
フランス菓子を再構築④バターを使わずにシューを焼いて「パリ・ブレスト」を作ってみた
しっかり焼き込んだ固めの皮と、たっぷりのクリームが美味しいシュークリーム。久しぶりに作ろうと、レシピを見返したら手が止まりました。バターけっこう使うのね。シュークリームはクリームのほうにカロリーが集中してそうですが、実はあの薄い皮にも、そこそこ油脂が入っているのです。

シューのバターはスポンジケーキの2倍。
子供の頃、シュークリームといえばスーパーの小さなプチシュー。柔らかい生地のひと口サイズのものでした。上京してパティスリーで美しいエクレアやサントノーレを見たときは衝撃を受けました。硬い歯ごたえのある皮に濃厚なクリーム。形を変え、クリームを変え、名前も変わるこの生地の汎用性の高さにもワクワクしました。
20年以上経った今、美味しさへのリスペクトは変わらないけれど、使う素材は少しずつ変わりはじめています。油やお砂糖を減らして、心にも身体にも美味しいおやつを作るようになりました。
試作を重ねるうちに、フランス菓子のクリームを豆腐に置き換える精度は、かなり上がってきました。
家族ができてから、「健康」という選択肢の中に大豆製品が増えました。味噌や納豆、豆腐を買うとき、思い出すシェフの言葉があります。
「日本の大豆の自給率、知ってますか?」
仕込み中、地元野菜を愛するフレンチシェフと話していたとき、ふとそう聞かれました。
醤油、味噌、豆腐──日本の食を支えているはずの大豆。実は、その多くを輸入に頼っています。一方で、日本のフランス料理店が地元の食材を使って地産地消を進め、日本らしさを前面に出していることもあります。「これじゃ何が日本の料理なんだかわかりませんね」と、シェフは笑っていました。
大好きなフランスの伝統菓子を、今の自分が心から「美味しい」と思える軽やかな形で思いっきり食べたい。日本の食材を応援しながら楽しめるなら、なお嬉しい。
そう思って試作が始まりました。
条件は、あのしっかり焼き込んだ皮の食感だけは譲らないこと。
米粉は小麦粉より油を吸わない
小麦粉より米粉のほうが油を吸う量が少ないので、米粉で生地を作れば必要な油は少なくて済むはずです。
小麦粉を「米粉」にして シュー皮の油分を10%減らしてみる
シューは膨らむときに小麦粉のグルテンが骨格になります。米粉にはグルテンがありませんが、代わりにもちっとした粘りがあります。煎餅にもなれるお米ですから、しっかり焼けばパリッとした焼き上がりになるはずです。あの譲れない食感を、むしろ米粉のほうが実現できるかもしれません。
せっかく試作するなら、油も植物性のココナッツオイルにして、バターとの違いを見てみることにしました。
水分と粉を合わせて加熱しているとき(シュー生地を作るときの絶対に必要な「糊化」(こか)の工程です)、雲行きが怪しくなってきました。


14gも余った!!
原因は、油の純度でした。普段お菓子作りに使うバターは「約80%が脂質で、残りは水分」ですが、ココナッツオイルは「100%脂質」です。米粉が抱えきれる油のキャパシティを超えていました。余計なことをしてしまった!
糊化の段階で生地と結びつききれず、油が外に吐き出されてしまったのです。
豆腐は卵の代わりにはならない
シュー生地が膨らむ仕組みはシンプルです。生地の中の水分が加熱で急激に蒸発し、その蒸気圧が生地を内側から押し広げます。つまり必要なのは、伸びる生地と、水蒸気になるための水分です。
蒸気の水分となる卵を「豆腐」に置き換えるのはどうだろうか?
絹ごし豆腐の約90%は水分。ペースト状にして混ぜ込めば、安定した「蒸気源」になるはず。大豆には天然の乳化剤・大豆レシチンが含まれていて、油脂と水分をつなぐ働きをしてくれます。さらに卵と同じく「タンパク質のある水分」です。
これなら卵に置き換えても問題ないのではないか。
糊化した生地にペーストの豆腐を練り込みました。乳化剤の役割は果たせているようで、滑らかな生地になりました。

シュー生地が白い。
水分を加えながら固さを調整するので、本来の80gの卵が入るはずが、豆腐だと150gも必要でした。暗雲に包まれておりますが、3cmほどの小さなプチシューに絞ってみました。



半分に割ってみます。空洞になっているはずの底に、とろりとした「カスタード状の豆腐」がそのまま溜まっています。

通常のシュー生地なら、卵白のタンパク質が熱でカチッと固まり、建物の「鉄骨」のようになって膨らんだ膜を支えてくれます。(タンパク質の熱変性といいます)
しかし、豆腐のタンパク質はすでに熱で固まったあとのものでした。それ以前に固まる力が弱すぎるのですが。またしても余計なことをしてしまった!自らの重さに耐えかねて底へ沈み、「とろり」になって残ってしまったわけです。

良く言えば「豆腐カスタード」
悪く言えば「なま生地」
それならばと、生地の骨組みを補強すべく、片栗粉やオートミール粉を混ぜて再挑戦してみましたが、結果は変わりませんでした。強いて言えば、香ばしさがアップしました。

豆腐で油分を減らしても美味しくなる方法
色々と寄り道してしまいましたが、最初の目的はバターを減らすことでした。
豆腐が水分と油分を繋ぐ役割ができるのはわかったので、バターの部分を「少量の油と豆腐」に置き換えることにします。ココナッツオイルは香りにクセがあるので、太白ごま油を使うことにしました。
バターを「太白ごま油1:豆腐4」で置き換える。
バターを無くし、油分を80%減らしてもコクが出るように、米粉とオートミール粉をブレンドする。
豆腐の水分が増えますが、オートミール粉の吸水率が米粉より高いので、水分を適度に吸ってくれるはずです。
【シュー生地】
水 50g
牛乳 55g
太白ごま油 9g
絹豆腐(ペースト状にする) 36g
塩 2g
米粉 45g
オートミール粉 10g
卵 60g


米粉とオートミール粉を一気に入れる。

鍋底に押し付けながら混ぜる。(1分くらい)

鍋底にも薄っすら膜がはります。

フードプロセッサーで卵を乳化させる

絞れる固さになりました。
試しに焼くと問題なく膨らみました。油分が少ないので皮が柔らかくなりやすいようです。シューを焼くときは、割れた裂け目にも焼き色がつくまで「焼き切る」のがポイントです。今回はさらにその後、温度を下げて乾燥焼きさせることでカリッとした状態を作ることができました。

現場でもよくあります。
バターを入れず味気なくなると残念ですが、オートミールがほんのりと甘みと香ばしさを足してくれるので、生地として美味しく仕上がりました。
パリ・ブレストで丸を描く
このシュー生地で焼き上げる形は、「パリ・ブレスト」に決めました。
1891年、自転車レースの開催を記念してフランスで作られたお菓子です。パリとブレスト往復約1,200kmを走る、世界最古の長距離自転車レースと言われています。車輪を模してリング状に絞られたシュー生地の中には、選手たちのエネルギー補給を目的としたプラリネクリームが詰められました。
円環のケーキとは、なんて素敵なビジュアルなんだろう!と思っていたら、自転車の車輪だったとは。当時パティシエの卵だった私には驚きの由来でした。クラシックなパリ・ブレストもまたいつか作りたい。でも今は、家族のためにお菓子を作る自分に大きな「丸」を付けるように、この形を焼いていこうと思っています。


膨らんでます。

抹茶ときな粉の豆腐クリーム
【豆腐クリーム】
絹ごし豆腐(水切りしたもの)100g
濃縮甘酒 70g
ココナッツオイル 30g
バニラペースト 小さじ 0.5
☆ココナッツオイル以外をブレンダーで滑らかにしてから、最後にオイルを加えて乳化させる
豆腐クリームはこちらに詳しく紹介しています。
中に詰める主役は、豆腐をしっかり乳化させたベースから、2種類のクリームを仕立てます。
【抹茶クリーム】
豆腐クリーム 100g
抹茶 5g
【きな粉クリーム】
豆腐クリーム 100g
きな粉 10g
味噌(あれば白みそ)2g
☆よく混ぜる。どちらも味をみて好みに調整する。

鮮やかな色の苦みのある抹茶のクリーム。 もうひとつは、きな粉クリームには、本場のパリ・ブレストに欠かせないプラリネ(キャラメリゼしたナッツのペースト)のような芳醇なコクを出すため味噌を足しました。


抹茶は変色するので、アルミしてね。
ついにクリームを入れてもらえるシュー生地

180℃で20分、その後160℃で10分乾燥焼きしました。この後、クリームを詰めるため半分のスライスするのですが、カリカリで割れやすくなってしまいました。
180℃で(しぼまない程度に)焼いたあと、冷めてスライスしてから、再度160℃で乾燥焼きをすれば良かったです。現場でも用途によって、そうしていた事があったのをすっかり忘れていました。

シューを切る時の包丁は波刃がよいですよ。

豆腐クリームの上に、砂糖を使わず炊き上げた「発酵あんこ」をたっぷりと挟み込みます。

お気に入りの発酵あんこのレシピはこちら。
試作でずっとシュー皮ばかりを食べていたので、やっとクリームと一緒に食べられそうです。
パリ・ブレスト完成
米粉で作ったシュー生地。使ったのはスプーン1杯の油。バターを使わずとも、しっかりと香ばしく焼きこまれています。その中には、日本の象徴的な抹茶・あんこ・きな粉、そして豆腐がたっぷり。

本来は背徳のスイーツであるパリ・ブレストですが、夫婦で軽々と2つずつ食べてしまいました。クリームの類が苦手な3歳の娘も、シューを皮だけは気に入ったようでバリバリと頬張っていました。
結び
「これじゃ何が日本の料理なんだか」 あの時のシェフの言葉を時々思い出します。今も明確な答えは出ません。でも、家族の健康を考えてお菓子作りをしていると、境界線はどんどん緩やかになってきました。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」は、特定の献立ではなく「自然を尊ぶ日本人の気質に基づいた食習慣」と定義されています
国産や和食材も大切にしたいけど、そこに強くこだわるより、誰とどんな状況で食べるかにこだわりたい。目の前にいる人を想って作ること、心や身体の声に耳を傾けること。それが自分の中に「和食へのリスペクト」としていつもあります。
この考えを大切にしながら、大好きなフランスの伝統菓子を、今の自分が心から「美味しい」と思える軽やかな形で思いっきり楽しみたいのです。日本の食材を応援しながら味わえるなら、なお嬉しい。