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♯30 セカンドシーズンー好きな人を、真っ直ぐに。ー

    第30話 決着をつけよう


    時は少し遡り、文化祭一日目、午前の出来事。

    陽向の初日。
    文化祭のスタートを切るのは、生徒会ブースの仕事。
    スタンプラリーの用紙は飛ぶように捌かれ、カウンターには途切れない列ができる。紙が擦れる音が、手から手へ渡る音が、忙しなく繋がっていく。

    生徒会役員で唯一「初めての文化祭、初めての仕事」となる陽向には、準備期間のペアである俊輔がサポートとして同じシフトに入った。

    ……そのはずだった。


    しかし──


    「藤崎くん、一緒に写真撮って下さい!」

    「藤崎くん、休憩時間って一緒に回る人決まってますか?」

    文化祭。
    全学年が、理由もなく、言い訳もなく、誰とでも絡める日。
    俊輔の周りに女子が殺到しないはずがなかった。

    人の輪ができる。
    声が重なる。
    スマホが構えられる。
    視線が集まるたび、俊輔の“副会長”としての笑顔が、鮮やかに場を回していく。

    「モテますねぇ〜副会長…」

    同じシフトに入った男子役員が、その光景を前に小さく呟いた。

    「副会長大変そうだから、なるべく手を煩わせないように僕らで出来る限り回して行こう!」

    「星野さん、困った事あったら私でも遠慮なく聞いてねっ!」

    役員の先輩達は、優しく笑って陽向の肩を叩いてくれた。
    その手のひらの温度が、ありがたい。
    でも同時に、胸の奥のどこかが少しだけ緊張できゅっと縮む。

    (……私、大丈夫かな)



    時は流れる──



    「あれ?このスタンプ押せないんだけど」

    列の前にいた来場者が、少し苛立った声を出す。

    「あ、すみません!今インク補充しますね!」

    役員の生徒が慌ててスタンプ台を持ち上げ、陽向のところへ駆け寄ってくる。

    「星野さん、補充用のインク貰えますか?」

    「えーっと補充用のインクはー…」

    ……あれ。

    どこに入れたっけ。

    瞬間、頭の中の引き出しが、がくんと落ちる。
    確かに見た。
    箱を開けて確認した。
    手に取った覚えもある。
    なのに、“しまった場所”だけが真っ白で、霧がかかったみたいに思い出せない。

    ガサゴソ、ガサゴソ。

    箱を開ける、閉める。
    中身をどける、紙袋をめくる。
    手が勝手に動くのに、肝心の記憶に指が届かない。

    「すみません、少々お待ち下さいね!すぐ準備するので」

    他の役員が、待っているお客さんをフォローしている。
    笑顔も声色も丁寧だ。
    だからこそ余計に、陽向の焦りが浮き彫りになる。

    (…やばい。)

    「フォトスポットの備品管理って…星野さんで合ってるよね?」

    探し続ける陽向へ、役員が不安の言葉をこぼす。

    「はい…そうなんですけど…確かに見た記憶はあるんですけど……」

    ガサゴソ。
    ガサゴソ。
    箱の中身が、床に散らばり始める。
    補修用の装飾資材がバサッと落ちる音が、妙に大きく聞こえた。

    「すみませーん!写真撮るのお願いしていですかー?」

    「はい!今行きます!星野さん、なる早で探しといて!」

    「はい!すみません!」

    喉の奥が、ひりつく。
    胃がきゅっと縮む。
    呼吸が浅くなる。

    どうしよう。
    どうしよう。
    完全に、私が無くしてる。
    確かに見たし、確認した。
    なのに、そこだけが抜け落ちている。

    お客さんを待たせてる。
    これが見つからなかったら、この先二日間、役員みんなに迷惑が──

    (…どうして…私は……… )


    こんなにいつも記憶がすぐに抜け落ちてしまうんだろう。


    一箇所だけ、ぽっかりと。
    霧が掛かったみたいに。
    いつも、いつも。

    “そこ”だけが抜け落ちて、取り返しがつかなくなる。


    こんな自分が、心底嫌だ。


    胸の奥が熱くなる。
    涙が喉にせり上がってきて、声がうまく出ない。

    やばい。

    泣きそう。

    ──そのとき。





    「大丈夫?なんか探してる?」





    柔らかい声が、すぐ近くに落ちた。

    顔を上げると、そこにいたのは俊輔だった。
    さっきまで女子に囲まれていたはずなのに、いつの間にかこちらへ来ていて、しゃがみ込み、陽向と同じ目線に視線を合わせている。

    それだけで、呼吸が一瞬、戻る。

    「…インクが……っ見つからなくて……っ私が……しまったのに…どこにあるか…わからなくなっちゃって…」

    自分の声が、思ったより情けなく震えていた。
    言葉にした瞬間、余計に現実になってしまって、怖い。

    でも俊輔は、眉ひとつ動かさない。
    焦りも苛立ちも、そこにはない。

    「僕はこっち半分の箱を見るから、星野さんはそっち半分の箱を見てくれる?」

    指示は短い。
    でも、切り捨てる強さじゃない。
    “いまやること”を、灯りみたいに差し出してくれる声だった。

    「まだですかー?」

    待たされているお客さんの声が、容赦なく突き刺さる。

    俊輔はすぐに立ち上がり、カウンターへ戻る。
    顔を上げた瞬間、あの“副会長の笑顔”に切り替わる。

    「すみません、今スタンプ使えないので、差し支えなければ手書きで僕の方で“済”と記入しますね。」

    用紙を受け取る手つきが、落ち着いている。
    ボールペンが紙を走る音が、騒がしさの中で妙に心地いい。

    「もし、スタンプが揃っている用紙をお持ち帰り頂きたければ、こちらの方でインクの補充次第、全て押したものをご用意しておきますので……お手数お掛けして申し訳ありませんが、お手隙のタイミングで帰りまでにもう一度お立ち寄り頂いてもよろしいですか?」

    丁寧で、誠実で、相手の顔をちゃんと見ている。
    その言葉の流れは、まるで“トラブルの角を削っていく”みたいに滑らかだった。

    「じゃあ…また後で来ますね!」

    お客さんは安堵の表情で去っていった。
    その背中が見えなくなるまで、俊輔は笑顔を崩さない。

    そして次の瞬間、くるりと向き直る。

    「みんな、ごめん。生徒会の仕事に戻らなきゃいけないから写真はまた後で撮るよ。シフト終わるのが11:00だから、それくらいに来てくれると嬉しいな」

    囲んでいた女子達に、キラースマイル。
    甘くて、でも線引きが明確で、誰も傷つけない。
    その場がふっと和らぐ。

    (…わ…すご…っ!)

    陽向の胸の奥に、尊敬と、少しの眩しさが混じる。

    「星野さんどう?もしかして…無くした?」

    撮影手伝いから戻ってきた男子役員が、陽向へ衝撃の言葉を放った──その直後。

    「ごめん!補充インクは星野さんがしまった後に、僕が違う箱に移動させちゃったんだ。だから星野さんは場所わからないから、今から僕が用意するよ。申し訳ないんだけど、僕スタンプ対応入るから、フォトスポットの担当少しだけの間だけ僕と変わってくれないかな?」

    そんなの嘘だ。
    先輩が、インクを入れた場所がわからなくなる筈がない。

    言い訳じゃない。
    責任転嫁でもない。
    淡々と、でも迷いのない声で、状況を整理していく。

    「はい…!じゃあお願いします!」

    陽向は、息が抜けそうになるのを必死で堪えた。
    恥ずかしさと、安堵と、悔しさが一気に押し寄せて、喉が熱い。

    その横で、俊輔が小さく頷く。

    「…よし、じゃあ探そう。」

    俊輔は、そこで終わりにしない。
    “誤解が解けた”だけで、放っておかない。

    一緒に箱を開けて、ひとつひとつ確認してくれる。
    しゃがみ込む膝の位置が、陽向のすぐ隣。
    距離が近いのに、怖くない。

    (副会長大変そうだから、なるべく手を煩わせないように僕らで出来る限り回して行こう!)

    さっきの男子役員の言葉が、頭をよぎる。

    「先輩…11:00から休憩でしたよね……文化祭…回らなくていいんですか……」

    言葉にすると、胸がちくりと痛む。
    俊輔の休憩を奪ってしまっている──そんな罪悪感が、心の端に張り付いて離れない。

    俊輔は、箱の中を覗き込みながら、当たり前みたいに言った。

    「文化祭は2日間あるし。僕は去年、結構満喫出来たから。どうしても行く約束をしてるところには、女の子達を連れて行くよ。」

    「……っ」

    俊輔の、“僕は大丈夫”の言い方が、うまい。
    自分を大きく見せるためじゃない。
    陽向を小さくしないための言い方だ。



    どうして……そこまでしてくれるの…?

    自分を犠牲にしてまでも、私を助けてくれるの?



    そんな疑問が浮かぶのに、声にはできない。
    声にしたら、泣いてしまいそうだったから。

    俊輔は探す手を止めず、静かに言葉だけ落とした。

    「慌てなくて大丈夫。落ち着いて一緒に探そう」

    責められない。
    急かされない。
    「どうして無くしたの?」とも聞かれない。

    ただ、隣にいてくれる。
    同じ目線で、一緒に探してくれる。

    それだけで、張り詰めていた何かが、音もなく緩んでいった。

    箱の中を覗き込みながら、陽向は小さく息を整える。
    震えていた指先が、ほんの少しだけ落ち着いていく。

    大丈夫。
    一人じゃない。

    フォトスポットの喧騒の裏で、その確かな実感が、静かに胸に灯っていた。


    ────────。


    「………って事があってね!!もー神っ!!神そのものなのよ!!昨日先輩居なかったらガチで私の文化祭一日は地獄の一日として死亡フラグだったわけ。ガチメシア。はー尊いっ!!死ぬ!!」

    文化祭二日目の朝。
    通学電車は、週末の特別感を引きずったまま、いつもより少しだけ浮かれていた。

    つり革が揺れる。レールの継ぎ目で、車体が小さく跳ねる。
    窓に映る自分の輪郭が、流れていく景色に溶けていく。

    やたらテンションの高い陽向は体ごと朔也の方へ向けて、言葉を弾丸みたいに放ち続ける。
    手を振り、目を輝かせ、昨日の一秒一秒を飾り立てるみたいに語っていく。

    「…はぁ〜………朝からうるせぇ………」

    朔也は、窓の外をうんざりと眺めていた。
    流れていく街並み。
    コンビニの看板。
    朝の光に白く反射する歩道。
    何も考えてないふりをするために、目に入るものをただ追う。

    そんな朔也の空気をまるで微塵も気にする事なく、陽向のトークは止まらない。

    「もー先輩の機転と優しさには脱帽ですわ。どんなご両親からどんなご家庭でどんなふうに育ったらあんな人類が爆誕するんだと思う?もはやあれは人類なのか?人類と同等とするには分不相応すぎるだろ。人類を超越してる。神なのよ。結論、神。」

    朔也は先ほど呆れたような声を落としながらも、耳は勝手に拾ってしまう。
    陽向の話の内容を。
    藤崎俊輔の、昨日起こした“完璧”を。

    確かに、ひなの話しが事実であれば。
    藤崎先輩の対応は只者では無い。

    お客さんへの対応。
    囲みにきた女子への適応。
    他の役員へ放った言動。

    全てがほんの一瞬でやってのけたのあれば、藤崎先輩は非の打ち所がない程の完璧な人間だ。
    それはもう、人間の器が違う。
    確かにひなの言う通り、神と言っても過言では無い。
    そんなの目の前で食らったら、どんな女子であろうとひとたまりもない。

    そしてそんな藤崎先輩が……いつか惚れる女がいるとするならば。


    藤崎先輩に選ばれる女は、よほどの相当完璧な女だろう。


    「はぁ〜今日はシフト被ってないから会えないんだよなぁー…先輩のクラスシフトの時間は私もクラスシフトだから先輩のクラスの催しに行けないし…」

    朔也は、隣でひたすら恋の顔を溢れさせ続ける陽向を横目で見やる。

    「丸一日会えないだけで…こんなに辛いなんて…恋の病ってしんどいなぁ〜…あー好き過ぎる…」

    声のトーンは軽いのに。
    言葉の端々に、痛いほどの本気が混じっている。



    もう充分だろ。

    リアコ満喫出来ただろ。
    恋の楽しさを知ったよな。
    沢山夢も見れただろ。



    そろそろ…潮時だな。



    「お前、何か忘れてねぇか?」

    ずっと無言を貫いていた朔也が突然口を開いた。

    「え?何かってなに?」

    キョトンとしている陽向に、朔也はわざと淡々と聞いた。

    「今日は何の日だ?」

    「文化祭?」

    「そりゃそーだけど!文化祭の最終日だろ!」

    「うん、それが?」

    完全に……忘れてやがる。

    朔也の中で、苛立ちが火花みたいに散った。

    「バカヤロー!最終日告白大作戦だよ!こ、く、は、く!」

    「えっ!!ほんとにするの!?」

    驚きで丸くなる目。
    その反応が、朔也の胸をさらに固くする。

    「当たり前だろ!その為に先輩と準備のペアになったんだろーが!」

    (…いや……あれは不可抗力だったんだけど………)

    朔也には、筋トレ追加メニュー免除の為に、自分の努力で勝ち取った体にしてたんだった。

    「えー……ま…じかぁ……告白出来るかなぁ〜…」

    「出来るかな、じゃなくてするんだよ!絶対逃がさなねーかんな」

    陽向は、視線を窓の外に逃がしながら、小さく言った。

    「まぁ…なるべく…頑張るよ……」

    陽向の声が、急にしぼむ。
    大きかった世界が、細くなる。



    今日で終わりにしてやる。
    何もかも。


    先輩に告白して、振られて、傷ついて、泣いて。
    どうしようもなくなって。
    無事に先輩に失恋したら。

    その時、こいつの隣にいるのは──




    俺だ。




    電車が次の駅に滑り込む。
    ドアが開く音。
    人が流れ込む。
    朝の空気が一瞬だけ入れ替わり、文化祭二日目の現実が、車内に押し込まれた。

    朔也は、つり革を握り直した。
    指に力が入って、白くなる。

    陽向はまだ気づいていない。

    この告白大作戦が、
    “恋を叶えるため”のものじゃなく──

    “終わらせるため”の刃として向けられている事を。



     
     
    会社員しながら子供5人の子育てに奮闘し、小説の執筆活動しています! 毎日のメイン執筆活動タイムは、話し長い部長の朝礼中と、会社のつまんない研修中です♡ 連載中「セカンドシーズンー好きな人を、真っ直ぐに。ー」 完結まで毎日更新します!

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