
美術部の姫だった頃の話
高校時代、私は美術部で「姫」と呼ばれていた。
姫といっても、美人だとか、人気者だとか、ましてやサークル・クラッシャーだったわけではない。
中学生のころ「下妻物語」と「ローゼン・メイデン」に強く衝撃を受け、ロリィタにすっかりハマってしまった私は、いつでもどこでもピンク色のフリルのついた日傘を差して歩き、学校では両親を「お父様、お母様」と呼び(家では「母ちゃん」と呼んでいるのに)、たまに語尾に「なのだわ」をつけて喋っていた。一度だけ友人に怪訝な表情で「それ、ローゼン・メイデンの真紅の影響だよね?」と聞かれたが、しらを切った。
何がきっかけだったかはもう忘れてしまったが、後に"騎士"となる同じ美術部員の女子がそんな私を「姫」と呼ぶようになった。そしてなぜか美術部員全員に当然のように受け入れられた。
当初私がお嬢様言葉を話し始めたきっかけは、「女の子らしくすることでモテる」と本気で信じていたからだ。実際は全くモテていなかったわけだが、部室に来れば姫扱いされるので、良い気分になり、「モテる」という目的を忘れた。
本気で似合うと信じていたので、髪型は常にハーフ・ツイン・テールかワンサイド・アップだった。

ハーフ・ツイン・テールをしていると、「ミサミサを意識しているの?」と聞かれることがあったが、当時の私は一切少年漫画を読まなかったため、ミサミサのことを全く知らず「ごめん。知らないんだ〜」と答えていた。多分嘘だと思われていたと思う。
当時KERAを愛読していて、AMOちゃんというモデルに憧れていた。AMOちゃんはメイクのページで「眉毛を脱色しています」と書いていた。私はメイクもしないのに眉毛の脱色だけを週に一回せっせと行った。その結果、写真では眉毛がほぼ消失している。姫というより、プロレスラーのようだ。滅多に容姿に言及しない"お母様"からは「(眉毛を脱色するのは)みっともないからやめなさい」と言われた。

美術部のみんなは最後まで私を姫として扱ってくれた。
「お父様、お母様」と言おうが、一部の部員で姫と騎士ごっこをしていていようが、部員たちは「そういう人なんだな」という温度感で完全に受け入れていた。むしろ全員が私を「姫」と呼んでいた。両親が教師で真面目に美術をやっていた、K田くんでさえ。
最終的に部長となったが、卒業するその日まで私は姫だった。
美術室を一歩出れば、私はほとんど存在感のない生徒だった。クラスでは息を潜めて、昼食のときは美術室に逃げていたし、当然男子からモテることもなかった。
しかし、放課後に美術室に足を踏み入れれば、"騎士"の部員は跪いて「ようこそ、姫」と迎えてくれる。
高校時代の私は、とにかく「普通になりたい」「モテたい」だけが全ての願いだった。その結果やったことが
・ピンクのフリフリの日傘をどこにでも差していく
(当時の秋田では普通の日傘すら誰も差していなかった)
・親の呼び方や、語尾を変える
・部室で「姫」と呼ばれることに疑問を持たず、姫と騎士ごっこをする
だった。
普通とは何か、モテるとは何か。
今もよくわかっていないが、少なくとも上記の行動を全てやめたあとに結婚できたのは、紛れもない事実である。