【掌編小説】 才能のありか
きっかけは、見知らぬ人からのひと言だった。
小学校低学年の頃、近所のスーパーで「母の日のお母さんの似顔絵」を募集していた。
絵を描いて持っていくとお菓子がもらえるというので、恵太は張り切って母親の似顔絵を描き、あくる日に祖母と共にスーパーへと足を運んだ。
「――上手いなあ。君、絵の才能があるんだねえ」
受付で絵を受け取った店員のおじさんが、恵太の絵をまじまじと眺めて言った。まさかの一言に、恵太は「ご機嫌取りに、誰にでも言ってるんじゃないか」と訝しんだ。幼い頃から疑り深かったのである。
祖母の買い物を待つふりをして、受付の近くにしばらく居座ったが、店員のおじさんは恵太以外の絵を褒めることはなかった。
それからの恵太は、絵を描くことが日課になった。不思議と、飽きることはなかった。中学の美術部で賞に選ばれ、作品が廊下に張り出されたこともあった。
SNSを始めてからは、恵太はごく自然に自作の絵を投稿し続けた。反応はほとんどなかった。それでも、たまに数百の「いいね」がつくこともあり、「これから見つかっていくのだろう」と期待に胸を膨らませた。
そして十数年の時が過ぎた。
会社員になった恵太は、まだ絵を描くことをやめていなかった。
見知ったアカウント、あるいは相互フォローをしていた人が、華々しくプロデビューしたり、個展を開いたりしているのを横目に、描き続け、投稿を繰り返した。
才能がある、と見出された人と、自分とで、何が違うんだろうと恵太は悩んだ。
絵だけを見れば、驕りかもしれないが、そこまで大きな差があるとも思えない。だからこそ諦めきれない。絵を描くのはもはや恵太のライフワークになっていた。
あるとき、かつての相互フォローの一人が、人気イラストレーターとしてインタビューに応えている記事がタイムラインに流れてきた。20代の恵太なら読まなかっただろうが、40を目前にしたいま、デビューにつながるヒントは喉から手が出るほど欲しい。恵太は力強く、リンクをタップした。
――いまや大人気の〇〇さんですが、その才能を絶賛されている著名人の方も多いと聞いています。
――いやいや(笑)。僕なんて全然。人よりちょっと絵は上手いかもしれませんが、才能があるかどうかは今もわかりません。ただ、運は良かったと思います。
――またまたご謙遜を(笑)。
――ほんとですって! ずっと無名でやってたんですけど、世界的に有名なアーティストに作品を拡散してもらってから、ガラッと変わりました。それまでも僕の絵を好きって言ってくれる方はいらっしゃったんですけど、権威のある人の「好き」が持つ社会的な影響力っていうか、「意味」って全然違うんだなと実感して……いや、どんな人の「好き」も、僕にとってはエネルギー源なんですけどね
読んでいるうち、気持ちが沈んでいくのがわかった。記事が映し出されたタブを閉じ、メッセージアプリを開く。中高の美術部で一緒だった友人に連絡をとる。大人になってからも、唯一付き合いのある人物だった。
✴︎
「――へえ、そんなインタビューがねえ」
友人は言いながら、ビールの入ったグラスをあおった。
「ほんと、才能って、なんなんだろうな。子どもの時に言われた一言を真に受けて、ここまでしがみついてきたのが情けないというか、我ながら馬鹿らしいというか――」
「んー……」
焼き鳥串を頬張りながら、友人は言葉を続けた。
「俺はお前の絵、好きだけどな。才能がないとも思えない。ただ――」
「ただ?」
恵太は次の言葉を促すように、身を乗り出した。
「お前の話を聞いて思ったのは、才能って、関係的なものでもあるのかもしれないなってね」
「関係、的?」
思わぬ角度からの返答に、おうむ返しに繰り返すことしかできない。
「ああ。才能があるって評価されるのは、もちろん作品そのものに理由があるんだろうけど、でも、多分それだけじゃない。見る側、受け取る側の基準にかなう――つまり、才能があると認めてくれる人や社会が存在するから『才能がある』ってことになるんじゃないかな」
恵太はグラスを握りしめた。結露した水がじっとりと手のひらを濡らす。
「それでさ、もう一つ思ったのは、少なくとも、お前が小学生の時に出逢ったスーパーのおじさんと、俺には、お前の才能が届いてるってこと」
恵太は何も言わなかった――いや、言えなかった。
――君、絵の才能があるんだねえ。
あのときの言葉が、頭の中で勝手に再生される。恵太に幸せな勘違いをさせてくれたラベル。あのやりとりがなかったら、恵太はこの歳になってなお、絵を描いていなかった。
「まあ、お前の欲しい答えじゃなかったかもしれないけど」
恵太が黙り込んでいることを、無言の抵抗と受け取ったらしい友人が、ばつが悪そうに首を掻いた。
「いや、そんなことはないよ」
恵太は残り少なくなったウーロンハイを飲み干した。
「いずれにしたって、俺はきっとやめられないと思うんだ。また描くから、そのときは見てやってくれよ」
ラベルを剥がす潔さは自分にはない。ただ、絵を描くのが好き、という気持ちだけは、恵太が持つ「本物」だった。
(了)
ここまでお読みくださりありがとうございました!
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