
【読書感想文】猫たちの珈琲店、占星術サービス付き。『満月珈琲店の星詠み』
◆はじめに
冬の星空を覚えている。
大学受験に向けた塾の講習の帰り道。かじかむ手をすり合わせながら、いつも夜の空にオリオン座を探していた。赤いベテルギウスと白いリゲル、寒空にあってひときわ明るい二つの一等星。そのまばゆい星に挟まれ、寄り添って輝く三つの星。冬の夜空で最も探しやすい星座のひとつであることは間違いない。
図鑑の上では、星座たちは神話をモチーフにした美しいイラストで彩られている。しかし、わたしが眺める夜空にはただ光る星が点在するだけだ。古代の人々は、あの点の並びのどこから神秘的な星座の姿を想像したのか、いつも不思議に思う。夜空から「星座」というひとつの姿として認識するのも大変だ。そんな中にあって、オリオン座はひときわ見つけやすく、そして大きく広がる姿にオリオンの雄姿を空想しやすい。疲れた頭でぼんやりと探すにはちょうど良い星座だった。
受験勉強は、どこまでがんばれば結果が出るのか分からない。それでも試験の日はやってきて、いままでの努力の答え合わせをする日がやってくる。それは先が見えないまま、真っ暗な闇の中を手探りで歩き続けるようなもの。ゴールにたどり着くことを信じて進むことしかできない。途中では何もわからないのだ。
だからこそわたしは、夜空にイメージを結ぶことができるオリオン座に安心を得ていたのかもしれない。茫洋とした空の中でも、はっきりとイメージを結ぶことができるのだから。見通せない未来への不安と戦うわたしを見守ってくれる夜空のオリオンは、冬の星座。わたしが次の春を迎えて結果を手にするときには、空から姿を消す。まるでその役目を終えたかのように。そしてまた肌寒い季節が巡ってきたら、その年の受験生を応援するかのように姿を見せる。
星座には、その起源すらはっきりしないほどの歴史がある。人類はそれほど昔から夜空を眺めて、空想を巡らせていたのだ。夜空に神話や星座物語を描くだけじゃない。船乗りや旅人は、星を見て方角を定めていた。暗い夜にあって人を導く役割を、古代の人々も星に見出していたのかもしれない。
――今回読んだのは、そんな本。空を巡る天体に導かれる運命を綴った短編集となります。
◆今回読んだ本はこちら
◆この本について
この本は、満月の夜にだけ蜃気楼のように現れる満月珈琲店をめぐる不思議な短編集です。各短編ではそれぞれ人生の道に迷った人たちが満月珈琲店にたどりつきます。そこで満月珈琲店の猫たちに「星詠み」をしてもらい、自分の生き方を見つめなおします。そう、この珈琲店の店員は猫たちなんです。といっても生物としての猫ではなく、作中でも天体を司る何かの仮の姿であることが仄めかされていますが。
各短編はそれぞれ独立した短編ではありますが、登場人物たちにはお互いに関係があり、全体を通して一つの大きな物語がつづられます。とはいえ、大きな事件が起きるわけでもなく、派手なイベントは何も起こりません。日々の生活の中で道に迷った人たちが、再び前を向いて生きていくための静かな物語なのです。
この本の縦軸が登場人物たちの人生模様であるのなら、横軸は「西洋占星術」。それは朝のニュースでやっているような星座占いとは異なり、天体の運行に基づいて運命を読み解く占術です。
◆占星術ってなんだろう?
この本のテーマになっている「西洋占星術」。この西洋占星術ってどういうものなのでしょう?
そもそも占星術の由来は古く、紀元前の古代バビロニアの時代に始まった天文学がギリシャに伝わる中で生まれていったもののようです。朝のニュースや雑誌の占いコーナーにあるような「星座占い」とは異なり、天体の運行を元に運勢を割り出す方法論。このお話では、「出生図」と呼ばれる惑星の配置図を使って、「星詠み」であるマスターの三毛猫が登場人物の運命を読み解きます。なお、マスター不在の際には別の猫が担当したりもするので、他の猫たちも多少はできる模様。
わたしはそもそもあまり占いというものを信じないのですが、この占星術がどうして長い間伝えられてきたのかは気になるところです。占星術が信じられた根拠はなにか。それはおそらく、「天体の動きは地上の世界を反映したものである」という信念でしょう。
なにしろ地上の季節を反映するように星座は移り変わり、月の満ち欠けは海の潮汐と関係が深い。空を観察することで天気予報ができる。地上にいつまでも変わらないものがあるように、北の空には常に北極星が輝いている。古代の人々は、「この地上が天と共に移り変わるように、人の運命もまた天体の動きと相関があるのではないか」ときっと考えたのです。
キリスト教が広まって以降は、占星術の意味合いは少し変わります。この世のすべてが神の創造したものであるのだから、地上の運命も天体の動きも共に神の意思。だから天体を観測することで、秘められた神の意思を読み解きたい。そのための方法論として追求されていったのでしょう。
運命を知ることに対する熱意が占星術を、ひいてはそれに伴う天文学を発達させたのです。この天体の運行を観測する情熱が、現代の科学の基礎を積み上げていったわけで、そう思えば、天体は人類の歴史を通じて、文明を先導してきたのです。
ただ、この本での立ち位置は、純粋な占術というよりもカウンセリングに近いように思います。この本で猫たちは、惑星に設定された意味を繋ぎ合わせ、相談者の人生を読み解きます。それはバーナム効果という言葉を思い起こさせるような、抽象的な「象徴」のつなぎ合わせです。しかしそれは同時に、天体に裏付けられた相談者の現状の肯定なのです。
「ほら、惑星がここにあるから、あなたのせいじゃないよ」
「少し困ったことになったけど、それは星の指す運命なんだよ」
と、相談者の人生を運命として肯定し、すべて受け止めてあげるのです。
どうすればいいのか困ったとき、本当に必要なのは、立ち止まって今の自分を見つめなおすこと。そして自分の変化を受容する決断。その後押しをしているのが、この本における西洋占星術の役割であると思いました。
ところで、この本の感想を読んでいるときにフォロワーさんが「六星占術」についてのお話を書いておりまして。この「六星占術」、最近 Netflix で話題のドラマ『地獄に堕ちるわよ』のモデルになった、一時期はマスコミの寵児であったあの占い師の得意とする占術だったらしい。
調べてみると、こちらは「東洋占星術」に基づくもののようです。そういえばわたしの母は一時期「四柱推命」に傾倒していましたが、あれも東洋占星術の一種。そう考えてみると、占星術は、現代においてもいまだ現役で生きている占術と言えそうです。この感想文を書くために、占いについていろいろ調べていたのですが、こちらの記事にそのあたりの違いが詳しく書かれておりました。
◆さいごに
さて、こちらの本は、イラストレーターである桜田千尋先生の素敵なイラストからインスピレーションを得て、著者の望月麻衣先生によって執筆された小説です。この著者の先生、京都在住とのことで京都の地理に詳しく、この本でも京都を舞台にしてさまざまな地名が出てきます。かつて京都に住んでいたことがあるわたしは、この地理感に懐かしさを覚えました。
元になった画集は、これかな?
こちら、かなりの人気シリーズらしく、すでに6冊が刊行されているようです。このお話で相談者に振舞われるスイーツの元ネタとなった素敵なイラストは、この本でも挿絵として見ることができます。美味しそうというよりも、美しすぎてスプーンで壊すのがもったいない感じさえしてきます。内緒の話、珈琲店なのに、珈琲はあまり出してくれません。
この本は、「西洋占星術」がテーマということもありまして、神秘主義的な色彩の濃い物語ではありますが、どちらかといえば人生に疲れた人々が自分の本当の心と向かい合って前向きに生き直す、そんな物語でもあります。
この本の占星術が相談者にもたらすのは、何かを決めつけるような予言ではありません。満月珈琲店で提供されるのは、安らげる時間。甘いものを口にしながらほっとする心の空白。そして、自分の人生を肯定的に受け止めなおし、どう生きるかを自分の内に探し、過去を断ち切ってもう一度未来に向かって歩き出す決断です。作中でも語られていることを借りるのであれば、満月が象徴するものは「解放」なのです。
真の占星術とは、真実の書かれた空のカンニングペーパーなどではなく、自分の心の中の想いと向き合うための手引きなのでしょう。そして新しい未来に向かってヒントを与え、導いてくれるものなのでしょう。きっとその導きは、未来を見失ってしまった闇の中で必要とされるもの。
星は、暗い夜の中でこそ輝くものですから。