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青タンがつなぐ、昔の私と今の私

    久しぶりに、体に“青タン”がいくつか出来てしまっていた。

    “青あざ”と言ったほうが一般的かもしれない。
    ―地域的な呼び方ということもあることと思いますが、ここでは、“青タン”と呼ばせてください。―


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    トラクターで畑の中の雑草を刈払い中


    原因のほとんどは、トラクターの後ろに付けるアタッチメントの交換の時かなと思う。

    父が使っていた古い機械は、
    ちょっとやそっとでは動いてくれないネジも多い。


    モンキーやスパナを持ち出し、556を吹きかけながら悪戦苦闘しているうちに、気づけばあちこち体をぶつけていたらしい。
    着替える時になって初めて、
    「どうりで痛いと思った」と
    青タンを見つけるのが最近の私だ。


    私の家はもともと農家で、農地を持っている。

    私が子どもの頃は、米や野菜を作り、ハウス栽培もしていた。
    けれど両親も高齢になり、作付けはしなくなった。
    母が家庭菜園程度に野菜をつけるくらい。
    その代わりに、牧草を作ったり、家畜を放したりしていたのが去年の初め頃までの話。
    父も体調を崩すようになって
    数頭いた馬も4トントラックも手放した。


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    テッダー刈った草を反転させたり集めたりする道具
    車輪がもげてしまって、作業中断中。

    私は去年の秋に会社を辞め、就職先を探していた。けれど父の入退院があり、冬になれば雪も積もる。うちの敷地は、人力だけで雪かきをするには広すぎる。そこは農家ならではというべきか、冬になるとトラクターが大活躍する。
    これまでは父がその役目を担っていたけれど、今年の冬は父に代わって、私がトラクターで雪かきをすることになった。

    長いことトラック運転手をしてきた私は、トラックの運転だけをしていたわけではない。
    仕事しだいではフォークリフト、タイヤショベル、ユンボ、そしてトラクターも、それなりに動かせる。

    だから、やる人がいなければ、私がやるしかない。
    そんな流れで、家の土地や機械のことに、これまで以上に深く関わるようになった。


    そうこうしているうちに、父はまた入院した。

    今度は自宅に戻るのは難しいかもしれない。
    そう思った時、亡くなってからでは遅いことがいくつもあると気づいた。
    固定資産税を調べ始めたのをきっかけに、土地改良区に払う賦課金、農業委員会への届け出、農地の管理のことなど、今まで父任せだったものが一気に目の前に現れた。

    その中には、思いもしなかった問題もあった。

    長く自分の家の土地だと思って耕作していた農地が、実は他人名義だったのだ。
    話をたどると、昭和の頃に土地整備の関係で土地の持ち主同士で交換したらしい。
    ただ、登記がキチンとされていなかったという現実。

    私からすると、
    「人任せにするから、そうなるんだよ」と
    言いたくなる話だけれど、
    結局、手続き云々等、動かなければならないのは
    私である(苦笑)

    農地法なんて、これまで縁のない言葉だった。

    農業委員会に幾度となく通い、手続きを教えてもらい、書類を出す。
    冬に倒壊した外小屋の片付けもしなければならない。
    農地をどう管理していくかも考えなければならない。

    結局、就活どころではなくなった。


    農家仕事なんて、私はほとんどやったことがない。

    見よう見まねでトラクターのアタッチメントを着脱し、オイル漏れや不調があれば様子を見る。
    長年トラックドライバーをやってきたおかげで、整備の仕方やトラブルの見方は、多少なりとも身についている。
    可能な限りは自分で直す。
    そんなふうに機械と格闘しているうちに、腕や足に青タンが増えていた。


    大きな青タンを見ていると、
    私は長距離輸送の仕事を始めた頃を思い出す。

    当時は荷物を手積む手下ろし、いわゆるバラ積みの仕事が主だったから、
    気づかないうちに体のあちこちをぶつけていて、
    特に太ももから下は青タンだらけだった。
    服に隠れて見えない場所にいくつもできていて、
    銭湯に行くとさすがに人目が気になった。
    知らない人が見たら、DVでも受けているのではと誤解されかねないほどだったと思う。

    それでも、荷積みに慣れてくると、青タンは自然と減っていった。

    ぶつけるたびに痛いのは確かだけれど、あの頃の私にとって青タンは、ある意味では勲章だったのかもしれない。
    うまくできなかったことを、少しずつ体で覚えていった証拠。
    “努力の結晶”というと大げさかもしれないけれど、
    少なくとも私はそう思っていた。


    いま、トラクターのアタッチメントを前にして、
    また同じように青タンを作っている。

    もう若い頃のように、無茶をしてまで増やしたいものではない。
    できれば、つけずに済ませたい。
    けれど、慣れない作業に四苦八苦しながら体をぶつけていると、昔の自分がふっと重なる。
    仕事は違っても、結局私は、こうやって体で覚えてきた人間なのだと思う。


    父は入院中だが、まだ健在だ。

    ただ、自宅には戻れないだろうと私は見ている。
    相続するかしないかは別として、農地を持つ者として最低限やっておかなければならないことがある。

    私は今、無職で無収入だ。

    それでも、父の代わりに土地と向き合っているうちに、ただ面倒なことばかりでもないかもと感じ始めている。

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    農地のあぜ道。
    長い年月がこれほど大きな桑の実になる。

    家の土地には、少し山林もある。

    林業の仕事に携わったことがあるせいか、山を歩くとつい植物に目がいく。
    うちの山林には、フキ、タラの芽、ウド。
    生薬の材料になるという低木。
    散策していると、「なんて宝の山なんだろう」と思うことがある。
    土地を引き継ぐことは、負担や手続きや責任ばかりではなく、まだ見えていなかった可能性まで連れてくるのかもしれない。


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     群生する木いちご🍓
     最初に赤くつけた実


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    山林の奥地に鎮座する
    ヤチダモ


    “青タン”は痛い。

    けれど、いま体に残っているその痕は、長距離トラックに乗っていた頃の私と、父の代わりに土地を動かし始めた今の私が、ちゃんとつながっていることを教えてくれる。

    “青タン”に、過去の自分と今の自分を重ねながら、
    私は今日もトラクターの燃料漏れを直すべく
    手の届きにくい体勢でホースをつなぐことに格闘している(笑)



     
     
    30年あまりトラックドライバーとしてハンドルを握ってきました。 走りながら見てきた景色や、仕事の中で出会った出来事を、個人的な体験として書いています。(記想帖✒️)

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