
神様の子−春音イマ/Son of God−Ima Halune
こんにちわ。春音です。
今回は久しぶりに、物語作品をお届けします。
2026年に制作しました。40分強の上演を想定した演劇脚本ですが、小説としてもお楽しみいただける作品になっています。
ぜひ最後までご覧ください。
設定資料
【概】
サヴァン・アノニマスが執事として働き出した東欧の館。そこは、かつて鍛冶屋で大成功した一族の館だった。政界、芸界、金融界……。毎晩のように業界の重鎮が現れては消えていく、それは華やかな世界の中心。しかし彼が任されたその館の一人息子は、なにやら企みごとをしているらしく……。
「筋の通った狂気」が魅せる、赤黒く華やぐサスペンス・ドラマ。
【地】
ウクライナ中央部の郊外。季節は秋。
【人】
サヴァン・アノニマス:ロシアから来た新人執事。とても仕事ができないが、勉強がとことんできるためアミールの教育係兼雑用として雇われた。使用人の中でも薄給の部類だが、大して気にしていない。
アミール・コヴァレンコ:ウクライナで中世から鍛冶屋を営む華族の一人息子。人と馴染むのが苦手で、学校には行かず家庭教師と近所の少ない子どもとのやりとりで育った。かなり早熟で達観しており、大人顔負けの語彙がサヴァンの教育で輪をかけて増えていっている。キャベツとピーマンとニンジンが苦手で甘党。魚介も受け付けないのでジゴクから「子供舌」と呼ばれている。
ジゴク:サヴァンと同じ時期に入った日本人の使用人。炊事と女性陣の身の回りが担当。そこそこ荷が重いが、持ち前のフィジカルとギャルマインドでこなす。仕事ができる。あだ名を勝手につける癖があり、それがそこそこひどい。恋愛マスターを自称するも現在フリー。
マーチ・コヴァレンコ:アミールの母親。国で一番の私立大学を出て、大企業で経営者に混じって仕事をしていた時に出会ったパルサーと結婚した。計算が得意で手先が器用で、よく服飾品やアクセサリーをハンドメイドしている。運転好きで、パルサーの用意したリムジンを自ら乗り回し、リムジンは今やヤン車みたいになっている。ジゴクが煽るのでどんどんギャル車みたいになってきている。
パルサー・コヴァレンコ:中世のころから鍛冶屋として多くの財をなしてきたコヴァレンコ家の当主。屋敷を建て替え、車を入れ替え、あらゆる面で革新を重視する。民俗学や宗教学に興味を示しており、そのため使用人は複数の民族を雇用している。屋敷にはキリスト教、仏教、イスラム教、神道、ユダヤ教の施設を建てた。頭の切れる人で、数多くの著名人や公人と交流がある。
クローシキ・イワノフ:屋敷から2キロ先にある住宅街に住む少年。いつもお気に入りの黒い自転車をかっ飛ばしてくる。貧乏だが心優しく、乞食のようなこと盗みもしないためコヴァレンコ家と家族ぐるみで交流がある。明るい。サヴァンとめっちゃ仲良くなる。
本編
【Prologue】
屋敷には、広いリビングがあった。天井からは、バカラ社製の大型シャンデリアが二つ。暖炉の光とあわせて、ゆらゆらと床を照らしていた。
ソファは、カッシーナ製のゆったりとしたものが置かれ、カーペットは特注のアルカンターラだった。
ソファに腰掛けた少年・アミールはスマホをいじっている。
その隣で、バスローブに身を包んだ母・マーチが雑誌を読む。
そこに、聞き慣れない足音が響く。
パルサー マーチ、アミール、新しいお手伝いさんだ。挨拶なさい。
父・パルサーの後ろから、執事服をまとった細身の男と派手な髪色の女。
パルサー こちらがサヴァン・アノニマスくん。アミール、お前の新しい家庭教師だ。
アミール ……よろしく。
パルサー 彼は凄いんだ、ロシアでもトップクラスの学校で成績一位の常連だったらしい。
アミール ……で?
パルサー 本が好きでな、知識欲の底がないお前とも仲良くやれるだろう。屋敷を案内してやりなさい。
アミール えー。
マーチ ほら、スマホ仕舞って。折角じゃない。サヴァンさん、息子です。
サヴァン あ、よろしくお願いします。
アミール ん、ついてきな。
二人、去る。
マーチ で、そちらは?
パルサー 彼女が、新しい炊事係のジゴクさんだ。やはり、女性陣には女性のお手伝いさんも必要だろう。彼女には日本から来てもらった。
ジゴク ちーっす、ジゴクでーす。
マーチ ジゴクちゃん。変わった名前ね。
ジゴク あー、まー、キラキラネームってやつっす。プリキャンみたいな。
マーチ プリキャン?
ジゴク まー、あーし、こう見えてできる女なんで、何でも任しちゃってください。
マーチ あら、頼りになるわ。何ができるのかしら?編み物はおやりになる?お紅茶は趣味かしら?
ジゴク 裁縫得意っす。家庭科満点人生なんで。紅茶ね、紅茶は無難なのしか飲んでないっすけど、え、なんかおすすめとかって。
マーチ あるわよ、この、産地直送のが……
パルサー ……陽キャ怖い。
暗転。
【2】
明転。朝、サヴァンとジゴクが朝食の支度をしている。
サヴァン あ、机、終わりました。
ジゴク ん、ありが㌧。え、食器の順番わかるの?
サヴァン あ、え?
ジゴク いやほら、あの、ナイフとフォーク。
サヴァン ああ、まぁ、あ、あの、結構親が厳しくて……。
ジゴク へぇ。ロシアだっけ?
サヴァン あ、はい、まぁ……田舎ですけど。
ジゴク いいなー。あたし日本だからさ、こっちの文化とかわっかんねえの。日本のテーブルはとりあえず箸と茶碗置いときゃなんとかなるとこあるから。
サヴァン あ、箸、ですか。
ジゴク そう。この屋敷にもあったよ、さっき見つけた。ほら。
ジゴク、箸を取り出す。
ジゴク すっごい家庭的、ダイソーとかに売ってるタイプのやつだわ。
マーチ それは昔、家族で日本旅行したときのお土産なの。
ジゴク 奥様ぁ、おはでーす。
サヴァン あ、おはようございます。
マーチ おはよう。主人が文化や歴史にうるさくてね。日本はとくに独特の文化だからって、現地のスーパーで買ってきたのよ。まだ裏の納屋に三〇セットほどあるわ。
ジゴク いや日本愛通り過ぎてもはや呪いに近い。
マーチ また日本にも行きたいけど、今は渡航も簡単じゃないからね。息子が、アミールが大人になるまでにはまた連れていきたいけど。
ジゴク 素敵っすねぇ、海外旅行。家族で。
マーチ ええ。でも私、飛行機苦手なのよね。耳が痛くなるし、風で揺れると怖いし。
サヴァン わかりますぅ。はじめのうちはいいんですけど、夜になったりすると耳ギュンギュンするんですよね、それで僕も昔眠れなくて、ムリムリムリムリって感じでしたが最近はエンジン音に耳を傾けられるくらいには慣れてきました。
マーチ ……そう。それはよかったわ。……それにしても主人も息子も遅いのよね、朝。
ジゴク サヴァン呼んできてあげたら?家庭教師、なんでしょ?
サヴァン あ、あ、そっか、そうでした、呼んできます。
マーチ 叩き起こしてやって。そうでもしなきゃ起きてこないから。
サヴァン あ、えっと、頑張ります。
最近は、去る。
ジゴク ご主人呼んできましょか?
マーチ ああ、あの人なら私が後で行くわ。いくらお手伝いさんでも、私達夫婦の寝室にはあまり……ね?
ジゴク あー、エッチなアイテムとかあるでしょうしねぇ。
マーチ 何を言ってんのよ、もうそんな年じゃないわよ、って何言わせるの。
ジゴク ご自身で言われただけっす。
マーチ 隠してるものって、そんなんじゃなくて主人の取引してる政治家や要人たちとのものに決まってるじゃない。
ジゴク つまらんっすわ。
マーチ それで結構。
ジゴク いやぁ、でも、セックスレスは大変な問題っすよ?それで夫婦仲違いして離婚……てのたくさん見てきました。あ、あーし一応恋愛マスターなんで、そこんとこどうぞよろしく。
マーチ 二〇年目の夫婦で今更ときめいても仕方ないわ。
ジゴク むぅ。日本には『おしどり夫婦』って言葉があります。死ぬまでラブラブ、大事っすよ。
マーチ おしどりは実際には生涯連れ添ったりしないのよ。残念だったわね。
ジゴク に、日本には『できる女のさしすせそ』って言葉があります
マーチ なんか雲行き怪しいわよ。
ジゴク まず『さ』は『さすまた使えるんで安心してください』。
マーチ さすまた?
ジゴク 日本人が江戸時代から使ってきた消火道具兼不審者拘束用具っす。これ一本で万事解決。(さすまたを取り出す)
マーチ 変わった形ね。『し』は?
ジゴク 『し』は『塩コショウ目分量で完璧に振れます』っす
マーチ それはシンプルに有能ね。
ジゴク すは『すいませんがちゃんと言える』っす
マーチ 良い心掛けだけど必要以上に謝りすぎないでね日本人はとくにそれ顕著よ。
ジゴク っす。で、『せ』が『政治のことはよくわからないけどまぁとりあえずちゃんとニュース見て投票には行く』っす。
マーチ 女関係なくない?
ジゴク 折角の民主主義なんで……。
マーチ 『そ』は?
ジゴク 『そば食いながらでも確定申告やっちゃえますよ』っす。
マーチ 確定申告?
ジゴク 税金っす。
マーチ 女関係なくない!?
ジゴク ……っす。
マーチ じゃないわよ。日本人のことわざ、クレイジーだわ。
ジゴク こんなもんっす。
マーチ 違うと思うけど……。
廊下から、サヴァンとアミール。
アミール おはよ……。ふあぁ。
サヴァン まだ眠いですか。
アミール 朝はいつだって眠いよ。永遠にベッドにいられる。
サヴァン でも朝ごはん食べてください。
アミール ちゃんと食べるさ、腹は減ってる。
マーチ アミール、手洗いをなさい。
アミール 寝てただけじゃ汚れないよ。
マーチ どうせ寝室でパソコンいじったりしてるんでしょう。それに、寝ている間も雑菌が繁殖するって言ったのはあなただったでしょ?アミール。
アミール ……はいはい。サヴァン、ついてきて。
サヴァン あ、え、僕ですか。
アミール お前は僕の隣で飯を食え。それ以外許さん。
サヴァン あ、え、あ。
サヴァン、アミールに手を引かれてまた去る。
その様子を右の廊下から伺っていたパルサー、部屋に入る。
パルサー アミール、随分早く懐いたな。
マーチ あら貴方、おはよう。
パルサー ああおはよう。
マーチ ねぇ貴方、サヴァンくんって随分若いんじゃあない?
パルサー ああ、大学を出たばかりの二二才。
マーチ そういうことね。年が近いんだわ。今までの家庭教師はみーんなおじいちゃんかおばあちゃんだったじゃない。
パルサー あいつもまだまだ子どもだなぁ。人見知りなところも変わってない。
マーチ ねぇ、サヴァンくんって……ちょっとあれなんじゃない?時々会話が噛み合わないというか……。
パルサー ……まぁ、一つのことに突出した才能がある人間というのは往々にしてそういう性質を持っているものだよ。我々、コヴァレンコ家で初めて刀鍛冶を始めたのもそんな人間だったと聞いているし、政治家にだって多いさ。だから、暖かく見守ろう。
マーチ ……あなたがそう言うなら。
サヴァン、アミール、戻ってくる。
アミール サヴァン、隣。
サヴァン あ、しつ、失礼しま……す。
アミール 緊張してんの?
サヴァン し、しますよ、だってご主人様の御子息であらせられる……。
アミール 変な奴。僕がそんなに怖い?
サヴァン めめめ滅相もない……。
アミール じゃあなんでそんなに震えてんの?
サヴァン あ、ああ、それはその、緊張というか……。
アミール ふーん。まあまだ初日だし。許してあげる。ジゴクちゃん、今日の朝ごはん何ー?
ジゴク お、よくぞ訊いてくれたっすね。今朝は……ジャジャーン!!アグー豚のさっぱり塩焼きそばパン!!っす!!
マーチ ほう……パスタ……?
ジゴク 焼きそばっすよ。日本の麺っす。それを白いパンに挟んだんっす。日本のスーパー行きゃどこでも変える国民食っすから、どーぞご賞味あれ。
パルサー 器用なことをするなぁ日本人は。やはり細かな作業と柔軟な発想が私好みだ。
ジゴク あ、あーし今フリーなんで。
マーチ さらっと人の旦那で玉の輿狙わないでくれる?ふふ、いただきましょ。
アミール、固まっている。
アミール (小声で)サヴァンちょっと僕の分のキャベツ全部あげる……。
サヴァン あ、ぅえっ?
マーチ はーいアミールく〜ん、キャベツもちゃんと食べまちょうね〜。
アミール あ、バレたッ゙!!
パルサー しっかり野菜も食わんと。大きくなれないぞ。
アミール 俺はもう十分大人だ!!
マーチ そんな小さな身体で何を言い出すの。大人しく食べなさい。ごめんなさいねサヴァンくん。好き嫌いが激しいのよ。
アミール うぅ〜こんな草食えるかよ〜!!
ジゴク しっかり塩ダレ染みてるから美味しいわよ。温野菜だし。
アミール そ~いう問題じゃねえっ!!サヴァン、やっぱ全部食えッッッ!!
サヴァン、困惑して。
サヴァン あ、あの、でも……アミールくんが食べないとその……栄養にならないから……。俺なんかが食べてもほら……もう成長しないから……。
アミール だぁぁーーわーったよ!!食べます!!食べる!!先に全部食ってやるこんなもの!!
アミール、苦虫を噛み潰したような顔でキャベツを一切れずつ口に運ぶ。
マーチ あ、美味しい。
パルサー さっぱりしていて爽やかだな。
ジゴク ほんとならソースに紅生姜なんすけどね。ウクライナじゃウスターソースが見当たらず。
マーチ もっとしっとりしたパンでも良さそうね。キーウにパン屋の知り合いがいるから、頼んで作らせましょうか。
ジゴク お、焼きそばパンのウクライナ進出キタコレ〜。
マーチ ふふ、いい日本食を知れたわ。
ジゴク あざーす。
サヴァン いいなぁジゴクさんは、料理ができて……。
マーチ あら、お料理興味あるの?
サヴァン あ、いえ……その……えっと……僕苦手なので……尊敬、というか。
ジゴク 嬉しいこと言ってくれんじゃん。教えてやろうか?
サヴァン あいや……中学の時にカボチャ切ろうとして切れない反動で包丁ふっ飛ばしてから禁止令しかれてて……。
ジゴク そっ……れはやめといたほうが良いかも。
マーチ うちでも当分禁止令とさせてもらうわ。
パルサー それがいいな。
アミール へぇ、サヴァンにもできないことあるんだ。
サヴァン あ、ありますよそりゃ……。
アミール ふーん。他に何ができないの?
マーチ ちょっとアミール……。
サヴァン あ、えっと……運転……ですかね。
一同 運転?
サヴァン 免許は……あるんすけど……地元では有名な運転下手で……事故歴が二回……。
マーチ その歳で……。ちなみに単独?
サヴァン あ、はい、一回目は単独で曲がりきれなくて廃車にして……。
ジゴク 二回目は?
サヴァン あ、二回目は、車ごと川に落ちて……廃車になりました……。
パルサー よく無事だったな。
サヴァン あ、ちなみに車は二台とも日産のパルサーです……。
パルサー やめてくれよ縁起でもない。
アミール パパと名前被ってて草。
ジゴク ウクライナでも草って言うんだ。
マーチ アミール、ネットミーム使わない。
アミール はいはい。
マーチ はいは一回。
アミール はぁい。
ジゴク これも世界共通なんだ。
アミール はぁ、やっとキャベツ全部食べた。
マーチ 時間かかりすぎワロタ。
ジゴク 奥様、ブーメランすぎて草です。
マーチ 大人はいいのよ。
ジゴク うわこれもか。
アミール、ようやく麺に口をつける。
アミール ん、うま。うまいよジゴクちゃん!
ジゴク でしょ?だから言ったじゃないの。
パルサー 油が少なくて中年には助かるな。
ジゴク 炭水化物のオンパレードだけどね。あとそれ、豚肉も凝ったの入れたんすよ。
サヴァン 豚肉?
ジゴク そ。日本最南端の県、沖縄の名産品、アグー豚。何が違うのかは知らないすけど、とにかく美味しいからぶち込んだっす。
マーチ よくわからないのね。
ジゴク なんか違うらしいっす。
アミール ん、柔らかい。
パルサー 豚肉はスタミナ食だからな、朝に少し摂るのは理にかなってる。さすがジゴクさんだ。
アミール 僕これ好き。
ジゴク お、やったぁ。ふるさと納税で買って日本から持ってきたからまだ五〇キロあるっすよ。いくらでも食えるっす!
マーチ 待ってあなたどれだけ買ったの?
ジゴク 一頭買いしました。
アミール 草。
パルサー 飛行機に積めたのか?
ジゴク なんとか税関騙して。
マーチ 国際問題の発端ここにいるかもしれないわね。
ジゴク ま、頑張ればいけるっすよ。
パルサー 無責任だなぁ。
アミール ごちそうさま。
ジゴク 早っ。
アミール 成長期の胃袋を舐めるなよ。
マーチ さっきは大人だとか大口叩いてたくせにねぇ。
アミール いいんだよなんでも。
パルサー ははは、アミールは母さんに似たんだなぁ。
マーチ 誰の話に一貫性がないですって?
パルサー ナンデモゴザイマセン。
マーチ よろしい。後で私にアクセサリーでも買いなさい。
パルサー ソウサセテイタダキマス。
ジゴク 夫婦って大変すねぇ。
マーチ それじゃ、私たちは支度しなくちゃね。
ジゴク 片付けはこっちでやっとくっすよ。
アミール どっかいくの。
パルサー もうすぐ西の地方で伝統工芸の展覧があるんだ。その会食に、夫婦でお呼ばれしてしまってね。
マーチ 三日家を開けるから、ちゃんとサヴァンくんとジゴクさんの言う事をきくのよ?
アミール わかったよ。
マーチ、パルサー、それぞれ自室に向かう。
ジゴク、皿を片付け始める。
ジゴク 金持ちって大変。
アミール そうでもないよ。
ジゴク なんで?
アミール だって食事会と飲み会じゃん。
ジゴク 間違いないけど旦那様の前で言っちゃだめよ。
サヴァン あ、僕も手伝います。
ジゴク あぁ、ならこっち持ってきて。
ジゴク、キッチンに戻る。
一気に重ねて運ぼうとするサヴァン。
アミール それ、一個ずつだいぶ高いからね。
サヴァン、無言でひとつずつ運ぶ。
アミール (いたずらっぽく笑う)
ジゴク うわぁ、坊っちゃん悪い顔。
アミール 坊っちゃん呼びは頼むからやめろ。
ジゴク いやこっち仕事だから。なんて呼ぶのよ。
アミール 名前でいいよ普通に。
ジゴク だーめ。あんたの世話係ならまだしも、あたしはあくまで奥様のお世話係……
アミール 今あんたって呼んだじゃん。
ジゴク あっこのクッソ言葉遣い直してから来れば良かった。
アミール 治んないだろ。
ジゴク 失礼ね。
アミール 口の悪さと馬鹿は死ななきゃ治らない。
ジゴク なんつー事言うの。
アミール これ、真理だから。
ジゴク なにこの坊っちゃん可愛げない……。
アミール それで結構。
サヴァン アミールは本当に奥様似ですね。
アミール なっ、んだよ。
サヴァン 奥様と言葉の端々が全く一緒です。
アミール サヴァンだって、変な喋り方。
サヴァン あ、え?
アミール あっちこっちに話が飛ぶし。まともに順序立てて話せてるの勉強の時だけ。
サヴァン あ、すみません……。
アミール 怒ってない。
サヴァン え、怒ってるじゃないですか。
アミール 怒ってない。
サヴァン あ……あの……。
沈黙。
アミール トイレ。
アミール、去る。
ジゴク フられてやんの。
サヴァン アミールと僕をそういう目で見ないで。
ジゴク そういうわけじゃないけど。
サヴァン あ、アミールは気分屋だから、なんだか大きい猫を連れてるみたい。
アミール (奥から大声で)聞こえてんだけど!!
ジゴク 草。
サヴァン 意外と遮音性悪いなぁ。
ジゴク まぁ仲良くやんな。さ、それこっち頂戴。
サヴァン、皿をまたキッチンに運ぶ。
ジゴク ……といっても、ここのキッチン食洗機あんだよね。全部ぶち込んでいいらしいからあーしやることないんだが。
サヴァン あ、テーブルでも拭いたら?
ジゴク それもそっか。やることはあったわ。マヂでアゲて掃除してっから。
サヴァン あ、はぁ……。
マーチ お掃除するなら、アミールの部屋もガンガンやっちゃって。散らかってるから。
ジゴク 奥様、もう準備済んだんすか!?
マーチ ええ、独身時代から築き上げた爆速メイク術とコーディネートのルーチン化で選ぶ時間を削減したの。
ジゴク え、今度教えて欲しいっす。
マーチ あらいいわよ。そのかわり、日本のファッションたくさん教えて頂戴ね?ギャル?とかいうの。
ジゴク もちのろんっすよぉ。
マーチ で、あのおじさんは遅いわね。
サヴァン あ、……おじさん?
マーチ 旦那よ。あの加齢臭オヤジ髪にどんだけ時間かけてんのよほぼ抜けてるのに。
ジゴク ボロクソで草。
マーチ これが熟年夫婦ってもよ。これが言えない夫婦から離婚してくのよ。
ジゴク そういうもんすかねぇ。
マーチ ま、私の母は言い過ぎで出ていかれてたけど。
ジゴク うーんその。
パルサー おお、今日も早いなマーチ。
マーチ あなたが遅いのよ。私と比べて大した服でもないくせにね。
パルサー 今日も毒舌だなぁ。
マーチ じゃ、揃ったし私たちは行くわ。二人とも、息子をあまり甘やかしすぎないでね。野菜は一日の必須量を拷問してでも食べさせて。
ジゴク 拷問はしないっす普通に犯罪っす。
マーチ 言葉の綾よ。じゃ、よろしくね。
二人 行ってらっしゃいませ。
マーチ、パルサー、去る。
入れ替わりでアミールが戻ってくる。
アミール これでのびのび過ごせるわけだね。
サヴァン しっかり宿題は終わらせますからね。
アミール はいはーい。……ねぇ、サヴァンってどういう意味。
サヴァン あ、え?
アミール 名前の意味。
サヴァン あ、僕は……わからないんです。
アミール わかんない?
サヴァン あ、両親はその……あまり僕と喋らなくて……。上の兄とよく一緒にいて……。
ジゴク うわぁ、わかりやすい兄弟差別。
サヴァン あ、その、それで、名前の由来なんてわからなくて……。
アミール 調べてみる?サヴァンは知りたい?
サヴァン あ、え……?あ、……知りたい……で、す……。
アミール そう。
アミール、スマホで検索する。
ジゴクが駆け寄って覗き込む。
アミール あ、おう、え?
ジゴク ほう、あー……なるほどね。これ、言う?
アミール 言えばいいんじゃない?
サヴァン あ、変な意味でした……?
ジゴク いやまぁ変っつーか……。
アミール フランス語で、「賢人」「学者」だって。……案外いい名前じゃん。
サヴァン あ、そうなんですね……。
ジゴク それに、当たってんね。
アミール ジゴクちゃんは?なんて意味?
ジゴク あたし?あたしもまあひどいよ。ジゴクってね、ウクライナ語で、пекло(ペクロ)。
アミール えっ……。
ジゴク 酷いっしょ。これ、本名なの。親が相当馬鹿親でさ。もう顔も見たことない腹違いの弟の名前は正反対、небеса(ネベサー)って意味のテンゴクだって。
アミール 変な親もいるもんだね。
ジゴク ほんとな。ま、そのおかげでソッコー家出て自分で生きてく力つけれたからいんだけどね。で、アミールはなんて意味なの。
アミール 僕?
ジゴク 散々あたしらから生い立ち聞き出しといて、自分だけだんまりは無しだよ?
アミール 僕は……アラビア語の「支配者」。役職の名前になってる国もあるらしいけど。宗教用語だよ。
ジゴク そちらも随分大層な名前をつけたわね。今のところ名前負けはしてないみたいだけど。
アミール まったくさ、ぼくたち一家はキリスト教だよ。代々正教会に教えを乞うてきたわけだ。それが、ムスリムの役職名?反吐が出るね。
ジゴク ムスリム嫌いなの?
アミール そうじゃない。自分の信仰してない宗教に自分のルーツがあるこのねじれが気持ち悪い。ねじれは数学と物理だけでおなかいっぱいだよ。
ジゴク 数学物理にねじれなんか出てきたっけ。
アミール 話にならないねジゴクちゃん。
ジゴク はいはい悪いね低学歴で。
サヴァン あ、でも、いい名前だと思うよ、その……支配者……。
アミール あ?
サヴァン あ、いやその……アミールってほら仕切りたがりだから……。
アミール リーダーシップね。
サヴァン それに口も達者だし……。
アミール 頭の回転が速い。
サヴァン 早熟というか子供っぽくないし……。
アミール 大人びてる!!!!
ジゴク 草。
アミール サヴァンは失礼な男だな、そんな言い方ないよ。
サヴァン あ、ごめん……。
アミール 許す!!
サヴァン 許された。
アミール はぁ、それにしても三日も留守番なんて家中ひっくり返しても時間が余るや。
サヴァン あ、僕と論文でも書きませんか、自由研究のついでに
アミール 絶対嫌。
サヴァン しゅん。
ジゴク じゃああたしと料理の練習を、この子供用包丁で
アミール 大人用使えるならいいよ。
ジゴク 安全保障上の観点から今回の実施は見送ります。
アミール つまらんじゃん!!
ジゴク そう言われてもね。連れ回していいとはうちら言われてねーし。
アミール あ!そうだ!!
アミール、立ち上がってサヴァンの手をひく。
アミール 僕がこの家でまだ知らない部屋が二つある。
暗転。
暗転のまま、脇にマーチとパルサー。
マーチ あなた、今回の案件は?
パルサー ああ、まあさしずめ、あのドローンパーツの運び方だろう、戦場にそのまま持ち込むわけにもいくまい。
マーチ また面倒な会食ね。
パルサー まぁそういうなよ。キーウに行ける機会もそう多くはないんだし。
すると前から、クローシキが歩いてくる。
クローシキ あ、おじさんおばさんこんにちわ!!
マーチ あらクローシキくん。こんにちわ。今日は自転車じゃないの?珍しいわね。
クローシキ うん、自転車パンクしちゃった。
マーチ それは残念ね。アミールかしら?
クローシキ うん、いる?
マーチ いるわよ。新しいお手伝いさんが最近来てくれたばかりだから見慣れない人だと思うけど、驚かないでね。
クローシキ うん!ありがとう!
クローシキ、去る。
パルサー 相変わらず元気な子だなぁ。
マーチ イワノフさんのお宅は貧乏だけど、お母様がとてもいい子育てなさってるみたい。聖母のような方なのよ。
パルサー そうか。うちのアミールもあれくらいはつらつとしてくれると可愛げあるんだがなあ。
マーチ 仕方ないわ、私たちの子だもの。
パルサー それもそうか。
二人、去る。
【2】
明転。
ジゴク 知らない部屋って?
アミール ふふふ、それはね……
いいかけて、インターホンの音。
クローシキ アミールくーん、僕だよぉ。
ジゴク お友達?
アミール うん。出てくる。
サヴァン あ、お一人でいかないで危ないから!
ジゴク ……過保護。
アミールとサヴァン、去る。
ジゴク、食洗機から皿を取り出して拭き始める。
たしかに高価そうな皿だった。
廊下からアミールとサヴァン、そして声の低い少年のはしゃぐ声が近づく。
クローシキ へぇ、それじゃカテーキョーシなんだ!
サヴァン あ、はい。
アミール 僕の自慢の相棒になれるかな。
クローシキ、ジゴクに気づく。
クローシキ おはよーございます!
ジゴク おはよう。お友達?
クローシキ クローシキ・イワノフっていいます!
アミール ジゴクちゃん、お茶だして。
ジゴク はいはい。
クローシキ、ソファにどかっと座る。
クローシキ おばさんおじさんいないの。
アミール どっか行くんだって。
クローシキ どっかってぇ。
アミール 西だって。
クローシキ 西ってぇ。
アミール ……しらない。
ジゴク、お茶とお菓子を持ってテーブルへ。
ジゴク ここより西って言ったらキエフかリビウあたりじゃない。
アミール どこそこ。
ジゴク あんた話になんないわね。
クローシキ リビウ!お兄ちゃんがいるところだ!
サヴァン あ、お兄ちゃんいるんですか?
クローシキ うん!二人いるよ!!今度軍人さんになるんだ!
ジゴクとサヴァンが一瞬固まる。
アミール ……行くのか。
クローシキ ……うん!いくよ。
アミール ……怖くないのか。
クローシキ 怖い?どうして?
アミール ……帰ってこないかもしれない。
ジゴク アミール……!
クローシキ ……そうかもね。でもしょうがなないよ。うちのおじいちゃんはね、軍人さんだったんだ。おじいちゃんが戦争から帰ってきてママが産まれたんだ。……だから、きっと平気さ。
アミール ……クローシキもいつか……。
クローシキ ……僕たちもこの冬を越えたら一三歳。もうすぐかもね。
アミール ……あったまきた、戦争なんて何も生まないのに。
ジゴク ロシアと戦争はじめて何年経つんだっけ。いい加減やめちゃいなさいよねー。てか、ロシアはなんでこういうことすんのよ。これ以上国土広げてどーなさんのって話。
サヴァン ……南下政策。
沈黙。
サヴァン 南下政策です。
ジゴク なにそれ。
サヴァン ロシアは北側と東側にしか海を持ちません。だから冬になると氷河や凍結で使い物にならないうえにヨーロッパ諸国や中東の国々が遠いんです。だから、冬でも凍らない不凍港、すなわち黒海や地中海への出口を求めて、バルカン半島、中央アジア、東アジアへ勢力を拡大する地政学戦略を長年とっているんです。
ジゴク 凍らない港……。
サヴァン 今回のウクライナ侵攻においては、ソ連時代に領土であったウクライナの土地を自国に吸収することで、ウクライナが面している黒海への出口を確保するのが一つの目的とされています。
アミール そんなの、ウクライナと仲良くやって通してもらったら済む話じゃんか。
ジゴク ……それはできないの?
サヴァン 難しいでしょう。ウクライナは資本主義国家です。対するロシアは共産主義国。冷戦時代は敵対関係にありました。それに、国土も広ければ広いほど有利になりますから、そのような折衷案はおよそ可決されません。それに黒海への進出は軍が正式に認めた主目的ではないわけですし。
ジゴク ……やめられない、ってわけね。
アミール そんなことのために、僕たちは虐げられるの?
サヴァン ……!
アミール どうしてさ、国は国民の生活を守るべきなんじゃないのか!?どうして戦わなきゃいけないんだよ!
ジゴク アミール!!
ジゴク ……お友達のことも、少しは考えて発言しな。
クローシキ 僕なら、大丈夫。
アミール ……ごめん。
沈黙。
ジゴク ……で?屋敷の探検、するんでしょ。
クローシキ 探検?
アミール あ、ああ、そうだったね。行こう。僕がまだ知らない部屋。
サヴァン それってどこなの?
アミール 父さんと母さんの部屋。
暗転。
ジゴク ここ、あたしらが入るなって言われた部屋なんだけど、いいわけ?
アミール べつに。僕一人で入ったことにすれば問題ないよ。
サヴァン あ、でも旦那様にもプライバシーが……。
アミール パパにそんなもん必要ない。
クローシキ 草。
ジゴク めっちゃいいとこの家主のはずなのにえらい酷い扱いだわね。
アミール この家の支配者は僕とママだからね。
ジゴク えここ?超端っこじゃん。大奥?
クローシキ オーオクってなに?
ジゴク 日本の女は家の奥にいるもんだとされている風潮があってだね、
アミール ねぇそれ長くなるなら後にしてくんない?
サヴァン あ、それ聞いたことがあります、たしか平安時代から続く……
アミール 混ざんなバカタレ。
明転。
リビングのテーブルに大量のガラクタ。
ジゴク で、色々漁った結果だけど……。
アミール なかなかの収穫になりそうだね。
クローシキ まずこれ!きになる!
クローシキが望遠鏡を手に取る。
アミール 懐かしいなぁ。昔パパとよく星を見てたんだ。
クローシキ 星?
アミール この屋敷、丘の頂上にあるだろ?街からも離れてるから、運がいいと遠くにオーロラが見えたりする。
クローシキ オーロラ!
ジゴク え、いいな。
アミール まあここ数年は無理だけどね。温暖化かな。
ジゴク 温暖化関係ある?
サヴァン あ、オーロラの発生条件は「太陽活動の活発化」と「磁気圏」と「晴天・暗闇」なのであまり関係ないかもしれないです……。
クローシキ んんん、なんて?
ジゴク まじでなんも頭入んなかった。
アミール 二人とも理科苦手だねぇ。
ジゴク じゃーあんたはわかってるわけ?
アミール ……ほら、あれがあーなってこーなるから温暖化だとそうなるんだよな?な?
サヴァン ……すみません、よくわかりません。
ジゴク Siriみたいになってて草。
アミール 空気を読め。
クローシキ 空気は吸うものだよ。透明だよ?
アミール 一旦黙ろうかぁ?
クローシキ いや!
アミール 清々しい。
ジゴク でオーロラって何?星?隕石?
サヴァン あ、オーロラは電気を帯びた粒子の風が地球の磁場に導かれて大気と衝突することで発光する現象で……隕石に近いかも。北緯六五〜七五度の「オーロラベルト」が観測に最適とされています。
アミール それってどこらへん?
サヴァン ユーラシア大陸ならロシア北部のシベリア地方とか……アイスランドより上ですね。
アミール じゃあ僕がパパと見てたの絶対オーロラじゃなくないあれ何。
ジゴク ……宇宙人の 襲撃……。
アミール ありそうだな。
ジゴク 食いつくんかい。
アミール ジゴクちゃん、宇宙人をファンタジーだと思ってちゃだめだよ、この銀河、この宇宙のなかにいったいどれほどのハビタブルゾーンがあると思ってるのさ。生命は確実に複数ある。そのうちどいつかが襲ってきてもおかしくはないよ。
ジゴク ハム太郎ゾーン?
アミール・サヴァン ハビタブルゾーン!!
クローシキ あ、理科で習った!!
ジゴク ぇまじこれ私がおかしい感じ?
クローシキ ハビタブルゾーンはね、太陽との距離が丁度いい、水が液体で存在できるエリアのことだよ!ここで生命が生まれやすいんだって!
ジゴク えーなにこのわかりやすい解説ー誰かさんたちのとはおおちがーい。
アミール なんだとジゴクちゃん。
サヴァン 心外です。
ジゴク 低学歴にもわかりやすく教えられるのが真の教育者なのよ。
アミール 高度な界隈にしかいないなら必要ないスキルだね。
ジゴク こいつ一回シメていいかな?
サヴァン まじでだめ。
クローシキ あ!なんか服出てきた!!
クローシキ、見ると飽きて運び出してきたものを漁っている。
ジゴク え、奥様のじゃない?ってあ?
出てきたのは、バカでかい亀の甲羅、緑色のレースのついたワンピース、そしてチェック柄のキャスケット。
アミール どこで着る何。
ジゴク エロい衣装……でもないわね。
サヴァン これで興奮するのどんなフェチですか……。
ジゴク いやアタシのフェチじゃないから。
クローシキ コスプレ趣味とか?
アミール だとしてもどこで着る何。
ジゴク お主の親じゃ。
アミール 知らんよ。
クローシキ なんだろーねー、ただの亀なんだよなあ。
ジゴク あれ待って、こっちにも服ある。
ジゴクが取り出したのは、こちらも真緑の、雑巾みたいなワンピース。
ジゴク ……ゾンビ?
アミール いつ使う何!!
クローシキ 草。
サヴァン サイズはどちらも奥様ですね……。
ジゴク ちょっと待ってこれ調べたら出てくんのかな……。
ジゴク、スマホを取り出す。
クローシキ でもなにも書いてないよ?
ジゴク ちょっと待っときなさい、今時のスマホはカメラで写して検索できるのよ、そうグーグルならね。
ジゴクはカメラを服に向ける。
ジゴク ほら来た。
アミール なんだった?
ジゴク 「ノーブランド」「パーティーグッズ」「チャイナドレス」でSHEINに出品あって草。
アミール ママ何買ってんだよ。
ジゴク あ違う、それパクリ商品だった。
アミール うそだろ。
ジゴク 「一流デザイナーデザイン、唯一無二のパジャマドレス」……。パリコレに出てたみたいで大草原不可避。
アミール はぁ?これが!?
クローシキ ならめっちゃ高いってこと?
サヴァン あ、たしかに生地はしっかりしてますよね。
ジゴク ……金持ちの考えってわからんな。
アミール 大丈夫僕にもわからない。
サヴァン というか、その機能そんなにしっかり検索できるんですね。
ジゴク そりゃ天下のグーグルだでね。私の名前はジゴクです。Google Pixelから乗り換えました。
アミール 降りてんのかい。
クローシキ 今何使ってるの?
ジゴク シャオミ。
クローシキ 一緒だぁー。
サヴァン あ、そんな事を言っていたら、携帯が出てきましたよ。
サヴァンの手には、懐かしのガラケーとウィルコム。
ジゴク うわー懐かしい!!W44Kじゃん!!コムもあるし!!
アミール なんもわかんない。
ジゴク 今どきのガチんちょにはわからんでしょーね。ガラケーとPHSの機種よ。
アミール ガラ……?
クローシキ 説明の言葉自体がわかんないことってあるんだ。
ジゴク あんたたちが使ってるそのスマホの前の形。日本ではiPhoneでるまでこれが大流行してたんだから。……なんでここにあんのよ。
クローシキ しかもヒョウ柄じゃん。趣味悪。
ジゴク いやギャルの定番だからヒョウ柄。倖田來未も着けてるから。
アミール てかそんなシールみたいなの貼って大丈夫なわけ?一応機械だろ。
ジゴク んーまぁカメラと赤外線のとこ塞いでなきゃいい的なね?正味この頃通話とメール命でやってっから。コムの電池の蓋にプリとかよく貼ってたよ。あーでも修理とかだすともうデコ全部外されて帰ってくんの。あれまじ嫌だった。
クローシキ なんにもわかんない。
アミール ジゴクちゃんギャルだったの。
ジゴク そりゃもうね。
サヴァン ヤマンバってやつですか。
ジゴク あーあたしそっちじゃない。どっちかっつーとつーちゃん路線ってかあゆだね。白ギャル目指してたから。
サヴァン ……誰?
ジゴク 浜崎あゆみ。
サヴァン ……?
ジゴク この話やめやめ。他になんかないの?
アミール ああ……これは?
青い、大きなファイル。
サヴァン あ……なんでしょう。
クローシキ 流れからして、昔のアルバムとか!
アミール え、母さんと父さんのギャル時代が……!
ジゴク ギャル時代とかないでしょ……。
アミール なんでもいいんだよ。
アミール、ファイルを開く。
そのまま固まった。
アミール え……なんだこれ。
サヴァン あ、これって、アルバムじゃなくて帳簿じゃないですか?
ジゴク 帳簿?
ジゴク、覗き込む。
ジゴク ……ねぇアミール、今、あんたの両親なんの仕事してんだっけ。
アミール は?金属製のインテリアと乗り物のパーツの会社だけど。
ジゴク これ、裏帳簿じゃない?
アミールの顔が曇る。
アミール え?
ジゴク この政府と軍へのパーツ提供は何?しかもここで発生した利益をインテリアの赤字補填に回してる。
サヴァン ほ、本当ですか?
ジゴク こんな悪趣味な嘘つかないわよ!ほら。
サヴァン、帳簿を少し読む。
サヴァン あ、本当だ……。それに雑貨事業部、補填の分を架空の取引で誤魔化してる……。
クローシキ どういうこと?
アミール 父さんと母さんが、嘘ついて国に何かを流してる。
空気が一気に重くなる。
ジゴク 今日の会食、西の地域って言ったわよね。
ジゴク、スマホを取り出す。
ジゴク ……キーウで、軍と防衛関係者の会合がある。
アミール まさか……!!
ジゴク まだわかんない。焦らないで。
アミール ……。
クローシキ ねぇ、おじさんおばさん居ないならさ、鬼ごっことかしようよ。
アミール あ、え?
クローシキ だってつまんないじゃん。こんなの見ても。
アミール つまんないってお前……。
ジゴク ……そうね、そうしよ。
アミール ジゴクちゃんまで。
ジゴク ……よくわからないことにまでわざわざ首突っ込むべきじゃない。もし本当に隠してるなら、絶対にいつかわかる。……それまで、触らないのが一番。
アミール ……ジゴクちゃんが鬼ね。
ジゴク ……はいよ。
暗転。
花道。サヴァンとアミールが足音を殺して歩く。
サヴァン ね、ねぇアミール。ここって……。
アミール そう。僕がまだ知らない部屋、二つ目。
サヴァン こんな奥まで、案内されなかった。
アミール 君の触れる仕事じゃないんだろ。それだけさ。
サヴァン ……それなら、アミールも入っちゃだめだ。
アミール ……どうして?
サヴァン アミールは、まだ子どもだ。危ないよ。それに、怒られるのは僕たちなんだよ。
アミール サヴァン。
低い声。
アミール 僕はこの家の一人息子だよ?怒られるのは君じゃなくて僕。僕の意思でここに入る。わかった?
サヴァン ……約束。
アミール ん?
サヴァン 触ったものは、もとに戻す。
アミール ……わかったよ。
アミール、扉を開ける。
※客席演技開始
アミール 半地下になってる。
サヴァン ……高床式。
アミール え?
サヴァン 僕の地元では、永久凍土が溶けて建物が傾くの防ぐために高床式の建物が主流でした。この屋敷は温暖なウクライナの海岸線に建ってるのに、なぜか高床式だった。
アミール ……ここを作るためにとでも言いたいのかい?
サヴァン ……わかりません。
アミール サヴァンにもわからないことあるんだ。
アミール、歩を進める。
アミール うわぁ……。パパの趣味だ。
サヴァン 世界中の宗教の道具が揃ってる。
アミール ……綺麗だね。
サヴァン はい……。
間。
サヴァン、一歩前に出る。
サヴァン ……すごい。
アミール ごちゃ混ぜだね。
サヴァン これ、全部本物……?
アミール さぁ。でも、全部それっぽい。
アミール、十字架を手に取る。
アミール だけどさ。
ゆっくり振り返る。
アミール これ、祈った跡がない。
サヴァン え……?
アミール 埃の積もり方が均一なんだよ。
間。
アミール 誰も使ってない。
サヴァン ……。
アミール ここって、礼拝堂。
そこは小さな礼拝空間。複数の宗教の祭具が雑然と並ぶ。
アミール ねぇサヴァン。
サヴァン はい。
アミール 信仰ってさ、コレクションするものだと思う?
サヴァン え……。
アミール 切手とかさ、カードとかさ。集めて並べて満足するやつ。
サヴァン ……違う、と思います。
アミール だよね。
十字架を戻す。
アミール なのにこれ、全部揃ってる。
サヴァン 旦那様、ご興味あるって言ってましたよね、宗教。
アミール 興味、ね。
間。
アミール 興味と信仰って、別物だよ。
サヴァン ……はい。
二人、さらに奥へ歩いていく。
アミール ねぇ、書斎じゃないか?
サヴァン、書斎(客席通路)に首を出す。
サヴァン うわぁ……。ものすごい本の数。
アミール 本当だ。どうりでかび臭いわけだ。
サヴァン、一冊取り出す。
サヴァン こんなに重い……(ページをめくる)これ……輸出記録……。
アミール うん。
ページをめくる音だけ。
サヴァン ……量、多くないですか。
アミール 多いね。
さらにめくる。
サヴァン ……これ、何に使うんですか。
間。
アミール さぁ。
さらに一枚。
アミール ……ああ。
初めて止まる。
アミール ……。これ、兵士だ。
サヴァン え?
アミール ほら、戦争で死んだ人たちのカルテ。
サヴァン、アミールに駆け寄る。
サヴァン 本当だ。
アミール こんなにたくさん……。
段々声が強張る。
アミール こんなに殺して、何が得られたんだ。
サヴァン アミール?
アミール ウクライナもロシアもソ連も、戦争に負けてそれきりじゃないか。何が生まれた?よその国の平和か?教訓か?反吐が出る。
サヴァン アミール、おちついて。
アミール ……パパはこんなものとっておいてなにに使うんだ。
サヴァン ……きっと研究ですよ。
沈黙。
ジゴク あ!いたいた!!
ジゴク、書斎(客席通路)に入ってくる。
ジゴク もう、こんな所まで来て。とっくにかくれんぼ、終わってるんだけど。
アミール ……ねぇジゴクちゃん。
ジゴク あ!?
アミール ……ここ、どう思う。
ジゴク ここって……。
ジゴク、ようやくあたりを見回す。
ジゴク ……まさかまた裏帳簿がどうとかいうんじゃないでしょうね。
アミール そのまさかだよ。
ジゴク ハァ……。もう忘れなさいよ。
アミール これ全部。戦死者名簿。
ジゴク ……は?
アミール ここにある本。ひとりひとり、戦死した軍人だよ。女も男も、等しく。
ジゴク ……ねぇ、これ……。イワノフって、クローシキの苗字だよね。
アミール え?
ジゴク ブラス・イワノフ。クローシキによく似てる。
サヴァン まさか……。
アミール ……もう、死んでるのか……。
ジゴク ああいけない。……とんだ悪趣味な部屋だこと。早く戻んないとこっちまで死んじまいそう。戻ろう。そんで、忘れよう。
アミール でも……!
ジゴク 言ったでしょ。
間。
ジゴク 秘密なら、嘘なら、いつかわかる。
アミール ……。
ジゴク あたしたちは、あんたを危ない目に遭わせろとは言われてないの。
アミール ……そう。
ジゴク ……わかって。
ジゴク、二人の手を引いて戻り始める。
※客席演技終了
アミールだけが後ろを振り向く。
【3】
明転。
リビングでは、漁ってきた荷物が乱雑に避けられている。四人は食卓を囲んでいた。
ジゴク んー、やっぱビーフストロガノフはヨーロッパの肉に限るね。
アミール 日本の肉と違うの?
ジゴク しらない。けどなんか海外のほうが良さそうに見えんのは日本人あるあるじゃない?
アミール 変なの。隣の国にそんなこと思わないけどな。
ジゴク 島国だから。
アミール ふうん。
クローシキ ビーフストロガノフ、兄ちゃんの大好物なんだぁ。戦場じゃ食べれないだろうし、帰ってきたらジゴクちゃんに会わせてあげたい。
ジゴク クローシキのお兄ちゃんて何してんの?
クローシキ 戦争。戦車動かす指揮官だよ。
ジゴク そうじゃなくて、徴兵される前。随分年離れてるんじゃないの?
クローシキ ああ、お兄ちゃんは車の整備士だよ。そう、お兄ちゃん日本車に乗ってたんだ。
ジゴク え、なになに。
クローシキ ホンダのエレメント。アメリカから持ってきたんだけどね。
ジゴク エレメントか、また懐っつい車。
クローシキ あれ、僕好きなんだけどもう作ってないんだよね。
ジゴク あー、N-BOXジョイが近い見た目だけどね。日本でしか売ってないし。
クローシキ ざんねん。
アミール 帰ってくる目処は立ったの?
クローシキ ……もうちょいかかるみたい。兄ちゃんさ、今前線行ってんだよね。
サヴァン ……そうなんだ。
クローシキ でも!帰ってきたらさ、一緒に仕事するんだ!
アミール ……どんな?
クローシキ なんでもいいよ!金稼げれば!
ジゴクが笑う。
アミールは笑わない。
テレビから、戦争の激化と首都での空襲についてのニュースが淡々と流れている。
皆、見るともなく気にしている。
クローシキ ごちそうさま!
ジゴク お粗末さま。
アミール 帰んの?
クローシキ んー、どうしよ。お泊りセット持ってきてないや。
アミール もう遅いし、送っていきた、い、け、どサヴァン運転できないんだったな……。
サヴァン あ、免許はありますよ、川には落ちるかもしれないけど……。
アミール 勘弁してくれよ。
ジゴク あたし運転しようか?
アミール できるの?
ジゴク いやナメんなよ。国際免許持ってるから。
アミール すーげぇ。じゃあ送っていってやるよ、自転車くらいなら車に乗るだろ。
クローシキ あ、僕今日自転車ない。
アミール あそうなの?どうしたよ。
クローシキ パンクしちゃった。
アミール おお、自転車屋も遠いだろ、どうすんだ?
クローシキ ……どうしよう。
ジゴク パンク修理ならあたしできるよ。
アミール はっ?
ジゴク パンク修理、タイヤチューブ交換、振れ取り、なんでも任せな。
アミール ジゴクちゃんスキルどうなってんの。
ジゴク 前の前の前の職場が自転車屋だったからね。整備士免許もある模様。
サヴァン 履歴書の職歴欄と資格欄凄そう。
ジゴク 女ワイ転職市場で引く手数多の大優勝www。
サヴァン 手も足も出ない。
クローシキ じゃ、じゃあ明日持ってきてもいい!?
ジゴク うん、まあとりあえず見してみなよ。
クローシキ わかった!ありがとう!
ジゴク さ、じゃあ遅くなる前に帰ろうか。車の鍵はどこ?
アミール そこのキャビネットの引き出し。
ジゴク んーどれどれ、ひいふうみい……。車八台もあんのこの家。
アミール ママの趣味。
ジゴク どれが一番ちっちゃい?
アミール 知らない。ワーゲンのアルテオンじゃない?車庫の外に停まってる青いワゴン。
ジゴク こんだけ揃えてて最小でも全長五メートル級かよ。ぶつけねぇかな。
アミール ワーゲンなら修理も安いだろ。
ジゴク 一応外車なんだが。まあいいわ、車出してくる。
クローシキ じゃアミールまたな!明日来るから!
アミール おう。おばさんによろしく頼むよ。
クローシキ ん!
クローシキとジゴク、去る。
アミール、見送る。
サヴァン ……言わないんですか。
アミール 言ってどうするの。
サヴァン ……。
アミール 知らないままの方が幸せなこともある。
アミール ……もう一回、書庫見に行こう。
サヴァン 本気ですか。
アミール 僕が冗談言ってるように見える?
サヴァン いいえ。
アミール じゃ行こう。
サヴァン ……アミールは、どうしたいの。
アミール ……え?
サヴァン もし、仮にだよ。旦那様と奥様が、戦争に加担しているとしたら。
アミール ……。
サヴァン アミールはどうするの。
アミール ……どうしてほしい?
サヴァン アミールはまだ子供だよ。だから大人と真面目に向き合ったって勝てやしない。それはおれも同じだ。俺みたいな若造が、あの二人には勝てない。
アミール ねぇサヴァン
サヴァン おれはアミールには安全なところにいてほしい。君がたとえ戦争が嫌いでも、とめるために争ってほしいとは思わない。
沈黙。
アミール ねぇサヴァン。僕の話を聞こうか。
低い声だった。
アミール 僕は誰かに勝とうとしてるわけじゃない。ただ、真実を見たいだけ。サヴァンが教えられない真実なら、自分で探すだけ。
サヴァン ……!
アミール だから、もう一度見に行こう。それで、はっきりすると思う。
サヴァン ……嫌な予感がする。
アミール それが当たりなら、見る価値がある。
暗転。
脇から、パルサーとマーチ。パーティ用の綺麗な服に着替えて、シャンパンを片手に持っている。
パルサー キーウもすっかり荒れたなぁ。
マーチ ロシアがまたミサイルでも撃ち込んだんでしょう。ほんと、どうにかした人たちね。
パルサー 仕方ないさ。歴史というのは往々にして争いの火種になるものだよ。ソビエト連邦が崩壊した時、ウクライナがロシアから離れた理由を考えればこの争いも予定調和でしかない。
マーチ それ、サヴァンくんやアミールに言うと怒られるわよ。
パルサー だろうな。アミールの戦嫌いには困ったものだよ。少しくらい闘志がないと。
マーチ あなたは本当に、軍人気質。
パルサー そこに惚れたんだろ?
マーチ まぁ。……嫌な男。
マーチ、シャンパンを飲む。
マーチ それで?どう説明するつもり。
パルサー 何を?
マーチ 呆れた。ウクライナ軍に戦闘用ドローンの供給をする話、公にするんでしょう?それ、アミールにどう話すつもりよ。
パルサー ああ、それか……。
マーチ その話をしにキーウまではるばる来てるってのに。
パルサー ……アミールはあれでもコヴァレンコ家の一人息子だ。いつか血筋が導いてくれる。分かってくれるまで、教えるだけだ。
マーチ ……そんなことでわかってくれるとは思えない。
パルサー これはウクライナの為なんだ、マーチ。君もわかっているだろう。
マーチ ええ。私はね。
パルサー ロシアを傷つけるためじゃない、傷つけようとしてくる相手から自分たちの国を守る行為なんだ。これは戦闘じゃない。
マーチ ……だけど貴方、書斎の戦死者名簿、アミールにバレたらどうするのよ?あんなもの、はたから見れば悪趣味なコレクションよ。
パルサー ……。
マーチ 本当の使い道を教えるわけにもいかないし。
パルサー ……あいつはまだ、そこまでの男じゃない。
マーチ、大きなため息をつく。
マーチ 貴方って本当にアミールを見てないのね。
パルサー 何?
マーチ 私、あの子が恐いの。
パルサー 恐い?
マーチ あの子、この間言ったのよ、「パパが眼鏡をかけてた時の顔、あっちのほうがいいよ」って。
パルサー ……。
マーチ あなたがレーシックの手術をして眼鏡をかけなくなったの、あの子が生まれて3ヶ月よね。
パルサー ……。
マーチ それに、時々出すあの低い声!冷え切った目。……私たちの子どもにしてもおかしいわよ。
パルサー ……神童、だな。
マーチ え?
パルサー 我々コヴァレンコ家には、「ディティ・プルーナ」という言葉が伝わっている。
マーチ ペルーンの子供たち……?
パルサー 数百年前、家業を立ち上げた男は自らの息子に神様の子と名付けた。それがディティ・プルーナ。
マーチ ペルーンって、スラヴ神話の支配者よね。
パルサー 僕がアミールという名に込めた意味は知っているだろ?
マーチ イスラム教の「支配者」……。
パルサー アミールこそ、コヴァレンコ家最後の「神様の子」だ。この戦争は終わらない。宗教と歴史を巻き込んでいずれ大爆発を起こすだろう。その手綱を、私は彼に握らせるつもりですらあるんだ。
マーチ ……それがウクライナの、コヴァレンコ家の為となるなら、私はついていく。
パルサー ……アミールには、自分で気づいてもらおうか。
マーチ そう。
パルサー さあ、契約書でも読んでおくか。さっきの話は飲み込めたか?政治家ばかりで緊張しただろう。
マーチ ご心配なく。構造は理解したわ。
二人、去る。
時を同じくしてコヴァレンコ邸。
※客席演技開始
アミール ……構造は理解した。
書斎(客席)。
サヴァン どういう?
アミール パパとママは、政治家と軍人に高額な報酬を払わせて対ロシア武器としてドローンを流してる。
サヴァン ドローン?
アミール ニュース見てるだろ。今前線ではドローンに爆弾を積んで特攻する方法が主流になってる。さしずめ、サヴァンが昨日教えてくれた「カミカゼ特攻隊」みたいにね。
サヴァン 特攻……。歴史は繰り返すって本当なんですね。公になったら国際問題ですよ。
アミール ならないよ。
サヴァン え?
アミール これ、国との契約書。
サヴァン ……普通の?
アミール 普通だね。
ページをめくる。
アミール 全部合法。
サヴァン え……。
アミール ちゃんと税金払ってるし、輸出許可も通ってる。
サヴァン でも、それって……。
アミール うん。
淡々と。
アミール 武器。
沈黙。
サヴァン ……人、死にますよね。
アミール 死ぬね。
サヴァン ……。
アミール でも違法じゃない。
その言葉が重く落ちる。
アミール パパは、おそらくその仕事を僕に継がせようとしている。
サヴァン え?
アミール 僕はコヴァレンコ家の一人息子。戦争は嫌いだけど、正義には反対しない。パパは自分のしてることを、僕に正義だと思わせようとしてくるはずだ。
サヴァン ……思い込むんですか。
アミール まさか。大事な友達が、友達の家族が、その未来が、殺されかけてるっていうのにさ。
サヴァン ……。
アミール 僕は誰も殺したくない。それはサヴァンもよくわかってるだろ?
サヴァン そう、ですね。
サヴァン、声が震える。
アミール サヴァン?
サヴァン アミールは、俺が……。
いいかけて、止まる。
サヴァン ううん、なんでもない。
アミール ……そう。
本当は、わかっていた。
サヴァン あ、でも、だとしたらこの戦死者名簿は……?
アミール 裏帳簿。
サヴァン あ。
アミール 裏帳簿の架空計上の取引相手、この戦死者。名前も、住所も連絡先も、この中からランダムに組み合わせて架空の人間を作ってる。
サヴァン そのためにこんなに……。
アミール 国から得た金を誤魔化すために、国のために死んだ人間の名を使う。馬鹿みたいだね。
サヴァン ……。
アミール、名簿を閉じて入口に戻る。
アミール サヴァン・アノニマス、君に仕事を任せよう。
サヴァン え?
アミール ガレージの車から、エンジンオイルとガソリンを抜いてポリタンクに溜めておいて。あとで、それ使うから。
舞台が明転。※客席演技終了
アミール、ソファでスマホを触っている。
ジゴク ……あんた、何する気。
アミール ジゴクちゃん、おかえり。
ジゴク こっち見て。
アミール、スマホを置く。
アミール ジゴクちゃん、挨拶は人間の基本だよ。そんなに急がなくてもおしゃべりになら付き合うからさ。
ジゴク ……ガソリン。
アミール ……。
ジゴク なにに使うつもり。
アミール 知ってるの?
ジゴク 知らない。何も知らない、あたしは。でも、だからこそ無責任に止めたくなる。
アミール ……変なの。
ジゴク ……あんたは、背負いすぎてる。それ、戻れないやつじゃん。
アミール ……うん。
ジゴク ガキが背負うもんじゃないって。
アミール ……僕は、もう神様の子なんかでいたくない。そのために、やるよ。
サヴァン、戻ってくる。表情はどこか、暗い。
【4】
インターホンの音。
ジゴク はーい。
クローシキ 僕だよぉ。
アミール クローシキ。僕出てくる。
サヴァン だから一人で行かないで……!
ジゴク 過保護。
明転。
クローシキ、自転車のタイヤチューブを持っている。
クローシキ ジゴクちゃん、これ。
ジゴク ああ。よく外せたね。
クローシキ ママに教えてもらった。
ジゴク あんたのママやるね。どれどれ。
ジゴク、チューブを見る。
ジゴク リム打ちパンクだね。チューブ替えなきゃ直んない。
クローシキ えー、まじかー。
アミール なに、ジゴクちゃん本当の本当に自転車直せるの。
ジゴク そう言ってんじゃん。
サヴァン その、リム打ちというのは?
ジゴク ああ、自転車ってさ、タイヤのなかにチューブがあるでしょ。空気を入れとく袋みたいなやつ。空気減ったまま段差とか乗り越えると、鉄の車輪と地面に挟まれて切れて穴が空くの。それがリム打ちパンク。特徴的な穴が二つ空くからすぐ分かるよ。
サヴァン ほんとだ、二つ空いてる。
ジゴク それに、かなりチューブが削れてる。空気、もうちょっと多く入れな。横から触って、つまんだらちょっとへこむくらい。
クローシキ わかったぁ。
ジゴク タイヤは……700C×32Cだね。マラソンかぁ、変なタイヤ履いてんね。
クローシキ 中古のボロだから。
ジゴク ま、なんにせよここじゃ直せねーし。パーツくらいなら奢ってやってもよし。
クローシキ ほんとに!?
ジゴク モノが決まったら連絡しな。
クローシキ うん!ありがとう!
アミール えなんでそこそんな仲良くなってんの?
ジゴク この間の車中でいろいろね。
アミール 僕の友達なのに。
クローシキ アミールくんが一番なのはかわんないよ!
アミール クローシキ……。
ジゴク いつからここはBL漫画の導入になったのかな?
サヴァン ジゴクさん。
ジゴク あそういやサヴァンの地雷だったなこれ。
アミール 僕はBLじゃないから。
クローシキ BLってなに?
サヴァン まだ知らなくていいです。
クローシキ ね、アミール。これ見て。
クローシキ、スマホを見せる。
アミール 歌?
クローシキ そう!ジンギスカンの「めざせモスクワ」。
ジゴク うわなっっっつ!もすかうもすかうのやつでしょ!?ニコ動の!!!!
サヴァン ニコ……?
ジゴク あそうだここ日本じゃなかったわ。
サヴァン そんな古い曲よく知ってますね。
クローシキ YouTubeで流れてきたんだ。中毒性すごいんだよ。
アミール ドイツ語でロシアについて歌った歌か。世も末だな。
クローシキ え?
サヴァン 一応モスクワオリンピックのための曲ですから平和な曲ですがね。
アミール あそう。僕ドイツ語読めないから。
クローシキ 僕も!
ジゴク この二人まじで。
サヴァン ちょっと?
ジゴク まだ何も言ってないわよ。
クローシキ でも平和な曲かぁ、いいなぁ。
ジゴク ん?
クローシキ いつかロシアが敵じゃなくなったら、僕、旅をしたいんだ。
サヴァン 旅。
クローシキ そう。モスクワの赤の広場とか、ボリショイ劇場とか行きたいし、ノリリスクでオーロラも見たい!バイカル湖も行きたいし、白夜も観てみたいし!絶対いつか行くんだ。
アミール ボリショイ劇場かぁ、小さい頃連れて行かれた記憶しかないや。
クローシキ え!いいなぁ。バレエ?
アミール うん。バレエ観たよ。
クローシキ いいなぁ〜。
ジゴク なに、バレエにまで興味あるのあんた。
クローシキ ママが昔、この辺じゃ有名なバレエダンサーだったんだよ。
ジゴク へぇ。さすがヨーロッパ。
クローシキ ……飽きた。
サヴァン はっ!?
アミール 出た出た、クローシキの”飽き性”。
ジゴク 急すぎない?
アミール クローシキは熱しやすく冷めやすい男なんだよ。
サヴァン それたぶん意味違う思う。
アミール えっ。
クローシキ じゃあさ、ジオゲッサーしようよ。
ジゴク インターネットエクスプローラー?
アミール ジオゲッサー!ストリートビューみたいなんにランダムで落とされて、そこが何処か当てるゲーム。
ジゴク 特定班育成ゲームかな。
アミール クローシキも唐突に言うから誤解が生まれるんだぞ。
クローシキ はぁい。気をつけるぅ。
サヴァン だいたいインターネットエクスプローラーって、ジゴクさん幾つですか。
ジゴク あらぁ、乙女に歳を聞くだなんてこのイ・ケ・ズ。
サヴァン は?
ジゴク え?
クローシキ じゃー三点先取ね!!僕から行くよー!!
ジゴク えちょっとまっ
サヴァン まだ早
アミール まだ準備できてn
クローシキ えいっ!
クローシキ うーん……。アジアっぽいけどねぇ、なんだここは。
アミール ほぼ熱帯雨林のど真ん中で大草原不可避。
ジゴク 熱帯雨林にさらに草生やしてんじゃないわよ。
サヴァン これで特定しろとか無理ゲーでは?
アミール これ制限時間とかあんの?
クローシキ さんふん!!
ジゴク いやむり。
アミール 短いって。
クローシキ あ、第一村人発見。
ジゴク ダーツの旅かな。
クローシキ やっぱ東南アジアかな。
サヴァン 強風化赤黄色土の道路からしてインドネシアあたりでしょうか。
クローシキ 強風緑黄色野菜?
アミール ほぼ違う。
サヴァン 強風化赤黄色土、通称ラトソルです。インドネシアやタイなどの熱帯地域の他、大陸質の気候に見られる特徴的な土、栄養分と水分がとんでいるうえに酸性に傾いた痩せた土のことです。この土のせいで東南アジアの農業は課題が多くありまして、そうまさに緑黄色野菜に近いグループの野菜はほぼ育たないと言って差し支えありません。
クローシキ ……ぽへ。
アミール あかん、処理落ちしてもうた。
ジゴク 私もう聞く気無かったもんね。
アミール それはもう論外な。
クローシキ あ、時間ヤバい!!え、え、とりあえずどうしよ!?
アミール 首都!首都!!
クローシキ 首都って何!?
サヴァン その国で一番大きい都市です!
ジゴク インドネシアの首都ってドコ!?
アミール コルカタ!!
サヴァン コルカタちゃうそれインドや!
ジゴク しかもコルカタ首都じゃないし。
クローシキ インドネシアはドコ!?
サヴァン ジャカルタですー!
クローシキ ジャカルタ!インドネシアの首都、ジャカルター!!
クローシキ、スマホを操作する。
クローシキ ぬ!!!!
アミール ぬ?
ジゴク どうだった!?
クローシキ ……インドネシア、ボルネオ島。
ジゴク えっ……。
アミール 国はあたってる……。
三人、サヴァンをみる。
ジゴク えっ、あんた、怖。
サヴァン へっ。
アミール まあ、地面だけで国絞り込んだもんな。
クローシキ これが噂の特定班か。
サヴァン 違います、僕はただの善良な地理ヲタクです!!
ジゴク 地理にヲタクとかあるの!?
サヴァン ありますよ!!
ジゴク それはもうNPではないと思うんだけど!!
サヴァン NPってなんですか!!!!
ジゴク ノーマルピーポーォォォ!!!!
アミール うるせぇーなぁー!!!!!!
静まる三人。
アミール なんでだんだん声デカくなるの。
ジゴク いやぁなんか負けないように?
サヴァン 相手がそう来るならこっちもそういくのが礼儀かなと。
アミール お前ら引き算覚えろ。
ジゴク いやうち過去は振り返んないから。
アミール あんま引き算のこと過去って言わないかも。
ジゴク あらま。
クローシキ ひとごと……。
電話が鳴る。
サヴァン おっと……。出てきますね。
サヴァン、隅のキャビネットへ。
サヴァン はい、コヴァレンコです。ああ、奥様。お戻りになられていたのですね。ええ、ああ、はい、はい、えっあっもう一度よろしいですか?はい、あ、もう一度……。あ、わかりました。はい、失礼します。
電話を切る。
ジゴク この時代に黒電話!
アミール 完全にパパの趣味だよ。ほんと、集めるのが好きなんだよなぁ。
サヴァン 奥様と旦那様がウクライナに戻られたそうです。ジゴクさん、空港まで送迎お願いできますか?
ジゴク それは構わんけど、え、あんなデカい車運転すんのあたし。
アミール 別に慣れればいけるでしょ。
ジゴク 免許もないオコチャマに言われたくないね。
アミール むっ。僕だって制度が許せば免許くらい一発合格できるさ。
ジゴク ほーんその言葉数年後まで覚えとこ。
クローシキ なんで?
ジゴク 一回でも試験落ちたら全力で煽り散らす。
クローシキ 草。
アミール 性格の悪さが滲んでるよジゴクちゃん。
ジゴク もう今さら包み隠すもんでもないでしょ。ま、いっちょいってくっか。鍵鍵〜。
アミール 空港ならロールス・ロイスにしてあげてよ。ママたち機嫌悪かった時ロールスにしたほうが運転席と分かれてるから気まずくないよ。
ジゴク どこ視点なのよ。
アミール 前任の運転手がそれで辞めたからね。
ジゴク おーこわ。じゃそうするわ。
アミール いってら〜。
ジゴク、去る。去り際に、
ジゴク リムジンって普通免許でいいんだっけ。
去る。
クローシキ、立ち上がって。
クローシキ じゃあ、僕も帰ろうかな。
アミール え、帰るの?
クローシキ うん。もう暗くなってきたし、おじさんおばさん帰ってくるなら僕邪魔だろ?
アミール そんなことないのに。
クローシキ 今日も晩御飯まで食べていったりしたらまずいし、家でママが寂しがってるだろうし。
アミール そうか。じゃ、またな。
クローシキ うん!またジオゲッサーしような!
サヴァン 帰り道はお気をつけて。
クローシキ うん!バイバイ!
クローシキ、去る。
アミール いいよなぁ。
サヴァン あ、え?
アミール クローシキの家は貧乏で、兄弟は戦争に行ってて、お母さんは病気だけど、愛があるじゃん。うちのママなんて平気で僕を何日も置いていくのに。
サヴァン まだ甘えたい、ということですか?
アミール なっ……!違う!違うけど。
サヴァン そういうことでしたか。ふふ。
アミール 何笑ってんだ。
サヴァン なんでも。
アミール ……まぁ、今回は帰ってきたら話したいこともあるし。
サヴァン ……まだ気にかけてらっしゃる。
アミール 当たり前だ。僕が羨むクローシキの家を守るためにも、やらなきゃいけない。
サヴァン でも、お兄さんはもう……。
アミール サヴァン。
低い声。
アミール 僕はクローシキの兄の話なんてしてないよ?
サヴァン あ……。
アミール クローシキは男だ。まして僕のような特権階級でもない健康体。歳と栄養状態の割には身体も大きいし、いつか確実に徴兵される。なら、その前に一矢報いるのは間違いかな?
サヴァン ……。
アミール パパに気づかれないように、ガレージのポリタンクを僕の部屋に運んでおいて。
サヴァン、動かない。
アミール サヴァン。
サヴァン、走り去る。
【5】
アミールはスマホをいじる。
アミール ふん……日本語、日本か。都心部だな。ということは、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台あたり……。雲の形は冬だな、雪がないから降雪地ではない、となると仙台と札幌はないな。……名古屋にしておくか。
アミール、しばらくして。
アミール 京都だったわ草。
そこに、マーチとパルサー、ジゴクの話し声。
マーチ ただいま。あら、思ったより散らかしてないわね。
パルサー そこはジゴクさんとサヴァンくんが掃除してくれたんだろう。本当に頭が下がるよ。
ジゴク あーし、掃除検定二級なんで。
マーチ そんな検定あったかしら。
ジゴク 今作りました。
マーチ 無資格じゃないの。
笑う。
アミール ねぇパパ、ママ。
アミール。
アミール 聞きたいことがある。
マーチ、察したように一歩後ずさる。
パルサー ……いいだろう。なんだ?
アミール、机の下から戦死者名簿と裏帳簿を取り出す。
アミール これは何。
マーチ アミール、入ったのね?
アミール ……うん。
マーチ 入っちゃだめだって、赤ちゃんの頃からそう言ってきたはずだけど?
アミール ママ。
低い声。
アミール これは何。
マーチ ……っ。
パルサー 裏帳簿だ。
パルサーが答える。アミールと似た低い声。
パルサー 何が気になる?お前の目的はなんだ、アミール。
アミール 僕はこんな事業継がない。
パルサー !
アミール 継がせようとしてるみたいだけど、僕がこんなズルに付き合うとは思わないで欲しい。
マーチ アミール、そんな言い方ないでしょ。
アミール 僕からしたらズルにしか見えない。軍と癒着して、武器を流す。それも戦争のために。
パルサー ウクライナを守るためだ。ロシア軍からの弾圧と支配からな。
アミール ……人、死ぬよね。
パルサー ……死ぬな。
アミール ……正しいね。
パルサー 当然だ。
間。
マーチ それが現実よ。
アミール 現実って、慣れるもの?
パルサー 慣れるものだ。
アミール ……僕は慣れたくない。
沈黙。
アミール クローシキの兄、死んだんだよ。
マーチ ……。
パルサー それもまた現実だ。
アミール 知ってる。
暗転。
薄暗い夜中の屋敷。
アミールは、ポリタンクからガソリンを撒いていた。
自分の服や肌につかないように、慎重に。
マーチがやってくる。
マーチ ……何をしているのですか。
アミール (振り返らず)……支度。
マーチ ……お父さんと、仲直りするつもりはないのね。
アミール うん。
マーチ ……そう。似ているわ。
アミール え?
マーチ パパは、名のしれた軍人だったのよ。パルサー・コヴァレンコ大尉。
アミール 仰々しい字面だね。
マーチ そうよ。私はそこに惚れ込んだの。
アミール 惚気ならあとにしてくれない。
マーチ (遮って)パルサーは。
沈黙。
マーチ 急激に波打つ光を放つ星の名前。
アミール ……。
マーチ 雄々しく熱い血潮に気圧されて、敵の若い兵は皆尻尾を巻いて逃げ出したと、逸話の神から名付けられたそうよ。
アミール ……そう。
マーチ ……あなただって、似たようなもの。
アミール 知ってるよ。
マーチ パパ、まだ起きてるから。
去る。
入れ替わりで、サヴァン。
布、液体。鼻を突くガソリンのにおい。
サヴァン ……アミール。
アミール うん。
サヴァン それ、何してるの。
アミール 準備。
サヴァン ……やめよう。
アミール やめない。
サヴァン どうして。
アミール ……どうしても。僕が変わるために。
サヴァン、何も言わない。
サヴァン ジゴクさん起こしてくる。
声だけがする。
マーチ あなた、アミールが。
パルサー ……やるのか。
マーチ 家中にガソリンを撒いてるわ。
パルサー そうか。
マーチ どうするの?
パルサー やる気なら、やらせてやろうじゃないか。
マーチ ……やっぱりそう言うのね。
パルサー 仕事に使うものだけ外に出しておこう。建物とコレクションはくれてやる。
マーチ ……本当にいいの。
パルサー ああ。出世払いってやつだよ。
マーチ ……貴方がそう言うなら。
サヴァン ジゴクさん、起きて。
ジゴク ちょっと、乙女の寝込み襲うなんていい度胸……
サヴァン 黙って。
ジゴク ……アミール?
サヴァン はい。
ジゴク ……そ。やっぱやるんだ。
サヴァン ……そうみたいです。
ジゴク 荷物、まとめないとね。
サヴァン ……はい。
明転。薄暗い夜中のリビング。
手にライターを持ったアミール。
ソファを挟み、パルサーとマーチ。
その少し後ろに、ジゴクとサヴァン。
アミール、火を持つ。
顔面蒼白。
でも微笑み。
マーチ あなた、震えてるじゃない。
アミール ……寒い。
サヴァン 違うでしょ。
間。
アミール ……怖い。
笑う。
アミール でもさ。
アミール 怖いままやると、ちゃんと覚えてられる。
微笑む。
パルサー それで何が変わる。
アミール 変わらないよ。
サヴァン ……じゃあ、なんで。
アミール 僕が変わる。
ジゴク それ、誰も救わないよ。
アミール うん。
ジゴク ……バカ。
アミール 僕は正義じゃない。神様の子でもない。ただ、正義が増えるのを止めたいだけ。友達を守りたいだけ。運命を変えるわけじゃない。……わかって。
ライターを床に落とす。
炎が広がる。
赤く染まるリビング。廊下にも、カーペットにしみたガソリンを伝って火の手が回る。
パルサー これは、いい逸話になりそうだな。
マーチ ……行きましょ。
二人、去る。
サヴァン 時間。
アミール うん。
二人、出る。
ジゴク、一瞬残る。
炎を見る。
ジゴク ……最悪。
間。
ジゴク それさ。
ジゴク あんたが一番嫌ってる“大人”のやり方だよ。
沈黙。
出る。
炎は一晩続いた。
暗転。
【6】
明転。朝。
焼け跡。
煙。
静寂。
パルサー ……戦場では、私はまだ正しい。
マーチ ……。
何も言わない。
パルサー アミールは、きっと大きくなる。
パルサー 軍人にはならないだろうがな。
マーチ ……さみしい?
パルサー いや?この家でよく真っ当に育ったと思うよ。
マーチ 私は……すこしさみしいわ。
パルサー ……大丈夫だ。離れることはしない。アミールは、最後まで私たちの子どもでいてくるれるさ。
マーチ だといいけど。
パルサー ……家もなくなってしまったし、この際引っ越そうか。
マーチ 荷物も少なくて、うちの車だけでできそうだわ。
パルサー どこがいいと思う?もう隠すものもないから狭くてもいいな。
マーチ あら、どうせまた何かがコレクションされていくんだから広いほうがいいわよ。
パルサー そうかなあ。
マーチ 伊達に二十年あなたの妻やってないんだけど?
パルサー ははは、説得力あるな。
マーチ 海が見えるところがいいわ。オデッサなんてどうかしら?
パルサー いいな。黒海の見える港湾都市、洒落てると思うよ。
マーチ 不動産屋に連絡しなくっちゃ。
二人、去る。
【Epilogue】
入れ替わりで、スーツ姿の青年アミール。
記者がついて歩いている。
記者は、クローシキによく似ていた。
記者 中東情勢への関与について。
アミール 必要だからやっています。
記者 葛藤は?
アミール あります。
記者 どう処理を?
アミール ……していません。
間。
アミール 消えないから、続けています。
記者、離れる。
向かいからサヴァンが現れる。
サヴァン あの夜、笑ってた。
アミール 覚えてない。
サヴァン 嘘だ。
沈黙。
アミール ……怖かったんだ。
遠くでニュース音声。
ニュース 戦闘の激化に伴い、当局は徴兵の対象年齢を引き下げるとともに、志願者のみ女性兵士も受け入れる方針を固めました―
アミール どうしようもないことは、なくならない。から。
暗転。
End
あとがき
こんにちわ。春音イマです。
『神様の子』お読みいただきありがとうございます。
今回は、デリケートな話題でしたが様々なテーマを扱えたと思います。神様の子と称される血筋の呪い。神の子も二十歳過ぎたらただの人とはいいますが、アミールくんの将来はどうなっていくのか、皆様の想像もぜひお聞かせください。
春音イマ脚本はリアル志向ゆえ実在のガジェットや固有名詞がよく登場しますが此度も例によってW44Kだのワーゲンアルテオンシューティングブレークだのなんだのごちゃごちゃ言ってます。詳しくはおググりください。
初期の構想としてはもう少し胃が痛くなるような空気感で徹頭徹尾行こうと思っておりましたが、やはりアミールくんの子供らしさと、友情を描くに当たって必要な『ただの子ども』の空気感に和まされてしまいました。猛省猛省。ジゴクちゃんのギャルマインドも見どころでしたね。
こちらは登場人物のうち主要三人がOCということで神話未満所属作品になりますが、続編を作りたいくらい気に入ってます。まあ、作るかは知らないんだ㌔。
ということで神話未満所属『神様の子』でした。ありがとうございんした。

2026/04/11 春音イマ