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セカンドシーズンー好きな人を、真っ直ぐに。ー【創作大賞ver】 第5話 ようこそ、生徒会へ

    そして──

    遂に、決戦の日を迎えた。




    生徒会役員総選挙。


    (無理無理無理……)

    逃げたい。
    帰りたい。
    今すぐここから消えたい。
    そう思うのに、足だけは、しっかり床に根を下ろしている。

    「ほら」

    小さな声。
    隣に立つ朔也が、陽向の背中を、軽く叩いた。

    「ここまで来たんだから、今さら逃げんなよ」

    陽向は、何も言えずに、小さく頷く。
    視線が、ふと、客席へ落ちる。

    体育館の中央。
    最前列にはズラリと現生徒会役員の錚々たる面子。

    そこに──いた。


    藤崎俊輔。


    見たら、心が揺れる。
    揺れたら、立てなくなる。

    そう思ったはずなのに目は勝手に、もう一度だけ俊輔を捉えてしまう。

    その瞬間。

    《次の候補者、星野陽向さん、お願いします。》

    司会の声が、マイク越しに体育館に響く。
    陽向は、マイクの前に立った。


    そして──深く、息を吸った。



    《1年2組、星野陽向です。この度、生徒会役員に立候補させていただきました。》

    全校生徒の視線が、一斉にこちらへ集まる。

    《正直に言うと…ここに立つことは、私にとって、とても勇気のいることでした。》

    陽向は、ぎゅっと指先に力を込めて、腹を括った。

    《私は、ずっと自分に自信がありませんでした。人前に出るのが苦手で、自分の意見を言うのも怖くて、”どうせ私なんて”と、いつも一歩引いた場所にいました。》

    言葉を口にするたび、胸の奥に溜め込んできた過去が、ひとつずつ解けていく気がした。

    《でも、本校に入学してから、私は初めて気づいたんです。誰かに支えられ、誰かに励まされ、誰かに背中を押してもらうことで、人は少しずつ、前に進めるんだということに。》

    声に、ほんの少しだけ、芯が宿った。

    《今、学校生活の中で、不安や孤独、悩みを抱えている人は、決して少なくないと思います。誰にも言えない気持ちを抱えたまま、毎日を過ごしている人も、きっといると思います。》

    全校生徒の胸の奥へ、静かに届いていく。

    大人でも、子供でもない。
    自分が何者なのか分からなくなる、思春期という曖昧な時間。
    この体育館にいる誰もが、大小の違いはあれど、同じような不安を抱えている。

    陽向の視線が、まっすぐ前を向く。

    《私は生徒会役員として、そんな心の声を拾える存在になりたいです。辛くても、寂しくても、泣きたくても、一人ぼっちで抱え込まなくていい。ここに居ていいんだと。そう思える場所を作りたい。》

    ずっと、透明人間になりたかった。

    誰の目にも触れず、誰にも迷惑をかけず、“私”という存在そのものが消えてしまえばいいと思っていた。

    《意見箱の設置や、生徒会役員主導による心の相談窓口。大人に話しずらいような心の内側に、“同じ生徒”という同等の立場だからこそ寄り添える。生徒会を、みなさんのそんな心の拠り所にしたいと思います。》

    朔也が私を無理矢理引きずり出して、背中を押してくれた。
    朱里ちゃんが私を変えてくれて、別の世界へ連れて行ってくれた。
    咲が私を受け入れてくれて、笑って隣に居てくれた。
    蒼太が私を正してくれて、間違っている時にちゃんと叱ってくれた。


    《生徒会役員に当選した暁には、私は決して、誰の事も置いて行きません。》



    ずっと、一人だった。

    誰にも必要とされないまま、誰の記憶にも残らないまま、静かに消えていくんだと思っていた。

    教室の隅で息を潜めながら、“居ないもの”として過ごしてきた時間を、忘れたことはない。

    だからこそ。

    陽向は、震える指先を強く握り締める。



    《全校生徒、誰一人として、独りぼっちにはさせません。》



    静まり返った体育館の中。
    陽向は、真正面から全校生徒を見渡した。

    その瞳には、もう怯えだけではない、確かな熱が宿っていた。

    《私はまだまだ未熟です。だから、私自身も……生徒会役員の活動を通して──》




    全ては、あの日から始まった。

    藤崎先輩と、出会ってしまったから。




    陽向は、無意識に視線を落とす。
    正面、最前列。

    俊輔のいる場所。

    俊輔は、いつものように穏やかな表情で、まっすぐこちらを見ていた。
    その瞳は優しくて、胸がきゅっと締め付けられる。

    それでも。

    陽向は、真っ直ぐに俊輔を見つめる。



    《近づきたいんです。》



    その言葉が落ちた瞬間、体育館の空気が、かすかに揺れた。

    俊輔の瞬きが、一瞬遅れた。

    陽向の視線が、確かに自分を捉えた。
    その一直線の想いに撃たれた瞬間、俊輔の脳裏に、先日の図書室の光景がフラッシュバックする。

    (近づけないんです!!死ぬんです!!キュン死するんですっっっ!!)

    あの必死な声。
    あの真っ赤な顔。

    《今よりもっと、好きになれる、理想の自分に。》

    その言葉は、誰に向けたものなのか。
    俊輔は、一瞬だけ分からなくなった。

    最後に、深く一礼。

    《どうか、星野陽向を、よろしくお願いします。》

    静寂の中で、陽向はゆっくりと顔を上げる。
    胸の奥で、小さく何かが震えていた。



    ワッ──



    一瞬の静寂を破るように、
    拍手が、爆発した。

    パチパチパチパチ──

    「……っしゃ!!」

    舞台袖。
    朔也は、思わず拳を強く握りしめてガッツポーズした。

    「……やっただろ、ひな……」

    不安で、怖がりで、それでも前に出たあいつが、今、こんなにも多くの心を動かしている。

    自分が背中を押した、なんて言葉じゃ足りない。
    これはもう、あいつ自身の力だった。

    パチパチパチパチ──

    その音の渦の中。

    俊輔は、静かに手を叩いていた。
    一つ一つ、噛みしめるように。

    「……刺さったな…………」

    誰にも届かないほど小さな声で、独り言のように呟いた俊輔。

    言葉が、まっすぐこちらに飛んできた。
    視線が、確かに自分を捉えた。

    ──近づきたいんです。

    その一言が、胸の奥に、静かに沈んでいく。

    拍手をしながら、俊輔はほんの一瞬だけ、視線を舞台上に戻す。

    壇上に立つ陽向。
    深く一礼をした顔を上げ、舞台袖へと履けていく。
    小さな身体が、少し震えているようにも見えた。


    拍手は、まだ止まない。


    それぞれの思惑を乗せた音が、体育館いっぱいに、鳴り続けていた。






    翌日、昼休み。
    一年二組の教室。

    「咲は絶対当選してると思うよ!陽向の演説めっちゃ最強だったし、その後の朔也の推薦者スピーチも、女子から黄色い声ちょー上がってたもん!」

    咲が身振り手振りで興奮気味に言うと、机を挟んだ向かい側から、すぐに突っ込みが飛ぶ。

    「そりゃだって、選挙期間の朝の挨拶運動で、正門で可愛い女の子見つけたら片っ端から口説いて、最後の方なんて“キャー、黒川くーん絶対投票するねー♡”なんて言われちゃってさ。鼻の下伸ばして…不純な票集めにも程がある!」

    「なにを偉そうに…お前だって生徒会に立候補したの、不純な動機じゃねーかよ」

    「まぁ……確かに……そうだけど……」

    陽向は、言い返せずに視線を逸らす。

    「まぁいいじゃねぇか」

    不意に、蒼太が柔らかい声で割って入る。

    「きっかけはどうあれ、1年生であんな立派な演説を陽向が出来たって事、俺は充分尊敬できるし、本当に凄いと思う」

    「蒼太……本当いい奴〜………」

    その瞬間だった。

    《ピンポンパンポーン》

    ざわついていた空気が、嘘みたいに静まり返った。

    《生徒の皆さんにお知らせします。》

    放送委員の、少し緊張した声。

    《昨日行われました、生徒会役員総選挙の結果をお知らせします。》

    ────陽向は見事、生徒会役員書記に当選した。


    怖さは、まだ消えていない。
    不安も、きっとこれから何度も顔を出す。

    それでも。

    昨日、あの舞台に立つ前の自分とは、確かに違う。
    足がすくんで、逃げ出したくて、それでも一歩踏み出した自分。

    ——進んだ。

    ほんの一歩かもしれない。
    それでも確かに、自分は前に進んだんだと。

    陽向は、胸の奥で、そっとそう確信していた。



    生徒会総選挙の当選者発表が行われた、その日の放課後。

    陽向の足は、毎日の日課である図書室へ向かっていた。


    放課後の図書室は、いつもと変わらず静まり返っていた。

    陽向は席に座り、読書をしながらその時を待った。

    ────今日は、会える気がした。

    胸は勝手に期待を膨らませていく。


    そして──


    ガラッ


    扉が開かれた音に陽向は反射で顔を上げた。
    視界の先に立つ影を見た瞬間、胸の奥がパンッと弾ける。



    「…君は……毎日必ずここに居るんだね」


    優しい笑顔に、キュンとした。


    「…………。」

    陽向は落ち着いて、俊輔に会釈を返した。
    そして俊輔は、図書室の入口で立ち止まったまま、柔らかい声を落とした。

    「今日は、星野さんに祝辞を伝えに来たんだ。少しだけ“近づいて”もいいかな?」

    ドキーーーーーンッッッ

    ……待て待て待て。
    それはちょっと、一旦待てるかな。

    予想もしなかった俊輔の言葉に、陽向の心拍数は一気に上昇した。
    胸の中で警報が鳴る。
    思考が追いつく前に、身体が反応する。

    ガタガタッ

    そしていつものように、騒がしく椅子の音を響かせて慌ただしく立ち上がった。

    パンパンッ

    スー!ハー!スー!ハー!

    両手の平で自らの量頬を叩き、腕を広げ降ろしてラジオ体操のように深呼吸をした。

    「ど…どうぞ!」

    俊輔は必死で笑いを堪えながら、図書室へ足を踏み入れた。
    一歩一歩、陽向に近づいていく。

    その足音が、やけに大きく聞こえる。
    床を踏むたび、陽向の心臓も同じリズムで跳ねる。
    距離が縮むほど、空気が薄くなる。

    無理無理無理無理。
    ここは図書室だよね?
    静かに本読む場所だよね?
    なんで私は今、命の危機みたいになってるの!!

    「ストーーーップ!!!!」

    叫んでいた。

    「……っ!」

    俊輔が、陽向から三メートル程の距離まで歩みを進めた瞬間、陽向の手のひらがビシッと向けられ動きが静止された。

    「…それ以上は……ちょっと厳しいんで、そんくらいでお願いします………」

    言いながら、陽向は息を飲む。
    この距離でさえ、心臓が破裂しそうなのに。
    それ以上なんて、無理だ。

    俊輔の表情が、一瞬だけ固まって──
    次の瞬間、口元がふっと崩れる。

    「……っぷ……くく……」

    まさか静止されるとは思ってもいなかった俊輔は、握った拳の横を口元に当てながら堪えきれないように微かな笑いを零れさせた。

    その笑い声が、図書室の空気を柔らかく揺らす。
    陽向の胸は、恥ずかしさでぎゅっと縮みながら、同時にどこか安心してしまう。

    はぁ──

    俊輔は、一度大きく溜め息をついて呼吸を整えると、いつもの穏やかな表情で言った。

    「生徒会役員、当選おめでとう。これからは“図書室友達”だけじゃなく、“生徒会役員仲間”として、よろしくね。」

    ズドギューーーンッッッ!!!

    いつものように安定に撃ち抜かれた陽向。

    “図書室友達”て。
    “生徒会役員仲間”て。

    こんな尊い神様に、そんな、まるでいかにも対等みたいな言葉を言われたら、恐れ多くて申し訳なくてこれから先の人生、生きていけません。

    胸の奥が、じんと熱くなる。
    嬉しいのに、怖い。
    近い言葉ほど、眩しすぎて、息が止まる。

    「…あ…りが……と、とう…ご…ご……」

    喉が詰まる。
    言葉が崩れる。
    でも、言わなきゃいけない。
    それだけは分かっていて、必死に形にする。

    緊張を隠せない陽向の様子に、俊輔はフッと優しく微笑んだ。

    「生徒会の役員活動で、いつもみたいに逃げられたら困っちゃうから、6月の最初の役員会議までにもう少し僕に慣れてくれると嬉しいな。」

    その優しい笑顔、本当に困るんです。
    核兵器なんです。

    生徒会役員になるからには、先輩の言う通り役員活動途中で逃げ出したり、パニック発作を起こしてる場合では無い。

    「……鍛錬………します………」

    「あはは、鍛錬って…まるで修行みたいだね」

    あぁ…

    キラキラ笑顔核爆弾が容赦なく攻撃してくる。

    陽向はもう、顔の熱を隠せない。
    頬が燃える。
    耳まで熱い。
    このまま溶けそうだ。

    「星野さんが早く慣れてくれるように、次の役員会議までに、僕もなるべく来れる時は図書室に頻繁に顔出すようにするね。」

    ズドギューーーンッッッ!!! ※本日2回目

    陽向はもう瀕死状態だった。
    頭の中では再び小人達の大戦争がくり広げられる。

    陽向はスッと片手を上げた。
    まるで試合のタイムを要求するみたいに。

    「先輩…ギブですっ……先輩の尊さに食らい続けて…ちょ…もう光量が強すぎて眩しくて限界です…逃げたいんですけど……き…今日のところは……この辺で勘弁して貰ってもいいですか……」


    一瞬の静寂。

    俊輔の目が、ゆっくり瞬く。
    そして、次の瞬間──

    「……っあははは──!」

    俊輔の弾けるような爆笑の声が図書室に響いた。

    こんな風に声を上げて笑う俊輔を、陽向はまだ見慣れる事が出来ずにいる。
    そのレアすぎる光景に、胸がぎゅっと掴まれて、さらに息が苦しくなる。

    「…あー…堪えようと思ったけど無理だったなぁ〜…女の子に逃げたいなんて言われたの初めてだよ〜」

    俊輔はまだ笑いが止まらない様子で涙を拭いながら言った。

    陽向は、顔から火が出る程真っ赤だった。
    恥ずかしい。
    死にたい。
    今すぐここを立ち去りたい。

    「いいよ、行って。ごめんね引き止めちゃって。貸し出し管理用紙はもう書いたの?」

    その声は、笑いを含んでいても、優しさが崩れない。
    陽向の喉の奥が、きゅっと鳴る。

    「来て最初に書きましたっっっ……失礼します!!!」

    陽向はドビューーンといつものように嵐の如く去っていった。

    扉が閉まる音が遠ざかっていくと、図書室にはまた静けさが戻る。
    でもその静けさは、さっきまでの静けさとは違った。
    笑いの余韻が、空気の中に薄く残っている。

    「…本当に……また意表つかれちゃったなぁ〜…」

    笑を含んだまま、言葉を零す俊輔。

    俊輔は、窓際の席へ戻りながら、自分でも知らない間に口元が緩んでいることに気づく。
    面白い、だけじゃない。
    可愛い、だけでもない。

    昔から、女の子に囲まれる事や追われる事ばかりだった。
    自分に近づきたいと言う目。
    振り向いてほしいと言う声。
    距離を詰めれば、嬉しそうに笑う子たち。

    女の子って積極的な生き物なんだと思ってた。

    こんなふうに、避けられて、逃げられて、こちらが近づこうとすると必死で離れていく女の子は、今まで出会った事がない。

    その“必死さ”が、なぜか、胸の奥に静かに残る。
    刺さったまま、抜けない。

    俊輔は、そっと息を吐いた。

    そして、ページを開きながらも──
    もう一度、さっき扉の向こうへ消えていった背中を、頭の中で思い出してしまうのだった。







    そして、次の日。

    陽向は、臆病な気持ちを胸の奥に押し込めながら、図書室へ向かっていた。

    昨日の出来事が、まだ体の内側に残っている。

    来るかもしれない。
    来ないかもしれない。

    ……でも、来る気がした。

    それが希望なのか、覚悟なのか、自分でも分からないまま、陽向の手は、いつもより少しだけ重く扉に触れた。

    ガラッ。

    扉を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは──

    いつもの席。
    いつもの窓際。

    そして、まるで最初からそこに居るのが当然みたいに、こちらを見つめていた俊輔の姿だった。

    「待ってたよ。大丈夫そうであれば…良かったらどうぞ。」

    (ギャーーーーー!!!!“待ってたよ”!!??”)

    穏やかな声。
    耳を疑うような台詞。

    俊輔は、自分の席のテーブルを挟んで向かい側、正面の席を、手のひらで指し示した。

    ──そう………来たか。

    心臓が一気に臨戦態勢へ切り替わる。
    陽向は背筋を正し、内側で気合いを入れる。

    これは修行だ。
    生徒会役員たるもの、ここで怖気づいてはならない。

    高鳴る鼓動を必死で抑え込みながら、俊輔の指し示す窓際のテーブルへと歩みを進める。
    床を踏むたび、音がやけに大きく感じる。
    距離が縮むほど、空気が薄くなる。

    ふぅ──。

    大きく深呼吸をひとつ。
    よしっ、と気合いを入れて、俊輔を視界に入れないようにして、正面の席に腰を下ろした。

    「心、頭、滅、却!」

    胸の前で両手を合わせ、
    自分に言い聞かせるように放ったその言葉。

    「…ぶ…っ」

    俊輔の喉が、不意に鳴った。

    「心の声出てるよ?笑」

    「はっ!!!」

    自分の失態に気づいた瞬間、陽向の血の気が一気に引く。

    「星野さんて、心の声隠せないタイプだよね」

    「すいませんすいません!!本当に申し訳ありません!!」

    勢いで頭を下げると、前髪が揺れた。

    「いや、いいよ。面白いから。そーゆう子、信頼出来るしね」

    その一言が、胸の奥に、静かに落ちる。
    そんな評価を、こんな近距離で、この神様から受け取るなんて。

    「………〜〜〜〜っっっ」

    陽向は耐えきれず、逃げるようにスクールバッグから本を取り出し、勢いよく開いた。

    しばし視線を文字に落とすことで、ようやく呼吸を取り戻す。

    「そー言えば星野さんって、外国人作家が好きなの?」

    「……えっ…!?…あ…あ、はい?」

    不意に投げられた問いに、肩が小さく跳ねる。

    「貸し出し管理用紙見ると、外国人作家の本が多いなーって思ってて」

    見られてた。

    自分がどんな本を借りているか。
    どんな世界を選んでいるか。
    胸の奥が、むず痒くて、落ち着かない。

    「あー…そう…ですね…まぁ…日本人作家も普通に読みます…けど……」

    「僕、外国人作家だと、ノア・ウィンチェスター、ベンジャミン・ローウェル、あとエヴァン・ミラーあたりが好きなんだけど、読んだ事ある?」

    「ベンジャミン・ローウェル!?『星に触れるまでの距離』大好きですよっ!!!」

    一瞬で、陽向のスイッチが切り替わった。
    緊張も、距離も、全部置き去りにして、言葉が、感情が、先に飛び出す。

    「本当?いいよね、主人公がさ、星に触れないって分かってるのに、それでも観測をやめないところなんか。」

    「そーなんですよっ!!普通、ああいうファンタジーって“いつか触れる”前提じゃないですか!?でもこの作品、最初から世界観のルールとして”星には触れられない”って明言されてるのが最高で!!」

    気づけば、身振り手振りを交え、言葉はまくしたてるように止まらなくなっていた。
    つい早口になってしまうのも、いつもの事だった。

    「星に近づくほど身体が壊れていく設定もえげつないし、観測塔の高度が上がるたびに、視力が落ちたり、手が震えたり、最終的には自分の名前すら曖昧になるじゃないですか!?それなのに主人公、“触れられないなら、距離を測り続ければいい”って発想に切り替えるの、あれ天才すぎません!?諦めじゃなくて、再定義なんですよ!!」

    言葉に熱が宿る。
    瞳が、キラキラと輝く。
    まるでひとり劇場をくり広げているかのように、表情をくるくると変えてマシンガントークが止まらない。

    「しかも観測理由が、“星の正体を解き明かしたい”とか“世界を救いたい”じゃなくて、ただ『この光を、好きだって言える自分でいたい』なのがもう……あぁ…無理…エモい…尊いーっ!!!」



    はっっっっっ


    「………………。」



    またやってしまった。



    「……くく…っぷ………」

    俊輔の肩が震えているのが視界に入った瞬間、爆語りをピタッと止めたが既に遅かった。

    「あははは…!」



    俊輔は、また子供みたいに笑った。



    「…は〜ごめんごめん…笑うところじゃないよね!いやー百面相見てるのかと思ったよ!」

    カァァァッッッと一気に、熱が顔へ集まる。

    無理。
    耐えられない。

    ガシッ。

    スクールバッグを掴んだ瞬間、陽向の身体はもう逃走ルートを選んでいた。
    そのまま、勢いよく図書室を飛び出す。
    扉が閉まる音が、静けさの中に吸い込まれていく。

    「…あーあ。また逃げちゃった。」

    俊輔は、図書室の時計に視線を移した。

    秒針が、静かに進んでいる。

    「10分か…初回にしては頑張ったんじゃないかな」

    そう呟いた声は、どこか楽しそうで、そしてほんの少しだけ、優しかった。


    それからというもの。

    陽向と俊輔は、図書室で言葉を交わす時間が少しずつ増えていった。

    窓際のテーブル。
    いつもの席。
    向かい合って座る、その距離。

    最初の頃は、椅子に腰を下ろすだけで心臓が跳ね、喉が詰まり、視線の置き場にすら困っていた。

    それでも。

    日を追うごとに、少しずつ、確実に変わっていった。

    俊輔の声を“音”ではなく、“言葉”として受け取れる瞬間が増えていく。

    完全に平気になったわけではない。
    緊張は、まだそこにある。

    その感情の間で揺れながら、陽向は毎日、同じ時間、同じ場所に足を運んでいた。




    そして季節は、六月上旬。

    今年度新体制となって、いよいよ初めての生徒会役員会議の日が訪れた。

    放課後。

    陽向は、生徒会室の前に立っていた。


    逃げない。
    今日は、逃げない。

    自分に言い聞かせるように、深く息を吸う。
    そして、ゆっくりと吐いた。


    ガラッ。


    扉を開いた瞬間、空気が変わった。


    複数の視線が、一斉にこちらを向く。
    陽向は反射的に、小さく会釈をして、一歩足を踏み入れた。

    生徒会室には、まだ会議が始まる前特有の、曖昧な空気が漂っていた。
    引き継ぎ先輩たちの落ち着いた雰囲気。
    新役員たちの、少し浮いた緊張感。

    どこに座ればいいのか。
    誰の隣なら、許されるのか。
    一瞬、迷ったその時。

    「星野さん」

    聞き慣れた、穏やかな声。
    陽向の肩が、わずかに跳ねた。

    「…藤崎先輩……!」

    振り向いた先にいたのは、いつもの俊輔だった。

    変わらない、柔らかな笑顔。
    図書室で見るのと同じなのに、ここでは少しだけ、凛として見える。



    「ようこそ、生徒会へ」



    その一言が、静かに、けれど確かに胸に落ちた。

    それは歓迎であり、認められた証であり、そして──同じ場所に立ったという合図だった。

    じんわりと、生徒会役員になったという実感が広がっていく。

    「……よろしくお願いします!」

    陽向は、思いのほか深く、ぺこりと頭を下げた。

    その直後だった。

    「あれー?もしかして、星野陽向ちゃん!?」

    明るい声と一緒に、俊輔の背中の向こうから、ぴょこっとロングヘアの先輩が顔を出した。

    屈託のない笑顔。
    黒く艶やかなストレート髪。
    前髪を作らないで、おでこを出したワンレングス。
    端正な美人しか似合わないが、美人が最大限に引き出されるようなヘアスタイル。
    場の中心に立つことに慣れている人特有の、迷いのない立ち姿。

    「唯一の一年生で当選するなんて凄いよね!でも陽向ちゃんの演説すっごく良かったよ!!私あれ聞いて、この子当選するかもなーって思ったもん!!」

    言葉が、ぱっと花開くように次々と投げられる。

    「え…あ、ありがとうございます!」

    反射的に返事をしながら、胸の奥がそわりと落ち着かない。

    「他の子の演説は、なんかありきたりだったり、あとは……」

    その言葉の続きを待つより早く。

    その女生徒の先輩は、あまりにも自然な動作で、俊輔の腕に自分の腕を絡めた。

    迷いも、躊躇もない。
    まるで、そうするのが当然であるかのように。

    「女子なんか、みーんなあからさまに俊輔目当てって感じがだだ漏れだったもん!ねー!俊輔ー♡」

    声のトーンが、わずかに上がる。
    甘さを含んだ呼び方。
    腕を組んで擦り寄る距離の近さ。

    その光景を目にした瞬間、陽向の瞳が一瞬、ぎょっと広がった。

    「え、そうかな…」

    俊輔は腕を組まれても、特に困った様子も見せず、静かな声でそう返す。
    拒むでもなく、受け入れるでもなく。
    ただ、いつも通りの穏やかな慣れた態度。

    「その点、陽向ちゃんは、俊輔目当てとか全然そんな感じ、しなかったから!」

    グッサーーーーー!!!

    言葉が、鋭い刃になって、一直線に胸を貫いた。
    息が、一瞬止まる。

    いや……
    ガッツリ先輩目当てでした……
    ごめんなさい……。

    喉の奥で、誰にも聞こえない言葉が転がる。
    そんな微妙な空気を、切り替えるように。

    「はーい、みんな揃ったかな?それじゃ始めるのでみんな座って下さーい。」

    顧問の先生の声が、生徒会室に響いた。
    張り詰めていた糸が、ぷつりと切れるように、空気が動き出す。

    陽向は、そっと息を吐きながら、自分の席へと向かった。

    「今日から新しい生徒会役員です。これから一年、学校を支える立場になります。今年度から新たに加わった役員は、分からないことは先輩に聞きながら、一緒に頑張っていきましょう。」

    ──そしてついに、生徒会役員会議が始まった。

    まずは役員紹介。
    昨年度から引き継いでいる役員の生徒から、順に名前と役職が読み上げられていく。

    (……さっきの人……先輩と一緒の副会長で…3年生だったんだ………)

    俊輔の腕に自然に絡められていた、あのロングヘアの先輩。

    同じ副会長。
    役職を共にする関係。

    そう思った瞬間、先ほどの距離の近さが、ようやく腑に落ちた。

    (凄いな……あんなキラキラ核兵器に、あんなにお構いなく行けるなんて………)

    自分とは、住んでいる世界が違う。

    (もしや……付き合ってたりするの…かな……)

    そうであってもおかしくないと思える程、陽向の目には副会長の朝比奈凛佳が眩しく映った。

    会議は、その後も淡々と進んでいく。


    陽向はまだ知らない。


    この場所が、この生徒会室が、これから先、何度も心を揺らす舞台になることを。


    会議が終わり、椅子を引く音が重なって、生徒会室にざわめきが戻ってきた頃。

    「星野さん!同じ書記としてこれからよろしくね!」

    陽向の耳元に、柔らかな声が落ちてきた。

    「わかんない事あったら遠慮なく聞いてね」

    顔を上げると、そこに立っていたのは、前年度から役員を継続している二年生の橘 梨愛(たちばな りあ)先輩だった。
    穏やかな笑顔。
    安心感のある声色。

    張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。

    「よろしくお願いします!」

    陽向は、反射的に元気よく頭を下げた。
    しかしその直後、橘 梨愛は、少しだけ声のトーンを落とし、肩を寄せるようにして囁く。

    「…ねーねー、さっき朝比奈副会長に洗礼受けてたね」

    「え?洗礼?」

    陽向は、きょとんと目を瞬かせた。
    全くもって、自覚なし。

    「目の前で、藤崎くんと仲良しアピール♡されてなかった?」

    「え?アピール…ですか?」

    「そうだよー!しかも遠回しに、“あなたは敵じゃない”みたいにディスられてなかっ?」

    「え、あれそうだったんですか」

    「わかんないけどね!でも少なからず生徒会の女子はみーんな藤崎くん狙いだから、朝比奈副会長から結構やられてるんだよね。“俊輔は私のもの”って感じ?」

    「………はい…?」

    言葉が、理解に追いつかない。
    頭の中で、今までと違う世界のルールが、音を立てて猛スピードで組み上がっていく。

    「藤崎先輩と朝比奈先輩は、付き合ってるって事ですか?」

    ド直球に、陽向そのままの疑問をストレートに投げた。

    「あはははっ!まさか。多分朝比奈先輩の片想い。」

    橘梨愛は高く笑った。
    その後も明るく続ける。

    「勿論、私も藤崎くん好きだから、陽向ちゃんも狙ってるならそこはお互い恨みっこなしでよろしくね♡」

    「……………。」

    返事が、喉の奥で完全に固まった。

    笑顔。
    明るい声。
    柔らかい言葉。

    なのに、その全部の裏側に、はっきりとした“線引き”が見える。

    なんだ、この空間。
    なんだ、この距離感。
    なんだ、この、笑顔の奥で静かに剥き出しになっているものは。

    生徒会って……もっと、キラキラしている場所だと思っていた……

    (バッチバチの女の戦場やないかい!!)

    ここは、ただの役員活動の場じゃない。
    感情も、視線も、立場も、すべてが絡み合う場所。



    生徒会、怖っっっ!!!!



    ここが、生徒会室だ。
    ここが、現実だ。

    憧れと、現実と、居場所と。
    それらが混ざり合うこの空間で、陽向の新しい時間が、静かに動き始めていた。



    ※こちらは、創作大賞2026【エンタメ原作部門】応募用に、原文の小説を大幅シーンカット、短縮したものです。
    物語を更に深く読まれたい方、物語の続きに引き続き進んでいただける方は、下記原文小説を拝読いただけますと幸いです。
    【原文小説】↓

     
     
    会社員しながら子供5人の子育てに奮闘し、小説の執筆活動しています! 毎日のメイン執筆活動タイムは、話し長い部長の朝礼中と、会社のつまんない研修中です♡ 連載中「セカンドシーズンー好きな人を、真っ直ぐに。ー」 完結まで毎日更新します!

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