『それでも世界は変わらない』
あらすじ
学校でいじめを受けながらも、家族に心配をかけまいと笑顔を作り続ける女子高校生・夏鈴。居場所のない日々に限界を感じ、自殺の名所として知られる崖へ向かった彼女は、そこで不思議な少年・ナギサと出会う。
ナギサと一緒に、花に囲まれた場所で穴を掘りながら、他愛ない会話を重ねるうちに、夏鈴の中から『死にたい』という感情が少しずつ薄れていく。
しかしある日、ナギサの正体と悲しい過去が明らかになる。死と孤独に向き合いながら、それでも生きる意味を探していく物語。
第1章
生きることも、死ぬことも怖い。
そんな自分が大嫌いだ。
今日も鏡で笑顔の練習をしてから部屋を出る。
下に降りれば、母と父がいそいそと朝の準備をしている。
「おはよう」と声をかければ笑顔で「おはよう」と返ってくる。テーブルには焼きたてのトーストが置いてある。それを食べる。
ここまで見れば一般的の幸せな家庭に生まれた女の子の日常だ。
そう。『ここまで』は。
1歩外に出れば、私の世界は暗い。
今日も雨が降っている。
学校に着き、自分の出席番号の書かれた下駄箱を見る。今日も空っぽだ。
ゴミ箱に目をやると、私の名前が書かれたボロボロの上履きが見えた。
はあ、またか。毎日、同じことして飽きないね。呆れて、ため息が出る。
貧乏な訳じゃない。
それでもボロボロの上履きを履き続ける。
教室へ入るとニヤニヤした顔でみんなが見てくる。
ここには、私の居場所はない。そんな世界から逃げるように、カバンの中から本を取り出す。
本を好きになったのは、いじめられるようになってから。本の世界だけが私の居場所だった。この世界に居場所がない私は、逃げるように本を読む。
授業は真面目に受け、それ以外は周りをシャットダウンし、本の世界に入り込む。
とにかく学校が終わるまでは目立たない。それが今の私にできることだ。
少しでも目立つとそれをネタに笑い者にされる。
目立たないようにしてても笑われるのに。
この空間にいることが苦しい。
終わりのチャイムと同時に教室を出る。
早くこの場所から逃げたくて走った。
がむしゃらに走っていたら、また自殺スポットとして有名な崖へ来てしまった。
この世界から逃げたい。
今日こそは…
覚悟を決めながら、一歩一歩慎重に崖の端へ向かう。
あと一歩というところで、足が動かない。
これ以上先に行けない。
あと1歩踏み出せれば、もう楽になれるのに。
怖い。生きるのもしんどいのに、死ぬのも怖い。
早く死にたい。
お願い神様、私を楽にして。
そう天に願った。
「なにしてんの」
軽やかな声が聞こえた。
驚いて振り向いたら、服も髪も肌も白い、今にも消えてしまいそうな儚げな男の子が立っていた。
「今まで、ここで何人の人が死んだか知ってる?」
状況を飲み込めない私を無視して、普通に話し出す。
「17人だよ。
最初はいつだったかな?覚えてないや。
あなたもここで死にに来たの?」
私は下を向いたまま黙る。
「そうなんだね。
生きていたら、死にたい時が来るもんね。
でも、まだ早いんじゃない?」
何も話してないのに、勝手に知ったような口を聞く男の子に腹が立って、少し強めの口調で言い返す。
「うるさい!ってか、あんたは誰なの。」
私は怒ってるのに、男の子はニコニコ笑ってる。
「自己紹介まだだったね。僕の名前はナギサ。
この近くに住んでてね、よくここにも来るんだ。」
ここは日本でも有数の自殺スポット。
なんか変な噂もあるらしく、普通の人は近づかない。死ぬことを目的とした人しか来ないはず。
だから、「よく来る」という言葉が引っかかった。
「よく来るって、あんたも死にたいの?」
「もう、せっかく名乗ったんだから、名前で呼んでよ!あなたの名前も教えてもらってないし。」
私の質問には答えず、頬を膨らまし、拗ねたような口調で話す。
質問に答えてくれなかったことには腹が立ったが、名前を聞いといて、私は名乗らないのも礼儀がなってないと思い、自己紹介をすることにした。
「私の名前は、夏鈴。」
「夏鈴ちゃんね!覚えた!
夏鈴ちゃんは、なんで、ここに来たの?」
私の質問は返さなかったくせに、質問するんだ。
その不満はグッと堪えてから、返す。
「死にに来た。それ以外にここに来る理由ある?」
「確かにね。ここに来る人の目的はみんな同じ。
死んでもいいことないのに、何で死にたくなるんだろう。」
初めて暗い表情を見せた。
この子は、きっと幸せで溢れてる生活をしてるんだ。だから、死にたい人の気持ちなんて理解できない。それなのに、なぜここに来るのだろうか。
「もう帰らなきゃ。バイバイ!
また明日ね。」
私が言葉を発するより前に、ナギサは手を振って、夕日の方に消えていった。
ナギサが見えなくるなるまで、私は呆然と立ち尽くした。
ってか「また明日」ってなに?
なんで明日も来ることになってるの?
約束なんてしてないのに。
聞きたいことは山ほどあるのに当の本人はいない。
明日のことなんか考えるのを辞め、とりあえず家へと向かう。
家の前に着き、笑顔を作ってからドアを開ける。
親には心配かけたくない。
だから家では、幸せな女の子を演じる。
「ただいま」
第2章
約束通り、学校終わりに崖の上に来た。
行かなくてもいいはずだったのに、ナギサのことが気になって、来てしまった。
今日こそ死ねるかもしれないしね。
その願いは叶わず、先客がいた。
私の気配を感じたのかゆっくりと振り返った。
今日も笑っていた。
「来てくれたんだね。夏鈴ちゃんなら来てくれると思ったよ!」
「あんたが、ナギサがまた明日ねとか言うから」
あんたと言った時に少し不機嫌になったのを感じ取ったから、名前を呼んだ。名前を呼んだら、ナギサは満足そうに笑った。
「今日も寒いね。」
そんなことはどうでもいい。私が知りたいのは…
「ナギサは、ここによく来るの?」
空気が悪くなるかもしれない。
怒られるかもしれない。
そう思ったけど、聞かずにはいられなかった。
「よく来るよ。」
私の心配をよそにニコニコ笑って答えた。
「なんで?」
「それはまだ教えられないかな。」
「なんで?」
子どものように何度も聞く。
「そんなに知りたい?
じゃあ、僕のお手伝いをしてよ」
「なにするの?」
「とりあえず着いてきて!」
気づけば、私はナギサの後を追っていた。
「着いた!」
ナギサが立ち止まった場所は、花が一面に咲き誇っていた。
思わずそれに見とれていると、ナギサはシャベルを渡してきた。
「え?なに?」
「ここに穴を掘って欲しいんだ。」
足元を見るとここだけ花は咲いておらず、その代わり小さな穴があった。
「ここを掘ればいいの?」
「うん!」
「理由は教えてくれないのね」
「掘り終わったらね」
ザクッ
思ったより、硬い。普段運動なんてしない私にとっては、かなりの重労働である。
それでも、穴を掘っていると不思議と心がスッキリする気がした。
今までの苦しみをぶつけるかのように力強く掘り進めた。
2人の穴を掘る音だけが聞こえる。
その静けさに耐えきれなくなった私は、思い切ってナギサに質問を投げかける。
「ナギサって死にたいって思ったことある?」
「どうだろうね。
なんで?」
「ナギサはないか。幸せそうだもんね。
昔の私は未来に希望を持って生きていた。
夢だっていっぱいあったし、欲しいものもたくさんあった。
でも、今は何も無い。」
「…うん」
「いじめられるようになってから、この世界に希望もてなくなっちゃった。」
「学校休まないの?」
「親が心配するから」
「そっか。ずっと学校に行き続けてるんだね。」
「うん。もう半年以上はいじめに耐えてる。」
「夏鈴は強いね」
「強くないよ。
だから死ねないんだもん。」
私から話し始めたのに、胸が苦しくなった。
落ち着かせるために息を大きく吸う。
「私がいなくなったら心配してくれる人いるかな?」
ずっと抱えていた思いを初めて外に出した。
小さく吐き出したつもりだったのに、ナギサはこの思いを受け止めてくれた。
「親御さんは?」
「分からない。」
「夏鈴の家族が夏鈴のことをどう思ってるのかは分からない。
でも、僕は夏鈴がいなくなったら、寂しいよ。」
「会ったばかりなのに?」
「もう誰も死んで欲しくないんだ。」
「もう?」
「ううん。なんでもない。
それにこうやって僕の相手してくれるの夏鈴ちゃんが初めてだからさ。
この時間を手離したくないっていう僕のワガママでもあるな。」
「へーナギサも友だちいないんだ」
「うん。まあね。」
「仕方ないからもう少しだけ一緒にいてあげる。」
「ありがとう!
じゃあ、僕のためだと思って生きてよ」
「まあ、頑張ってみるよ。」
初めて弱音を出せた。
ずっと我慢してた思いを吐き出せて、少し楽になった気がする。
そこからは、たわいもない会話をした。
覚えてないほど、どうでもいい会話だった気がする。
中身のない会話をしたのって、いつぶりだろうか?
その間も掘り続ける。
土が跳ね返ったりもした。
学校でつく汚れとは違って、とてもキレイなものに見えた。
どのくらい経ったのか分からない。
気づけば、日は沈みかかっていた。
「今日はここまで!
手伝ってくれてありがとう!」
「これで終わり?」
「まだまだ!明日もやるよ!」
「どのくらい掘るの?」
「心がスッキリするまでかな。」
ナギサが穴を掘る理由も、ここによく来る理由も、
ナギサの正体も分からない。
分からないことだらけだけど、ナギサと一緒にいる時間は苦しくならない。また来たいと思える。
「また明日、ここに集合ね!」
「うん。分かった。」
明日が来るのがこんなに楽しみになる日が来るなんて、思いもしなかった。
「また明日ね!」というナギサのなんでもない一言をゆっくり噛み締めながら、帰路に着く。
親に余計な心配をかけないように、穴を掘る時に付いた土を近くの公園で洗い流す。
ラクガキされたノートや教科書、ボロボロの上履きは一度も家に持ち帰ったことがない。
見られたくないから。
言ったら新しいのを買ってくれると思う。
でも怖い。
親に心配かけるのが怖い。
「助けて」って言ったら助けてくれるのかもしれない。でも、言えない。
私は死ぬ以外の逃げ方を知らない。
それなのに、心配して欲しいとも思ってしまう。
気づいて欲しい。この苦しみに。
私がいなくなったら、心配してくれるのかな。
お母さんとお父さんは大好きだ。だけど、無理に笑顔を作らなきゃいけないこの家は、大嫌いだ。
今日もまた、玄関の前で笑顔を作る。
「ただいま!」
「おかえり。遅かったわね。」
「ちょっと友達と遊んでた」
「そう。良かったね。」
友だちなんていない。
息を吐くように嘘をつく。
心配されないための嘘だ。
「今日は、夏鈴が大好きな唐揚げよ」
「やったー!美味しそう!」
辛いことなんて1つもない幸せな女の子を演じる。
ちゃんとできてるかな?
出来たてのご飯をお母さんと食べる。
隣の席にはいつ帰ってくるか分からないお父さんの分が用意されていた。私を育てるためにお仕事、頑張ってるんだよな。お母さんだって、仕事で疲れてるはずなのに、私のために出来たてのご飯を用意してくれてる。
こんなに恵まれた環境にいるのに、死にたいなんて思ってごめんね。でも私は弱虫だから。
お母さんが席に座ったの見て、「いただきます」と呟き、ご飯を食べる。お母さんのご飯は美味しい。これからも食べていたい。
「友だちと何してたの?」
心臓がドクンとはねた。
お母さんにとっては、娘との日常会話のつもりだろう。
それなのに緊張が走る。
「んーとね、公園で遊んでたの!」
「高校生にもなって?珍しいね。
何してたの?」
失言した。普通の高校生は公園で遊ばないのか。
動揺を隠しつつ、会話を続ける。
「ベンチに座っておしゃべりしたり、たまにブランコに乗ったりもしたかな」
「仲良い友だちができたんだね」
「うん!楽しいよ!」
心配かけないための嘘をつき続けるこの時間が苦しい。
急いでご飯を食べ、「宿題してくるね」と言って、自分の部屋にこもる。
今日は宿題なんてないのにな。
大好きなお母さんに嘘をつき続けないといけないことが苦しい。ご飯だって、もっとゆっくり味わいたいよ。
穴掘りで疲れた体をベッドに沈めた。
真っ暗な部屋。ひとりぼっち。
嫌な光景が浮かび上がってくる。
それを消し去ろうと頭まで布団を被り、目をぎゅっと瞑る。それでも消えてくれない。
お父さんの「ただいま」って声が下から聞こえた。
それでも私は部屋から出ない。
学校のことについて何も聞かれたくないから。
眠っていたみたい。
気づけば、朝になっていた。
お母さんの「夏鈴、起きなさい」って声で、重たい体を無理矢理起こし、シャワーを浴びて、学校へ行く。
昨日の穴掘りのせいか全身が痛い。
それでも遅刻したら目立つから、走って学校へ行く。
まだチャイムが鳴る前だ。
昇降口で息を整え、平然を装って、教室に入る。
みんながニヤニヤして見てきた。できる限り誰とも目を合わせず、自分の席へ向かう。
1時間目の科目の教科書を取り出そうと机に手を突っ込んだら、ヌメっとした気持ち悪いものが手に触れた。
恐る恐る取り出してみると、どこから拾ってきたのか、カエルの死骸が入ってた。
ゴミが入っていることはあったが、死骸が入ってるのは初めてだった。
しばらく呆然と見つめてから、カエルの死骸をティッシュに包んで、そのままカバンの中へ入れた。自分でもなぜこんなことしたのか分からない。
教室のみんなは、思ってた反応と違ったのか、笑い声も、ボソボソ言う陰口も聞こえない。ただただ、視線を感じる。
その視線を背中で感じながら、手を洗いに行った。
最後のチャイムが鳴り、カエルの死骸が入ったカバンを抱え、そそくさとナギサとの待ち合わせ場所へ向かう。
キョロキョロ辺りを見渡す。
ナギサはまだ来てなかった。
シャベルを手に取って、小さな穴を掘り、カエルを埋めた。どこで死んだのか、いつ死んだかも分からないカエルを埋めた。
隣には名前の知らない黄色の綺麗な花が咲いていた。
見ず知らずの死んだカエルなんて、そのままゴミ箱に捨てればよかったのに、なぜだか放っておけなかった。
しばらくカエルを埋めた場所をじっと見ていた。
「なにしてんの?」
軽快な声が聞こえ振り返るとナギサがいた。
「いや、なんでもない」
急いで笑顔を取り繕って、そう返した。
何事も無かったかのようにシャベルを手に取って昨日の続きを始めた。
たわいのない会話をしながら、穴を掘る。
ナギサも何も私が何してたのか深くは聞いてこなかった。
日が少し西に傾いた頃、ナギサの声色が変わったのを感じた。
「ねえ、夏鈴はなんで死のうとしてたの?」
心臓の音がうるさい。
昨日の会話が頭をよぎる。
昨日の話を受け止めてくれたから、この思いも受け止めてくれるだろうか。それとも、こんなこと思ってる私をバカにするだろうか。
下を向いたまま黙っている私を心配して、顔を覗き込んできた。
その顔に負けて思いを吐き出した。
「苦しんで欲しかったから」
風の音にさえ負けてしまうくらい小さな声だった。
「え?」
「私が死ぬことで苦しんで欲しかった。
後悔して欲しかった。」
「変わらないよ、なにも」
そう言ったナギサの顔にはいつもの笑顔はなかった。
「死んでも何も変わらない。
アイツらは自分たちがいじめてたことさえも忘れて生き続ける。」
そんなナギサの言葉にイラッとした。
そんなこと分かってた。分かってたけど、認めたくなかったんだと思う。
「やってみないと分からないじゃん!」
声を荒らげてしまった。
シャベルを投げ出し、土まみれな制服のまま走り出した。
「死んだらもう戻れないんだよ」
そう小さく呟いたナギサの声は、風によってかき消されていった。
3章
あの時、怒って逃げてしまったことを後悔している。
謝りたい。
なのに、ナギサを怒らせてしまったかもという恐怖でしばらくあの崖には近づけないでいた。
学校では、いじめに耐え、いつものように本の世界に入り込み、周りをシャットダウンして生きる日々を続けていた。
「あいつ、また学校来たよ。」「また本読んでる。」「キモっ」「なんの本読んでるんだろ」「エロ本じゃね?」「ハハハ」
本を読んでいても聞こえてくる会話。
普通に生きてるだけなのに笑われる。
私だって、みんなと同じように生きたい。
なんで私ばかりが…
そんな思いに蓋をして、本の世界へと集中する。
集中しようと思えば思うほど、余計な考えが頭の中をぐるぐると回っていく。
今日はいつも以上に集中できない。
そんな私の耳に気になる会話が飛び込んできた。
「あの崖の噂知ってる?」
「自殺の名所として有名な崖?」
「そうそう!
あそこで死んだ人は遺体が消えるらしいよ。」
「なにそれ、こわっ!」
「誰にも見つからず死ねるっていう噂」
「死にたいの?」
「そんな訳ないじゃん!
まだまだやりたいこといっぱいあるし」
「だよね〜
あー彼氏欲しいな〜」
笑い声が脳を揺さぶる。
突然、吐き気が襲ってきた。
誰にもバレないように教室を出て、トイレに閉じこもる。
あの話が本当だったら、、、
急に怖くなった。
しばらく行っていないとはいえ、一緒に穴を掘った。不自然な大きさの穴だった。
あの穴は、死体を埋めるための…
その後の授業のノートは真っ白だった。
その日1日どう過ごしたか記憶がない。気づいたら、あの崖に来ていた。
ナギサはいない。穴もシャベルもそのままだ。
そこだけ時間が止まったかのように。
いない方が好都合と思って、私は真相を確かめるべく、急いでシャベルを手に取った。
すると、
「もう来ないかと思った」
音もなくナギサが現れ、前と変わらない笑顔で話しかけてきた。
「え、いや」
私は分かりやすく動揺し、言葉が出てこなくなる。
「また来てくれてありがとう!」
ナギサに言うべく言葉を必死で探していたら、満面の笑みで感謝を伝えられた。
私は拍子抜けして、ポカンと口が開き、だらしない顔になってしまった。
声を荒らげて逃げた私に対して、怒らない。笑って私を許してくれる。そんな子がね。
そもそもこんなか弱そうな男の子が死体を埋めるなんて出来るわけない。
さっきまで考えていたことを振り払い笑顔を作って、素直に謝った。
「この間はごめんね。続きしようか!」
「うん!」
またあの楽しい日々が始まった。
4章
学校では変わらずいじめられている。
それでも崖に行くのは辞めない。
ナギサが待っていてくれるから。
コソコソ聞こえる悪口を無視し、ナギサと何話すかを考える。
学校が終わると一目散に崖へ向かう。
今日は、穴を掘りながらナギサの好きな物について質問した。過去の話と未来の話ははぐらかされるから、今の話だけした。
肝心なナギサの正体にまでは辿り着けてないけど、意外な1面を知ることができて楽しい。
その会話の中でお互いに本が好きだということを知った。それからは本の話で盛り上がることが多い。ナギサは恋愛小説が好きらしい。意外とロマンチックなんだねと揶揄ったりしてみた。
ナギサと穴を掘ってるあの時間だけは、苦しさを感じなかった。
今日もまた軽やかな足取りで崖へ向かう。
私が着いた時にはナギサは、崖の上に立っていた。その姿は今にも消えそうなほど儚かった。
「ナギサ!」
いつもナギサに呼びかけれてばっかだったから、初めて私から声かけたかもしれない。
私の呼び掛けに振り返ったナギサは、いつものナギサだった。
「今日も来てくれてありがとう!」
「ナギサがまた明日って言う限り、毎日来るから」
「じゃあ毎日言わないとね」
私たちを繋いでくれているのは、「また明日」って言葉。別れる時は必ず「また明日」って言うのが習慣になっていた。
もうだいぶ深くなった穴に入り、穴を掘り始める。
「ねえ!これっていつ終わるの?」
私ってこんな大きな声出せたんだな。
穴が深くなったことで物理的に距離が離れてしまい、自然と声が大きくなる。
「まだだよ。心がスッキリするまでだから。」
「それっていつなの?」
「それは分からない。」
仲良くなってきたと思ったのに、肝心なところは教えてくれない。もっと仲良くならないといけないのかと思い、遊びに誘うことにした。
「たまにはさ、ここ以外で会ってみない?」
人を誘うのなんて何年ぶりだろうか。
自然と声が小さくなる。
「ん?」
やっぱり届かなかったみたいで、聞き返される。
「だから!たまにはここ以外で会おうよ!」
今度はバカでかい声になってしまった。
さすがに届いたみたい。
「そこまでしなくても聞こえるよ。
でもねダメなんだ。僕はここから出られないから。」
「なんで?」
「そういう約束だから。
ここから出られたらいいんだけど」
断るための口実ではないみたい。表情と声でわかる。本当のことだろう。どうせその理由については教えてくれないのだから、暗い空気を変えるべく、本の話を始めた。
「ねえ、最近読んだ本ある?私は最近ミステリー小説にハマってるの」
「へーどんな話?」
「崖の下で死体が発見されるんだけど、それが何日かにわたって続くの。しかも同じ崖で。それを謎の少女が解決していくって物語なんだけどね、読んでてワクワクするの。面白いから読んでみて!」
「面白そうだね!今度読んでみるよ」
「ナギサは?」
「僕?僕は最近読まなくなっちゃったな」
「そうなんだ!じゃあ面白かった本教えて」
「んーなんだろうな。結婚を約束した恋人がいるんだけど、結婚式間近になった時に事故で彼女が記憶喪失になっちゃうの。彼氏のことも忘れてしまって、記憶喪失になった彼女と初めからやり直すって話かな?」
「面白そうだね!結構泣ける系じゃん!」
「うん。そういう話好きなんだ」
「いいね!私もたまに読むよ。」
ナギサも泣いたりするんだって思って嬉しくなった。しばらくは本の話で盛り上がっていた。
しかし、本の話も尽きてきて、日も暗くなってしまった。帰る時間が迫ってくる。
まだ帰りたくないという思いが芽生え、ここにいる時間を伸ばすために、ずっと気になってたことを聞いた。
「なんでここの周りだけ花がこんなに咲いてるの?」
「キレイでしょ?」
「うん!でもどうして?」
「僕が植えた。
花って自分で栄養を吸い取って、必死に生きている。栄養がなくなったら枯れてしまう。
儚くて美しいよね。」
「確かにね。
ここにいると安心するのは、この花のおかげでもあるかも。」
「なら良かった!
ほら、もう帰らないと親御さんが心配するよ。」
「まだ帰りたくない」という言葉は飲み込んで、シャベルを置く。
「そうだね!また明日!」
「うん!また明日」
いつもナギサから言う「また明日」を今日は私から言ってみた。ナギサと過ごすようになってから、明日が来るのを待っている自分がいる。今までは明日なんて来なければいいのにって思ってたのに。ナギサとの会話を思い出しながら、そのまま家のドアを開けた。
5章
目覚ましの音で目を覚ます。
今日はなんだか体が軽い。
「おはよう!」
下にいたお母さんとお父さんに声をかける。
「おはよう。なんだか最近、明るくなったわね。」
「え?そう?」
お母さんに言われて気づいた。確かに最近、無理に笑顔を作らなくなっていた。
「確かにな。友だちでもできたんか?」
お父さんに頭を撫でられた。
私は恥ずかしくなって、手を払い除ける。
「やめてよ。ボサボサになる。」
「良かったな」
深くは聞かれなかったけど、2人とも笑ってた。
それを見て愛されていることを実感した。
それが嬉しかった。
ナギサのことは友だちと言っていいのか分からない。でも、話していると楽しいし、毎日会いたいって思っている。
これが友だちというものなのかな?
学校での日常はなんも変わってない。
今日は、机の中からラクガキだらけのノートが出てきた。重いからって置いていってた資料集にもラクガキがびっしり。これじゃあ、使い物にならないじゃん。あえて、悪口が書かれてるところを表にして置いた。
なんて書かれたかなんて知らない。
私は何食わぬ顔で本を開く。
思ってた反応と違ったのか、後ろがザワザワしている。もうあんたらの思い通りなんてならないよ。
今日はどんな物語が待ってるかな。
1日の終わりのチャイムが鳴る。
その瞬間、急いで崖へ向かう。
早くナギサに会いたい。
崖に向かっている間は自然と口角があがる。
崖に着いたが、ナギサはまだいない。
私はナギサと初めて会った時に立っていた場所へと立ち、景色を眺める。やっぱり、ここに立つと怖い。足が震える。
「夏鈴」
声のする方へ向くとナギサが隣に立っていた。
「いつの間に、ここに来たの?気づかなかった」
「気配消すの得意だからね」
「ほんと、いつもいつの間にか現れるよね。」
「夏鈴の驚いた顔が面白いから」
「なにそれ!今度はナギサをびっくりさせてやる!」
「できるもんならやってみな。」
笑いながら冗談をいい、穴のある場所へと向かう。
「今日ね、お母さんから明るくなったねって言われたの。私変わったのかな?」
穴を掘りながら、今日あったことを話す。
「そうかもね。最初ここで会った時、死にそうな顔してたもん。」
「そりゃ、死にに来てたからね」
「それもそうか。
僕も明るくなったと思うよ。
自然な笑顔が増えてきた。」
「そっか。」
「うん。最初の方は作られた笑顔だったからさ。」
「ナギサにはバレてたか」
「誰でも分かるよ。
夏鈴、分かりやすいからさ。
きっと、お母さんも気づいてるよ」
「上手く隠してるつもりだったのにな。」
ナギサにもバレていた。お母さんにもきっと…
私は完璧に笑顔を作れてるつもりだったんだけどな。
それでも今は楽しい。私はナギサと出会ってから「死にたい」という感情が徐々に薄れていっていた。
「ナギサって普段何してるの?」
シャベルを動かしながら何気なく聞いた。
ナギサは少し考える素振りを見せる。
「夏鈴を見てる。」
「は?」
思わず変な声が出た。
「冗談だよ。」
ナギサは楽しそうに笑った。
「もう怖いこと言わないでよ。
ナギサはここから出られないんでしょ」
「うん。そうだね」
またシャベルを動かした。
「ナギサはここから出られたら何したい?」
「そうだな。友だちとご飯行きたい」
そう話したナギサは寂しそうな顔をした。
「私も友だちとご飯行ってみたいな。」
少し暗い空気が流れる。
「ナギサが出られるようになったら、一緒にご飯行こう!」
そんな空気を振り払うように精一杯明るい声を出した。
「いいね。」
「いろんな美味しいお店連れてってあげる!」
「なんか知ってるの?」
「あんま知らない。」
「なにそれ」
「しょうがないじゃん。
私だって友だちとご飯行ったことないんだし。
だから一緒に美味しいお店発掘しよ!」
「面白そうじゃん。どこ行く?」
「みんなどういうところ行くんだろうな。」
「高校生らしいところ?どこだろうね。」
「ファミレスとか?」
「いいじゃん」
「ドリンクバーだけで長時間話したりしてるのかな?」
「どうだろ。でも、楽しそうだね」
「うん!その後はプリ撮ったりして」
「プリ?」
「可愛く写真撮ってくれる機械みたいな?
行ったことないんだけど」
「へー面白そう!」
「目がでっかくなったナギサの顔見てみたいな。」
「そんなに変わるの?」
「そうらしいよ。
別人みたいになるらしい。」
「すごいね。」
「ナギサとだったら、どこへ行っても楽しいんだろうな。」
初めて未来の話をした。
この楽しい時間はあっという間だ。
「帰りたくないな…
ずっとここにいたい」
昨日は飲み込めた本音が思わず漏れてしまった。
帰り際に「また明日」以外の言葉を発したのは初めてかもしれない。
「学校?」
「うん。苦しいから。」
「大丈夫。今の夏鈴は前の夏鈴と違う。
ちゃんと強くなってるよ。」
「そうかな?」
「うん!僕が保証する!」
ナギサに背中を押されて、帰る方向へ体を向ける。
そして大きな声でいつもの挨拶をする。
「また明日!」
「夏鈴なら大丈夫。」
「また明日」って返ってこなかったが少し気になったが、ナギサの応援が嬉しくて軽やかな足取りで帰路についた。
6章
今日もいじめに耐える。
私を見てヒソヒソ悪口言ってる声。
嫌でも聞こえる。
なんか文句あるなら、直接言えばいいのに。
1人じゃ何もできない人らが、たかって私をいじめる。
前までは下を向いて耐えるばかりだったのに、ナギサと出会ってから、フツフツと怒りの感情が湧くようになっていた。
そのストレスから逃げたくて、チャイムがなってすぐに崖へ向かった。
今日はナギサとどんな話をしようかなと考えてると自然とイライラも収まる。
いつもより早く着いてしまったからか、ナギサはまだ来てなかった。
まあ、いつか来るでしょという気持ちで穴を掘り始める。いつの間にか穴は人が1人入りそうなくらい大きくなっていた。
私はナギサのために、1人で終わりの見えない作業を進めた。
それなのにナギサは来ない。
たくさんご飯屋さん調べてきたのに。
今日は2人で行きたい場所の話したかったのにな。
どんなに掘り進めても、その日ナギサが姿を現すことはなかった。
次の日も、次の日も私は諦めず崖へ向かい、穴を掘る。ナギサの「また明日」という言葉を信じて。それなのに、1週間経ってもナギサは来なかった。
「ナギサの嘘つき!」
誰もいない崖に立ち、海に向かって叫ぶ。
聞こえるのは波の音だけ。
私は初めて崖に立った日のことを思い出す。
ナギサと出会う日以前にもここに来たことがある。その時も死のうと思ってた。でも飛び降りることが出来なかった。この高さが怖かった。死にたい人間を高所恐怖症にするなよ。神様を憎んだ。神様はなんも悪くないのに。悪いのは、弱虫な私なのに。
飛び降りれないなら別の方法で、と思って授業で使うために持ってきていたカッターを取り出した。カッターを持つ手は震えていた。震えながら、手首に刃を向け、スっと切った。そこで初めてリストカットというものをした。痛かった。これが癖になる人もいるらしいが、私はこれ以来していない。
手首に1本の線が入った方の手を何となく太陽にかざした。
いくら手を伸ばしても天までは届かない。
まだ私が行くべき場所じゃないのかも。
崖に背を向けて穴の方へ向かう。
そして、思いつきでいつも掘っていた穴じゃないところを掘ってみた。
いつまで経っても来ないナギサへの怒りをぶつけるように、いつもより大胆に掘っていた。制服が汚れるのも気にせずに。
コツンと何かが当たった。
明らかに石ではない何かが見えた。
何か分からなくて、しゃがんでよく見てみた。
「キャッ!」
それは、人間の骨らしきものだった。私はびっくりして、後ろに尻もちついてしまった。恐怖で動けなくなっていた。
しばらくして、クラスの人が話していた崖の噂を思い出した。
『あそこで死んだ人は遺体が消えるらしいよ。』
これってもしかして、この崖で死んだ人の…
私はナギサの秘密を知れるかもしれないという思いで、汚れたまま図書館へと走って向かう。
図書館へ着くとネットであの崖の名前と色んなワードを入れて検索をする。すると、かなり古い新聞1件だけヒットした。その新聞を開くと
『1990年5月10日午後、崖下で男子高校生の遺体が発見された。身元は市内に住む高校2年生、**白波渚さん(17)**と判明。』
ナギサにそっくりな男の子の写真と共に短い文言が書かれていた。
ナギサは死んでいた?
そういえば、プリクラ知らなかったよな。
どれだけあなを掘ってもナギサだけは汚れていなかった。
会話に夢中で気にも止めてかったけど、今思えば不思議な点がいくつかあった。
なんで気づかなかったんだろう。
気づけば、再び崖へ走り出していた。
崖の上にはずっといなかったナギサの姿があった。
「ナギサ!」
私が叫ぶと海の方を見ながら話し始めた。
「もしかして、知っちゃった?」
「ナギサが何日も来ないのが悪い!」
「ごめんね。」
「また明日って言ったじゃん。嘘つき。」
「ごめん。
夏鈴は僕の正体気づいたのに、そこには触れないんだね。
ずっと知りたがってたのに。」
「そんなのどうでもいいよ!
あっ…」
ナギサと目が合った。
私はその時初めて気づいた。
ナギサがもう死んでいたことに怒っていたのではない。ナギサが約束を守らなかったことに怒っているのだ。
「夏鈴は優しいね」
私の目をしっかり見て、いつもの笑顔で微笑んだ。
そして、ゆっくりナギサの過去を話し出した。
「僕が死んだのは何年前だっけ?
僕はここで死んだ17人のうちの1人目なんだ。
僕もいじめられていた。
きっかけは分からない。なんで僕はいじめられなきゃいけなかったんだろう。
ある日学校に行ったら、上靴が無くなってた。
いじめられるなんて思いもしなかった僕は、どこかでなくしちゃったのかなって思って、スリッパを借りて教室へ行った。そしたらね、僕の机がラクガキだらけになってたの。
その瞬間、何かが壊れる音がした。
僕は悔しくて走って逃げた。
次の日、震える足を無理矢理動かして、頑張って学校へ行った。
そしたら、ラクガキされてた机さえなかった。
絶望している僕を見てみんな笑ってた。
先生も見て見ぬふり。
存在自体が否定されてるような気がした。」
泣きそうな顔で下を向いている。
私はそんなナギサにかける言葉も見つからず、黙って話を聞く。
「ここに居ちゃいけない気がして、そこからもう学校に行けなくなった。
家に籠っていてもあの教室の様子がフラッシュバックして寝れない日が続いてた。
で、気づいたらここに来てた。
そして、飛び降りた。」
過去を淡々と話すナギサの顔に笑顔はない。
いつも笑顔のナギサが私と同じ経験をしていたなんて信じられなかった。
「ナギサは、なんで死んだの?」
ずっと聞きたかったことを言葉にした。
しばらく沈黙がうまれる。
ナギサは唇をかみしめて、次の言葉を出すことを躊躇ってるように見えた。
「大丈夫?話したくなかったら、無理しないでいいよ。」
「ごめん。大丈夫。
夏鈴になら話したい。
夏鈴も話してくれたしね。」
その言葉が必要とされている感じがして嬉しかった。
無理やり笑顔を作って、また話し出す。
「悔しかったんだよね。
僕ばっかが苦しめられてるの。
僕が死んだら、みんなも苦しんでくれるかなって思った。でも、実際は何も変わらなかった。
僕の死なんてあっという間に忘れられて、教室にいた人たちは今も幸せに生きている。」
だからナギサは「死んでも何も変わらない。」って言ったのか。
「死んだはずだったんだけど、またここにいた。
でも、僕の体は崖の下に落ちている。
なんかね、成仏できなかったみたい。
未練でもあったのかな?」
「え?」
「それが分からなかった。
逃げたくて逃げたつもりでいたから。
だから、ここにいる理由を考えた。
僕の存在意義を。
そこで僕はここで仕事をすることにした。
それは、死にに来る人を救うこと。
死んでもいいことなんてないことを知ったから、みんなに生きて欲しかったんだ。
人を救うことで、死んだ意味を作りたかった。
このままだったら僕が死んだ意味ないじゃん。」
辛い話のはずなのに、笑ってみせた。
その笑顔はどこかぎこちなかった。
一息置いてまた話し始める。
「でもダメだった。
僕はここにいる間しかみんなに見えないらしい。
でもね、ここに来る人はみんな決意固まってるみたい。
みんな、僕の方を見てくれたよ。
でも、そのまま落ちていった。
説得する前に落ちてくんだ。
僕はそれをただ見ていることしかできなかった。
また存在を否定されてる気がした。
それでも、その子たちを見捨てることはできなかった。だから、救えなかった人をせめてもの償いでここに埋葬した。誰にも見て貰えなかった人たちを僕だけは見ててあげたかった。
一緒に掘ってた穴は、死体を埋めるための穴だよ。
ごめんね。怖がらせたね。」
私は首を振る。
「優しいね。
それを16回繰り返した。
諦めかけてた。
僕は人を救うこともできないんだって。
生きてても、死んでも役に立てない自分が憎かった。
でも、夏鈴だけは止まってくれた。」
「死ぬのが怖かったからね。」
「良かったよ。夏鈴が弱虫で」
「なにそれ?悪口?」
「ちがうちがう。
でもおかげで楽しい時間を過ごせた。」
ようやく自然な笑顔を見せてくれた。
「私もだよ。」
「夏鈴に出会えて本当に良かった」
ナギサの目には涙が浮かんでた。
口は笑ってるのに、目には涙。
初めてナギサの涙を見た。
「ナギサも辛かったんだ。
ずっと笑顔だったから、私の辛さなんか分からないと思ってた。」
「夏鈴も家族の前では笑顔を作ってたでしょ。
それと一緒。」
「そっか。
辛いこと思い出させちゃってごめん。
でもなんで急に来なくなったの?」
「言ったでしょ。
穴を掘るのは心がスッキリするまでって。」
「え?」
その言葉が理解できなかった。
ナギサの話を聞いても、とてもスッキリしてるように見えなかったから。
「会ってない間は、夏鈴の様子を陰から見守ってたんだ。」
「ここから出られないんじゃなかったっけ?」
「ごめん。嘘ついた。
僕はここにいる間しか見えないってだけなんだ。
あの時、夏鈴に僕がすでに死んでるって、バレたくなくて嘘ついた。僕が死んでるって分かったら離れていっちゃう気がして。
夏鈴のこと信じきれてなかった。ごめん。」
「確かに信じてくれてなかったのは、寂しいな。
離れていくわけないのに。
でも、別に怒ってないよ。
ナギサがずっと見守ってくれてるって知って、嬉しかった。」
「もちろん学校での様子も見てた。
よく耐えれるね。僕には無理だよ。
夏鈴は強いな。」
「強くないよ。
私は耐えることしか方法を知らないだけだから。」
「そっか。いじめはまだ続いてるんだね。」
「うん。」
「それでも僕には最初の頃の夏鈴とどこか違って見えた。心がスッキリしているように見えた。」
「ナギサじゃなくて、私?」
ナギサは私の心を救うために穴を掘り続けていた。
この穴を掘るのはナギサの心がスッキリするまでだと思ってたけど、私のためだったんだね。
ナギサのおかげで明日も生きてみたいって思うようになったよ。
感謝を伝えようとナギサの目をしっかり見る。
私の目に写ったナギサの体は薄くなっていた。
「え?なんで?」
「あっ、やっと成仏できるみたい」
「待ってよ!」
「僕の願いが叶ったんだね。
夏鈴なら、生きていけるよ。」
「そんな!ナギサがいないと楽しくないよ!」
「大丈夫。夏鈴はもう充分強くなってる。」
「待って!また明日会おうよ!」
ゆっくりと首を振った。
必死な私に対して、ナギサの顔は穏やかだった。私は慌てて手を伸ばす。
冷たい空気だけが触れた。
確かにそこにいるのに、触れられない。
「今の夏鈴なら、大丈夫。
僕がいなくても明日を迎えられるよ。
僕との最後の約束。
また明日も生きて」
「ナギサ!」
「僕と夏鈴はずっと友だちだよ。
今世でも来世でも。」
その言葉を聞いて、涙で視界がぼやけた。
それでもナギサ見るのを辞めない。
その間もナギサはどんどん薄くなる。
今までナギサと過した楽しかった日常が頭の中を駆け巡っていった。
「夏鈴と同じ時代を生きたかったな」
ナギサはそう言い残してから、完全に見えなくなった。
最後に見たナギサは、いつものように笑っていた。
私の初めての友だち。
もうその友だちとは二度と会えない。
空を見上げて誓った。
「ナギサが見れなかった景色、たくさん見てやるから!ヨボヨボのおばあちゃんになってから会いに行くから待ってて!
そして来世では同じ時間を生きよう。
一緒に色んな景色を見よう」
風が髪を撫でた。
ナギサが笑ったような気がした。
エピローグ
ナギサと別れてから初めて迎えた「明日」。
ナギサと迎える明日はもう来ない。
それでも明日は待ってくれない。
今日も学校へ行く。
昇降口では捨てられた上靴。
教室には、ニヤニヤと私を見てくる人たち。
机にはラクガキだらけのノート。
そして、机からカエルの死骸が出てきた。
私は冷静に周りを見渡す。
何も変わらないな。
カエルの死骸をティッシュで丁寧にくるみながら、心の中で冷笑した。
そして学校から解放され、ゆっくりと崖へと歩き出す。
ナギサと掘った穴はそのままだ。
その穴だけがナギサとの時間を証明してくれる。
しばらくその穴を眺めてから、黄色の花の場所へ向かう。
前にカエルを埋めた場所の隣に今日机の中にいたカエルを埋めて、手を合わせる。
学校は相変わらず苦しい。
それでも不思議と、今の私は死にたいとは思ってない。
私はもう1人じゃないから。
ナギサと一緒に生きていくよ。
そうカエルたちに誓って家へと帰る。
そして、元気よくドアを開けて家へ入る。
「ただいま!」