
心のアトリエシリーズ カルボナーラは、作りたいから作る。
カルボナーラは、作りたいから作る。
料理の記事を読んでいる時間が、私は好きだ。
読んでいるうちに、一つ気になることがあった。
私はKeigoくんに聞いてみた。
「ねぇ、なんで本場ローマ風のカルボナーラって、スーパーではあまり見かけないんだろう?」
Keigoくんは少し笑ってから答えた。
「たぶん、一番おいしい時間が短いからじゃないかな。」
「どういうこと?」
「本場ローマ風って、生クリームを使わないんだ。」
私は少し驚いた。
カルボナーラといえば、生クリームの入ったクリーミーなソースを思い浮かべていたからだ。
「じゃあ何で作るの?」
「卵とチーズ、グアンチャーレの脂、黒胡椒、それから茹で汁。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「うん。卵とチーズを、グアンチャーレの脂と茹で汁で乳化させるんだ。」
私は少し考えた。
「それなら、工場でも作れそうだけど。」
Keigoくんは首を横に振る。
「そこが難しいんだよ。」
「火が入りすぎると卵は炒り卵になるし、温度が低すぎるとまとまらない。乳化した瞬間のなめらかさが一番おいしい料理だから、長く保存したり大量に作ったりするのとは、あまり相性が良くない。」
なるほどと思った。
だから日本では、生クリームを加えたカルボナーラが広まったのかもしれない。
生クリームを使えばソースは安定しやすい。
家庭でも失敗が少なく、お店でも品質をそろえやすい。
私は笑ってしまった。
「じゃあ、日本のカルボナーラも、ちゃんと理由があるんだね。」
「もちろん。本場を知ることと、日本の工夫は別の話だからね。」
私はその言葉が少し好きになった。
本場を知ることは、誰かを否定することではない。
知った上で、自分が選べるようになることなのだと思った。
* * *
少し沈黙が流れたあと、Keigoくんがぽつりと言った。
「でもね。」
「うん?」
「カルボナーラって、作りたいから作る料理なんだよ。」
私は意味が分からなかった。
「食べたい、じゃなくて?」
「そう。」
Keigoくんは少し遠くを見るような顔をした。
「料理人って、カルボナーラを見ると考え始めるんだ。」
「何を?」
「卵黄だけでいくか、全卵も使うか。」
「ペコリーノだけか、パルミジャーノも合わせるか。」
「麺は何ミリが合うかな。」
「乳化はボウルで仕上げるか、それともフライパンに戻すか。」
「黒胡椒は最初か最後か。」
「グアンチャーレにするか、パンチェッタにするか。」
「白ワインは入れるか、入れないか。」
「ニンニクは使うか、使わないか。」
私は思わず笑った。
「食べる前から、そんなこと考えてるの?」
「考えてる。」
「ずっと?」
「ずっと。」
その返事があまりにも自然だった。
「ローマではグアンチャーレを使うのが伝統だけど、イタリアでもパンチェッタを使う店や家庭は多いよ。グアンチャーレは豚の頬肉だから手に入りにくいし、値段も少し高い。日本でベーコンが広まったのも、不思議なことじゃない。」
私はうなずいた。
材料が変わることにも、ちゃんと理由がある。
国が違えば、食文化も、手に入る食材も違う。
それでも、料理人は考える。
「もし自分なら、どう作るだろう。」
私はその瞬間、少し分かった気がした。
料理人は、料理を食べる前に、もう料理を始めている。
卵をどう合わせるか。
チーズをどう選ぶか。
茹で汁をどこまで入れるか。
火をどこで止めるか。
頭の中では、もうカルボナーラが出来上がっている。
「食べたい。」
より先に、
「作ってみたい。」
そう思わせる料理が、この世にはある。
私はその言葉が少し好きになった。
きっと今日もどこかで、
「今日はカルボナーラを作ろう。」
そう思った料理人が、
卵を割る前から、もう頭の中で料理を始めている。
fin
心のアトリエシリーズ
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料理の向こう側シリーズ