【ガチ非考察】 「キミに100パーセント」の歌詞、非考察してみた
「考察」が流行るこの頃である。かくいう私もnoteにて、ある曲の歌詞に関する考察の記事を書いたことがある。そうしたら、否定的なコメントをいただいた。考察というのは、ときに敵を産むのだと実感したのであった。
というわけで、私はこれから「非考察」をする。今回取り扱うのは、きゃりーぱみゅぱみゅさんが2013年に発表した楽曲、「キミに100パーセント」である。
「キミに100パーセント」
キミが出してる力はホント
キミの本気の何パーセント
いつか全力100パーセント
それはつかれちゃうけど
「キミが出してる力はホント」
まずはこの一文が肯定文なのか疑問文なのかという点で議論が必要である。
肯定文だとしたら、嬉しい。
しかし次に続く、
「キミの本気の何パーセント」
というフレーズから推測するに、これはおそらく疑問文である。疑問文だとしたら、悲しい。
その上、
「いつか全力100パーセント」
と言われているということは、今は100パーセントでないと言われているに等しい。これは"キミ"の現状の力に対する不満の現れである。そうであるなら、悔しい。
「それはつかれちゃうけど」
この言葉はどう受け取るべきか迷うものである。共感・情けととることもできれば、呆れ・諦めととることもできる。言語情報だけでは大した意思疎通ができない。メラビアンの法則を実感する一節である。
ありがとうっていう気持ちと
ごめんなさいっていう気持ちは
ちゃんと伝えたほうがいいよね
正直になれるかな
「ありがとうっていう気持ちとごめんなさいっていう気持ちはちゃんと伝えた方がいいよね」
その通りすぎる
「正直になれるかな」
これは発話者の自問自答なのか、"キミ"に対する挑戦状なのか。いずれにしても力が何パーセントみたいな話との繋がりをあまり感じない。もしかするとここでいう力が「コミュニケーション能力」みたいな話になるのかもしれないが、ここではそんな議論はしない。非考察の場だからである。
明日から本気だすから
ねえねえねむねむ
ぐっすりしてからのほうがいい
「明日から本気だすからねえねえねむねむぐっすりしてからのほうがいい」
……確かに!!!
睡眠は大事である。いつのまにか言葉の対象が"キミ"から"私"になっている気がする(「キミがだしてる力」から「明日から本気だす」と動詞の用いられ方が変化している)が、そんなことはどうでもいい。非考察の場だからである。
ボクの気持ちの100パーセント
届け届けキミに
そんな気持ちの何パーセントも練習が足りないけど
ボクの気持ちの100パーセント
届け届けキミに
いつも変わらず元気でみんな笑顔になれるよ
「ボクの気持ちの100パーセント届け届けキミに」
頑張れえええ!!!!!!
「そんな気持ちの何パーセントも練習が足りないけど」
驕り高ぶってなくて偉い!!!!!!
そういう謙虚な姿勢があなたの周りに人を集めるのです。"キミ"もきっと例に漏れないのだと思います。一見遠回りに見えるその姿勢が一番効果的なのでしょうね。
「いつも変わらず元気でみんな笑顔になれるよ」
世界平和になれ〜〜〜!!!
幸せの対象が"私"と"キミ"の枠を超えて、"みんな"に広がっていてとても素敵な心がけだと思いました。
【まとめ】
120パーセントを目指せ!みたいな精神論とは違って、100パーセントまでしかない中でどこまで前を向くか、先へ進む、想いを伝えるか、みたいなゆるスパルタな感じがなんかいいなぁって思いました。
〜完〜