
白衣のつづき ―第四話―最終話
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定年まで、あと数年というところまで来ていた。
これまで、何百人という子どもを診てきた。大半は、名前も、病名も、時間の経過とともに記憶から薄れていく。それが悪いことだとは思っていない。目の前の患者に、その都度ちゃんと向き合ってきた証拠のようなものだと、自分では捉えていた。
その春、新しく赴任してきた小児科医がいた。名字は、事前の紹介で「佐藤」とだけ聞いていた。ありふれた名字で、特に気に留めることもなかった。
初出勤の日、朝の申し送りで、本人が挨拶をした。
「本日より着任します、佐藤湊です」
その、下の名前を聞いた瞬間、まさか、とは思った。ただ、湊、という名前自体は、それほど珍しいものでもない。同じ名前の、赤の他人という可能性の方が、むしろ自然だった。確かめるには、本人に聞くしかない。ただ、日々の業務に追われる中で、そのタイミングがなかなか作れずにいた。
湊は、着任初日に、芦田先生の姿を見つけていた。
回診の列の中に、あの人がいる。面影は、記憶にあるものより、ずっと老けていた。それでも、間違えようがなかった。
声をかけようとして、喉のところで止まった。二十年近く前、自分がここで長い入院をしていたこと、しりとりに付き合ってもらったこと、生検の前夜に病室に来てくれたこと。全部、鮮明に覚えている。それでも、いざ口にしようとすると、うまく言葉が出てこなかった。
新米の医師が、いきなり「昔の患者です」と名乗り出るのは、どこか馴れ馴れしい気がした。それに、芦田先生にとって、自分はきっと、大勢診てきた患者の一人でしかない。覚えていないかもしれない。忘れられていたら、それはそれで、なんとなく気まずい。
言い出すタイミングを、湊は何度も探した。回診の後、休憩室で二人きりになった時、当直明けの廊下ですれ違った時。その度に、他のスタッフが通りかかったり、次の予定が迫っていたりして、結局、言い出せないまま日が過ぎていった。
ある日の回診で、その医師が、幼い患者の手首を、指で軽くつまむように触るのを見た。
モニターには、すでに脈拍の数値が表示されている。それでも、指で確かめてから、数字を見る。
その仕草を見て、まさか、という思いが、また少し強くなった。自分が長年、ほとんど無意識にやってきた仕草と、まったく同じだった。誰かに教えた覚えはない。ただの、自分だけの癖のはずだった。それを、この医師が、同じようにやっている。偶然にしては、あまりにも動きが似ていた。
それでも、確証はなかった。名前が同じで、仕草が似ている。それだけでは、本人に確かめる決め手には、まだ足りない気がしていた。
赴任してひと月ほど経った、ある夜のことだった。湊は当直で、芦田先生はバックアップ当番として、自宅で待機していた。
夜中、3歳の女児が、高熱とけいれんで救急搬送されてきた。単純型の熱性けいれんとして経過を見るには、いくつか気になる所見があった。けいれんが5分以上続いていたこと、けいれん後の意識の戻りが悪いこと、項部硬直を疑う所見があったこと。
湊は、髄膜炎の可能性を頭の隅に置きながら、抗けいれん薬を投与した。けいれんは治まったが、意識レベルは、まだ完全には戻っていなかった。
一人で判断するには、荷が重い状況だった。重症を疑う所見がいくつも重なっている以上、自分一人の判断だけで進めるのは危ういと感じた。何より、髄膜炎を疑う場合、腰椎穿刺(ルンバール)を含めた対応の判断が必要になる。躊躇している時間はなかった。
湊は、バックアップ当番の番号に、電話をかけた。
「夜分にすみません。当直の佐藤です」
「どうした」
芦田先生の声は、寝ていた様子もなく、すぐに応答があった。
湊は、症状と所見を、手短に伝えた。
「分かった。今から行く」
電話を切ってから、20分もしないうちに、芦田先生が病院に到着した。
二人で診察室に入ると、女児は、ぐったりとした様子でベッドに横たわっていた。母親が、青ざめた顔で付き添っていた。
「項部硬直、あります」
湊が言った。
「バイタルは」
「熱は39度台、意識レベルはJCSで一桁ですが、呼びかけへの反応は鈍いです」
芦田先生は、女児の様子を確認しながら、頷いた。
「髄膜炎を疑う所見だな。ルンバール、やろう」
「はい」
ルンバールの準備をする間、芦田先生は、母親に状況を説明した。
「髄膜炎の可能性があります。確定させるために、背中から髄液を採取する検査をさせてください。並行して、抗生剤の投与も始めます」
母親は、震える声で「お願いします」とだけ言った。
処置は、二人で手分けして進めた。湊が体位を保持し、芦田先生が針を進める。緊張感のある数分間だったが、無駄な動きはなかった。
採取した髄液は、すぐに検査に回された。結果を待つ間、念のため、細菌性・ウイルス性の両方をカバーする形で、抗生剤と抗ウイルス薬の投与を開始した。
その後、女児の状態は、少しずつ落ち着きを見せた。意識レベルも改善し、けいれんの再発もなかった。
「ICUまでは、いらないと思う」
芦田先生が言った。
「はい、一般病棟で、慎重に経過を見ます」
女児は、小児病棟への入院という形で、その夜の急変を乗り越えた。
すべての対応が落ち着いた頃には、夜中の2時を過ぎていた。ナースステーションの隅で、二人は、しばらく無言のまま、カルテの記載を終えた。
「お疲れさまでした」
湊が、そう声をかけた。
「湊」
芦田先生が、名字ではなく、湊、とだけ呼んだ。
湊は、その呼び方に、一瞬、体が強張るのが分かった。いつもの「佐藤先生」ではない、下の名前の「湊」。その違いに、心臓が跳ねた。
「はい」
「前から、聞きたかったことがあるんだが」
「はい」
「湊っていう、下の名前を聞いた時から、まさか、とは思ってたんだ。着任初日、自己紹介で名乗った時から、ずっと」
湊は、しばらく黙っていた。それから、確かめるように言った。
「俺も、初日から、芦田先生だって、気づいてました」
「そうか」
「ただ、いきなり患者でしたって言うのも、なんか違う気がして。タイミングも、なかなか掴めなくて」
「こっちも、同じだ。湊っていう名前だけじゃ、確証が持てなかった。それに、聞くタイミングが、なかなかなくてな」
二人は、しばらく顔を見合わせた。それから、どちらからともなく、少し笑った。
「大きくなったな」
芦田先生が、改めてそう言った。
「先生、全然、変わってなくて。回診で見た瞬間、分かりました」
「こっちは、指の癖で、余計に確信が強くなった」
「あ、気づいてたんですね、あれ」
「気づくよ、自分の癖だからな」
湊は、少し照れたように笑った。
「入院してたこと、俺、よく覚えてます。ステロイドで顔が丸くなった時、鏡見るの怖かったのとか、点滴の管が邪魔で寝返り打てなくて夜中に何度も目が覚めたのとか。今でも、たまに夢に見ます」
「そうか」
「ただ」湊は、少し表情を曇らせた。「ICUに入ってた時期のことだけ、あんまり覚えてないんです。前後のことは、こんなに覚えてるのに、そこだけ、ぽっかり抜けてる感じで」
「意識のレベルが下がってた時期だからな。無理もない」
湊が覚えていないその夜のことを、芦田先生だけが、はっきりと覚えていた。誰もいない廊下で、声を殺して泣いたことを。
「先生」湊が続けた。「俺、小児科医になったの、たぶん、あの入院がきっかけです。当時は、そこまではっきり自覚してなかったんですけど。医学部に入って、実習で小児科を回った時、なんか、ここだって思いました」
「そうか」
「先生も、なんでか、教えてくれなかったですよね。医者になった理由」
その言葉に、芦田先生は、少し笑った。
「まだ、覚えてたのか」
「忘れるわけないですよ、あんな何回も焦らされて」
「子どもの頃、近所に、話を最後まで聞いてくれる先生がいたんだ。それだけだよ、と昔言ったの、覚えてるか」
「覚えてます」
「あれは、噓じゃない。ただ、もう少しだけ話がある」
芦田先生は、少し間を置いてから続けた。
「小学生の頃、俺自身、溶連菌にかかった後、腎炎になったことがあってな」
「先生も、腎臓の病気だったんですか」
「湊ほど重くはなかったよ。入院もしてない。近所の医院に、しばらく通院してただけだ。血尿と、軽いむくみが出た程度で、数か月で治った。地味な病気だったし、周りも、そんなに気にかけてくれるわけじゃなかった」
「それでも、覚えてるんですね」
「その医院の先生だけは、毎回、ちゃんと話を最後まで聞いてくれた。地味な病気でも、ちゃんと向き合ってくれる大人がいるんだって、子どもながらに思ったんだ。派手な病気じゃなくても、ちゃんと診てもらえるんだって」
湊は、黙って聞いていた。
「それだけの話だ。大したきっかけじゃないと思ってた。だから、なかなか言えなかった」
「指で脈を確認する癖も、その先生から?」
「ああ。機械の数字だけを見るなって、よく言われた。数字になる前の変化に気づける方が、時々、命を救うことがあるって」
湊は、黙って聞いていた。
「今更、こんな話をするとも思わなかった」
「今更でも、聞けてよかったです」
湊は、そう言って、少し笑った。あの入院していた頃の、俯きがちな笑い方とは、違う笑い方だった。
「うちの親、たまに、あの病院どうしてるかなって話すんです」湊が続けた。「今度、先生がまだいるって言ったら、驚くと思います」
「元気にしてるか、ご両親」
「元気です。父は相変わらず仕事人間ですけど」
「そうか」
「先生」湊が、少し声のトーンを変えて言った。「これから、いろいろ教えてください。患者としてじゃなく、後輩としてです」
「教えることなんて、そんなにあるかどうか」
「絶対あります。今日みたいに、判断に迷った時、頼れる人がいるのは助かります」
「今日は、湊の判断が早かったから、間に合ったんだ。俺は、呼ばれて行っただけだよ」
「それでも」
芦田先生は、それに答える代わりに、少し笑った。
それから数週間経った、ある夜の当直で、湊が担当していた乳児の容態が急変した。芦田先生も、たまたま病棟に残っていて、処置に加わった。
「湊、こっちを頼む」
「はい」
乳児は、先天性の疾患を抱え、この数日、慎重に経過を見ていた子だった。急な呼吸状態の悪化に、両親は、処置室の外で顔を見合わせていた。
「酸素飽和度、下がってます」
「ルート確保、頼む」
「はい」
二人で対応にあたる間、指示のやり取りに、無駄がなかった。あの夜、髄膜炎の疑いで湊が助けを求めてきた時とは、また少し違う落ち着きが、湊の動きにはあった。
自分がこれまで積み重ねてきたものが、目の前で、次の世代に、確かに渡っていっている。そのことを、これほどはっきりと感じたのは、久しぶりだった。定年まで、あと数年。その後のことを、これまであまり具体的に考えたことはなかった。ただ、この病棟が、湊のような医師たちの手に委ねられていくのだとしたら、それも悪くない、と思えた。
処置が終わり、乳児の状態が落ち着いたのを確認してから、芦田先生は、いつもの癖で、乳児の手首に指を当てた。脈は、落ち着いていた。
「戻ってきたな」
小さく、そう呟いた。湊には聞こえていたかどうか、分からなかった。
処置室を出たところで、湊が、ふと芦田先生の手元を見て言った。
「先生、その癖、俺にも移ってたんですね」
「移すつもりはなかったんだけどな」
「移るものは、移るんじゃないですか」
湊は、そう言って、自分の手首を、軽く指でつまんでみせた。
「今度は、俺が誰かに移す番かもしれないです」
その仕草を見ながら、芦田先生は、二十年近く前、湊のベッドサイドで同じことをしていた自分自身を、少しだけ思い出していた。あの頃、自分が何を渡しているのか、深く考えたことはなかった。今、目の前でそれをやってみせる湊を見て、初めて、その意味が分かったような気がした。
多くの患者の一人だった。それは、今も変わらない。ただ、その中の一人が、こうして同じ白衣を着て、隣に立っている。そのことの重みは、他の誰との関係とも、少しだけ違っていた。
白衣を着た背中が、廊下の向こうへ歩いていく。かつて、点滴の針を刺されても「大丈夫」とだけ答えていた子どもは、今、自分の意志で、この病院に戻ってきた。
その続きを、芦田先生は、まだしばらく見ていられそうだった。
あとがき
今回は、いつもとは少し違った形でこの作品を作りました。その詳細については、明日また別の記事にしようと思います(何でもネタにする。)
なので、ここでは内容について少しだけ書きます。
今回のテーマは、冒頭の一行に置いた通りです。
派手な病名ではない。けれど、子どもの日常を何度も奪っていく病気がある。
ネフローゼ症候群という病気を、聞いたことがあるでしょうか。少なくとも、医療ドラマなどで大きく取り上げられることは、あまり多くない病気だと思います。
ただ、総合病院で小児科医として働いていると、毎年何人かは必ず出会う病気でもあります。田舎の総合病院でもそうだったので、人口の多い地域や、患者さんが集まる大きな病院では、もっと診る機会があるのだと思います。
一般的には、命に関わることが多い病気ではありません。けれど、通院や入院が長く続き、再発を繰り返し、子ども本人にも家族にも、かなりの負担がかかる病気です。
第三話の肺塞栓は、物語としてかなりドラマチックに描きました。もし当事者の方や、ご家族の方が読まれていたら、作中ほど重い経過ばかりではありません。不安にさせてしまっていたら、申し訳ありません。
一方で、ステロイド内服や免疫抑制剤の使用、再発を繰り返す経過は、実際にもよくあります。治療がうまくいっていると思ったら、また薬が増える。退院できたと思ったら、また入院になる。そういうことが、本人にも家族にも、少しずつ積み重なっていきます。
この作品では、その「少しずつ削られていく日常」を書きたかったのだと思います。
最後は乗り越えて医師になって再会する…というのは、ちょっとベタすぎるかなと思いつつ、ベタベタな展開が大好きなので、こんな感じにしてしまいました。
実際は、湊のようにドラマチックな経緯で医師になっている人はごく少数です。ちなみに私のように不真面目な医師もごくごく少数なので、ご安心ください。
今回はネフローゼ症候群を取り上げましたが、改めて、派手ではなくても、小児科医療をドラマとして取り上げることはできるのかなと感じました。日々働いている私たちは、こんなにドラマを感じてはいないですが…そこは読み物ということで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。創作大賞も終わってしまうため、またやるかどうかはわかりませんが、作っていて面白かったです。感想などいただけると、すごく喜びます。