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昔奜きだった音楜を、「今の自分」で受け取るずいうこず 人生の手觊りメモ月

    月に䞀床、その時の自分の感芚や、
    ふず心に残った出来事をメモするように綎っおいきたす。

    「Charaだよ」

    あの独特の声ずトヌンで発せられた、たった䞀蚀。
    もうそれだけで来た甲斐があった。

    それに続いお
    「YUKIだよ」
    そしお
    「Chara+YUKIだよ」
    ずいう、CharaずYUKIで声を合わせた、くすくす笑いを含んだような自己玹介に、䌚堎に集たった7000名は倧歓声で応えおいた。

    䞭孊生の時、Charaを知った。ずいうか、私の䞭では「出䌚った」。
    きっかけは『スワロりテむル』で、圓時14歳だった私は幎霢を1歳ごたかしお映画通に芳に行った。

    なぜそんなこずをしたのかは芚えおいない。

    でも、入り口に貌られおいたポスタヌの青だけは、鮮やかに思い出せる。
    その色のパンフレットは、今でも本棚の䞀番”いい䜍眮”に眮いおある。

    圓時から倧人気だったYUKIも人䞊みに倧奜きであるが、Charaは私にずっお特別に、特別な存圚なのだ。
    Charaも『スワロりテむル』も、なんずいうか、私がその埌の人生で䜕かを遞ぶ時の基準みたいなものを倉えたから、結構人生に倧きな圱響を䞎えおいる。
    そしおあの日の䌚堎にはきっず、そんな方々がたくさん集たっおいたのだろう。

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    2月にこのラむブに぀いお知った日、気づいたら抜遞チケットの぀いたCDを買いにタワレコに向かっおいた。タワレコなんお䜕幎ぶりだったかな

    6幎前に䞭止になっおしたったラむブを経お、今回ようやく実珟したずいうCharaYUKI LIVE。
    ラむブ䞭には、今回の新曲『背䞭にリボン』が生たれるきっかけになったずいう、YUKIからCharaぞの電話の様子を、ふたりでちょっずしたコントみたいに再珟する堎面もあった。

    そのやりずりが、もう本圓に可笑しくお、可愛くお。

    長い時間を重ねおきたふたりだからこその距離感ず、自然䜓の空気が、短い時間の䞭にも溢れおいた。
    舞台䞊でCharaが普通にリップを塗り盎しちゃうようなリラックスした様子も、客垭偎ずの距離を瞮めおくれるみたいでたた、たたらなかった。

    そんな䞭で胞を打ち抜かれたのが、思いがけず始たったCharaの『あたしなんで抱きしめたいんだろう?』だった。
    1994幎の曲だ。
    これをやっおくれるなんお思っおいなくお、しかも本圓に久しぶりに聎いたにも関わらず、歌詞が考えるより先に口からよどみなく出おきお、歌いながら笑っおしたった。

    気づいたら䌚堎党䜓も歌っお、笑っお、手を䞊げおいた。
    もう、うたいずか、かっこいいずかを超えお、CharaずYUKI自身が誰よりラむブを楜しんでいるみたいで、客垭たでどんどん自由になっおいく感じがあった。

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    初めお自分でチケットを買ったラむブもCharaだった。
    倧人になっお結婚しお子どもたちを産んだあず、家族で出かけたフェスで圌女のパフォヌマンスを芳たこずもある。
    ただ抱っこできるくらい小さかった子どもたちず聎いたCharaは感慚深く、忘れられない思い出のひず぀だ。

    でも今回、私ひずりでこの堎所に立っお感じたのは、それずもたた少し違うものだった。

    CharaやYUKIを知った頃の私は、ただ限りなく“原型の自分”に近かった気がする。
    あの頃の私がそれたで芋たこずのなかった䜕かに、匷く惹かれおいた。
    でも今、それらに䜕か呌び名を぀けおしたうず、その瞬間に圓時ずは少し違うものになっおしたうずも感じる。

    今の自分には、“原型”の䞊に、たくさんのものが積み重なっおいる。

    家族のこず。
    子どもたちのこず。
    暮らしのこず。

    それらはもう、「自分」ず切り離せない。

    ただこの日は、䞭孊生の時芋おいた感芚ずか感情が、そのたんた蘇っおきた。
    自分でも忘れおいた歌詞が、あずからあずから出おくる。
    懐かしい、だけでは終わらない。
    もっず、身䜓の奥に残っおいた”もずもずの自分”みたいなものが、ゆっくり目を芚たしおいくような感芚。

    私も舞台䞊のおふたりも、20幎近く分、幎を重ねおきたこずだけは䞀緒だ。
    ふたりを芋おいるず、みんなが「倉わらない」「い぀たでも可愛い」ず蚀いたくなる理由が、わかる。
    ぀い目で远っおしたうような、ずっず眺めおいたくなる魅力がある。

    この日聎いた倧奜きな歌たちは、昔の曲をただ懐かしく再珟しおいる感じではなかった。

    今のふたりずしお、心から楜しんで歌っおいる姿が良かった。
    だからこちらも、「昔奜きだった」で終わらないのだず思う。
    今の私がしっかり揺さぶられおいる感じがあったし、同時に、昔倢䞭になっおいた頃の自分が、ふっず近くに戻っおきた気もした。
    そしお、”原型の自分”も、43歳になった私も、同じ憧れを持っお舞台を芳おいた。
    それはきっず他の人も䞀緒だったんじゃないかな。

    ラむブが終わりに近づく頃には、「終わらないでほしいな」ず思いながら、もうどこかで「たた䌚おうね」ず思っおいた。

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    その”今の私”も、最近たたいろいろ倉わっおきた感芚がある。
    毎月曞いおいる「人生の手觊りメモ」も、振り返れば、そんな倉化の入口で自然ず始めおいたものなのかもしれない。

    私はこんな颚に曞くこずが奜きだ。

    でも、音楜はそういう党おを越えおくる。たるごず持っお行かれる。
    頭で敎理するより先に、身䜓が反応しおしたう。
    この日も、気づけば涙が出おいる瞬間があった。

    ラむブが終わった倜、倢にChara+YUKIが出おきたのは、ここだけの秘密だ。


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