『24歳、未完成な私たち』 第4章 心に、期待が通る
カラオケの部屋は、
さっきよりも少しだけ落ち着いていた。
最初の勢いは過ぎて、
それぞれが好きな曲を入れて、
ゆるく回していくような空気。
誰かが歌って、
誰かが笑って、
また次の曲が流れる。
その繰り返し。
「次、何入れる?」
リモコンを見ながら、
颯太がこっちに向けて言う。
「あ、どうしよ」
少し覗き込むと、
「あ、それ知ってる」
同じ曲を指差していた。
「え、ほんと?」
「うん、よく聴いてた」
少しだけ驚く。
なんとなく、
聴いてなさそうって思ってたから。
「意外」
思わず言うと、
「それ、よく言われる」
軽く笑う。
「じゃあ入れよっか」
そのまま曲を入れる。
イントロが流れて、
「あー、懐かしい」
ほぼ同時に言って、
少しだけ笑う。
歌いながら、
同じタイミングで口ずさんだり、
サビでちょっと声が重なったりする。
なんか、いいな。
こういうの。
無理に合わせてる感じじゃなくて、
たまたま合ってる感じ。
それが、なんとなく嬉しかった。
「次これどう?」
「え、好きそれ」
また被る。
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ入れるわ」
そのやり取りが、
思っていたよりも楽しい。
盛り上げようとしなくても、
自然に会話が続く。
ふと周りを見ると、
美羽は向かいで楽しそうに笑っていて、
莉子も隣で普通に会話している。
それぞれが、それぞれにいい感じ。
その中で、
自分もちゃんと馴染めている気がした。
時間が少し経って、
ふと時計を見る。
思っていたより、もう遅い。
「あ、私そろそろ出るかも」
ぽつりと言うと、
「もうそんな時間?」
颯太が画面を見る。
「遠いって言ってたもんね」
「うん、ちょっと」
終電はまだ大丈夫だけど、
余裕を持って出たい距離。
「じゃあ一回ここ出る?」
誰かが言う。
「どうする?まだ行ける人は飲み直す?」
自然とそんな流れになる。
「俺は全然いけるけど」
「俺も」
「じゃあ一旦解散して、行く人だけ行く?」
そんな会話が軽く続く。
「じゃあ会計どうする?」
誰かが言うと、
「ここはいいよ」
颯太が立ち上がる。
「え、いやいや」
「今日はこっちで出すって決めてたし」
そう言いながら、
もう伝票を持ってる。
「ありがとう〜!」
美羽が笑いながら言って、
空気がそのまま流れる。
颯太はそのまま部屋を出て、
会計に向かう。
その背中を、
なんとなく目で追う。
こういうとこなんだろうな、って思う。
さりげなくて、
でもちゃんとしてる。
「じゃあ、先出よっか」
戻ってきた颯太がそう言って、
自然な流れで、
一緒に部屋を出る。
さっきまでの賑やかさが、
少しずつ遠ざかっていく。
「楽しかった?」
ぽつりと聞かれる。
「うん、楽しかった」
さっきと同じ答え。
でも、
今の方が少しだけ、ちゃんと本音に近い。
「よかった」
短く返ってくる。
その言い方が、
なんだかちょうどいい。
少しだけ間が空く。
気まずいわけじゃないけど、
何かを探してるみたいな時間。
「さっきさ」
颯太が口を開く。
「ほんとに無理してなかった?」
「え?」
「こういうの、気使うでしょ」
少しだけ、笑いながら。
でも、
ちゃんと見てた感じの言い方。
「……ちょっとは」
正直に言うと、
「だよな」
って、すぐに返ってくる。
否定しない感じが、
少しだけ安心する。
駅に近づくにつれて、
人も増えてくる。
そろそろ、別れるタイミング。
「あのさ」
立ち止まる少し前に、
颯太が言う。
「よかったらさ、またご飯行かない?」
あまり間を置かずに。
でも、軽すぎもしないトーンで。
少しだけ、驚く。
でもそれ以上に、
ああ、って思う。
自然だなって。
「うん、行きたい」
ほとんど迷わずに、答えていた。
「じゃあ、あとで連絡する」
「うん」
短くやり取りして、
「気をつけて帰ってね」
そう言って、
軽く手を上げる颯太。
「うん、ありがとう。またね」
そのまま、
それぞれの改札に向かう。
電車に乗って、
座席に座る。
さっきまでのことを、
なんとなく思い返す。
楽しかったし、
ちゃんと話せたし、
自然だった。
ポケットの中で、
スマホが震える。
取り出して画面を見る。
森谷颯太
『今日はありがと、楽しかった』
シンプルなメッセージ。
でも、ちゃんと早い。
少しだけ考えてから、
『こちらこそ、ありがとう!楽しかった!』
送る。
すぐに既読がつく。
『よかった笑
また来週とかどう?』
来週。
具体的な言葉。
『うん、大丈夫!』
打ちながら、
なんだか少しだけ、
笑ってしまう。
順調だ。
たぶん、すごく。
周りから見ても、
きっといい感じ。
でも、
その“順調さ”の中にいる自分が、
少しだけ不思議だった。
それでも。
今はまだ、
この流れに乗ってみてもいい気がした。