SNS離れと小説への熱中
憂鬱な祭りの後
2026年夏、私は例年と大きく異なるような生活を送った。大学の授業が終了し友達との一連の旅行などの大きなイベントを送り終えた後、私は楽しかった予定から形骸化した日常への回帰に対してどこかうんざりしている部分があった。もともと趣味は多いほうで、空いている時間を有効に活用することは得意な方であり新たな趣味を開拓することも少なくなかった。しかし、今回に限ってなかなか身が入ることがなく、気だるげな生活を送るばかりだった。
現代病と活字への抵抗
こういった気だるげな生活を送る際、いつも寄り添っていたのは感情の無い金属板だった。現代人ならほぼ等しく味わうであろうスマートフォンへの依存、その被害を例外なく私自身も被っていた。スマートフォンとは言うが、使用者を愚かにしてしまう可能性も内包している恐ろしい機器であることは間違いない。この使用をやめることができるのならば他の物事に割くことができる時間が大きく増え有意義な生活を送ることができる、という事実を知りながらやめることができないのは全人類が危機感を持たなければならないほど恐ろしいことだ。そのような状況に対して対抗策となりうるのが趣味への没頭。これまで積み重ねてきた趣味たちが今回のメランコリックな夏に一網打尽にされる中、ひときわ輝くような面白さを持つものがあった。それはこれまで積読されてきていた書物の面々であった。私はこれまで”本を好きな自分が好き”といったような状態に陥っていたのか、手に取った本たちを味わうことができていなかった。いざ思い切って手に取ってみると、集中力の欠如を大きく実感させられることとなった。読み始めた当初は一冊はおろか十数ページも持つことがなかった。作品を楽しもうという気持ちになる前に別の物事に注意が散り、一時は断念してしまった。
悪習との告別
このままでは一生活字を読むことができないと判断した私は、一旦SNS離れを敢行してみようと決断した。YouTubeやTwitter(新X)の削除を実行してみると、その効果は数日、数週間を経て顕著になっていった。結果としてこの夏のうちに三十冊以上を読めるほどまでに活字と和解することができた。読破したうちの大半がライトノベルという結果となったが、それを皮切りに一般小説にも触れることができ、私の読書界隈進出の大きな礎となった。様々な小説を読み進めていくと自分もこれらの作者のように作品を作り上げたいという創作意欲が湧き、それが今回のノート作成につながる形となった。
最後に
私がnoteを書くきっかけとなったのは軽い友人からの誘いであった。これまで私は自分の趣味たちを自己完結にとどまらせることが多く、周囲に共有するという経験がなかった。そこで発見したnoteは自分の”好き”を共有、布教する場所として最適であり、これからも多様な”好き”を拡散、さらには言語化することによる新たな発見、学びがあればよいなと期待する。
