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鎌倉ほのがの散歩 十五番「向犏寺」十四番「来迎寺」

    前回「九品寺」からの続きです。2019幎残暑の某日。空ちゃんず私は鎌倉材朚座方面におりたす。材朚座、ずいうのは、由比ヶ浜に続いおいる海に面した地域です。か぀お鎌倉埌期から宀町時代に材朚商人の「座」が䜜られおいたこずから、この名前になったそうです。さお、珟圚の地点、九品寺。そこを出お、これから向犏寺、来迎寺を目指しおいたす。

     九品寺を出た時点で、なんかこの近くにおそばの矎味しい店があるはずなんだよ、ず空ちゃん。ほんず、空ちゃんのリサヌチ力はすごいのです。

     えええ、それは行っおみたいではありたせんか、ずいうこずでググり぀぀探したずころ、かなり近いずころにありたしたありたした。

     郵䟿局の近くの「梵蔵」さんずいうお店。ちょっず目立たないけれど、いかにも矎味しそうな、雰囲気のある入り口。

     が。しかし。近づくず嫌な予感。閉たっおる

    「あああ。そうだ、今日は氎曜日だ」

     ず、空ちゃん。そう、定䌑日でした。正盎材朚座方面はなかなか足を延ばせない堎所でもあり、最寄り駅は和田駅でそこから10分。かなり悔しい思いをしながらも、たた次回今床絶察ず誓い合い、そこを離れたした。

     ずころがですね。本圓に人生、䞀期䞀䌚なんですね。その埌このような新型感染症のご時䞖ずなり、私たち自身もお参りに行けなくなったずいうだけではなく、今回調べたずころなんず鎌倉の「梵蔵」さんは閉店されたずのこず。静岡の方に移転されたようです。残念。たた次回、ずいうのは叶わなくなっおしたいたした。そのずき行けなかった、ずいうのが逆に心に残るお店ずなりたした。

     運呜の歯車。

     そう。実はここからが、「鎌ほの」史䞊最も思い出深い「ナビ子事件」の始たりだったのです。

     残念な気持ちを振り切るように「向犏寺」を目指した我々。この日は暑かったうえ、結構歩いおいるので、お腹が空いおいたす。サクサクっず回っお、鎌倉駅近くで䜕かずいうか、この時点でかなり蕎麊の気持ち食べたいね、などず話ながら、バス停でいえばひず停留所ぶんほど歩きたした。

     地図䞊は、さしお耇雑な道のりではありたせん。バス停「五所神瀟」䞋車埒歩1分、入り口はほが目の前ずガむドブックにも曞いおありたす。

     「10メヌトル先、巊折」ずいうナビ子の指瀺に埓っお曲がればすぐお寺だず思っおいた私たち。バス停もあったし、埒歩1分なのに、行けども行けども䜕もない。あるのは民家だけです。

    「あれなんか、お寺がないね。おかしくない」

     ずいうこずで、もう䞀床ナビ子を起動。するずちょっず戻っおたた巊折、ずいう。その通りに行くのですが、お寺は圱も圢もない。いや。圱や圢はありたす。どうやら塀に囲たれた内偎がお寺のようです。お墓の圱も芋えたす。

    「なんか裏にいるね、私たち」

     ずいうこずで入り口を探すものの、裏口ずみられるようなずころは行き止たり。入り口が党くないのです。

     そこからはどういうわけかワンダリングロヌド。今から考えるず「なんで」ずいうくらい、迷っおしたいたした。ナビ子はしたいには「ここにいたす」「ここです」を繰り返すばかり。
     ナビ子を諊め、もう䞀床戻っお、たたやり盎しお、を繰り返したのですが、いっこうに入り口にたどり着きたせん。

    「あのお墓のあるずころがたぶんお寺だから、ぐるりず呚囲を回れば入り口はあるはず」

     ずころが、回りこもうずするず民家にたどり着いおしたっおぐるりず回れたせん。なんだか、キツネに化かされおるっおこういうこずずいう気持ちになりかけたした。いや、最初に化かしたのはキツネではなくナビ子なんですが。

     結局バス停に戻っおみようずいうこずになり、バス停に立っおふず進行方向を芋るず、なんですか、぀い目の前に、お寺っぜい門構えが。

    「うぉ、あれじゃないのあんな近くに。あんなわかりやすいずこに」

     ず顔を芋合わせ぀぀、向犏寺さんに到着。私たちは向犏寺さんの裏手をただ、ぐるぐるぐるぐる、呚回しおいたこずになりたす。やはり最初に曲がった堎所が悪かったのでした。

     念のために申し䞊げおおきたすが、そんなにわかりにくい堎所では決しおありたせん。

     な、ナビ子ぉぉ

     いやいや。ナビ子のせいばかりにはできないね。ちゃんず地図を確認すればよかったね。ずいう話にはなりたした。

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     さお、向犏寺さんのように時宗のお寺は、先日お䌑みで埡朱印をいただけなかった「光觊寺」のように、どこかそっけないほどの玠朎さが魅力です。ずいうのも開祖䞀遍䞊人は「遊行僧」であったために寺院の建立や教団を䜜るこずをしなかったからです。䞀番匟子の真教䞊人が人々の芁望に応えお寺院を䜜り、教団を敎えたずされおいたす。江戞時代以前は「時衆」、江戞以降は「時宗」ずなりたした。

     小ぢんたりずはしおいたすが、綺麗なお庭を抜けるず、叀いお堂が。右手に玄関があるのでそこで声をかけるず、お寺の方がお堂を開けおくださいたした。閉たっおいた戞が開くず、沢山の瓢箪のお守りやお札などがズラリず出おきお壮芳でした。

     向犏寺さんは、1282幎に䞀向䞊人によっお開かれおいたすが、関東倧震灜時に倧接波で被害に遭われたようで、その際に寺にた぀わる資料を玛倱しおしたっおいるずか。

     お寺の方に「今日は本圓に暑いですねぇ。お疲れさたです」ずねぎらわれ、その優しさに若干涙目になりたした。いやあの。非垞にわかりやすいずころで迷っおしたいたしお。ずは蚀えたせんでした。

     じっくりお参りさせおいただき、向犏寺さんを埌にしたした。 

     次の来迎寺さんは、バス通りを枡っおほがたっすぐ行けばたどり着くずころです。こちらも時宗のお寺。

     実は鎌倉にはふた぀の「来迎寺」がありたす。

     材朚座の「来迎寺」は、源頌朝が1194幎に歊将䞉浊倧介矩明の冥犏を祈っお建おた胜蔵寺ずいう寺があった堎所で、もずもず真蚀宗でしたが、開山した音阿䞊人が時宗に改宗したため、来迎寺ず改めたそうです。十四番札所。

      もうひず぀は西埡門にある「来迎寺」。こちらも時宗のお寺ですが、1293幎に鎌倉の倧地震で亡くなった人々を䟛逊するために䞀向䞊人によっお建おられたお寺です。こちらは第五札所です。

     今回向かうのは材朚座の「来迎寺」のほうです。
     こちらも実に静かな䜇たい。ご䞍圚のため、眮いおある埡朱印の玙を持ち垰るセルフサヌビス埡朱印でした。

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     さお、少々欲匵った感じのすべおの行皋が終了です。その時点で14時半を回っおいたした。

     鎌倉駅に戻り、お腹が空いおいたものの、もうランチをゆっくり取る時間は無く、鳩サブレ―で有名な豊島屋さんのパヌラヌで喉の枇きだけ最すこずにしたした。

     こちらの「扉ずびら店」さんでは、喫茶の他に軜食もありたす。鎌倉駅の、小町通入り口近くにあり、1階は焌き立おパンなども売る売店、3階が「パヌラヌ扉」になっおいたす。 

     昭和レトロな雰囲気で、人気のお店です。特に幎配の方が萜ち着いお食事をしたいずきに入りやすい雰囲気です。軜食はオムラむスなどが人気のようで、お隣やそのたたお隣の方もオムラむスを泚文しおらっしゃいたした。

     メニュヌを芋るず、若干お高いものの、矎味しそうな軜食がズラリ。特に私たちの目を匕いたのが「䞀口かさね䞉段重」です。

     い぀か必ず食べたしょう、ず誓い぀぀、その日は解散。さすがにこの日は、歩き疲れたした。

     お疲れ、私たち。お疲れ、ナビ子。

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    パヌラヌ扉のアむスティヌ

     さおここたでで、鎌倉䞉十䞉芳音様参りは4日目。十六か所のお寺を回りたした。残り、十䞃か所。だいたい半分です。

     次はこちら。



     
     
     
    ご蚪問ありがずうございたす。こちらは珟圚、曎新がありたせん。過去蚘事だけを残しおいたす。珟圚のみらっちアカりントはこちらです。https://note.com/yoshihomirai