、頭をペコリと下げ、厨房へと戻って行った。


     翔とカレークックは、席に深々と掛け直しながら、リラックスタイムを過ごし始めた。
     が、翔にとっては、リラックスしてなどいられなかった。何せ、見晴らしの良い一面のガラス張りの窓からは、見たことのなかった初体験中のUFOの離発着する所が見えているのだ。翔が興奮するのは、当たり前のような状況だった。
     優雅なる時の流れる喫茶店にいるのに、UFOが離発着しているという斬新な光景が繰り広げられていて、とても不釣り合いに翔には思えた。
     空に浮いているUFOは、パッパッと瞬間移動したり、ゆっくり飛行し出したかと思うと、今度は、突然高速移動を始めたりと、地球の乗り物にはない動きをしていた。
    「どうだい、翔君。本物を見るというのは、実に勉強になるものだと私は思う。翔君には、沢山何かを感じて、このツアーをエンジョイして欲しいと思っているんだよ」
     カレークックが、翔に言葉を投げ掛けた。
    「何となくこんな世界がどこかにある気がしてたけど、やっぱりあったんだなと思いながら見ているよ。人生って、何が起きるか先のことは、本当に誰にも分からないんだね。今日は、凄い一日になっているよ」
     翔がそう話していると、UFOが着陸した。
    「ワァ!UFOが着陸するシーンを、初めて見たよ。あんな風に着陸するんだね。フワッと静かな感じだったなあ」
     翔は、初めて目撃したUFOの着陸シーンへの感想を口にした。
     マスコットタクシーが停車する時と、それは何となく似ていた。
    「ああ。高度な文明マシーンになる程、精妙で静かになるようだね。人であっても、知性が高い人は、無口で静かな面があるような気がするよ」
     カレークックが答えた。

     翔は、着陸後のUFOの様子をじっと見つめていた。
     すると、プラネットアースジャパン銀河国際空港へと、UFOの搭乗者一行を迎える通路が、空港係員達により繋がれた。通路には、窓ガラスがあり、中が覗けた。
     そろそろUFOの中から、宇宙人達一向が下りて来るのかな?
     翔はそう思いながら、一体どんな生物が出て来るのかと、想像を巡らせ、ワクワクし、胸が高鳴っていた。
     すると人影が…、いや。
     エイリアンの影が見えた!!!

     超常現象を特集した本で見たことのある、頭でっかちなエイリアン達の姿がそこにあった。
     UFOから下りて来た五体のエイリアン達は、青い肌をしていて、長身に見え、静かに歩く印象に見受けられる。エイリアン達は、映画のシーンのように、大層な登場の仕方をする訳ではなかったが、それにしても凄い光景を見たという気持ちに変わりはなかった。
     未知との遭遇。
     今日は翔の記念日となる。

    「あれは、アークトゥリアンだよ」
    「アークトゥリアン?…」
    「ああ。うしかい座の星系で、アルクトゥルス出身の高次元存在達だよ」
    「アークトゥリアンが普通に歩いて来ている所を、こうして見ていたり、プレアデス星人に遭遇したり。こうなって来ると、もういちいち驚いていても仕方ないような気持ちになって来たよ」
    「ハッハッ!だね」
    「だけど、驚いちゃうんだけどね。まあ、宇宙人からしたら、僕が宇宙人になる訳だし、初めて出会ったら、珍しく思うのは、たぶんお互い様ってことなのかな?アニメのアラレちゃん用語を使い、今の気持ちを表現するとしたら、ビックラこいたってことになるかな」
    「ビックラこいたよね。分かるよ」
    「アラレちゃん音頭が、頭の中に鳴り出すような、何だかお祭り騒ぎで、はしゃぎ出したくなるような、めでたい気分だよ。知的生命体との対面っていう経験になるんだよね。凄い体験を、今正に僕はしているんだよね。何だか夢でも見ているかのような気持ちだよ」
     翔の頭は、オーバーヒート寸前のようでいて、ちゃんとクールに働いてくれているようだった。
     翔は、もういちいち驚いてもいられない程、新しい体験のオンパレードだが、やはり驚く。目の前で繰り広げられて行く、初めての体験に圧倒されるような気持ちでいた。


     すると、今度は空から戦艦が舞い下りて来るのが見えた。
    「えっ!!あれは、アニメ宇宙戦艦ヤマトのヤマトじゃない?!」
     翔は驚いた様子で、声を挙げた。
    「そうだろうね。アニメランドの住人達も、私や、キン肉マンや、先程通路で擦れ違ったホームズさんとハドソン婦人同様に、ここを利用しているから、偶然出会うことがあるんだよ」
     カレークックが自然に答える。
    「なるほど。これは、ごく普通のことなんだね」
     翔が大きく息を吐く。

     ヤマトは、プラネットアースジャパン銀河国際空港に舞い下りた。
     すると、更にガンダムが空から舞い下りて来た。
    「ワァオ!!今度は、アニメ機動戦士ガンダムのガンダムが登場したよ」
    「もう驚きが止まらないね!」
    「うん!!すっごく楽しい世界だなあ。超カッコブーだね。感動するよ。ガンダムってことは、アニメの流れからすると、アムロが操縦してるのかな?アムロに会ってみたいな」
    「ヤマトやガンダムは、このテレポートステーションから別の次元に移動して、何かの任務に当たっている最中だと聞いているよ。アムロ君のことを、私も少しは知っているが、カッコいい魅力的な男だと思うよ。多くの人が、アムロ君を男として認めているのかもしれないね。翔君がアムロ君に会いたいと思うのは、そんな理由からかな?」
    「うん!そういうことなんだろうね。きっと。僕の心の中で、アムロはヒーローだな」
     カレークックが頷く。

     ガンダムが、プラネットアースジャパン銀河国際空港に舞い下りていた。
     カレークックと翔は、店内に流れるジャズのリズムに身を任せながら、窓の外の移ろいゆく風景をぼんやり見つめている。
     やがて、ヤマトの乗組員達が、デッキにチラホラ姿を現し出した。
     翔は、ヤマトにそんなに詳しくはなかった。翔の直ぐ分かるキャラクターの姿は、遠くから見る限り見当たらない様子だった。
     そうしていると、ガンダムのコックピットから人影が下りて来るのが見えた。
    それは、明らかにアムロだった。
    「ワァー!!あれはアムロだ。ガンダムに乗ってたのは、アムロだったんだね!!本物を見れて嬉しいなあ」
     翔が感激した様子で声を挙げた。
    「アムロ君が、ガンダムに搭乗してたか。絵になるなあ。ドラマチックな雰囲気が堪らないね。翔君は、きっと男のロマンを感じ、アムロ君の戦士としての生き様に痺れているのではないかな?」
    「うーん。カレークックの言ってる意味分かるなあ。男のロマンを感じるし、アムロの生き様
    に痺れている所は、大いにありだと思うよ」

     アムロはプラネットアースジャパン銀河国際空港に下り立ち、空港係員達の男性と何か話し始めた。


     先程オーダーを取りに来た店員が、お盆にカレークックと翔の飲み物を用意し、やって来た。
    「御注文のピーチカクテルと、ピーチスカッシュをお持ちしました」
     店員はそう言い、カウンターに飲み物を置いた。
    「有り難う」
     カレークックが礼を言う。
     翔は、カレークックのその言葉に連なり、店員に頭を下げた。
    「御注文は、以上で宜しいですか?」
    「ええ」
    「御ゆっくり御寛ぎ下さい」
     店員はそう言うと、頭を下げ、立ち去った。


     空港係員達の男性と、暫く立ち話をしていたアムロが、話終えて、ガンダムのコックピットに乗り込んだ。
     翔は、ピーチスカッシュを飲みながら、その様子を見ていた。
     ヤマトのデッキにチラホラ現れていた乗組員達も、船内へと姿を消して行く。
     そして、ヤマトが空へと浮上して行く。
    「ヤマトが出発したようだね」
     翔がそう言った。
    「ああ」
     カレークックが答えた。

     ヤマトは、三十メートル位浮上した所で、停まる。そして、側の空に口を開き現れたポータルの中へと進み、姿を隠して行く。船の全てが隠れ、そしてポータルが消滅した。
    「ウワー。ヤマトはテレポートしたのかな?」
     翔が、興味深気に疑問を口にする。
    「ああ。どこかに、何かの任務の為向かったのだろうね」
     カレークックが答える。

     後を追うようにして、ガンダムも空に浮上した。
    「今度は、ガンダムも出発したようだ。アムロとの別れだ。束の間の出会いだったのが残念だなあ」
    「ああ。またアニメランドで、アムロ君に会えたらいいね」
     ガンダムもヤマト同様に、三十メートル程浮上した地点で、現れたポータルの中に進み、姿を消した。

    「僕の知らなかった世界が、目の前で展開していて、この宇宙にあるのだろうと想像している、様々な現実に思いが巡るよ。貴重な体験だなあ」
     翔の言葉に頷くカレークック。
     翔とカレークックは、窓辺のスタンド席に肩を並べ座り、それぞれ飲み物を口にしている。

    「翔君にとっては、常識がひっくり返るようなことが多いこのツアーになるのだろうな。まだまだ、こんなことが続いて行くことになるのだろう。まあ、三日位すれば、段々落ち着いて受け止められるようになるかもしれないな」
    「そうかあ」
    「それまでは、暫く急激な現実の変化に、気持ちが着いて行けず、慣れなくて、心が不安定になることもあるかもしれない。無理するのは大変だと思うから、何か困ったことが起きて来たら、私に相談して欲しい。何か助けになれるかもしれないからね。分かったかい?」
    「了解だよ。お爺ちゃんが何かに驚き腰が抜けて歩けなくなっているのに似た感じで、たぶん今僕の心は、UFOや宇宙人を見て驚き、腰を抜かし歩けなくなっているような状況にあるのかもしれない。何だが楽しいなー。メルヘンランドのお花畑にいるみたいな気持ちだよ。常識がぶっ壊れるって、ある種痛快なんだなあ。最高の一日で御座いまする。アニメのキャラクターや、アニメに登場する物に出会った時の驚きは、UFOや宇宙人を見掛けた時の驚きとは、また違った驚きみたいで、腰が抜けるような驚きではなくて、体に何か困った影響が出ることはないみたいだよ。腰が抜けるような驚きは、動き難くなるかもしれないから困ることがあるかもしれないな」
     翔は、今の心情を思いのままにカレークックに語った。
    「それだけ語れるなら、大丈夫そうだな。天晴れ、翔君!いい線行っているぞ。なかなか大したものだよ。じゃあ、立って歩けるならば、そろそろ行くかい?私と翔君の帰りが遅いと、皆を心配させるかもしれないからね」
     カレークックはそう言い、ピーチカクテルを飲み干した。
     翔は、ツインストーリーを出る準備を始めたカレークックの様子を見て、ピーチスカッシュを飲み干し、帰り支度をした。
     カレークックは、翔の様子を見ながら、大丈夫だと思ったらしく、店の出入り口付近にあるレジで会計を済ませる為、席を立ち歩き出した。
     翔は、ヨボヨボのお爺さんのような真似をし、よっこらしょと言いながら席から立ち上がった。
     それから翔は、しゃんと姿勢を正して、一機着陸していたUFOを、最後に一目見て、記憶深くに焼き付けてから、カレークックの後に続き歩き出した。


     ツインストーリーを出たカレークックと翔は、元来た通路を逆戻りして行った。

    「只今!皆待たせたかな?」
     カレークックが、キン肉マンと夏木に帰りを伝えた。
     皆と別れた場所に、既にキン肉マンと夏木はいた。
    「お帰りー。我々は、適当に寛ぎながら休憩して過ごしていたよ。丁度いいタイミングでのお戻りだな。用は無事済んだかい?」
     キン肉マンが返答する。
    「ああ。上手く用事が済んだよ。では、またツアーの先へと、レッツゴーとしましょうか」
     カレークックが親指を立てた。


     パーキングエリアのマスコットタクシーまで戻ると、また最初に乗ったそれぞれの座席に、翔達一行四人は乗り込んだ。
    「皆様、それではタクシーでのツアーを再開致します。シートベルトを御着用下さいませ」
     夏木が、ガイド役を務め始めた。
     そして夏木は、マスコットタクシーのエンジンを掛けた。
    「では、発車致します」
     夏木がそう言うと、タクシーがふわっと宙に浮き上がり、滑らかな走行を再開した。


     テレポートステーションの敷地内には、滑走路になったエリアがあり、夏木はタクシーをそのエリアに乗り入れた。
     滑走路には、番号がそれぞれ振られている。
     夏木は、ハンドル付近にある画面で、何やらやり取りを始めたようだった。そして、三番と書かれた滑走路へと進んだ。

    「では皆様、いよいよテレポートに入ります」
     夏木がそう言うと、滑走路の先にポータルが現れ始めた。タクシーは、緩やかに加速し、ポータル内へと進む。

     フロントガラスに、見覚えのない街の姿が遠く広がっている。
     テレポートステーションとは、明らかに違う別世界だった。
    「ワオー!!」
     翔は、未知なる体験に息を呑み、驚きの声を小さく漏らした。なんだろう。この清々しさは。空気感が違う。翔はそう思った。

    「皆様、無事マスコットタウンにあるテレポートステーションに到着致しました。これからホテルへと向かいます」
     夏木は手慣れた風に、淡々とガイドを続けているように、翔は感じていた。


     マスコットタクシーは、テレポートステーションを出て、市街地を走り続けていた。
     ホテルまでの道のりの間、マスコットタクシーの車窓から見るマスコットタウンの街並みは、実にカラフルで、何だか愉快な気分になると翔は思っていた。
     暗い色合いの建物はなく、春爛漫で、花が咲き誇っているかのような陽気で明るい色調の建物が、通りにはズラリと建ち並び、夢の国といった印象を受けながら見つめていた。

     街通りを行き交う車は、マスコットタクシー同様に、やや宙に浮き滑るように走行していた。
     マスコットタウンは、大都会だが、ゴミゴミとした感じはなく、ゆったりとした都市空間が、そこには広がっていた。
     環境への配慮の意識が、相当に高そうだと翔は思った。通りには、ゴミ一つ転がっていない様子だった。暴走族の残した壁への落書きとか、路地裏に吹き溜まる社会の皺寄せみたいなものの山積する気配がなくて、クリーンなイメージが保たれている印象を翔は受けていた。


     途中、MASCOT TOWN LITTLE PEACH甲子園と書かれた野球場の脇の道を、マスコットタクシーが通過して行く。
     ドーム球場のようだ。

    「ワァー。こんな所で野球が出来たらいいだろうな。リトルって書いてあるようだけど、ってことは、少年野球の為のスタジアムということなのかな?」
     大の野球好きであり、リトルリーグチームに所属していた翔は、夢のスタジアムを目の当たりにして、感想を口にした。
     そして、キョロキョロと忙しなくスタジアムを見渡している。
    「ハッハッ!翔君は、野球少年だったよね。翔君の想像通り、このスタジアムは少年野球専用としてオープンしているんだよ。翔君が、こんな所で野球が出来たらいいだろうなと今話してたが、それは夢ではない話になるかもしれないぞ」
    「え!!?それはどういうこと?」
     目をパチクリとする翔。
    「実は、この球場で翔君がプレー出来るチャンスの話があってね。翔君に、リトルピーチ甲子園で野球をしてもらうことこそが、君をこのマスコットタウンへと招待した、一番大きな理由なんだ」
     カレークックが翔に真実を伝えた。
    「えっ!!それって本当なの?だとしたら凄く嬉しいんだけど。やったー!!!」
     カレークックから話を聞いた翔は、心から喜んだ。


     マスコットタクシーは、リトルピーチ甲子園の脇の道を通過し、翔はスタジアムが遠去かって行くのを名残惜しく思っていた。
    「翔君には、またホテルに着いたら、詳しく今言った話をするよ。それまでお楽しみにして待っていておくれ」
     カレークックが、翔の胸の内を察し言葉をかける。
    「うん。何だか夢のような話だよ。詳しく話を聞けるのを楽しみにしているよ」
     翔は、弾む胸を踊らせていた。


    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門



    応募作品「LITTLE PEACH甲子園」を読んで頂き、有り難う御座います。
    この作品は28個のコンテンツから構成していて、審査対象辺りまでの8個目までを記載しています。

    小説と同タイトルの音楽アルバムを制作中で、審査の際の参考になるかなと思い、テーマ曲をYouTubeに投稿して、そのYouTubeと歌詞を、この投稿にて一緒に紹介したかったのですが、YouTubeの方は投稿が間に合いませんでした。
    歌詞だけでも紹介しておきます。
    タイトルは、「LITTLE PEACH甲子園」です。



    ある夜魔女に呪いをもらう
    駄菓子 おじくじの文房具店前のガチャハンドル回した
    郵便屋さん バス 人目避け
    カプセルを飛び出すキン肉マン
    うちへ急いだ ポケットのHero キン消しはリアル
    カレークックMamaに 双子の惑星 Mascot Townへ招待された Yeah!
    Little Peach甲子園 Wow Oh Oh 白球空へ舞い上がる Wow Oh Oh
    Little Peach甲子園
    愛と夢のスタジアム

    クラスの窓際 教科書落書き
    頬杖 チョーク飛んで来た オアシスはファミコンだった
    マウンド 陽炎 大観衆
    バックスクリーンに Aquamarines Nine
    ロージンバッグに滴った汗 スタンド カメラクルー
    団扇の花咲く Big Wave 輝く太陽 高き青空 Yeah!
    Little Peach甲子園 Wow Oh Oh ペンライト ユニフォーム ペイントの少女達 Wow Oh Oh
    Little Peach甲子園
    夜空 星を掴むまで


    Starting Member Ready GoOh Ready Go
    真紅の優勝旗 風はためく プレイボール Fanfare Go!Go!Oh Ready Go!Yeah!

    Little Peach甲子園 Wow Oh Oh 白球空へ舞い上がる Wow Oh Oh
    Little Peach甲子園
    愛と夢のスタジアム
    延長戦 栄光の未来よあれ!

     
     
    シンガーソングライター。 故郷の広島にて、ソロとバンドフレンチトーストで活動中。 レプリコンワクチンの接種への危惧から、レイシズムの幻影というタイトルの文章作品を制作し公開しています。(固定された記事です)是非読んで行って下さい。 僕の音楽はYouTubeで視聴出来ます。

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