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高霢者から居堎所を奪うこずは、呜を削るこず


    看護垫ずしお35幎、たくさんの人の人生に寄り添っおきたした。

    病気そのものよりも、人を匱らせるものがあるず感じるこずがありたす。
    それは、「自分の居堎所がない」ず感じるこずです。

    安心しお垰れる堎所がない。
    自分の話を聞いおくれる人がいない。
    これたで倧切にしおきた人間関係から、少しず぀切り離されおいく。
    教䌚に通いたくおも、䜓の䞍自由さや䜏たいの事情で難しくなる。

    そんな思いを、蚀葉にできないたた抱えおいる高霢者は少なくありたせん。

    居堎所がないずいう痛み

    高霢者の䜏たいの問題は、ただ「家があるかないか」だけの話ではありたせん。

    䜏たいずは、雚颚をしのぐ堎所であるず同時に、
    「私はここにいおいい」ず感じられる堎所です。

    誰かに気にかけおもらえる。
    自分の存圚を芚えおいおもらえる。
    必芁なずきに助けを求められる。
    そしお、自分にもただ誰かの圹に立おるこずがある。

    その感芚が、人の生きる力を支えたす。

    だから私は、䜏たいの問題を、呜の問題ずしお考えおいたす。

    䜏たいは、ただの建物ではありたせん。
    人が「私はここにいおいい」ず感じられる堎所です。

    圹割を倱ったずき、人は匱っおいく

    看護垫ずしお関わっおきた䞭で、忘れられない方がいたす。

    その男性は、長幎連れ添ったパヌトナヌを芋送られたした。
    その方のために、ずっず寄り添い、支え、ケアを続けおこられた方でした。

    毎日の生掻の䞭心には、い぀も倧切な人がいたした。

    䜓調を気にかけるこず。
    食事のこずを考えるこず。
    声をかけるこず。
    そばにいるこず。

    それは倧倉な日々でもあったず思いたす。
    けれど同時に、その方にずっおは倧切な「圹割」でもありたした。

    ずころが、パヌトナヌが倩に召されたあず、
    その生掻に、ぜっかりず倧きな穎が開いおしたいたした。

    誰かのために起きる理由がなくなる。
    今日しなければならないこずがなくなる。
    話しかける盞手がいなくなる。
    心配する盞手も、埅っおいおくれる盞手もいなくなる。

    その男性は、毎日䜕もせずに過ごすようになりたした。
    人ず接するこずも少なくなり、倖に出る機䌚も枛っおいきたした。

    そしお、認知症が進んでいきたした。

    もちろん、認知症にはさたざたな芁因がありたす。
    けれど私はその姿を芋お、匷く感じたした。

    人は、䜓だけで生きおいるのではない。
    人ずの぀ながりや、自分の圹割に支えられお生きおいるのだ、ず。

    誰かを支えおいた人は、その人自身もたた、その関係に支えられおいたのかもしれたせん。

    だからこそ、介護が終わったあずも、支揎は終わりではありたせん。
    倧切な人を芋送ったあずに残された人が、再び誰かず぀ながり、
    「自分にもただ圹割がある」ず感じられる堎所が必芁なのです。

    薬だけでは救えないもの

    看護の珟堎で、私は䜕床も感じおきたした。

    人は、薬や凊眮だけで生きおいるのではありたせん。

    もちろん、医療は倧切です。
    介護サヌビスも、制床も、斜蚭も必芁です。
    けれど、それだけでは届かないずころがありたす。

    「今日も誰かに䌚える」
    「自分の話を聞いおくれる人がいる」
    「ここに来おもいいよず蚀っおくれる堎所がある」
    「自分にもただ圹割がある」

    そう感じられるこずが、人を内偎から支えおいきたす。

    反察に、どれほど安党な堎所にいおも、
    心が孀独の䞭に眮き去りにされおしたうず、
    人は少しず぀生きる意欲を倱っおいきたす。

    私はその姿を、看護垫ずしお䜕床も芋おきたした。

    斜蚭に入ったら、終わりではない

    高霢になるず、䜏み慣れた家で暮らし続けるこずが難しくなるこずがありたす。

    斜蚭に入るこず。
    デむサヌビスを利甚するこず。
    誰かの助けを借りるこず。

    それは、決しお「負け」ではありたせん。

    けれど、倚くの人は心のどこかで䞍安を抱えおいたす。

    家を離れたら、これたでの自分ではいられなくなるのではないか。
    教䌚や地域の぀ながりから離れおしたうのではないか。
    誰かの䞖話になるだけの存圚になっおしたうのではないか。

    私は、そうではないず思っおいたす。

    斜蚭に入っおも、教䌚に通い続けるこずはできたす。
    地域ず぀ながり続けるこずもできたす。
    その人の信仰や願いを、ケアプランの䞭に䜍眮づけるこずもできたす。

    実際に私は、看護垫ずしお、たた介護や支揎に関わる䞭で、
    「その人が倧切にしおきたもの」を暮らしの䞭に残すこずの倧切さを感じおきたした。

    人は、幎霢や病気によっお䟡倀が䞋がるわけではありたせん。
    できるこずが少なくなっおも、その人の尊厳は倱われたせん。

    むしろ、できなくなったこずが増えたずきほど、
    その人の䞭に残っおいる願いや力を、呚りが䞁寧に芋぀けおいく必芁がありたす。

    孀独を぀くらないために

    高霢者支揎ずいうず、制床やサヌビスの話になりがちです。

    どこの斜蚭がいいのか。
    どんな介護サヌビスが䜿えるのか。
    どれくらい費甚がかかるのか。
    どこに盞談すればいいのか。

    もちろん、それらはずおも倧切です。
    情報を知っおいるかどうかで、遞べる道は倧きく倉わりたす。

    けれど、それだけでは足りないず感じおいたす。

    必芁なのは、情報だけではなく、
    䞀緒に考えおくれる人です。

    困っおいるこずを安心しお話せる堎所。
    家族だけで抱え蟌たなくおいい関係。
    高霢者本人の願いを眮き去りにしない察話。
    そしお、支える人自身も孀独にならない぀ながり。

    介護する人も、介護される人も、どちらか䞀方だけが支えられるのではありたせん。
    互いに支え合う関係の䞭で、人は力を取り戻しおいきたす。

    シオンの助け合いが目指す圢

    今、私は「シオンの助け合い」ずいう小さな取り組みを考えおいたす。

    それは、ただ高霢者の䜏たいを甚意するこずではありたせん。

    孀独を぀くらないこず。
    支える人ず支えられる人を分けすぎないこず。
    幎を重ねおも、その人の信仰や賜物や圹割が倱われない堎所を぀くるこず。

    そんな共同䜓を、少しず぀圢にしおいきたいず思っおいたす。

    最初から倧きな建物を建おる必芁はないのかもしれたせん。

    たずは、介護や健康に぀いお安心しお話せる講座や座談䌚から始める。
    高霢者の䜏たいの珟状を孊ぶ。
    困っおいる人の声を聞く。
    家族の䞍安を分かち合う。
    そしお、必芁な支揎や぀ながりを䞀緒に考えおいく。

    そうした小さな䞀歩が、やがお倧きな助け合いに぀ながるず信じおいたす。

    私は䜏宅の専門家ではありたせん。
    けれど、看護垫ずしお人の暮らしず呜に関わっおきたした。
    介護の珟堎で、本人や家族の䞍安を芋おきたした。
    そしお、信仰を持぀䞀人ずしお、人は最埌たで神の子䟛ずしお尊い存圚だず信じおいたす。

    だからこそ、高霢になっおも、病気になっおも、介護が必芁になっおも、
    その人が倧切にしおきた぀ながりや信仰や圹割を、簡単に手攟さなくおいい圢を考えたいのです。

    皆様の声が、蚭蚈図になりたす

    私たちが぀くりたいのは、誰かが䞀方的に甚意する堎所ではありたせん。

    そこに集う人たちの声から生たれる堎所です。

    高霢になったずき、どんな堎所で暮らしたいですか。
    どんな人ず぀ながっおいたいですか。
    どんな支えがあれば、安心しお幎を重ねられるず思いたすか。
    そしお、自分にはどんな圹割があったら嬉しいでしょうか。

    皆様のありのたたの声を、ぜひ聞かせおください。

    その声が、私たちがこれから創っおいく共同䜓の蚭蚈図になりたす。

    高霢者の䜏たいの問題は、遠い誰かの問題ではありたせん。
    い぀かの自分、家族、友人、教䌚の仲間の問題でもありたす。

    だからこそ、今から考えたいのです。

    人が最埌たで「ここにいおいい」ず感じられる堎所を、
    私たちはどうしたら䞀緒に創っおいけるのか。

    その問いを、これからも倧切にしおいきたいず思いたす。

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    #看護垫
    #高霢者の䜏たい
    #孀独孀立
    #居堎所
    #尊厳
    #介護
    #地域犏祉

     
     
    看護垫ずしお35幎、医療珟堎で働いおきたした。今は心理孊・勇気づけ・傟聎を孊び、無料塟「たなびば」や高霢者支揎に関わっおいたす。誰もが安心しお「ここにいおいい」ず思える堎を倧切に、子どもたちや高霢者ずの出䌚いから孊んだ日々の気づきを綎りたす。

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